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勇者解雇――最強の事務官リィン

今日から始まる新シリーズです。

異世界ファンタジーの世界に法律・労務・監査を持ち込んでみました。

痛快リーガル・ファンタジーお楽しみください。

挿絵(By みてみん)


「判定:あなたの『勇者』としての権利は、

たった今、失効しました」


――なお、この判定は現時点では未確定である。


英雄たちは戦う。

私は、その後始末をしてきた。


王都最大のギルド『エデン』。


その象徴である黄金の円卓を、

一人の男が拳で叩いた。


「ふざけるなリィン!

無能な荷物持ちの分際で、この俺を――

『勇者』シグルドをクビにするだと!?」


怒りで顔を真っ赤にする勇者を前に、

私は至って冷静に、手元の魔導電卓を弾き、

一枚の書類を突きつけた。


「クビではありません。シグルド様、

これは『清算』です」


事実を淡々と告げる。


「……過去三年にわたる不当な経費計上、

およびギルド規約第108条『聖剣の私的流用』に伴う、

損害賠償請求」


そして。


「合計で金貨五万枚……現在、

あなたの個人口座は私の権限で凍結済みです」


「なっ……!? 凍結だと!? 勝手なことを!」


「勝手ではありません。

法的根拠に基づいた事務処理です」


続けて。


「……あ、それと。

その腰に下げている『伝説の聖剣』。

それも帝國財務省が差し押さえに参ります」


「帝國が!?ここは王国だぞ!」


「……判定:シグルド様、勘違いしないでください。

ここは王国ですが、通貨と税制は帝國と

一本化アウフヘイベンされています」


「ぐっ……!」


「この国の財布は、帝國が握っています。

つまり、この王都でも帝國財務省の権限は絶対です」


「あ、最後に」


「本日付で、勇者パーティーへの

王都からの補助金も全額停止されています」


「なっ……!?」


「……あなたの信用スコアは現在“最低評価”です。

どのギルドも、もうあなたとは契約しません」


「お、おい! 待て、リィン! 話せばわかる――」


「お断りします。……判定:交渉の価値なし……。

あとのことは、弁護士を通してください」


シグルドは、何かを言いかけて――飲み込んだ。

その目に宿った感情を、私は“処理対象外”として切り捨てる。


眼鏡をクイと押し上げ、

私は騒がしい黄金の部屋をあとにした。

背後で崩れ落ちる勇者の声は、もはや私の耳には届かない。


――そして、私は自由(有給休暇)を手に入れた。


◇◇◇


朝六時。


世界を救う希望の光――ではなく、

安物の魔導アラームが奏でる、

心臓に悪い不協和音が鳴り響く。


「……ん、やめてピート。

そこは私の給与明細が入った引き出し……」


頬に感じる、湿った、しかし温かい感触。


薄目を開けると、

そこには至近距離でこちらを見つめる黒い宝石

――愛猫ピートの瞳があった。


ピートは私、リィンの起床を確認すると、

これ以上ないほど「可憐な」声で鳴いた。


「ニャ~ン♪

(おはよう。ところで僕のお腹と背中の皮が

くっつきそうなんだけど、どう思う?)」


そして、あざとい。わざわざ私の胸の上に乗り、

首をかしげて前足で私の唇をチョイチョイと叩く。


(くっ、かわいい……)


さらに、枕元に置いてあった『有給休暇申請書』を、

まるでお土産のように口に咥えて差し出してきた。


「わかってるわよ。今日から三連休。

……あなたと一日中ゴロゴロして、

お高い魔海鮮のパテを食べるのよね」


私はピートを抱き寄せ、

その柔らかい毛並みに顔を埋める。


私はリィン。


弱小ベンチャーギルド

『ラスト・リゾート』の受付嬢兼、全般事務担当。


かつては「全職種カンストの便利屋」として、

伝説のパーティー『黄金の聖域』で

最前線を張っていた時期もあった。


魔王軍の幹部を書類の角で突くような勢いでなぎ倒し、

大陸全土にその名を轟かせたこともある。


けれど、そんなものはもう過去の話だ。


今の私の戦場は、積み上がった書類と、

無能な経営者の尻拭い。


すべては、この猫と定時で帰宅し、静かに眠るため。

そして今日、私は悲願の「三連休」を手に入れる。


「よし、完璧。印鑑の歪みなし。

理由欄は『私用のため』。

労働基準法に基づいた正当な権利行使よ」


私は、一点の曇りもない申請書をカバンに仕舞い、

ピートに高級カリカリを献上してから家を出た。


王都の朝は、相変わらず騒々しい。


石畳を叩く馬車の音。露店から漂うスパイスの香り。

空を飛ぶワイバーン便のけたたましい鳴き声。


観光客なら「ファンタジーな光景」と喜ぶだろうが、

事務屋の目線で見れば、この街は欠陥だらけだ。


あの魔導信号機は周期が三秒ズレているし、

あそこの石畳のひび割れは行政の予算執行漏れ。


空飛ぶワイバーンの排泄物対策に至っては、

条例すら整備されていない。


「……落ち着け、リィン。

今日は仕事をしに来たんじゃない。

これを提出しに来ただけよ」


自分に言い聞かせながら、王都の路地裏にある、

ツタの絡まったボロビルへ向かう。

そこが私の職場、ギルド『ラスト・リゾート』の事務所だ。


普段ならドアを開ける前に

「今日の爆発確率」を計算するのだが、

今日は有給パワーで脳内がピンク色に染まっていた。


それが油断だった。


ガラッ、とドアに手をかける。


普段なら、この扉の向こうにある“地獄”の気配を、

私は計算で予測する。


だが今日は違う。


有給休暇初日。

私はただ、その申請書を提出するためだけに来た。


――だから、何も起きないはずだった。


そう、思っていた。


「リィンちゃぁぁぁぁん!

助けてぇ! 差し押さえ! 差し押さえが来ちゃうのぉ!!」


音速を超えた速度で、

何かが私の腰にしがみついてきた。


営業担当のシャロンだ。


金髪を振り乱し、

厚化粧が涙でどろどろになっている。


「……シャロンさん。おはようございます。

まず、私の腰から離れてください」


「このスカートは昨日アイロンをかけたばかりです。

それと、差し押さえ?」


「まだ今月の家賃の支払期限は

三日先のはずですが」


「家賃じゃないのよぉ!

これ!これ! これを見てぇ!」


シャロンが震える手で差し出してきたのは、

禍々しい紫色のオーラを放つ「羊皮紙」だった。


差出人の欄には、金箔押しでこう書かれている。


『魔王軍ホールディングス・法務部債権回収課』


「は……?」


嫌な予感が、

背筋を通り越して胃のあたりを直撃した。


……やっぱり来た。


私は、深く息を吐いた。


「――仕事ですね」


一拍。


「――有給、取り消しです」

※本日は、第2話・第3話19時公開です。

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