魔王、差し押さえました
魔王は、勝ち誇ったように両腕を広げた。
『これでお前たちの“差し押さえ”は、
国家財産に対する不法侵入となる!』
玉座の間に、嘲笑が響く。
『今すぐここを去らなければ、
帝國軍が黙ってはおらんぞ!』
魔族たちがどっと沸く。
「終わった……」
カイトが、その場に膝をついた。
「国家相手とか、無理だろ……!
さすがの事務官でも勝てないって……!」
魔王は鼻を鳴らす。
『フハハハ!所詮は小娘の帳簿遊びよ!』
巨大な魔導スクリーンの向こうで、
ハンスもまた、余裕たっぷりに笑っていた。
「どうしたリィン?今さら震えているのか?」
だが。
私は何も言わない。
静かに。
ただ、眼鏡を押し上げる。
そして。
手元の“裏帳簿”を開いた。
ぱらり。
紙の音だけが響く。
「……なるほど」
小さく呟く。
「ハンス様。あなたは、帝國の会計基準を過信しすぎましたね」
ハンスの笑みが止まる。
「……何?」
私は視線を落としたまま、ページをめくる。
「あなたが帝國へ譲渡した債権リスト」
一拍。
「その中に――」
指先で、一行を叩く。
「魔王軍が十年前に帝國から借り受けた、“建国資金”の借用書が含まれています」
魔王が眉をひそめた。
『……それがどうした?』
ハンスも鼻で笑う。
「帝國が魔王軍に投資していた証拠にすぎん」
「いいえ」
私は即答した。
「シュヴァルツ帝國現行法。帝國憲法第百八条」
一拍。
「“魔族への直接投資”は、反社会的勢力への利益供与とみなされます」
空気が変わる。
「そして、その時点で――」
私はページを閉じた。
「全資産凍結。および、授受された権利の無効化が自動適用されるはずです」
沈黙。
魔王の笑みが凍る。
ハンスの顔色が変わった。
「……は?」
「ルルさん」
「……はい……」
「帝國憲法第百八条の解釈を、今すぐ帝國中央銀行の監査AIへ送信しなさい」
「……了解……」
ルルの指が、高速で端末を叩く。
魔力キーボードが青白く発光する。
数秒。
そして。
「……送信完了……」
一拍。
「……帝國中央銀行……内部監査プロセス……緊急起動……」
さらに数秒。
ルルの目が、少しだけ丸くなる。
「……あ」
「どうしました?」
「……帝國銀行……パニック中……」
ざわっ。
「“ハンスとの契約は存在しなかったことにする”……との公式声明……出ました……」
「なっ――」
ハンスの顔から血の気が消えた。
「な、な、な……!?」
魔導スクリーン越しでも分かる。
土色だ。
完全に。
「馬鹿な!そんな処理、数秒で通るわけ――!」
「通ります」
私は淡々と言った。
「帝國は、“責任”より“損切り”を優先する国家ですから」
ハンスが絶句する。
彼は帝國を利用した。
だが。帝國もまた、ハンスを利用していただけだった。
そして。
不要になれば切る。
ただそれだけ。
「事務官にとって、法は武器ではありません」
私は静かに告げる。
「……単なる条件分岐。If-Thenです」
次の瞬間。
私はハンスの通信を強制遮断した。
ブツンッ!!
魔導スクリーンがブラックアウトする。
「ハ、ハンス様ぁぁぁ!?」
魔王が絶叫した。
私は振り返る。
「さて」
眼鏡を押し上げる。
「帝國の庇護(笑)も消えたところで、棚卸しを再開しましょう」
「ひっ」
魔王が引いた。
「カイト君。ピート」
私は金庫室の奥を見る。
「……まだ“隠し資産”がありますね?」
「ニャーン!」
ピートが、尻尾を逆立てた。
そして。金庫室のさらに奥。
魔王の玉座の真下にある、
古びた排水溝へ向かって威嚇する。
「えっ」
カイトが青ざめる。
「そこ!?いやいやいや、下水じゃん!」
「カイト君」
私は即答した。
「不透明な金は、だいたい水の中に隠されています」
「最低な金融知識!」
「あなたの運で開けなさい」
「雑っ!!」
カイトが泣きそうになりながら、
排水溝の蓋に手をかける。
ギギギギ……。
重い音。
そして。
開いた。
次の瞬間。どす黒い魔力が噴き上がる。
「うわっ!?」
カイトが尻もちをつく。
そこにあったのは。
金貨ではない。
宝石でもない。
黒い石板。
古びた、
禍々しい、
巨大な契約石板だった。
見た瞬間。
アルベルト社長の手から、シャンパン瓶が落ちた。
ガシャン!!
