勇者パーティーを追放されたので、有給休暇を取ろうと思います
「リィン」
焚き火が静かに揺れていた。
最果ての魔窟。
伝説級の魔竜を討伐した夜。
勇者パーティー『黄金の聖域』は、いつものように勝利の宴を開いていた。
勇者シグルド。
賢者ハンス。
そして私――リィン。
王都では英雄と呼ばれているパーティーだった。
もっとも。
その英雄たちの遠征計画を作り、装備を管理し、資金を計算し、
補給を整え、報酬を分配していたのは私なのだけれど。
「君はもう、このパーティーには必要ない」
差し出された紙を見る。
解雇通知書。
私は三秒で内容を確認した。
「理由をお聞きしても?」
シグルドは視線を逸らした。
代わりにハンスが肩を竦める。
「君は優秀すぎるんだよ」
意味が分からなかった。
「俺たちは英雄だ」
ハンスは続ける。
「だが最近はどうだ? 民衆は俺たちじゃなく、
リィンの采配があるから勝てていると言う」
「それが問題ですか?」
「大問題だ」
ハンスは即答した。
「英雄の価値が下がる」
焚き火が爆ぜる。
ぱちり、と火の粉が舞った。
シグルドが低い声で言う。
「君がいると、僕たちは管理される側になる」
「英雄に管理は不要だ」
しばらく沈黙した。
私は帳簿を閉じる。
今日の討伐報酬。
装備修繕費。
回復薬の補充費。
遠征予算。
三年間。
一日も欠かさず記録した数字たち。
「……理解しました」
立ち上がろうとした時だった。
ハンスが私の腕から帳簿を奪った。
「そんなものはいらない」
そして。
躊躇なく焚き火へ放り込む。
一冊目。
二冊目。
三冊目。
炎が帳簿を呑み込んでいく。
そこには。
シグルドの治療費も。
ハンスの研究費も。
スポンサーへの交渉記録も。
全部あった。
三年間の記録。
三年間の努力。
三年間の後始末。
そのすべてが燃えていく。
「ハンス様」
「なんだい?」
「半年以内に資金繰りが破綻します」
私は淡々と言った。
「第二遠征以降、赤字傾向です」
「だから何だ?」
「対策は――」
「もういい!」
シグルドが怒鳴った。
「君は最後までそうだ!」
炎が揺れる。
「正しい」
「合理的だ」
「完璧だ」
そして。
「だから息が詰まるんだ」
沈黙。
私は頭を下げた。
「承知しました」
それだけ言って歩き出す。
振り返らない。
引き止める声もない。
背後では帳簿が燃え続けていた。
三年間の努力が灰になる音だった。
◇◇◇
深夜。
私は一人でキャンプ地へ戻った。
焚き火はほとんど消えている。
灰の山の中に手を伸ばす。
拾い上げたのは一冊の帳簿。
偶然残ったわけではない。
最初から残しておいた。
『黄金の聖域 内部資金流動記録(未公開)』
スポンサーからの裏献金。
不自然な予算増額。
そして。
私が何度も私財で赤字を補填した記録。
ページを一枚だけ開く。
『第二遠征後、資金枯渇。
勇者の名誉を守るため私費より補填』
数秒見つめる。
それから閉じた。
未練ではない。
これは監査資料だ。
いずれ必要になるかもしれない。
私は帳簿をバッグへしまった。
夜空には星。
英雄たちの笑い声は、もう聞こえない。
だが。
その一冊だけが。
三年間の真実を保存していた。
それはいつか。
世界を「精算」するための、
最初の証憑書類となる。
◇◇◇
「ニャ~ン」
朝六時。
顔を開けると黒い宝石があった。
「……ピート、近い」
ぺちぺち。
「ニャ~ン」
「ご飯ですね」
私はため息をついた。
英雄パーティーを追放されてから半年あまりの月日が経った。
現在の所属先は弱小ギルド『ラスト・リゾート』。
簡単に転職先が見つかった訳ではない。
そのいきさつは、またの機会に語るとしよう。
今の肩書は受付嬢兼事務員。
そして今日は――
「有給休暇」
机の上の申請書を見る。
理由。
『私用』
完璧だった。
寝る。
食べる。
寝る。
ついでに猫を撫でる。
理想的な休日である。
私は判を押した。
「今日から三連休です」
「ニャ~ン♪」
のはずだった。
◇◇◇
事務所のドアを開けた瞬間。
「リィンちゃあああああん!!」
ドン!!
