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かつての仲間は「無能な集団」になっていた

一月四日。


王都の空には、新春を祝う魔導花火の残滓が寒空に溶け、

ようやく街が日常の喧騒を取り戻しつつあった。


しかし、わがギルド『ラスト・リゾート』の事務所内には、

新年の清々しさなど微塵も存在しない。


そこにあるのは、積み上がった「移籍願」の山と、

処理しても終わらない「債権譲渡通知書」の嵐である。


「……リィンさん、

これ、本当に今日中に全部やるの……?」


カイトが、目の前にそびえ立つ書類の塔を

見上げて引きつった声を出す。


前回の決算監査によって、

最大手ギルド『エデン』は事実上の経営破綻に追い込まれた。


その結果、行き場を失った中堅・下級冒険者たちが

「ホワイトな労働環境」を求めて、わが社に殺到しているのだ。


「当然です。カイト君、手が止まっていますよ]


私は動じない。


「ルルさん、門の外で『移籍の順番待ち』をしている冒険者たちに、

わが社の『倫理規定テスト』を配布して」


指示を出す。


「合格点に一点でも足りない者は、

その場で不採用通知(物理的転送)を出してください」


「……了解……。テスト問題……『上司が違法な依頼を命じた際の、

適切な内部通報先を答えよ』……難易度……

ハードモードで……配布中……」


ルルの指先がキーボードを叩くたび、

階下から


「ぐわあ!? 答えがわからん!」


「有給休暇の定義とは何だ!?」


という冒険者たちの悲鳴が上がってくる。


事務所の隅では、アルベルト社長が


「いやあ、リィンちゃん、見てよ!

ついに王都一番の高級ワインを取り寄せちゃった!

これも黒字のおかげ……」


と、浮かれた声を上げている。


その足元で、

ピートが


「ニャッ(仕事しろ、このハゲ)」


と鋭く鳴き、社長の脛を容赦なく引っ掻いた。


「い、痛い! ピート、君は最近リィンちゃんに似て、

おじさんに厳しくないかい!?」


「ピートは賢いので、わが社の

『利益率に貢献しないコスト(社長の嗜好品)』を

本能的に排除しようとしているだけです」


続けて。


「……社長、そのワインの領収書は

『会議費』で落とせませんので、自腹で精算してください」


私が冷たく言い放った、

その時だった。

事務所の重厚なドアが、ノックもなく乱暴に蹴破られた。


「――リィン!