「……リィンちゃん」
酔いが消えている。
完全に。
「それはヤバい」
低い声。
「“魔王の魂の受領証”だ」
空気が凍る。
「魔王が、この世界の“負の感情”を燃料にして、力を維持していた証明書……」
一拍。
「魔界最大の“負債証券”だよ」
魔王の顔が引きつった。
『き、貴様……なぜそれを……!』
ルルが高速で計算を始める。
「……魔王様の……全魔力……担保設定済み……」
カタカタカタカタ。
「……現金化可能額……試算開始……」
「やめろぉぉぉ!!」
魔王が叫ぶ。
遅い。
私は、特大公印を持ち上げた。
「――判定」
一拍。
「魔王個人の能力、および生命維持費の差し押さえ」
ドンッ!!
公印を石板へ叩きつける。
赤い魔力が爆発した。
『ぐああああああっ!!』
魔王の全身に、
赤い刻印が走る。
「お、おのれ……!魂まで奪う気か……!」
「奪いません」
私は冷静に否定する。
「ただし」
一歩、前へ。
「これからあなたが“魔王”として得る、すべての経験値、魔力、カリスマ的威光」
一拍。
「その収益の九割を、わがギルドの営業外利益として永続徴収します」
「…………は?」
魔王が固まる。
私は、首元に浮かび上がった赤い刻印を指差した。
『差し押さえ済』
そう刻まれている。
「つまり」
私は告げる。
「本日をもって、あなたは
“ラスト・リゾート専属派遣社員(魔王職)”となりました」
沈黙。
数秒。
『……は?』
「おめでとうございます」
淡々と。
「明日からの侵略ノルマは、弊社が管理します」
『な、何いぃぃぃぃぃっ!?』
「勝手に勇者と戦わないでください」
「城を壊さないでください」
「無断敗北は禁止です」
「すべて会社資産への損害となりますので」
『わ、私が……派遣社員……!?』
魔王の肩が震える。
『この……魔界を統べる王が……!?』
「誇りでは納税できません」
即答だった。
魔王、沈黙。
完全敗北。
「……さあ」
私は書類を閉じる。
「ルルさん。これで全資産評価が完了しました」
「……はい……」
「カイト君、ピート。王都へ戻ります」
一拍。
「財務卿を叩き起こして、修正申告です」
その瞬間。
魔王城全体に、ラスト・リゾートの社旗が掲げられた。
魔王。
四天王。
数千の魔物。
全員が。
震える手で、“新年業務計画書”を受け取っていた。
私は、崩れ落ちた魔王を見下ろす。
そして。
最後に、一言。
「――あ、言い忘れましたが」
眼鏡を押し上げる。
「元旦の休日出勤手当、あなたたちの資産からさらに上乗せしておきましたから」
魔王城に、史上最も絶望的な「新年の朝」が訪れようとしていた。
◇◇◇
一月一日。
午前五時三十分。
初日の出が、
王都を白く染め始める頃。
ギルド『ラスト・リゾート』事務所の床に、次元の裂け目が開いた。
ズルズルズル……。
「……ただいま……戻りました……」
ルルが、死んだ目で這い出てくる。
「……魔王城……全資産データ……バックアップ完了……」
そのまま席へ直行。
魔力端子をサーバーへ接続。
バチバチッ!!
