猫を差し押さえ?魔王軍即日潰します
――最悪だ。
「リィンちゃん! 本当に口座が……止まってる!」
朝一番。
ギルドのカウンターで、シャロンが半泣きで叫ぶ。
「確認します」
魔導端末を開く。
一秒。
「……事実です」
「えええええ!?」
シャロンが崩れ落ちる。
「今月の運営費、全部そこでしょ!? 給料も払えないし、宿代も――」
「静かに」
画面をスクロールする。
凍結対象。
運営口座、備品口座、予備資金。
――綺麗に全部。
「……やられましたね」
一拍。
その時。
「ニャ……」
腕の中のピートが、小さく鳴いた。
いつもより、弱い声。
餌箱を見る。
空。
「……」
カチリ。
頭の中で、何かが切り替わる。
「優先順位を変更します」
顔を上げる。
「――魔王軍、即日潰します」
私はシャロンを引き剥がし、事務所の中を見渡した。
――地獄だ。
奥のデスク。
社長のアルベルトが、
白目を剥いて泡を吹いている。
手には空の高級ワイン。
なぜか魔導電卓。
天井。
「た、助けてくださいぃぃ!!」
ルルが逆さ吊りになっていた。
自作の「全自動・書類整理機」に巻き込まれている。
「……ルルさん。進捗は」
「あと五分で、事務所ごと粉砕されます……!」
「そうですか」
一拍。
「三分で止めてください」
「無茶言わないでくださいぃ!?」
無視。
視線を横へ。
「よおリィン!」
ゼクスが鏡の前でポーズを決めている。
「見てくれよこの大胸筋! 昨日の戦闘で仕上がったんだ!」
……だめだ。
知性がない。
「ところで俺の聖剣知らねえか?」
「昨日の飲み会で栓抜きに貸した気がするんだけど」
終わってる。
私は全員を無視して、シャロンから羊皮紙を奪った。
差出人。
『魔王軍ホールディングス・法務部債権回収課』
……はい、来た。
「内容は」
視線を走らせる。
『賠償請求:金貨一千万枚』
そして。
『未払いの場合、全資産および看板猫を差し押さえる』
――ピート。
そこで、思考が止まった。
一瞬。
静かに。
スイッチが入る。
「アルベルト社長」
襟を掴み、引き起こす。
「心当たりは?」
「い、いやその……ゼクスが昨夜、“残党狩り”とか言って……」
「ゼクスさん」
振り向く。
「なんだよ。俺は勇者だぜ?」
「魔物倒して何が悪い」
「魔王軍・人類不戦条約」
一拍。
「第十八条第四項」
「……は?」
「午後十時以降の軍事行動は」
「双方合意と残業申請が必要です」
沈黙。
「あなたはそれを無視し」
「夜勤中の非武装スケルトンを三千体破壊」
「――不法行為です」
空気が止まる。
「俺は正義を――」
「正義で一千万払えますか?」
一歩。
踏み込む。
「払えないなら、
その大胸筋を資産計上して売却してください」
ゼクス、沈黙。
私は羊皮紙に目を落とす。
読む。
拾う。
組み立てる。
――三秒。
「……なるほど」
小さく息を吐く。
「シャロンさん」
「はいっ……!」
「泣くのは後で」
一拍。
「終わりました」
「……え?」
「この請求書」
指で叩く。
「成立していません」
全員、停止。
「第三項」
なぞる。
「スケルトン三千体の損害額」
一拍。
「市場価格の十二倍」
「じゅ、十二倍!?」
「さらにこの個体番号」
トン。
「すでに廃棄済み」
「減価償却済みです」
沈黙。
「つまり――」
顔を上げる。
「二重請求」
一拍。
「完全な不正です」
息が止まる。
私は魔導電卓を弾いた。
カチ。
乾いた音。
「……判定」
一拍。
「支払い義務」
「ゼロ」
シャロンの口が開く。
「むしろこちらが請求可能」
「損害賠償」
「名誉毀損」
「業務妨害」
書類を閉じる。
胸の奥で、何かが熱を持つ。
――いい案件だ。
「シャロンさん、資料」
「ルルさん、機械停止」
「社長、起きて署名」
一気に回す。
空気が動く。
回り始める。
「これより」
一歩。
踏み出す。
「魔王軍法務部に対し」
「逆提訴」
「および交渉を開始します」
「え、戦いに行くんじゃ……」
「行きますよ」
振り返る。
「ただし」
一拍。
「剣ではなく」
「書類で」
そして――
机の引き出しを開ける。
中にあるのは、
未使用の有給休暇申請書。
一瞬だけ見る。
閉じる。
「……取り返します」
静かに。
「三連休も」
「ピートも」
そして。
ペン先を、紙に落とす。
カリ、
と音が鳴る。
「ついでに」
視線を上げる。
「魔王軍の帳簿も」
一拍。
「全部、洗います」
◇◇◇
その日。
魔王軍法務部。
「……なんだこれは?」
一人の担当官が、眉をひそめた。
机の上。
一通の書類。
差出人――
弱小ギルド『ラスト・リゾート』
受付嬢兼事務員。
リィン。
「仮差押……? 反訴準備……?」
鼻で笑う。
「たかが人間の事務員が」
「遊び半分の書類を送りつけてきたか」
紙をめくる。
そして。
止まる。
「……は?」
もう一度、読む。
沈黙。
空気が変わる。
「おい……これ……」
隣の職員が覗き込む。
「どうした?」
「この添付資料……」
声が、震える。
「……うちの“未公開帳簿”と一致してる」
静寂。
「な、に……?」
「しかも……この番号」
指が止まる。
「……廃棄処理したはずの案件だ」
誰も、動かない。
背中に、冷たいものが走る。
「……なんで、知ってる?」
沈黙。
そのとき。
書類の最後のページが、はらりと落ちた。
そこに書かれていたのは――
『是正期限:本日中』
そして、その下。
小さく。
整った字で。
『未対応の場合、段階的に公開します』
空気が、凍る。
誰かが、呟いた。
「……これ」
一拍。
「もう、始まってないか?」
そのとき。
魔導端末が、短く鳴った。
ピコン。
全員の視線が集まる。
表示。
『外部照会:王都監査局』
沈黙。
「……は?」
誰かが呟く。
震える指で、開く。
本文。
『貴社に関する監査要請を受理しました』
『至急、帳簿一式を提出してください』
空気が凍る。
「な……なんで監査局が……」
誰も答えない。
答えは一つだからだ。
――さっきの書類。
一拍。
誰かが、掠れた声で言う。
「……あの女か?」
沈黙。
否定できない。
◇◇◇
リィンは、まだ来ていない。
それでも。
ペンは止まらない。
「……まず一件」
カリ、と音が鳴る。
「次」
淡々と。
「三件」
「……間に合いますね」
まだ誰も。
自分の口座が凍結されたことに、
気づいていない。
※次回へ続きます。
面白かったらブックマーク・感想をください。
創作の燃料になります。




