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敵対的買収はドラゴン便に乗って

一週間ぶりの更新です。

一月五日。


昨日の騒動で、ハンスとシグルドが帝國の査察部隊に

「不良債権」として回収されていった後、

王都の空気は少しだけ澄んだように感じられた。


しかし、それが「嵐の前の静けさ」であることは、

事務官としての私の直感が告げていた。


午前十時。


事務所の窓の外、王都の青空を切り裂くように、

一頭の巨大なワイバーンが旋回を始めた。


その首元には、シュヴァルツ帝國の国章である

「歯車と剣」をあしらった配達袋が提げられている。


「……リ、リィンさん! 空から何か来ます!」


私は、空を見上げる。


「あれ、通常の郵便用ドラゴンじゃありません、

軍用の高速種インターセプターですよ!」


カイトが窓に張り付いて叫ぶ。


彼が持つ『幸運』のスキルが、

不吉な予兆を察知して髪の毛を逆立たせている。


「落ち着きなさい、カイト君。

空中からの不法投棄であれば、即座に王都航空局に通報します」


続けて。


「……ルルさん、

念のため対空障壁の出力を『検閲スキャン』モードに。

危険物であれば即座に無力化してください」


「……了解……。……飛来物確認……。

……中身は……魔導封印された……羊皮紙一通……。

……殺意は……ありませんが……不快な……魔力波……を感じます」


ドォォォン!


と、地響きを立ててワイバーンが

事務所の前の通りに着陸した。


周囲の通行人が悲鳴を上げて逃げ出す中、

ワイバーンの背から、一人の女性が飛び降りた。


きっちりと隙なくまとめられた銀髪。


縁のない眼鏡の奥には、感情を極限まで削ぎ落とした、

氷のような碧眼。


彼女が纏っているのは、ドレスでも鎧でもなく、

シュヴァルツ帝國財務省の制服――機能性を追求した、

鉄色のスーツだった。


彼女は一瞥もくれずに事務所のドアを開け、

ヒールの音を一定のリズムで響かせながら私のデスクの前まで歩み寄った。


「――ギルド『ラスト・リゾート』代表、

アルベルト・フォン・ローゼンバーグはどちらに」


その声は、冷たく、無機質だった。


アルベルト社長は、酒瓶を隠しながら震える声で


「あ、ああ、僕だけど……」


と、机の下から顔を出す。


彼女はアルベルトを無視し、

私のデスクに一通の書面を叩きつけた。


「私はシュヴァルツ帝國・国家戦略投資局、

筆頭会計監査官。カレン・フォン・シュタインです」


怜悧な声で告げる。


「……無能な代表は不要。実質的な経営権を握っているのは、

貴方ですね? リィン事務官」


私はペンを置き、

彼女の目を真っ向から見返した。


「左様です。

……して、帝國の筆頭監査官が、軍用ドラゴンを

タクシー代わりに使ってまで届けたかったのは、このゴミ(書類)ですか?」


「言葉に気をつけなさい。それは、帝國による

敵対的買収ホスタイル・テイクオーバー』の正式な予告状です」


カレンと名乗った女性は、手袋を脱ぎながら事務所内を見渡した。

その視線は、まるで病巣を探す外科医のように冷酷だった。


「わが帝國は、経営破綻したギルド『エデン』の全権を取得しました」


彼女は宣言する。


「それに伴い、エデンの元従業員である貴方が運営する

このギルドも、帝國の『知的財産』および『流動資産』の

一部とみなします」


さらに。


「よって、本時刻を以て、本ギルドの全帳簿を凍結。

三日間の猶予の後、わが帝國の傘下組織として

再編リストラします」


「……随分と強引な会計処理ですね」


私が答える前に、ピートが


「ニャッ!」


と鋭く鳴いてカレンの足元へ近づいた。


ピートは、彼女が持っている高級そうな

ブリーフケースの角で、爪を研ごうと前足を伸ばす。


「……汚らわしい」


カレンは、冷酷にピートを避け、

手帳に何かを書き込んだ。


「査定項目一。

事務所内に『正体不明の生物コスト』が徘徊している。

リィン事務官。この猫は、わが社の備品ですか?」


「いいえ。……彼はわが社の警備部長であり、

私の大切なパートナーです」


「パートナー? 冗談を。

……この生物が消費する食費、および毛の清掃にかかる人件費、

それらはすべて『利益』を毀損する不適切な支出です」


事もなげに言う。


「……買収完了後、この猫は即座に保健所に、

あるいは魔導実験体として売却し、欠損金の補填に充てなさい」


事務所の空気が、

一瞬でマイナス百度まで下がった。


ゼクスが椅子を蹴って立ち上がり、

シャロンの魔導カメラが「決定的侮辱シーン」として

カレンの顔をアップで捉える。


「……カレン監査官。……今、何と仰いましたか?」


私は、静かに立ち上がった。


全職種カンスト――その中でも、『暗殺者』の気配遮断と

『魔導王』の圧力が、私の周囲に黒いオーラとなって渦巻き始める。


しかし、カレンは眉一つ動かさなかった。


彼女は懐からもう一枚の紙を取り出し、

私の鼻先に突きつけた。


「感情は不要です。数字を見なさい」


彼女は感情の欠片も見せない。


「……貴方がどんなに有能であっても、

帝國の資本力という『物理的な数字』の前では無力」


さらに続けて。


「……三日後、貴方のデスクは私が接収します。

……それまでに、私的な荷物――その無能な社長と、

役立たずの猫を片付けておくことね」


彼女は踵を返し、ワイバーンの元へと戻っていった。

去り際に放たれた一言が、事務所の床に突き刺さる。


「……世界は、効率だけで回るべきなのです」


ワイバーンが爆風と共に飛び去った後、

アルベルト社長は腰を抜かし、カイトは恐怖に震えていた。


だが、ピートだけは、彼女が捨てていった

「買収予告状」の端を、鋭い爪でズタズタに引き裂いていた。


「……リィンさん。

……どうするんですか、あれ。相手は『国家』ですよ……」


カイトが消え入りそうな声で尋ねる。


「……どうもしませんよ、カイト君」


私は、破られた書類の破片を拾い上げ、ゴミ箱へと丁寧に仕分けた。


眼鏡の奥で、私の瞳はかつてないほど冷徹な光を宿していた。


「……帝國が『効率』を語るなら、見せて差し上げましょう。

真の事務官が、どのようにして『国家の予算』を破綻(精算)させるのかを」


わがギルド『ラスト・リゾート』。


最強の事務官と、その家族同然の仲間たちに対する「不当な買収」。


それは、帝國にとって最も高くつく「買い叩き」になることを、

彼女たちはまだ知らなかった。

明日へ続きます。

毎週、土日更新です。

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