その後ろから。
金色の『差押』テープを全身に巻かれた魔王が、ふらふらと歩いてきた。
完全に。人生終了した顔で。
四天王たちも続く。
全員、死相。
「リィンさん……」
カイトが震える。
「本当に連れて帰ってきちゃったよ……」
魔王の首には。『管理番号:001』タグ。
「これ……在庫計上していいの?生き物だよ?」
「問題ありません」
私は即答した。
「彼は既に、株式会社ラスト・リゾートの無形固定資産、
兼、特定派遣社員です」
魔王が泣いた。
「……ルルさん」
「……はい……」
「修正申告書の“特別利益”欄に、魔王個人の推定生涯賃金、
および魔王城の観光資源価値を入力」
一拍。
「一円の端数も許しません」
「……了解……」
ルルが入力する。
カタカタカタカタ――。
そして。
最後のキーを叩いた瞬間。
事務所のメインモニターに、巨大な文字が表示された。
【黒字】
眩しい。
圧倒的黒字。
「……純利益……前年比……四〇〇〇〇%増……」
「おおおおおおお!?」
カイトが叫ぶ。
ハンスが仕掛けた、
“未払いによる倒産”。
それは。
リィンが“魔王そのもの”を資産化したことで、
逆に過去最大利益へと変貌していた。
「ニャーン」
ピートが、床に崩れ落ちる魔王の膝へ飛び乗る。
くるん。
丸くなる。
完全に。
「今日からお前、僕の下僕な」
という態度だった。
魔王、限界。
「……猫にまで……」
ぽろり。
涙が落ちた。
シャロンが吹き出す。
「ふふっ!リィンちゃん、お見事!」
徹夜明けの顔で笑う。
「これなら九時に財務省が来ても、文句つけようがないわね!」
アルベルト社長は、魔王の隠しワインを勝手に開封していた。
「いやぁ!素晴らしい初日の出だ!」
ぐいっと飲む。
「エデンを潰し、魔王軍を傘下に収める!」
一拍。
「ベンチャー企業として、最高のスタートじゃないか!」
「……社長」
私は窓の外を見る。
「まだ終わっていません」
空気が変わる。
王都のメインストリート。
そこを。
数台の豪華な魔導馬車が、
一直線にこちらへ向かってきていた。
扉に刻まれた紋章。
王宮財務局。
そして。
エデン。
馬車の中には。
豪奢な正装を纏ったハンス。
そしてシグルド。
私は、静かに笑った。
「彼らはまだ、自分たちの“法”が通用すると信じているようです」
特注公印を手に取る。
重い。
冷たい。
だが。
心地いい。
「……エデンという巨大な残骸」
「帝國の威光」
「旧時代の権威」
一拍。
「それらで、この決算を力ずくで無効化しに来るつもりなのでしょう」
カイトが青ざめる。
「えっ。まだ戦うの……?」
「当然です」
私は書類を整える。
「カイト君」
「は、はい……」
「有給休暇申請書は、まだしまっておきなさい」
一拍。
「本当の“精算”は、これからです」
「ええええええっ!?」
カイト絶叫。
「俺もう三十時間くらい起きてるんだけど!?」
「眠りたければ、目の前のゴミを片付けなさい」
私は淡々と言う。
「事務官にとって、一月一日の朝とは」
一拍。
「去年のゴミを捨て、新しいゴミを迎え入れる儀式の日です」
その瞬間。
ドンドンドンドン!!
事務所の扉が乱暴に叩かれた。
来た。
王都の法。
旧世界の権威。
そして。
亡執に取り憑かれた、
かつての仲間たち。
最後の“監査”を携えて。
私は、真っ白な修正申告書を手に取る。
そして。
冷徹な微笑を浮かべながら、
ゆっくりとドアへ歩み寄った。
読んでいただき、ありがとうございます。
魔王を差し押さえ、ついに黒字化へ王手をかけたリィン。
ですが、追い詰められたハンスとシグルドも最後の悪あがきを始めます。
黒字か。
破綻か。
そして、リィンが下す「決算」の結末とは――。
続きは明日です。
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