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勇者様、その帳簿は燃やし忘れています

カイトがコンテナの中から、

煤まみれの金庫を抱えて飛び出してきた。


「うわっ、重っ……! なんだこれ、石かよ!」


床にドン、と鈍い音。

古い。

傷だらけ。


そして――異様な気配。


その上で、ピートが尻尾をぶんぶん振っている。

ゴロゴロゴロ……。

今まで見たことがないくらい、ご機嫌だ。


「……何ですか、それは」


私は視線を落とす。


「魔王城の地下の地下に埋まってたらしいんだけど……」


カイトが息を整えながら言う。


「……これ、エデンの紋章の封印がしてあるんだ」


一瞬で空気が変わる。


私はその金庫を持ち上げた。

重い。

だが、それ以上に――


「……」


頭の奥で、何かが鳴る。

事務官の直感。


警鐘。

これは。


ただのゴミじゃない。


「……ハンス様」


小さく呟く。


「……あるいは、エデンの歴代財務官」


視線を細める。


魔王軍。

裏取引。

隠蔽。


すべての線が、一本に繋がる。


「……魔王城という『世界で最も安全なゴミ捨て場』に隠したのですね」


指で金庫の表面をなぞる。

封印は精巧だ。

だが――甘い。


「……これは『裏帳簿』です」


一拍。


「……真実の決算書」


カイトが固まる。


「え……マジで?」


「……ハンス様」


私は、ゆっくりと笑った。

冷たく。


「……あなたは最大のミスを犯しました」


視線を上げる。


「決算期に、一番見られてはいけない書類を」


一歩、踏み出す。


「わが社に『掃除』という名目で送りつけてしまった」


静寂。


「……リィンさん」


ルルの声。

震えている。


「これ……開けたら……」


一拍。


「……世界が……ひっくり返る……数字が……並んでます……」


◇◇◇


同時刻。

エデン最上階。


「……しまった!」


ハンスが叫ぶ。

顔面蒼白。


「廃棄物コンテナの中に……!」


机を叩く。


「『特別重要機密』を紛れ込ませただと!?」


側近が震える。


「申し訳ございません……!」

「馬鹿者!」


怒鳴る。


「今すぐ『ラスト・リゾート』を物理的に粉砕しろ!」


窓の外を睨む。


「決算など、させてたまるかぁ!!」


◇◇◇


窓の外に見える。


進軍してくる旗。


エデンの紋章。

シグルド率いる私設騎士団。


「……来ましたか」


私は眼鏡を拭いた。

静かに。

そして、ピートを膝に乗せる。


「……カイト君」

「は、はい!」

「この金庫」


指で軽く叩く。


「決算書の『特別利益』の欄に」


一拍。


「一番大きなフォントで記載しなさい」


カイトの喉が鳴る。


「……はい」

「……さあ」


視線を上げる。


「いよいよ『監査』の時間です」


◇◇◇


「――総員、戦闘態勢」


静かに、私は言う。


「ただし」


一拍。


「インクを一滴も台帳にこぼさないこと」


さらに。


「それが条件です」


ドォン!!

扉が吹き飛ぶ。


煙。

瓦礫。


その向こうにシグルド。

そして騎士団。

剣を抜く。


「リィン!」


叫ぶ。


「その金庫を渡せ!」


一歩、前へ。


「それはエデンの所有物だ!」


私は首を傾げる。


「エデンの所有物?」


一拍。


「違いますね」


視線を合わせる。


「シグルド様」


静かに言う。


「これは魔王軍より正式に委託された『廃棄物処理業務』の一環です」


さらに。


「現在、わが社が所有権を一時的に預かっています」


間。


「……ゼクスさん」


振り向く。


「お客様の『お引取り』を」

「へっ、待ってました!姐さん」


ゼクスが笑う。

大剣を振り上げる。


「書類仕事ばかりで頭がパンクしそうだったんだ!」


踏み込む。


「暴れる方がマシだぜ!」


ガンッ!!

先頭の騎士が吹き飛ぶ。

だが。


数が多い。

押し寄せてくる。


剣。

魔法。

火花。


事務所が揺れる。


「リィンさん!」


カイトが叫ぶ。


「これ以上は建物が持たない!」


さらに。


「あいつら書類を狙ってる!」


視線が集まる。

金庫。

ピートが肩に飛び乗る。


「フシャーッ!」


威嚇する。

その時。カツン。

ポーションの瓶が転がる。


「……ピート」


一瞬、私は止まる。


そして。


「――いえ」


目を細める。


「そのままでいい」


振り返る。


「カイト君」

「な、なに!?」

「今のポーション」


指で示す。


「ルルさんの冷却システムにぶちまけなさい」


「ええっ!?」

「壊れるよ!?」

「いいからやりなさい」


一拍。


「あなたの『偶然』を、私が『必然』に変えます」

「くそっ、やけだ!」


投げる。

ガンッ!


ポーションが吸気口に吸い込まれる。

瞬間。

ブォォォォン!!


サーバーが唸る。

ルルの声。


「……オーバークロック……開始……」


加速。

さらに。


「……エデンの……全暗号……解除……」


騎士団が止まる。


「……『裏帳簿』の……全データ……」


空気が変わる。


「……王都中の……魔導水晶板へ……強制ミラーリング……開始……」


静寂。

窓の外を見る。


広場の巨大な水晶板に数字が映る。


十年分の記録。

密約。横領。


「……な、なんだ……?」


騎士の声が震える。


「エデンが……魔王軍に……?」


誰も動かない。世界が止まる。


通信クリスタルが光る。


ハンスだった。


顔が歪んでいる。


『リィン……!』


叫び。


『何ということを……!』


怒り。


『その帳簿は必要悪だ!』


さらに。


『公開すれば経済が崩壊するぞ!』


私は答える。

静かに。


「ハンス様」


一拍。


「経済を崩壊させているのは」


視線を上げる。


「あなたの粉飾決算です」


私は金庫から取り出した帳簿の最後のページを、カメラに向けた。


「この帳簿には、あなたの署名がある」


「……そして、あなたが個人的に横領し、

隣国の秘密口座に流していた金貨五百万枚の記録も」


ハンスの顔から血の気が引いた。


「リィン!!貴様!!」


追い詰められた獣のような殺意が、その瞳に宿る。


だが私は動じない。


なぜなら――


この帳簿に記されている不正は、


まだ、ほんの一部に過ぎないのだから。

読んでいただき、ありがとうございます。


エデン終了のお知らせ。


……と、言いたいところですが、

まだ終わりません。


リィンが掘り当てたのは、

世界をひっくり返しかねない「裏帳簿」でした。


次回、ついに反撃開始。

風雲急を告げる次回へ。

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