決算締切は世界の終わりより優先です
窓の外を見る。
王都の空が、不気味な紫色に染まっていた。
嫌な色だ。
視線を上げたまま、私は静かに息を吐く。
次の瞬間――
バサバサバサッ!!
空を覆う影。
「……来ましたか」
エデンの紋章をつけた伝書鳩。
それが、数千羽。
いや、もっとだ。
異常な数で、わが社の事務所へ
一直線に急降下してくる。
窓ガラスが震えた。
嫌な予感しかしない。
「……リィンさん、
これ……鳩……じゃない……です」
ルルの声。
いつも通り淡々としているのに、
わずかに震えている。
「……全部……魔導追跡式の……
『督促状(物理攻撃付き)』……です……」
「……ハンス様……」
私は眼鏡を押し上げた。
「……決算の忙しさを利用して、
物理的に事務所を埋め尽くす気ですか」
直後。
ドンッ! ドドドドドッ!!
鳩たちが一斉に窓へ激突する。
ガラス越しに貼り付く無数の影。
そして――
バラバラバラバラッ!!
紙。
紙。
紙。
数万枚の「請求書」が、雪のように降り注いだ。
「うわあああああ!?」
カイトの悲鳴。
床が一瞬で白に埋まる。
だがその中身は――
全部、でっち上げ。
エデンからの偽造請求書。
「わあ、ホワイトクリスマスだねえ」
「黙ってください社長」
私は静かに眼鏡を外した。
そして。
特注の公印を、握る。
「……いいでしょう」
一歩、踏み出す。
「……『お仕事』を増やしたいのなら、
相応の対価を払っていただきますよ」
振り返る。
「全員、ポーションを飲みなさい」
一拍。
「……これより、わがギルドは
『不眠不休の決算防衛戦』に突入します!」
「ニャッ!」
ピートが机の上から書類を蹴り飛ばす。
バサァッ!
アルベルトが酒をひっくり返す。
「うわっ、もったいない!」
最悪のタイミング。
最悪の敵。
エデンのハンスが仕掛けてきた、
史上最大のデスマーチが――始まった。
◇◇◇
「ちょっと社長!」
私はシュレッダーに紙を叩き込みながら、
そのままアルベルトの胸ぐらを掴んだ。
「何ですか、この『魔王城・年末大掃除および
廃棄物処理一括請負契約書』というのは!」
「いやあ、
昨日飲んだ魔族の女の子が困っててさあ……」
目を逸らすな。
ピートを盾にするな。
「魔王軍のコンサルは終わったはずです!」
さらに引き寄せる。
「なぜ今度は物理的な
ゴミ掃除まで引き受けてくるのですか!」
紙を叩く。
「しかも納期!」
指で強くなぞる。
「『十二月三十一日・日没まで』!
決算の締め切りと一分違わず重なっているではないですか!」
「いや、ほら……タイミングって大事じゃない?」
「殺しますよ」
空気が凍る。
その時。
「……リィンさん、これ……笑えない……です」
ルルの声。
モニターが赤く点滅している。
「……魔王城の……廃棄物……の中に……
高濃度の……呪物……混入……」
スクロール。
警告が連なる。
「……処理を誤ると……王都が……腐敗……します……」
「……最悪ですね」
私は目を細めた。
エデンの紙攻撃。
魔王城の呪いゴミ。
両方同時。
つまり――
完全な飽和攻撃。
「リィンさん! 受付にエデンの弁護士集団が来た!」
カイトが飛び込んでくる。
頭に鳩の羽根をつけたまま。
「『この請求書に一時間以内に回答しなければ、
即刻資産を差し押さえる』って!」
「……来ましたか」
私は頷いた。
「ハンス様、どこまで執拗な」
振り返る。
「……ゼクスさん、弁護士たちを会議室へ」
「あ、ああ」
「……カイト君」
視線を向ける。
「あなたはピートと一緒に、魔王軍の
廃棄物コンテナの中身を『幸運』で仕分けしなさい」
「えっ!?」
「俺とピートで!?」
「呪いのゴミだよ!?」
「ピートは魔力に敏感です」
私は淡々と言う。
「ピートが威嚇したものは即時焼却」
「喉を鳴らしたものは資産価値あり」
一拍。
「……一円でも見落としたら、
夕食はポーションの残りかすです」
「ひどい!!」
「ニャーン!」
ピートが元気よく鳴く。
そして。
カイトを引きずっていく。
「ちょ、待ってピート! 強い! 意外と力強い!」
無視。
私は会議室の扉を開けた。
中。
黒い法衣。
十数人。
整然と並ぶ弁護士たち。
空気が重い。
「さあ、事務官リィン」
一人が前に出る。
「わがエデンが立て替えた
『英雄ゼクスの飲食代(過去三年分)』」
紙を差し出す。
「金貨三千枚の支払いに同意する署名を」
一拍。
「拒否するなら、今この瞬間をもって
君たちの銀行口座を凍結する」
「……三年前」
私は静かに言う。
「ゼクスさんはエデン所属ではありません」
さらに。
「当ギルドの社員でもない」
紙を指で弾く。
「この請求、日付の捏造が著しいですね」
「証拠はあるのかね?」
弁護士が笑う。
「われわれはハンス様から
『完璧な領収書』を預かっている」
差し出される紙。
精巧。
見た目では分からない。
だが。
「……ルルさん」
私は小さく言った。
「サーバーの魔力と魔王城の
『呪いゴミ』を、こちらへバイパス」
「……了解……」
「……偽造品には……呪いが……
よく……馴染みます……」
パチン。
指を鳴らす。
その瞬間――
シュウウウウ……
領収書が、煙を上げた。
紫。
濁った光。
「な、なんだ!?」
弁護士が後ずさる。
「書類が……腐っていくぞ!」
紙が崩れる。
文字が溶ける。
「おやおや」
私は首を傾げる。
「……『真実の書類』であれば、
魔王の呪いなど跳ね返すはずですが?」
沈黙。
「どうやら」
一歩、踏み出す。
「自らの嘘に耐えきれなかったようですね」
一拍。
「……はい、虚偽請求による業務妨害」
振り返る。
「あ、社長」
「はいはい!」
「彼らを『不法投棄物の輸送代行』として」
指を指す。
「今すぐ魔王城の掃除現場へ」
さらに。
「一人につき金貨三枚、
強制労働として計上します」
「喜んで!」
アルベルトが笑う。
そして。
「ほら、みんな行こうか」
ポータルを開く。
「ドラゴンの産休場所よりは安全だよ、
たぶんね!」
「待て!」
「やめろ!」
「我々は弁護士だぞ!」
――ドンッ。
まとめて蹴り込まれる。
静寂。
「……さて」
私は息を吐いた。
「これで雑音は消えました」
机を見る。
山。
紙。
終わらない。
「……残るは」
一拍。
「この決算書類と」
視線を上げる。
「魔王城の廃棄物から『お宝』を
抽出する作業だけです」
その時。
ドタドタドタッ!
「リィンさん!」
カイトが飛び込んでくる。
羽根だらけ。
息切れ。
「大変だ! ピートが何か……
変なものを見つけたよ!」
読んでいただき、ありがとうございます。
第一話前半部を大幅改稿しました。
そして始まった、年末決算防衛戦。
数万枚の偽造請求書。
魔王城の呪いゴミ。
そしてハンスの執拗な妨害。
リィンの有給休暇は、今日も遠ざかっていきます。
次回へ続きます。




