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決算報告:わが社はついに黒字です

一月一日。

午前九時。


王都の街には、新春を祝う鐘の音が響いていた。


子供たちは凧を揚げ、

露店では甘い焼き菓子の匂いが漂う。


平和。


穏やか。

誰もが笑っている。


――ただ一か所を除いて。


ギルド『ラスト・リゾート』事務所。


その扉が。


まるで処刑場の門でも開くかのような、

重苦しい音を立てて開かれた。


ギィィィ……。


「――新年早々、野暮な仕事で申し訳ないね」


低い声。

金縁眼鏡。

真っ白な手袋。

漆黒の監査服。


入ってきたのは、王宮財務局筆頭監査官だった。


その後ろには。

勝利を確信したような笑みを浮かべるハンス。


そして。

神々しい白銀の鎧を纏ったシグルド。


完全に。

「勝ちに来た顔」だった。


「だが」


監査官は淡々と言う。


「法律に休日は存在しない」


事務所の空気が張り詰める。

カイトが小さく悲鳴を漏らした。


「うわあああ……。ラスボス来た……」


「王宮財務局の筆頭監査官って、

ゲームだったら絶対“第二形態”あるやつじゃん……」


「静かに」


私はペンを走らせたまま答える。


「業務中です」

「この状況で!?」


シグルドが鼻で笑った。


「可愛げが無いな、リィン」


彼は事務所を見回す。

ボロい壁。


積み上がった書類。

徹夜明けの空気。


そして。

床に転がる空き瓶。


「……ふっ」


薄く笑う。


「負け犬ギルドの帳簿係も大変だな」


カイトがムッとする。


だが。

私は顔も上げない。


「シグルド様」


淡々と。


「入室時は靴の泥を落としてください」


「……何?」


「そのラグ」


ペンを走らせたまま指差す。


「今朝、魔王城から接収したばかりの最高級魔獣毛です」


一拍。


「減価償却資産なので」


シグルドの眉が引きつった。


ゼクスが吹き出す。


「くくっ。魔王城のカーペットに泥つけるなってよ」


そのまま、大剣の柄を軽く叩く。


「しかしまあ、公務員ってすげえな。九時ピッタリだぜ」


シャロンは既に魔導カメラを回していた。


「はい注目ー!」


ぱちん、と指を鳴らす。


「今、王宮広場の巨大水晶板で

監査官の入室シーンを生中継してるわよー!」


「やめろォ!?」


ハンスが絶叫した。

遅い。


「……視聴者数……急増中……」


ルルが無表情でキーボードを叩く。


「……現在……七万……」


一拍。


「……八万……。……王都住民……監査開始を……視聴中……」


「新年番組かよ!!」


カイトが頭を抱えた。


その隣で。

アルベルト社長は完全に死んでいた。


「うぅ……。リィンちゃぁん……」


酒瓶を抱えたまま、床で縮こまっている。


「俺まだお屠蘇残ってるんだってぇ……。

世界が回るぅ……」


「社長」


私は即答した。


「回っているのはあなたの頭です」


「ひどい!」


その時。

ペシッ。


「ぎゃっ」


ピートがアルベルトの禿げ頭を前足で叩いた。


「ニャッ」


完全に。

『しっかりしろ無能社長』

という顔だった。


監査官が咳払いする。


「……では、監査を始めよう」


だが。

その視線が、事務所の奥で止まった。


「…………」


沈黙。

監査官が指差す。


「……あの」


一拍。


「猫が座っている“巨大な置物”は何ですかね?」


全員の視線が向く。

そこには。


『管理番号001』


札を首から下げ。

差押テープを全身に巻かれ。


魂が抜けた顔で固まる魔王がいた。

その頭の上で、ピートが丸くなって寝ている。


「わが社の“期間限定・特定派遣社員”です」


私は即答した。


「資産評価額は金貨二千万枚相当として計上しております」

「馬鹿な!!」


ハンスが机を叩いた。


「魔王は人類の敵だ!」


さらに叫ぶ。


「そんなものを資産として認められるわけがない!」


続けて。


「監査官!これは虚偽計上だ!