貴様、よくもやってくれたな!!」


現れたのは、かつて私を「無能な荷物持ち」と呼び、

荒野に捨て去った男たち。


『黄金の聖域』の勇者シグルド、そして賢者ハンス。


だが、その姿に往時の威厳はなかった。


シグルドの純白の鎧は汚れ、

ハンスの豪奢な杖は先端の魔宝石が欠けている。


何より、二人の表情には、


「自分たちが世界の中心である」


という傲慢な自信の代わりに、

追い詰められた獣のような卑屈な怒りが張り付いていた。


「……シグルド様、ハンス様。

本日の営業は、完全予約制となっております」


事務的に対応する。


「……ピート、不審者の侵入です。警備ログに記録を」


「ニャーン(了解。ゴミ箱の横に転送していい?)」


ピートが毛を逆立てて威嚇する。


シグルドは、震える指で私を指差した。


「ふざけるな! お前のせいでエデンは資産凍結、

私たちの『勇者年金』まで差し押さえられたんだぞ!」


彼は激昂する。


「 昨晩は宿代も払えず、馬小屋で寝る羽目になったんだ!」


「……馬小屋ですか。家畜の管理コストを学ぶには、

良い経験だったのではないでしょうか」


私はペンを置き、眼鏡のブリッジを静かに押し上げた。


シグルドの怒鳴り声を、ゼクスが椅子に座ったまま、

鞘に入った大剣を床にトン、と突いて遮った。


「おいおい、元英雄様。

ここは今、王都で最も勢いのあるギルドの事務所だぜ?」


ゼクスは追い打ちをかける。


「負け犬が吠える場所じゃねえんだ。

用があるなら、まずはお行儀よく『受付番号票』を引いてこいよ」


「ゼクス……! 貴様のような三下冒険者が、

私に意見するのか!?」


シグルドが剣の柄に手をかける。


しかし、


その腕はカイトが放つ「無意識の幸運の波動」によるものか、

隣の柱にぶつかって滑った。


「落ち着け、シグルド」


ハンスが、シグルドの肩を叩いて制止する。


そして、彼はかつて私を嘲笑った時とは違う、

歪で、粘着質な笑みを浮かべて私に歩み寄った。


「リィン……。悪かったよ。

我々も少し、感情的になりすぎていたようだ」


ハンスは、下卑た笑いのまま。


「君があれほどまでに、事務処理や帳簿管理に

長けていたとは知らなかったんだ」


ハンスは、汚れた手袋を脱ぎ、

握手を求めるように手を差し出してきた。


「エデンの監査結果は、確かに手痛いものだった」


続けて。


「だが、あれは下っ端たちの管理不足が原因だ。

君さえ戻ってきてくれれば、エデンは再び王都の頂点に立てる」


さらに。


「……どうだ? 今なら、君を『執行役員・財務統括責任者』

として迎えようじゃないか。報酬は以前の三倍……いや、五倍出そう」


事務所内に、冷ややかな沈黙が流れる。


シャロンは魔導端末でその様子を撮影しながら、


「うわ、見て。これが教科書に載る

レベルの『手のひら返し』よ。視聴者のみんな、

スクリーンショットの準備はいい?」


と小声で実況している。


「……ハンス様。報酬五倍、ですか。

……今のエデンの貸借対照表バランスシートで、

その人件費を捻出できる根拠を述べてください」


さらに。


「私の計算では、御社は三ヶ月以内に、

全所属冒険者への給与支払いが滞るはずですが?」


私の問いに、ハンスの顔が引きつった。


「そ、それは……君が立て直せばいいだろう!」


「私が、ですか……」


「 君の『全職種カンスト』の能力があれば、

魔王軍から賠償金をさらにむしり取ることだって……」


「……判定:不採用(論外)」


私は、ハンスの手を無視して、

手元の資料を一枚突きつけた。


「これは、私が追放された後に、あなたがたが作成した

『装備品購入明細』のコピーです」


「それが、どうした?」


「……シグルド様、特注の『黄金のマント』に金貨五百枚」


「うっ」


「……ハンス様、『美肌維持のための魔導香水』に月額金貨五十枚」


「……」


「……これらすべてが、新人冒険者たちの『ポーション支給予算』を

削って算出されていましたね」


シグルドが顔を真っ赤にする。


「そ、それは英雄としての品位を維持するための……!」


「その『品位』という名の無駄遣いによって、

この一年で、エデンにおける新人冒険者の殉職率は三割増加しました」


「そ、それは……」


「私がいた頃は、ゼロでした。

……ハンス様、あなたが私に提示した『役員報酬』は、

その亡くなった若者たちの遺族に支払われるべき補償金の、

ちょうど十倍の金額です」


私は立ち上がり、

二人の目を真っ直ぐに見据えた。


「あなたがたは、私を『便利屋』だと思っていたようですが、

それは違います」


「な、何!?」


「……私は『価値のある数字』を守るために、

システムを構築してきた」


「くっ!」


「今のあなたがたは、システムを破壊し、

未来を食いつぶすだけの『バグ』に過ぎません」

読んでいただき、ありがとうございます。


エデンの経営破綻で後がなくなったシグルドとハンス。

恥も外聞もなく、リィンにすがりつこうとします。


ですが。


リィンはそんなに甘くありません。

次回、さらに容赦がなくなります。

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