元勇者パーティー、土下座で再雇用を求める
帝國による事務所接収が解除された翌日。
王都の空は、嵐の後のような不気味な静寂に包まれていた。
だが、わがギルド『ラスト・リゾート』の玄関先には、昨日までの帝國の役人とは違う、もっと「厄介な種類」の訪問者が現れていた。
「リィン、少しだけでいいんだ、話を聞いてくれ!」
事務所の防音魔法を突き破って響く、暑苦しい叫び声。
私は、手に持っていた「魔王軍への損害賠償請求書」に最後の一筆を加え、静かにペンを置いた。
「……ゼクスさん、ドアの外に配置した『不審者対応自動警報』が、さきほどから最大出力で回転しています。確認をお願いします」
「ああ、姐さん。……いや、確認もクソもねえよ」
ゼクスが告げる。
「元勇者のシグルドと、あの性悪賢者のハンスだ」
「……なんか知らねえが、高級そうな花束と、王都一番の菓子折りを持って、泣きそうな顔で突っ立ってるぜ」
「ニャッ(塩撒いて追い出そうよ)」
ピートが窓際で尻尾を苛立たしく振り、毛を逆立てている。
猫の直感は、不誠実な人間の接近を瞬時に察知する。
「……対応の必要はありません」
私は冷たく切り捨てる。
「彼らは現在、わが社にとって『資産価値ゼロの不良債権』です」
言い捨てる。
「面会時間は一分あたり金貨十枚のコンサルティング料が発生すると伝えてください」
「それがよ……。あいつら、『リィンを育てた教育係としての特別優先権』を主張して、引かねえんだ」
私は、眼鏡を指先でクイと押し上げた。
教育係。
……確かに、彼らが何もできなかった頃、私が全ての職種をカンストさせ、その知識を彼らに叩き込んだ過去はある。
だが、
それを「権利」として主張する厚顔無恥さには、事務官としてではなく一人の人間として、呆れを通り越して興味が湧いた。
「……分かりました。……カイト君、会議室(と言ってもただの応接スペースですが)に、最も安価な、昨日から放置してあった冷めたお茶を用意してください」
続けて。
「……ルルさん、録音魔導具の起動を。一言一句漏らさず、後の証拠として記録します」
「……了解……。……音質……ハイレゾ……。……後で……シャロンが……動画のBGM……にするそうです……」
ドアが開くと、そこには昨日までの高圧的な態度はどこへやら、憔悴しきったシグルドとハンスが立っていた。
シグルドは私の前に来るなり、ガバッと頭を下げた。
「リィン! 頼む、この通りだ! 『黄金の聖域』に戻ってきてくれ!」
シグルドは懇願する。
「 君がいないと、パーティーの装備メンテナンスも、宿の手配も、魔物の肉の解体し方も、誰も分からないんだ!」
「…………」
私は、差し出された花束を一瞥し、それから懐中時計を取り出して、机の上に置いた。
「……。はい、一分経過しました。……コンサルティング料、金貨十枚が確定」
そして。
「……続けてどうぞ。今の発言、事務官としては『単なる業務委託の打診』と受け取りますが、条件提示を」
そして、続ける。
「……シグルド様、私の『時給』は、あなたが考えているよりもずっと高いですよ?」
シグルドの顔が引きつる。
かつて私を「荷物持ち」と呼び、タダ同然で働かせていた男の口から、次に飛び出す言葉を、私はすでに予測していた。
情熱(笑)という名の、不当な労働搾取
「時給……? リィン、君は何を言っているんだ!」
ハンスが、菓子折りを机に置きながら、わざとらしい親愛の情を込めた声で割り込んできた。
「私たちは『仲間』じゃないか。共に魔竜を討ち、世界の果てまで歩いた、あの日々を忘れたのかい?」
その声に寒気がしてくる。
「 絆を金で計算するなんて、君は少し、このギルドの悪影響を受けて汚れてしまったようだね」
「……絆、ですか」
私は冷めたお茶を一口すすり、彼が持ってきた菓子折りの包装紙をじっと見た。
「……。ハンス様、このお菓子、王都の『ラ・プルミエ』の限定品ですね」
「それが、何か?」
「……これ、今のあなたがたの懐事情では買えないはずです」
「……おそらく、帝國から支給された『エデン再編準備金』を横領(不適切流用)して購入しましたね?
包装紙に帝國財務省の管理タグが残っていますよ」
「っ!?」
ハンスが慌てて菓子折りを隠すが、遅い。
「……さらに。あなたが仰る『あの日々』」
私は続ける。
「……私の手元にある旧・黄金の聖域の帳簿(写し)によれば、私は一日平均十八時間の労働に従事していました」
あの日々の思い出。
「……戦闘、索敵、野営準備、装備保守、およびハンス様の『魔法理論の代筆』……」
数え上げればキリがない。
「……これらを当時の王都の最低賃金で換算しても、未払い賃金は金貨五万枚を下りません」
「そ、それは君が自発的にやっていたことで……!」
「いいえ。……シグルド様の『リィン、明日の朝までに剣を研いでおいてくれ、これは勇者命令だ』という発言」
「それは……」
「……およびハンス様の『君の魔法解説がないと、ボクの杖が光らないんだよね』という発言」
「…………」
「……これらはすべて、法的には『業務命令』に該当します」
私は、空中に巨大な計算表を展開した。
「……さて、本題に戻りましょう」
話しを戻す。
「……『戻ってきてくれ』という言葉の価値を計算します」
計算表を指し示す。
「……私がラスト・リゾートで生み出している現在の付加価値は、時間単価に換算すると金貨三百枚です」
続ける。
「……これに対し、あなたがたが提示できる『戻る理由』は何でしょうか?」
「それは……」
「 ……過去の思い出? それは私のキャリアにおいて『減価償却の終わった負の遺産』です」
「君と私の仲じゃないか」
「……友情? 帳簿上、友情で腹は膨れません」
シグルドが、必死に食い下がる。
「報酬なら出す! 帝國から融資を受けた金で、君に専用の個室と、専用のメイドも用意しよう!」
「……個室に監禁し、事務作業を丸投げするつもりですね。……却下です」
「いや、そんなことはない……」
「……だいたい、勇者ともあろう方が、他国の借金(融資)で私を買い戻そうとするなど、プライドの欠損が激しすぎます」
「ぐっ……!」
「……シグルド様、あなたは今、ご自身の価値が『帝國の借用書』以下であることを証明しました」
シグルドは、がくりと膝をついた。
勇者としてのカリスマは完全に崩壊し、そこには「自分を管理してくれるママ」を求める、迷子の子供のような情けなさだけが残っていた。
「リィン、怖い」と思われた方、これはシグルドとハンスの自業自得です。
彼女の本質は優しい女性です。彼女に対して誤解しないでくださいね。これは愛のムチです。
「これからどうなるんだ?」と思われた方はブクマと評価をお願いします。
続きは明日、更新です。