「助けてぇぇぇ!!」
「……シャロンさん」
腰に何か刺さる。
金髪ぐしゃぐしゃ。
化粧崩壊。
涙と鼻水。
「まず離れてください」
「スカート、昨日アイロンかけたので」
一拍。
「それで」
「何があったんです?」
「差し押さえよぉ!!」
「……?」
「家賃は三日後ですが」
「違うの!!」
羊皮紙を突きつけられる。
嫌な気配。
紫のオーラ。
差出人。
『魔王軍ホールディングス・法務部債権回収課』
「……ああ」
来た。
「内容は」
読む。
止まる。
「……金貨、一千万枚?」
「そうなのよぉ!!」
さらに読む。
そして――
止まる。
「……猫?」
空気が止まる。
「そうなのよぉぉぉ!!」
静かに。
ゆっくり。
振り返る。
「ピート」
「ニャ~ン?」
無防備。
尻尾ふりふり。
――カチリ。
スイッチが入る。
「……シャロンさん」
「な、なに……?」
「これ、いつ届きました?」
「さ、さっき……」
「開封記録は?」
「え、えっと……」
「未記録ですね。結構」
書類を閉じる。
息を吐く。
「――仕事です」
「え?」
「――有給、取り消しです」
空気が変わる。
温度が落ちる。
「……魔王軍、ね」
眼鏡を押し上げる。
「上等です」
一歩、踏み出す。
「ピートを“資産”扱いした時点で」
「完全にアウトです」
シャロンが震える。
「リィンちゃん……目が怖い……」
「当然です」
淡々と。
「これは債権回収ではありません」
一拍。
「――誘拐予告です」
「ひっ……」
「対応方針を決定します」
指を一本。
「請求の無効確認」
二本。
「逆訴訟」
三本。
「そして――」
笑う。
「資産差し押さえ」
「え?」
「え?」
「ニャ?」
構わない。
机に書類を広げる。
「戦争です」
一拍。
「――合法的に」
ペンを走らせる。
さらさらと。
止まらない。
「よし」
紙を差し出す。
「シャロンさん」
「は、はい!」
「これを裁判所へ」
「な、なにこれ……?」
「仮差押申立書です」
「か、仮差押え!?」
「相手の資産、先に凍結します」
当然のように言う。
「先手必勝です」
「……相手、魔王軍よ?」
「はい」
「怖くないの?」
一瞬。
私はピートを抱き上げる。
「……この子を取られる方が、怖いです」
「ニャ~ン♪」
ぎゅっ。
そして。
顔を上げる。
「――業務開始です」
静かに。
冷たく。
「魔王でも勇者でも関係ありません」
一拍。
「書類一枚で、全員潰します」
◇◇◇
――その時だった。
カタリ。
机の上の端末が、ひとりでに震えた。
「……?」
画面が、点灯する。
見覚えのない通知。
差出人――
『魔王軍ホールディングス・総務統括本部』
「……早いですね」
タップする。
本文。
一行。
『申立、受理済み』
一拍。
そして。
もう一行。
『なお、当社も同時刻をもって――
貴殿の所属ギルドに対し、全資産の仮差押を申請済み』
空気が止まる。
「……え?」
シャロンの声が震える。
「ちょ、ちょっと待って……それって……」
「はい」
私はゆっくりと息を吐く。
「――相手も、同じことを考えていましたね」
端末が、もう一度鳴る。
今度は、赤い通知。
『ラスト・リゾート、口座:一部凍結処理中』
「なっ……!?」
シャロンが青ざめる。
「ね、ねえリィンちゃん! これヤバくない!?」
「……いいえ」
一拍。
私は静かに笑う。
「想定内です」
眼鏡を押し上げる。
「――だからこそ」
ページをめくる。
新しい書類。
「対抗措置、第二案を用意してあります」
顔を上げる。
「戦争は――」
一拍。
「一手で終わりません」
◇◇◇
こうして。
私の三連休は消えた。
代わりに始まったのは――
資産凍結。
差し押さえ。
監査。
そして。
互いの口座を潰し合う、
全面的かつ合法的な――
「事務戦争」
の開幕だった。
まずは最初の標的。
魔王軍ホールディングス・法務部債権回収課。
担当者:バフォメット。
……ええ。
容赦はしません。
前作とはガラッと作風を変えました。ロボは出ません。派手なバトルもありません。
※次回へ続きます。
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創作の燃料になります。
※ペンネームを変えました(旧:野村英之)




