業務妨害につき、魔王軍を差し押さえに参ります
王都に、新年の鐘が鳴り響く。
誰もが笑い、酒を掲げ、今年の幸運を願う――
一月一日。
午前零時五分。
だが。
ギルド『ラスト・リゾート』の事務所だけは違った。
シャンパンの乾杯音よりも鋭く。
無機質な警告音が、空気を切り裂く。
ピ――――ッ。
「……リィンさん。緊急……エラー……です」
ルルが端末を見つめたまま呟く。
「……魔王軍ホールディングスからの……入金……
キャンセル……されました」
その瞬間。
「えっ!?」
カイトの手から、グラスが滑り落ちた。
ガシャァン!!
「きゃあっ!?」
シャロンが飛び退く。
「ちょ、ちょっとカイト!」
「いやいやいや待って!?
だってさっきリィンさん、“決算完了”って言ったよね!?」
青ざめるカイト。
ルルは淡々とモニターを読む。
「……理由……」
一拍。
「『契約主体の消滅による、債務の無効化』」
さらに。
「『そもそも魔族に納税義務は存在しない』
……との……一方的通告……です」
沈黙。
私は、静かにシャンパンのグラスを置いた。
カチ。
ガラスの音だけが響く。
ルルのモニターには、
さっきまで黒字を示していた決算グラフ。
それが今。
真っ赤に染まっていた。
原因は一つ。
魔王軍から支払われるはずだった、
エデンへの莫大な取引の費用。
清掃費。
その他の未回収債権。
つまり――踏み倒し。
「……なるほど」
私は眼鏡を押し上げる。
「エデン崩壊の混乱に乗じて、
支払いを逃げるつもりですか」
声は冷たい。
真冬の空気よりも。
今回の戦い。
エデンを潰し、買収に成功した。
だが、その裏では莫大なコストが動いている。
本来なら。
魔王軍からの入金で相殺される予定だった。
しかし。
ここで支払いが止まれば――
ラスト・リゾートは。
新年初日の朝に。
倒産する。
「リィンちゃん、これかなりヤバいわよ!?」
シャロンが書類を抱えて叫ぶ。
「財務省の役人たち、エデン調査のついでに、
うちの決算も見るって言ってたの!」
一拍。
「朝九時には来るわよ!?」
「……社長」
私は振り向く。
「アルベルト社長」
「ひいっ!?」
酒瓶を抱えていたアルベルトが飛び上がる。
「な、何かなリィンちゃん!?」
「そんな顔しないで!?ピート! 助けて!」
逃げようとする。
だが。
ピートが前足でズボンを掴んだ。
「ニャッ」
逃がさない。
完全に。
「社長」
私は淡々と言う。
「魔王城への『出張命令書』を発行してください」
「事由は」
一拍。
「悪質な債務者に対する強制執行」
「元旦だよ!?」
「関係ありません」
即答。
「……ルルさん」
「……はい……」
「転送ゲートを準備」
「……完了……可能……です」
「ゼクスさん」
「おう」
「剣を」
「まかせとけ!」
「カイト君」
「は、はいっ!」
「『差し押さえ』の腕章を装備してください」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
絶叫。
「元旦早々、魔王城!?」
「今ぜったい新年会やってるよね!?」
「魔物だらけだよね!?」
「ポーション飲む時間は、転送中に五秒与えます」
「短い!!」
私は引き出しを開ける。
そこから取り出したのは――
巨大な赤い公印。
『王宮公認・強制執行用特大公印』
普段は封印している代物。
全職種カンスト。
その力は。
帳簿を整えるためだけじゃない。
不当な未払いを。
物理的に叩き潰すためにも存在する。
「行きますよ」
私は立ち上がる。
「……初日の出が昇る前に」
一拍。
「魔王城の資産を、
すべて『ラスト・リゾート』の棚卸資産に変更します」
ルルが展開した転送ゲートが、紫色に輝く。
新年の華やかさなど。
どこにもない。
これは。
事務官リィンによる――
世界で最も冷徹な、借金取りの始まりだった。
◇◇◇
転送ゲートを抜けた先。
そこは魔王城の玉座の間――
ではなかった。
広大な大宴会場。
極寒の地に建つ魔王城の中心部。
数千の魔物たちが酒を飲み、肉を食い、
叫び、踊っている。
完全に新年会だった。
中央の壇上では。
魔王と四天王が、高級暗黒ワインを掲げて乾杯している。
「ガハハハハ!!」
獣人族の猛将が骨付き肉を振り回す。
「あの小娘の顔、見てみたいのう!」
「エデンが潰れた今、人間に金を払う必要などないわ!」
『左様』
骸骨の魔術師――死霊侯爵ガストが、顎を鳴らす。
『事務官と言ったか』
『あのリィンという女も、所詮は書類の王よ』
『まさか、この魔王城まで取り立てに来る度胸はあるまい』
その瞬間。
コツ。
コツ。
宴会場のど真ん中に。
ヒールの音が響いた。
静寂。
魔物たちが、一斉に振り向く。
「――お楽しみのところ失礼します」
私は言った。
「株式会社ラスト・リゾート、事務官のリィンです」
空気が凍る。
そこに立っていたのは。
赤い『強制執行』の腕章を巻いた私。
眠そうなルル。
『SEIZED(差押)』テープを抱えて震えるカイト。
酒瓶を隠し持つアルベルト社長。
そしてピート。
「……な……」
「な、なぜここにぃぃぃ!?」
四天王が叫ぶ。
私は淡々と答える。
「午前零時を過ぎても入金確認が取れませんでした」
「よって契約条項に基づき」
一拍。
「強制的債権回収を開始します」
ドォォォォォォォン!!!
私は特大公印を給仕机へ叩きつけた。
衝撃。
料理が跳ねる。
樽酒が揺れる。
「カイト君」
「は、はいぃっ!」
「この机」
「特大ローストビーフ」
「隣の樽酒」
一拍。
「すべてラスト・リゾート管理物件です」
「差押テープを」
「やりますぅぅぅ!!」
半泣きでカイトが黄色いテープを巻き始める。
『お、おい待て!!』
ガストが杖を振り上げる。
『それは我らの新年会のメインディッシュだぞ!!』
だが。
私は書類を一枚、ひらりと掲げた。
「異議申し立ては受理済みです」
一拍。
「却下しました」
読んでいただき、ありがとうございます。
前代未聞の魔王軍への借金取りが始まりました!
魔王軍の運命や如何に!
続きは明日。
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