事務官無双
※痛快リーガル・ファンタジーです。
「——この案件、すでに決着はついています」
「ど、どういうことかね」
調査官が驚く。私はそれに構わずに。
「……シャロンさん。
至急、ギルドに戻って『魔界労働基準法』の最新改訂版と、
人類側との『経済特区運用ガイドライン』の細則を持ってきてください」
「えっ? あ、はい! 了解!」
「ルルさん。あなたはここのスケルトンの骨密度と、
魔力残量を測定してください。
特に『契約魔力』の供給源がどこにあるか、重点的に」
「わかり……ました。三〇秒で……解析します」
私は、地面に散乱したスケルトンの頭蓋骨の一つを拾い上げた。
その空洞の眼窩には、かすかな紫色の光――契約の印が残っている。
「脱税……ですか……魔王軍ホールディングス。なかなか巧妙ですね。
でも、詰めが甘い」
私は立ち上がり、眼鏡を指で押し上げた。
調査官が不思議そうにこちらを見ている。
「リィン、なんか見つかったのか?
俺、やっぱり正義だったのか?」
期待の眼差しを向けるゼクスに対し、私は冷酷な笑みを浮かべた。
「いえ、あなたは依然として『無能な筋肉だるま』です」
「うっ……」
「ですが、相手はそれ以上の『悪質な脱税企業』かもしれない、
ということです」
「脱税……?」
「はい。調査官殿。この現場、
一見すると魔王軍が被害者のように見えますが……。
実はこのスケルトンたち、公式な『労働許可』が出ていない、
未登録の不法就労者の可能性があります」
「えっ!」
「もしそうなら、この損害賠償請求は根本から無効になります」
「な、なんだと? しかし、土地利用許可は……」
「土地と雇用は別問題です」
一拍。
「もし魔王軍が、税金を逃れるために
『死体』を物資扱いで不当に働かせていたとしたら?」
「そ、それは……」
「 ……これは、神殿にとっても見過ごせない
『徴税漏れ』案件ではありませんか?」
私は、懐に隠していた『有給休暇申請書』の裏に、
即座に「魔王軍への反撃スキーム」を書き込み始めた。
有給を取り戻すための、最初の一手。
それは、正義の鉄槌でも、勇者の剣でもない。
「税務監査」という名の、最強の行政暴力だ。
「さあ、楽しくなってきましたね。
魔王軍の法務部さん」
「……覚悟してください。
あなたたちが相手にしているのは、定時退社を邪魔された、
世界で一番執念深い事務官ですよ」
口元に笑みが浮かぶ。
風に吹かれたリィンのポニーテールが、
まるで戦闘開始の合図のように鋭く跳ねた。
◇◇◇
王都の一等地にそびえ立つ、
禍々しくも機能的な黒いビル。
『魔王軍ホールディングス・王都法務支部』。
かつて人類と魔族が血で血を洗う戦争を繰り広げていた
時代には考えられないことだが、
現在は「不戦条約」と「経済特区制度」により、
魔族もまたビジネススーツに身を包み、書類を武器に人間社会へと侵食している。
「失礼します。……いえ、失礼しました。
アポイントメントはありませんが、緊急の『監査』に参りました」
私は、受付のガーゴイルが石化して
動かなくなるほどの威圧感(と、神殿騎士団の公的な調査腕章)を叩きつけ、
エレベーターへと乗り込んだ。
隣では、勇者ゼクスが、
「おい、本当にここを俺の聖剣(栓抜き)でカチ割らなくていいのか?」
と落ち着きなく剣の柄を弄り、シャロンは、
「ねえ、魔族のエリートってやっぱり福利厚生いいのかしら
……あ、受付に無料のポーションサーバーがあるわ!」
と場違いな感動に震えている。
最上階、重厚な黒檀の扉を蹴り開けると、
そこには優雅に赤ワイン――を模した
高純度魔力液をグラスで転がす山羊頭の悪魔、
法務官バフォメットが座っていた。
「……ほう。金貨一千万枚も払えぬ弱小ギルドの分際で、
挨拶もなしか。実に野蛮だな、人類は」
バフォメットは不敵な笑みを浮かべ、
机の上に一通の「差押執行予告書」を置いた。
そこにははっきりと、ピートの似顔絵とともに
『差押対象:魔力生命体(猫型)』と記されている。
「挨拶の作法を議論しに来たのではありません、バフォメットさん」
続けて。
「わが社の看板猫に対する不当な差押命令の撤回。
