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事務官リィン VS 帝國会計士軍団

カレン・フォン・シュタインが去った翌日、


午前九時零分。


わが社のドアは、昨日とは比較にならないほど整然と、

しかし暴力的なまでの威圧感をもって開け放たれた。


「――時間です。これより、シュヴァルツ帝國による

資産実査デューデリジェンスを開始します」


カレンを先頭に、鉄色のスーツを着た十数人の男女が、

軍隊のような足取りで入室してきた。


彼らの手には、最新型の魔導計算機と、あらゆる情報の「嘘」を暴く

という『真実の天秤』の魔導具が握られている。


「カレン監査官、おはようございます。

……遅刻しなかったことだけは評価しましょう」


続けて。


「ただし、その人数はわが社の床面積に対する『適正収容人数』を

二十パーセント超過しています。一人あたり金貨一枚の入館料を頂戴します」


私は椅子から立ち上がることなく、

手元のタブレット型魔導端末を操作する。


カレンは私の言葉を無視し、冷酷な指示を飛ばした。


「全ユニット、散開。……この部屋のあらゆる『数字』を、

帝國の効率基準シュシュタイン・スタンダードで再評価しなさい」


そして。


「特に、前回の決算で計上された『魔王』という資産の妥当性、

および――不透明な福利厚生支出を徹底的に洗い出すこと」


「了解!」


帝國の会計士たちが、事務所内に散らばる。


一人はゼクスの大剣の摩耗具合をチェックし。


一人はルルのサーバーの消費魔力量を計測し始める。


そして、最も傲慢そうな一人の男が、

私のデスクの端で欠伸をしていたピートを、

定規のような魔導具で指し示した。


「見つけましたよ、カレン様。

極めて悪質な『利益供与』の証拠です」


男は指摘する。


「……リィン事務官。この生物の主食である『最高級魔獣肉のパテ』。

これを貴方は『福利厚生費:警備部維持コスト』として計上していますね?」


「ええ。わが社の安全保障を担う部長の、正当な報酬です」


「笑わせないでいただきたい。

帝國の基準では、警備コストは『固定資産の損害期待値』に

基づき算出されます」


あくまで効率で語る。


「この、ただ寝ているだけの小動物に、

金貨十枚相当のパテは過剰だ」


さらに。


「……不適切な支出として、即座に全額を社長、

あるいは貴方の給与から差し引きます」


その瞬間、アルベルト社長が


「ええっ!? 僕の給料、

もうワイン代でマイナスなんだよ!?」


と悲鳴を上げた。


ピートは、自分に向けられた敵意を察したのか、

パテの缶を前足で隠し、


「フシューッ!」


と鋭く威嚇した。


「ニャッ!(僕のパテに触るな、この眼鏡!)」


「……さらに。このアルベルトという個体の『役員報酬』」


アルベルトを指さす。


「帝國の査定によれば、彼の業務遂行能力は新人冒険者以下。

にもかかわらず、毎月多額の『交際費(酒代)』が認められている」


そして。


「……これもまた、不当な資産の流出です」


カレンが、氷のような視線で私を見下ろす。


「リィン事務官。貴方の管理は、甘すぎる」


指摘する。


「……仲間、家族、あるいは『猫』。

そんな不確実な要素を経営に持ち込むから、隙が生まれるのです」


続けて。


「帝國のルールに従えば、このギルドはもっと『削れる』」


帝國の会計士たちは、次々と付箋ステッカーを貼っていく。


アルベルトのデスクには『売却対象』。


ゼクスの私物である筋トレ器具には『不法占拠物』。


そして――ピートの寝床である最高級クッションには

『即時廃棄』の赤い札が貼られた。


「………ルルさん、準備はいいですか?」


私は静かに問いかけた。


「……完了……。……帝國の会計基準……逆スキャン……終了……。

……彼らの計算式の……欠陥……見つけました……」


私は、カレンの目の前に一枚の「再計算書」を表示させた。


「カレン監査官。……貴方の仰る『効率』とは、

一体どの時間軸に基づいたものでしょうか?」


「……何?」


「貴方はピート部長の食費を『過剰な支出』と断じました」


「それに何か問題でも?」


「……しかし、彼の存在による『従業員のストレス低減による

生産性向上率』を計算に入れましたか?」


「屁理屈を……」


「 ……わが社のゼクス氏の戦闘継続時間は、

ピートを五分間撫でた後に計測すると、十五パーセント上昇します」


「それが何か?」


「また、カイト君の『幸運発動率』は、

ピートの機嫌が良い日には二倍に跳ね上がるのです」


私は、ルルが作成した精密な相関図を突きつける。


「ピート部長へのパテ代金貨十枚に対し、

それによって得られる追加報酬(生産性向上分)は月平均で金貨千五百枚」


続けて。


「……投資利益率(ROI)にして、一万五千パーセント。

これを『不適切』と呼ぶのであれば、シュヴァルツ帝國の投資基準は、

あまりにもお粗末と言わざるを得ませんね」


カレンの眉が、ピクリと動いた。


「……そんなものは、数値化できない非科学的なデータよ」


「いいえ。……数値化できないのは、

貴方の能力が不足しているからです」


そして。


「……さらに言えば、カレン様。

貴方が今、エデンの債権として買い取った『勇者シグルドの装備品』

これ、去年の減価償却を『耐用年数二十年』で計算していますよね?」


「……それが何か?」


「無理ですね。……彼は先月の戦闘で、すでにその鎧の魔力回路を

焼き切っています。実質的な資産価値はゼロ」


「……!」


「……つまり、帝國は『価値のないゴミ』を数千万枚の価値があると

誤認して買い取ったことになります」


畳み掛ける。


「……これ、本国の会計検査院に報告されたら、

貴方のキャリアは『精算』されるのでは?」


「……っ!!」


カレンの背後にいた会計士たちの顔色が、

一気に土気色に変わった。

来週の土日に続きます。

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