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ハンスの逆襲とシュヴァルツ帝國の影

「無駄です」


私は、ぶ厚い契約書を開いた。

ページをめくる音だけが、静まり返った宴会場に響く。


「……ここに、貴軍が昨年末に署名した

『業務委託基本契約書』があります」


一拍。


「第十四条第三項」


淡々と読み上げる。


「『支払いが一日でも遅延した場合、債権者は債務者の全資産に対し、

予告なく即時の差し押さえを行う権利を有する』」


私は顔を上げた。


玉座。

そこに座る魔王を見る。


「……魔王様」


一拍。


「あなたの判が、しっかり押されていますね?」


書類を軽く傾ける。

黒いインク。


逃げ場のない証拠。

魔王が不機嫌そうに身を乗り出した。


「……そんなもの」


鼻を鳴らす。


「エデンとの力関係を調整するための、便宜上の契約だ」


さらに。


「第一」

玉座の肘掛けを叩く。


「我々魔族に、人間の法が通用すると思っているのか?」

「法ではありません」


私は即答した。


「……これは、『事務の摂理』です」


眼鏡を、中指でクイと押し上げる。

カチ。


全職種カンスト。

その力は。


剣でも魔法でもない。

世界の“ルール”そのものを書き換える。


私が。


「これは差し押さえ対象です」


そう定義した瞬間。

対象は、物理的な不可侵領域へ変換される。


誰にも触れられない。

誰にも逆らえない。


完全に。


「……ルルさん」

「……はい……」

「城内の魔力供給ラインを、すべて

『ラスト・リゾート仮勘定口座』へバイパスしてください」


ルルの指が、端末を叩く。


「……了解……」


一拍。


「……魔王城主電源……差し押さえ完了……」


さらに。


「……これより……照明および暖房……

従量課金制へ……移行します……」


パッ。


宴会場の照明が落ちた。


悲鳴。

ざわめき。


薄暗い非常灯だけが、ぼんやりと空間を照らす。


同時に。

魔王城特有の“底冷え”が襲った。


『なっ……!?』

『寒い!!』

『おい暖房どうした!?』

『凍える!!』


魔物たちが騒ぎ始める。

私は淡々と告げた。


「暖房使用料は、一分につき金貨一枚です」


一拍。


「支払い不能の場合、城壁のレンガを一枚ずつ剥がして競売にかけます」

「リィンさんやりすぎだよ!?」


カイトが叫ぶ。


「魔王が震えてるよ!?」


実際。

魔王はマントを抱えて震えていた。


だが無視。

私はピートへ視線を向ける。


「ピート」

「ニャ?」


「……一番“金目の匂い”がする場所へ案内しなさい」

「ニャーン!!」


ピートが飛び出した。


一直線。

宴会場奥の隠し扉へ突撃する。


「待てぇぇぇ!!」


魔王が立ち上がる。


「そっちは私の個人金庫室だ!!」


だが。


その前にゼクスが立ちはだかった。

大剣は抜かない。


鞘のまま。

ドン。


魔王の胸を軽く押し返す。


「悪いな魔王様」


ゼクスが肩をすくめる。


「……うちの事務官は、

数字が合わねえ時の方が魔王より怖ぇんだわ」


一拍。


「おとなしく納税しとけ」


金庫室の扉が開く。


その瞬間。

黄金の光が溢れた。


山積みの財宝。

伝説級の武具。

巨大な宝石。

古代帝國時代の貨幣。


魔王軍が数百年かけて略奪――

もとい。

“集積”してきた資産群。


私は無言で見回す。


「……社長」


「はいはい、お任せ〜」


アルベルトが酔ったまま前へ出る。


だが。

目だけは鋭い。

完全にプロ。


「おや」


『破滅の魔剣』を持ち上げる。


「これ、昔は高かったんだけどねえ」


くるくる回す。


「今は聖属性武器が流行りだから、相場落ちてるよ」


さらに。


「……でもこっちの『古代帝國金貨』はすごいね」


目を細める。


「プレミア込みで、ざっと八百万枚ってところかな」


「……ルルさん」

「……はい……」


「全資産をデータ化」

「決算書別表へ転記してください」


「……了解……」


「カイト君」

「は、はい!」


「金庫に特大テープを」

「う、うん……」


カイトが震えながら黄色いテープを貼る。

そして。

ぼそっと呟いた。


「……リィンさん」

「ハンスさんも怖かったけどさ……」


一拍。


「今のリィンさん、完全に悪の組織の取り立て屋だよ……」


「心外ですね」

私は即答した。


「私はただ」


一拍。


「わがギルドの黒字を守っているだけです」


その時だった。


ドォン!!

