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魔王軍・人類不戦条約

※痛快リーガル・ファンタジーです。

私はシャロンを引き剥がし、事務所の中を見渡す。


奥のデスクでは、社長ギルドマスター

アルベルトが白目を剥いて泡を吹いていた。


その手には、

空になった高級ワインのボトルと、魔導電卓。


そして


天井からは、天才(自称)インターンのルルが、

自作の「全自動・書類整理機」に巻き込まれて

逆さまに吊るされている。


「……ルルさん。進捗はどうですか?」


「リィンさん……。計算上は、あと五分で事務所の

壁ごと、粉砕される……予定です……」


「そうですか。なら、三分で止めてください」


私は深いため息をつき、

カバンの中の『有給休暇申請書』を握りしめた。

ピリピリと、指先に嫌な感触が伝わる。


事務所の隅では、

我がギルドのエース(物理担当)、

勇者ゼクスが、鏡の前で自分の筋肉を

見せつけながらポーズをとっていた。


「よお、リィン! 見てくれよこの大胸筋。

魔王の軍勢を三人まとめて吹き飛ばした時に

仕上がったんだ」


脳天気な声を出し、


「あ、ところで俺の聖剣、

どこにやったか知らねえか?」


「 昨日の飲み会で、誰かに『栓抜き』として

貸したような気がするんだけど」


……だめだ。


この空間に、まともな知能指数が存在しない。

私は無視して、シャロンからひったくった

魔王軍の通知書に目を通した。


『通知書:貴殿が雇用する勇者ゼクス氏が、

昨晩の戦闘において弊社所属のスケルトン兵

三千体を破壊』


続けて、


『これは正当な防衛の範囲を超えた「過剰な損害」であり、

弊社規約に基づき、賠償金として金貨一千万枚を請求する』


どどめは、


『支払いなき場合、本事務所内の全備品、

および看板猫の身柄を差し押さえるものとする』


……金貨一千万枚。


そして、

差し押さえ対象に「ピート」の名前。


私の脳内で、何かが音を立てて切れた。


有給休暇という名の美しい風船が、

現実という名の錆びた針で無残に

突き破られた瞬間だった。


「アルベルト社長ギルドマスター


私は、泡を吹いている男の襟足を掴み、

強引に引き起こした。


「ひぃっ! リ、リィンちゃん!?

おはよう! いやあ、今日はいい天気……」


「天気の話はどうでもいいです。

この通知書、心当たりは?」


「あ、いや…その…昨日の夜、

ゼクスが『魔王軍の残党狩りキャンペーン』

とか言って、勝手に夜戦に飛び出しちゃって……」


「相手も『労働時間外の不当な攻撃だ』って

怒っちゃって……」


「……ゼクスさん」


私は、ポーズを決めていた勇者へ、

温度をマイナス二百七十三度まで下げた視線を送った。


「なんだよ。俺は勇者だぜ?

魔物を倒して何が悪いんだ?」


「契約書を確認してください。

現在の『魔王軍・人類不戦条約』第十八条第四項」


「それが、どうした……」


「午後十時以降の軍事行動には、

双方の合意と残業申請が必要です」


「うっ……」


「あなたはそれを無視して、

しかも相手の『非武装の夜勤労働者スケルトン』を粉砕した。

これは立派な不法行為です」


「そんな法律とか、

小難しいこと言うなよ! 俺は正義を……」


「『正義』で金貨一千万枚が払えますか?

払えないなら、今すぐその大胸筋を

切り売りしてきてください」


私は卓上の公印を手に取った。


三連休。パテ。お昼寝。


それらすべてを奪おうとする

「魔王軍の不当な請求」と「味方の無能」。


「シャロンさん、ルルさん、準備を。

これより、魔王軍法務部への『逆提訴』および

『債務不存在確認の交渉』を開始します」


「え、えぇ!?

戦いに行くんじゃないの?」


「戦いますよ。――最も残酷で、最も合理的な、

『事務(物理)』という手段でね」


「……では、まず一件」


リィンは魔導電卓を弾いた。


「魔王軍の請求書、第三項。

“スケルトン三千体の損害額”ですが――」


「単価が、市場価格の十二倍です」


「なっ……!?」


「さらに、この個体番号。

……すでに“廃棄済み”として、減価償却処理されていますね」


「つまり、この請求は――」


「典型的な二重請求です。完全に不正です。監査が入れば、担当者は失職しますね」


一同が凍りつく。


「……判定:魔王軍側に重大な過失あり。

こちらの支払い義務はゼロ」


「むしろ、損害賠償はこちらが請求できます」


私は、ポケットから一度も使われていない

『有給休暇申請書』を取り出した。


そして、それをゆっくりと、しかし迷いなく

デスクの引き出しの奥深くへ押し込む。


「有給休暇は……全件解決してから、

一秒残らず毟り取ってやります」


リィンの瞳に、

かつて魔王を震え上がらせた「伝説」の光が宿った。


看板猫ピートが、遠くの家で不吉な予感に身震いしたことを、

私はまだ知らなかった。


「……金貨、一千万枚。それと、ピートの身柄」


私はもう一度、魔王軍からの通知書を読み返した。

文字の羅列が、私の三連休を無残にシュレッダーに

かけていく音が聞こえる。


金貨一千万枚。


王都にある高級住宅が十軒は建つ金額だ。


そして何より、ピートの差し押さえ。


私の人生の唯一の癒やしを、あんな禍々しい連中の手に

渡すなど、天地がひっくり返ってもあってはならない。


「リィンちゃん……どうしよう。

うち、今月の手元資金、金貨五十枚くらいしかないわよ……」


「シャロンさん、計算が甘いです。

昨日のゼクスさんの飲み代を差し引けば、実質三十枚です」


「ひぃっ! 破産! ギルド破産しちゃう!」


シャロンが絶叫しながらのたうち回る。

泡を吹いて固まっているアルベルト社長の横で、

私は冷静に魔導電卓を叩いた。


「ゼクスさん。昨晩、あなたが暴れた場所はどこですか?」


まずは、現場検証だった。

本日は一挙3話公開です。

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