および、過剰な賠償請求の棄却を求めに来ました」
私は、ゼクスとシャロンを両脇に従え(二人とも震えているが)、
テーブルに一枚の書類を叩きつけた。
先ほど現場でルルが解析したデータと、
私が道中の馬車で書き上げた「逆提訴報告書」だ。
「フン、無駄だ。
現場の状況は神殿騎士団も確認済みだ」
バフォメットは勝ちを確信した笑みを浮かべる。
「貴殿らの勇者が我が社の『物流拠点』を破壊し、
三千の労働力を損失させた事実は動かぬ」
余裕の表情。
「規約に基づき、ピートとかいう個体は
今日から我が社の『自家用発電機』として、
魔界のサーバー室で一生回ってもらうことになる」
一拍。
「なお、『差押対象:魔力生命体(猫型)』の
執行命令は現在も有効だ」
「……物流拠点、ね」
私は冷たく笑い、ルルが撮影した拡大写真を、
バフォメットの鼻先に突きつけた。
「バフォメットさん。あなたの言う『労働力』、
つまりあの現場で粉砕されたスケルトンたちは、
魔界人材派遣センターからの派遣要員ですね?」
「それが、どうした?」
「ですが、神殿騎士団に提出された事業計画書には
『全作業員は魔王軍ホールディングスの直雇用である』と
記されています」
「……」
「これは明らかな虚偽報告。……いえ、もっと悪質です」
続ける。
「派遣労働者を直雇用と偽り、中間搾取を隠蔽する
『二重派遣』および『未登録労働者の不法投棄』にあたります」
バフォメットのグラスを回す手が、ピタリと止まった。
「な、何を馬鹿な……。
あいつらはただの死体だ。死体に人権などない。
労働法など適用されるはずが……」
「甘いですね。
現行の『経済特区運用ガイドライン』附則第十七条によれば、
知性を持つ」
「あるいは『命令に従い労働に従事する』アンデッドは、
その瞬間から『労働力』として定義され、
適切な納税義務と社会保険料の納付義務が生じます」
「う……!」
「……見てください、現場で拾ったこの出勤簿、
休憩時間が一分もありませんね?」
そして。
「魔界労働基準法第十二条違反、および
人類側ガイドラインの『人道的(魔道的)労働環境の保持』
への重大な抵触です」
「くっ……! 屁理屈を!」
「屁理屈ではありません。コンプライアンスです」
「うぐっ!」
「もし私が今この場で、神殿の徴税局と
魔界の労働監査官に同時通報したらどうなるか、
計算できますか?」
さらに、続ける。
「あなた方の特区認定は即座に取消。
今期、見込んでいた通商利益はすべて罰金で吹き飛び、
あなたは『重大な経営上の過失』で魔王城の地下牢へ
更迭されることになります」
バフォメットの顔が、
山羊の毛並みを突き抜けて青白くなっていく。
グラスを持つ手がブルブル震え、ガチャリと砕く。
そして、彼は最後の悪あがきとばかりに、
背後の巨大な魔法陣を起動させた。
ブオオオオオオオッ
強大な魔力が部屋を満たしていった。
しかし、その魔法陣はどこか不安定だった。
「その魔法陣、未登録設備ですね。違法です!」
「なっ……!?」
「魔力供給源の申請もなし。安全基準も未達。
しかもこの規模――完全に無許可営業です」
私は、静かに指を鳴らした。
「ルルさん。さっきの解析データ、送信してください」
「送信完了……しました」
「な、何をした……?」
バフォメットの声が震える。
「神殿騎士団・徴税局・魔界労働監査局。三方面に同時通報です」
一拍。
そして――
ゴン、ゴン、ゴン。
重い扉を叩く音が、フロアに響いた。
「神殿騎士団だ。立入検査を行う」
「魔界監査局だ。違法労働の疑いで調査に来た」
「徴税局だ。脱税の件で話を聞こうか」
「――なっ……!?」
バフォメットの顔が、完全に崩れた。
私は、ゆっくりと書類を机に置く。
「では、改めて」
「本件の請求は無効」
「および――」
一拍。
「貴社に対する監査、および是正命令を開始します」
「差し押さえ対象は」
「私の猫ではなく――」
「あなた方の資産です」
「ピートは回しません。代わりに、あなた方が回されます」
次回に続きます。
よろしければ、ブックマーク・ご感想をいただけますと励みになります。