金庫室の扉が吹き飛ぶ。


『おのれ人間ども!!』


四天王、全員集合。

武器展開。

殺気全開。


『我らの新年の誇りをここまで汚すとは!!』

『死をもって償えぇぇぇ!!』


数千の魔物たちが一斉に殺到する。


だが。

私は動かなかった。


静かに。


懐から取り出す。

分厚い束。


――未払い請求書。


「判定」


私は公印を掲げる。


「悪質な不払い」


一拍。


「および業務妨害」


瞬間。


請求書が光を放った。

無数の紙が宙へ舞う。


そして。

巨大な壁へ変形。


ドゴォォォォン!!

魔物たちの攻撃を、完全に弾き返した。


『なっ……!?』

『請求書が盾になっただと!?』


「請求額、確定」


私は淡々と続ける。


「延滞利息として」


一拍。


「四天王の皆様の『有給休暇』」

「および『装備品所有権』を、本日付で差し押さえます」


静寂。


『……は?』


四天王が固まる。

私はさらに追撃する。


「拒否する場合」


一拍。


「全職種カンスト事務官による『物理的精算』へ移行します」


そして。

静かに微笑んだ。


「……どなたから始めますか?」


背後に。

黒いオーラが立ち昇る。


事務の死神。

そんな言葉が似合うほどの圧。


魔王も。

四天王も。


最強を誇る魔物たちですら。

一歩も動けない。


完全に。

空気を支配されていた。


「……さて」


私は書類をめくる。


「初日の出まで、あと三時間」


一拍。


「魔王城の全在庫を棚卸しします」


そして。

取り立てを再開した。


「……一人でもサボれば」


静かに。


「来期の魔王軍予算はゼロです」

「つまり廃業です」


その瞬間。

魔王城の新年会は。


史上最悪の――

“深夜棚卸し作業”へと強制変換された。


◇◇◇


「――待ちなさい」


突如。

空間にノイズが走る。

バチバチ、と紫電が弾け。


巨大な魔導スクリーンが展開された。

映し出されたのは――


ハンス。


豪奢な毛皮。

背後には、シュヴァルツ帝國の国旗。

狂気じみた笑みを浮かべている。


「リィン!!」

羊皮紙を突きつける。


「貴様がエデン王都支部を

金貨一枚で買い叩いた件は認めよう!」


一拍。


「だが!」


「エデン本社はすでに帝國の庇護下に入り!」

「魔王軍への全債権を、帝國中央銀行へ譲渡した!!」


沈黙。


ハンスが笑う。


「つまり!」


「お前が今差し押さえようとしている宝物も!」

「魔力ラインも!」


「すべて帝國の国有財産だ!!」


空気が変わる。

ルルの指が止まった。


「……リィンさん……これ……本当……です……」


モニターを見つめる。


「……帝國公的サーバーより……債権移転通知……確認済み……」


静寂。


国際法。

国家間条約。


それは。

一ギルドの事務官にとって。

物理的な壁よりも高い障壁。


『ハハハハハ!!』


魔王が笑い出した。


さっきまで震えていたとは思えない。

完全復活。


『聞いたか事務官!!』


玉座へ座り直す。

不遜な笑み。


『帝國が、我々のスポンサーになったのだ!』

読んでいただき、ありがとうございます。


ついに始まるハンスの逆襲。

その背後には、シュヴァルツ帝國の影が――。


かつての仲間との因縁は、やがて国家を巻き込む戦いへと発展していきます。


ですが、リィンは動じません。

帳簿と数字、そして監査の力で立ち向かいます。


続きは来週の土日に更新予定です。


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