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彼女のデスマーチは終わらない

「あなたが私を追放したように――」


私は、解雇通知書をシグルドの胸元へ静かに突きつけた。


「今度は世界が、あなたを追放する番です。

……事務的に、さようなら」


「お、おのれぇぇぇ!!」


シグルドの顔が真っ赤に染まる。


バンッ!!

机を蹴り飛ばし、腰の聖剣へ手を伸ばした。


「貴様ぁぁぁ!!」


だが。


その瞬間。


ドゴッ!!


「がっ!?」


鈍い音。

シグルドの手が、剣ごと横へ弾かれた。


「おいおい」


巨大な影。

ゼクスだった。


大剣を抜きもしない。

ただ、鞘で軽く叩いただけ。


なのに。

勇者シグルドが数歩よろめく。


「往生際が悪ぃぜ、英雄様」


ゼクスは肩をすくめる。


「ここは戦場じゃねえ」


ギロリ。

鋭い目がシグルドを射抜く。


「……リィンの聖域。

『事務室』だ」


一歩。


ゼクスが前へ出るたび、床が軋む。


「暴力で解決できると思ったら、大間違いだぜ?」


シグルドの額に汗が浮かぶ。

周囲の憲兵たちも、一斉に武器へ手をかけた。


完全包囲。

逃げ場なし。


「くっ……!」


「……配信……最高潮……」


カタカタ、と。

ルルの指がキーボードを走る。


「……シグルドの……支持率……マイナス域に……突入……。

……王都全域で……『税金泥棒勇者』が……トレンド入り……」


「やめろォォォ!!」


シグルドが叫ぶ。

だが止まらない。


「……これにて……終局……です」


ターン。

ルルが静かにエンターキーを押した。


その瞬間。

王都中へ流れていた生中継が終了する。


静寂。


長い。


長い沈黙。


そして――


ガチャリ。

憲兵たちが動いた。


「ハンス及びシグルド。

王宮財務局命令により身柄を拘束する」


「ま、待て……!

待ってくれ! 私はエデンの――」


「黙れ犯罪者」


冷たい声。


次の瞬間。

ガシャン!!

ハンスの両手に拘束具がはめられた。


「い、嫌だ……!私の帝国が……!

私の完璧な帳簿がぁぁぁ!!」


「帳簿じゃなくて粉飾だろ」


ゼクスが鼻で笑う。


一方。


シグルドは最後まで私を睨みつけていた。


「……リィン。

貴様だけは……絶対に……」

「はいはい」


私は書類を整理しながら答える。


「次の方どうぞ、って感じですね」

「き、貴様ぁぁぁ!!」


ズルズルズル……。


憲兵に引きずられながら、二人は事務所を去っていった。


ドアが閉まる。

バタン。


静寂。


嵐が去った後のような空気。

しばらく誰も動かなかった。


そして。


「……終わった?」


カイトが呆然と呟く。


「終わったの?」


「終わったわよぉぉぉ!!」


バンッ!!

シャロンがカイトの背中を叩いた。


「やったわねカイト君!

歴史的大逆転よ!!」


ぐわんぐわん揺さぶる。


「損害賠償一億枚!

これもう一生遊んで暮らせるんじゃない!?」


「あばばばば!!

シャロンさん! 首! 首!!」


カイトが振り回される。


「……でも」


カイトが引きつった笑みを浮かべた。


「リィンさんのことだから……」


恐る恐る、こちらを見る。


「そのお金も全部、『設備投資』とか

『税金の予納』とかに回しますよね……?」


「当然ですが?」


即答。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


カイトが崩れ落ちた。


「夢がない!!

この人、夢がないよ!!」


「黒字は夢です」


「重い!!」


「ニャ~ン♪」

ぴょん。


ピートが私の膝に飛び乗る。

ごろごろごろ。


「お疲れ様です、ということですね」

「ニャ」


そこで。

ガタガタガタ……。


机の下から、何かが這い出てきた。


「……終わった?