今すぐ営業停止処分を――!」


彼の手には、帝國から急送されたらしい

『国際会計基準違反』の告発状。


だが。

私は一枚の書類を差し出した。


「残念ですが」


一拍。


「その基準、五分前に更新されました」


「……は?」


監査官が目を見開く。

私は書類を机に置いた。


「王宮財務局承認。

『魔王軍資産の民営化に関する暫定法』です」


沈黙。

ハンスの顔が固まる。


「王宮は、わが社による魔王軍資産の管理を

“戦時賠償金回収の最適化”として認可しました」


さらに続ける。


「魔王城の観光地化。魔王軍労働力の再編。

および戦後復興支援」


書類をめくる。


「結果として、王都経済は前年比三二%成長見込みです」


監査官の目つきが変わった。


完全に。

“数字を見る目”になった。


私はさらに畳みかける。


「監査官様。こちらが当ギルドの決算書です」


ぱさり。

書類を差し出す。


「エデンの債務超過を差し引いても」


一拍。


「魔王個人の労働価値。魔王城の観光資源価値。

将来収益予測を合算した結果――」


私は眼鏡を押し上げた。


「わが社は史上類を見ない“超黒字”で本年度を締めています」


静寂。


シグルドの顔から余裕が消えた。

ハンスの指が震える。


監査官だけが、無言で書類をめくっていた。


ピートはそんな空気など気にせず、

魔王の頭の上で大欠伸。


完全にくつろいでいる。


「……さて」


私はペンを置いた。


「監査を始めましょう」


一拍。


「一円の狂いもなく」


さらに。


「あなたたちの“過去の不正”も含めて、

一括で清算して差し上げます」


◇◇◇


「ふざけるなァ!!」


ハンスが怒鳴った。


「魔王を資産になど――法が許しても私が許さん!!」


ドンッ!!

机を叩く。


その衝撃で、書類が数枚宙を舞った。


その瞬間。

ピートの目が開く。


「ニャ」


次の瞬間。


シュバッ!!

空中を舞う書類を前足でキャッチ。


そのまま。

ベチャァッ!!


ハンスの顔面に叩きつけた。


「ぶふっ!?」

「ニャッ!」


完全に。


『散らかすな無能』


だった。


「き、貴様ぁぁぁ!!この畜生猫が!!」


ハンスが掴みかかろうとする。

だが。


その首元へ。

スッ――。


ゼクスの大剣が添えられた。

鞘付きのまま。


だが。

十分すぎる威圧感。


「おっと」


ゼクスが笑う。


「ピートに触んなよ」


「彼、うちの重要役員だからな」


私は冷たく告げた。


「重要機密守護役。兼、セラピー部長です」


さらに。


「彼に危害を加える行為は、

当社福利厚生への重大侵害となります」


「な、なんだその役職!?」


「備品の扱いも雑でしたしね」


私は床に落ちた書類を見る。


「追加損害賠償を請求しても構いませんが?」


ハンス、硬直。

シャロンがその顔を至近距離で撮影する。


「はい注目ー!」


カメラぐいっ。


「今の顔、めちゃくちゃ

“やましいことあります”って顔してるわよー!」


「やめろぉぉぉ!!」


「……視聴者数……十万突破……」


ルルが淡々と言う。


「……王都住民の三割……

エデンの不正を疑い始めています……」


ハンスの顔色が変わった。

シグルドが歯を食いしばる。


そして私は。

監査官へ向き直る。


「監査官様」


静かに。


「エデンのハンス様とシグルド様が、

ここまで必死に当ギルドの決算を妨害する理由」


一拍。


「それは極めて単純です」


私は、分厚い帳簿をゆっくり開いた。


「――彼ら自身の“帳簿”が、

もう誤魔化せない段階まで腐っているからです」

読んでいただき、ありがとうございます。


巨大冒険者ギルド・エデンについに終わりの始まりが。

次回、ハンス・シグルドとの最終決着。


来週の土日に続きます。

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