事務官の宣戦布告
※痛快リーガル・ファンタジーです。
ゼクスが答える。
「あ? 王都の北にある『嘆きの廃墟』だよ。
あそこに魔王軍の連中がゾロゾロ集まってて、
なんか不気味な歌を歌ってたからよ」
得意満面で。
「俺の勇者の直感が『こいつらは不審者だ、叩き潰せ』って言ったんだ。
正義の鉄槌、ってやつだぜ!」
ゼクスは誇らしげに鼻を鳴らすが、
私は彼の首根っこを掴んで引きずり出した。
「その『正義』のコストを今から確認しに行きます。
シャロンさん、営業用の馬車を出してください。
ルルさん、記録用の魔導カメラを持ってきて。……現場検証です」
◇◇◇
王都北方の『嘆きの廃墟』。
かつては古戦場だったその場所は、今や魔王軍の「前線拠点」――ではなく、
彼らの言葉を借りれば『魔界北方物流センター(仮設)』となっていた。
現場に到着した私の目に飛び込んできたのは、
惨泩たる光景だった。
「ひどい……
これは、あまりにも非効率的な破壊です」
私は、倒壊したテントや、
無残に折れ曲がった資材を見つめて溜息をついた。
そこら中に、粉砕されたスケルトンの骨が散らばっている。
だが、それらは「戦闘用」の重装備ではなく、
なぜか皆、オレンジ色の「反射材付きベスト」を着用し、
手には武器ではなく「荷札」や「運搬用の台車」を持っていた。
「おい、リィン。あいつら、
骨のくせに安全第一って書かれたヘルメット被ってるぞ。ギャグかよ」
ゼクスが笑い飛ばすが、私は笑えなかった。
スケルトンたちの骨の間には、出荷待ちだったと思われる
『魔界産高級マンゴー』が潰れて散乱している。
さらに悪いことに、
現場には「神殿騎士団」の腕章を巻いた役人たちが数人、
眉間に皺を寄せてメモを取っていた。
「……あ、神殿騎士団の調査官。
まずいわ、公的機関が介入してる!」
シャロンが真っ青になって私の背後に隠れる。
神殿騎士団。
この国の行政・警察権を握る最大のお役所だ。
彼らの特徴は一つ。
「前例がないことはやらない」が「ルール違反には死ぬほど厳しい」。
「あー、君たちが『ラスト・リゾート』の人間か。
困るんだよね、こういう勝手な軍事行動は」
現れたのは、中肉中背で眼鏡をかけた、
典型的な官僚タイプの騎士だった。
「調査官殿。お疲れ様です。
わが社の勇者がお騒がせしております」
私は慣れた手つきで、カバンから
冷えた「最高級ポーション(栄養ドリンク味)」を
取り出し、さりげなく差し出した。
「ほう……これは気の利く事務官だ。
だが、物は受け取れないよ」
そして。
「……この現場、見たかね?
昨晩、魔王軍はここに『物流拠点』を設立するための、
正当な土地利用許可を我々に提出していた」
「正当な……?」
「つまり、ここは戦闘区域ではなく、私有地だ。
そこに君たちの勇者が乱入し、夜勤中の作業員三千人を粉砕した」
続けて。
「これはもはや、戦争ではなく
『不法侵入および連続傷害・器物損壊事件』だ」
「不法……侵入……?」
ゼクスの顔が引きつる。
「さらにだ。魔王軍は現在、人類諸国との間で
『経済協力特区』の認定を受けている。
彼らが運んでいたのは魔界の特産品だ」
「『経済協力特区』……」
「これを破壊したことは、国際通商法にも抵触する。
損害賠償額金貨一千万枚……妥当な数字だね」
調査官の言葉に、
シャロンとルルが同時に崩れ落ちた。
「もう、ダメよ……破産よ……」
「敵拠点に見えたんだから仕方ねえだろ!」
ゼクスが空しい抗議をする。
だが、私は地面に転がっている「あるもの」に目を留めた。
それは、粉砕されたスケルトンが握っていた、
一枚の「出勤簿」だ。
「……調査官殿。一つ、確認してもよろしいでしょうか」
「なんだね?」
「このスケルトンたちの雇用形態についてです」
私は、ルルに魔導カメラで現場の
「ある一点」を拡大して撮るよう指示した。
スケルトンたちが着ていたベストの裏側。
そこには、
小さな文字で魔界の印影とともに、こう記されていた。
『派遣元:魔界人材派遣センター・アンデッド支部』。
「調査官殿。魔王軍側が提出した土地利用許可証、
および事業計画書を拝見できますか?」
「何だって?」
「……あ、ご心配なく。
私は元『黄金の聖域』の管理担当です」
そして。
「機密保持契約については、神殿の最高法規を
暗唱できる程度には熟知しています」
私の圧に押されたのか、
調査官はしぶしぶ書類を差し出してきた。
「拝見します」
私は、驚異的な速度でページをめくる。
シャロンやゼクスには、私の指が残像に見えていたことだろう。
……あった。
「調査官殿」
私は、書類を閉じた。
「この請求、全額――無効です」
一瞬、風が止まった。
「……は?」
「魔王軍側の事業計画書。重大な虚偽申告があります」
私は、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。
「この案件、逆にこちらが“損害賠償を請求する側”になります」
続けて。
「……調査官殿。この書類、“前提条件”が一つ、崩れています」
「前提……だと?」
「はい。この請求は、その前提の上にしか成立しません」
一拍。
「つまり――」
「最初から、成立していない」
「このスケルトンたちは派遣社員です」
「……それがどうした?」
「労働者の安全配慮義務は、派遣先にあります」
一同が凍りつく。
「つまり今回の責任は――」
「魔王軍自身です」
「なっ……!?」
「さらに」
「この出勤簿、労働時間の記録が改ざんされています」
「夜勤扱いにすることで、損害額を不当に水増ししている」
「これは重大な不正申告です」
「よって本件、魔王軍の管理責任違反。監査対象です」
「……判定」
「本請求、無効」
「および――」
「魔王軍に対する是正勧告、および罰則適用の手続きを開始します」
一瞬。
調査官の顔から、血の気が引いた。
「……それが、どういう意味か分かって言っているのか?」
「ええ」
私は淡々と答える。
「御庁が介入する案件です」
「この規模の労務違反と虚偽申告。――魔王軍、営業停止の可能性があります」
「なっ……!?」
ゼクスが、シャロンが、ルルが。
そして――調査官ですら、言葉を失った。
私は、静かに告げる。
「安心してください」
「差し押さえられるのは――」
一拍。
「私の猫ではありません」
「あなた方の“会社”です」
本日は、一挙3話公開です。
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