もう誰も来ない?」


アルベルト社長だった。

酒瓶を抱えたまま。

涙目。


「いやぁ、リィンちゃんさすがだねぇ!」


ぬるっと立ち上がる。


「まさか魔王を派遣社員にして、エデンを破滅させるなんて!」

ケラケラ笑う。


「僕、君を雇って本当に良かったよ!」


「社長」


私は淡々と言う。


「あなたが酔って証拠をピートに預けていなければ、

もう少し苦戦していました」


「え?」


「……今回ばかりは、あなたの『不始末』に感謝します」

「えへへぇ~」


デレる社長。


「照れるなぁ!」

「褒めてません」

「えっ」


その横で。


管理番号札を首からぶら下げた魔王が、

死んだ魚の目をして座っていた。


「ほらほら魔王君!」


社長がグラスを押しつける。


「派遣社員なんだから遠慮しないで飲みなよ!」


「……飲めるか、そんなもん……」


魂が抜けた声だった。


◇◇◇


一月一日、午後五時。

長かった監査も、ようやく終わった。


事務所の窓から、夕陽が差し込む。

オレンジ色の光。


散らばる書類。

空になった酒瓶。


そして。

完全に燃え尽きたカイト。


「……さて」


私は最後の帳簿を閉じる。


「ルルさん。

最終的な数字を」


「……了解……」


カタカタカタ。

静かな打鍵音。


数秒後。


ルルが顔を上げた。


「……全資産確定……。

……負債……完済……。

……最終利益……黒字……」


一拍。


「……わが社の……存続決定……です……」


――その瞬間。


「うおおおおおお!!」


「やったぁぁぁぁ!!」


カイトとシャロンが絶叫した。

ゼクスがフッと笑う。

アルベルト社長は号泣しながら酒を飲み始めた。


「会社が潰れなかったぁぁぁ!!」


「社長、あなた経営者なんですから、

そこはもっと威厳を」


「無理だよぉぉぉ!!」


私は小さく息を吐き、デスクの引き出しを開けた。


中から取り出したのは。


一枚の羊皮紙。

少しだけ折れた端。

見慣れた書類。


「リィンさん、それって……」


カイトが目を丸くする。


「……私の『有給休暇申請書』です」


しん。


事務所が静まり返った。


「……今日から一週間。

私は休みをいただきます」


ピートを抱き上げる。


「……海へ行く予定ですので」

「ニャ~ン♪」


「うおおおお!!

ついに休めるんですねリィンさん!!」


カイトが感動している。


私は静かに頷いた。

そして。


バン。

公印を持ち上げる。


「承認します」


ドンッ!!

力強く、自分の申請書へ捺印した。


その瞬間。


――バタン!!

ドアが吹き飛ぶ勢いで開いた。


全員が振り向く。

飛び込んできたのは、顔面蒼白の伝令係だった。


「り、リィン殿ォォォ!!」


息切れ。

汗だく。

半泣き。


「緊急事態です!!」


嫌な予感。

ものすごく嫌な予感。


「……内容を」


「宗主国であるシュヴァルツ帝國が、

エデン崩壊による経済混乱を理由に!」


伝令が叫ぶ。


「国境付近の『魔導関税』を一方的に引き上げました!!」

「な、何だってぇぇぇ!?」


カイト絶叫。


「こ、このままだと物流が止まります!!

王宮より至急、『対抗策(契約書作成)』の依頼が――!!」


沈黙。

誰も喋らない。


私は。

手に持っていた『有給休暇申請書』を見下ろした。


ぴくり。

こめかみが引きつる。


「……リィンさん?」


カイトが後ずさる。


ビリ。


私は書類を、ゆっくり破いた。

ビリビリビリ。


「……あっ」


カイトの顔が青ざめる。


「リィンさん、

目が、目が真っ赤ですよ……!」


「……ルルさん」


私は静かに言った。


「帝國の現行関税法を、すべてダウンロード」


「……了解……」


「……シャロンさん。

帝國の弱みを握るため、裏ルートの帳簿を買い占めてください」


「うわぁ……始まった……」


「……ゼクスさん、カイト君」


私は眼鏡をクイと押し上げる。


「出発の準備を」


一拍。


「行き先は――

シュヴァルツ帝國王都関税局です」


「リィンちゃぁぁん!?」


シャロンが叫ぶ。


「休まなくていいの!?」

「休みます」


即答。

全員が固まる。


「……ただし」


私は冷たく微笑んだ。


「目の前の『ゴミ』を完全に片付けてからです」

そして。

「まずは、帝國の魔導関税引き上げを撤回させます」


ゾクッ。

空気が凍る。


「……帝國の会計士どもに、

真の『精算』というものを教えてあげましょう」


「ニャーン!!」

ピートが勇ましく肩へ飛び乗る。


戦闘開始。


いや。

監査開始だ。


◇◇◇


最強の事務官リィンと、

一癖も二癖もある仲間たちの戦いは、

まだ始まったばかりだった。


世界が正しく「黒字」になるその日まで、

彼女のデスマーチは終わらない。

これにて、『エデン編』完結です。


英雄ギルドを崩壊させた最強事務官リィン。

ですが――彼女自身にも、まだ誰にも語っていない「過去」があります。


次回、リィンの過去編。


なぜ彼女はここまで「仕事」に執着するのか。

そして、“事務”で戦うようになった理由とは。


続きは来週の土日に更新予定です。

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