魔界へ緊急出張、デジタルデーモンをデリートします
視界が反転する。
脳の奥を、バチバチとノイズが駆け抜けた。
「うわああああ!? 酔う! 酔うってこれぇぇ!!」
「騒がないでください、カイト君。舌を噛みますよ」
次の瞬間。
私たちは、“そこ”に立っていた。
――魔王城・中央管制室。
床一面に刻まれた魔法陣。
天井を埋め尽くす黒い魔晶石。
無数の紫色のコードが、生き物みたいに脈動している。
幻想的で。
禍々しくて。
そして――忙しそうだった。
『エラー発生!』
『通信負荷、限界突破!』
『呪詛パケット逆流中!』
魔族の技術者たちが、阿鼻叫喚で走り回っている。
「……なんか思ったよりブラック企業ですね」
「リィンさん、感想そこ!?」
その中央。
巨大サーバーの上で、“それ”は蠢いていた。
真っ黒な泥。
ドロドロと脈打つ巨大な塊。
その表面には、赤く光るエデンのロゴ。
そして。
『オマエハ……ムノウダ……』
『リィン……サシオサエ……』
『エデン……コウフク……』
機械音声で、延々とハンスの怨念が再生されている。
「うわっ、キモッ! なにあれ!?」
「エデン製スパムの集合体ですね」
冷静に答える。
「ハンス様の嫉妬と執念が、
高濃度魔力と融合して実体化したのでしょう」
「言い方ァ!!」
その瞬間。
デジタル・デーモンの巨大な触手が、こちらへ伸びた。
空気が歪む。
床が砕ける。
魔族たちが悲鳴を上げる。
『リィン……コロス……』
「ひいいいっ!!」
カイトが私の背後に隠れた。
私はため息を吐く。
「……まったく」
右手を上げる。
空中に、赤い光が走った。
顕現する。
事務官の公印。
データ化された、私の権限そのもの。
「――判定」
一拍。
「不正アクセス」
「および、無許可データ増殖」
公印を押し込む。
バチン!!
赤い衝撃波が走った。
次の瞬間。
襲いかかってきた触手が、
『SERVICE DENIED』
の赤文字へ変換され、そのまま砕け散る。
『ナ……!?』
「うるさいですね」
私は怪物を見上げた。
「あなたの構造、全部見えていますよ」
『ワタシハ……サイキョウ……』
「いいえ」
即答。
「コードが汚いです」
沈黙。
「ハンス様の感情論を
継ぎ接ぎしただけの欠陥設計ですね。
承認欲求。
被害妄想。
責任転嫁。
レビュー以前の問題です」
『グ、グオオオオオ!!』
怒った。
図星らしい。
怪物が膨張する。
サーバー室全体が揺れた。
「姐さん! 上から来るぞ!!」
画面越しに、四天王たちが叫ぶ。
見上げる。
天井いっぱいに広がった黒泥。
その中心。
真っ赤に点滅するコア。
「あれです」
「え?」
「カイト君。核が見えますね?」
「う、うん! 一番キモいやつ!」
「よろしい」
私は一歩下がった。
「壊しなさい」
「俺ぇ!?」
「あなたの幸運値なら、脆弱性を引き当てられます」
「雑ゥ!?」
しかし。
時間がない。
カイトは半泣きのまま、
近くに転がっていたバケツを掴んだ。
「うおおおおお!!
幸運ぅぅぅ!!」
ブン投げる。
カコーン。
間抜けな音。
……次の瞬間だった。
ピシ。
怪物の核に、ヒビが入る。
『……エ?』
「は?」
カイト本人が固まった。
さらに。
バキバキバキッ!!
核全体が崩壊を始める。
まるで、
パスワードを『1234』にしていたサーバーみたいに。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「……さすがですね」
「いや俺も引いてるんだけど!?」
防壁が消える。
今だ。
私は駆けた。
公印を握る。
怪物の中心へ。
一直線。
『マ、待テ……!』
「受理しました」
振りかぶる。
「これより――」
叩き込む。
「強制データ最適化を開始します」
ドォォォォォン!!
爆発。
……ではない。
整理整頓。
分類。
圧縮。
削除。
怪物の身体が、一瞬で整然とした
テキストデータへ分解されていく。
『ア……』
『アアアアア……』
ハンスの怨念が、
ただのログファイルへ変わる。
『――業務妨害につき』
私は静かに告げた。
「一括償却」
光。
そして。
静寂。
巨大だった怪物は、完全に消滅した。
残されたのは、正常稼働へ戻ったサーバー群だけ。
魔王城が、静まり返る。
誰も動かない。
ぽかんとしている。
私は乱れた髪を整え、眼鏡を押し上げた。
「……ふぅ」
一仕事終わった。
「ガスト様」
『は、はいっ!!』
死霊侯爵が背筋を伸ばした。
完全に部下の返事である。
「デバッグは完了しました」
私は淡々と続ける。
「ついでに、分解したデーモンのエネルギーを利用して、
貴軍の『有給休暇管理システム』も自動化しておきました」
『おお……!』
『なんという神技……!』
『もう逆らえないわねぇ……』
四天王たちが震えている。
「逆らう必要はありません」
私は営業スマイルを浮かべた。
「ただし、緊急出張費用として金貨百枚。
今月中のお支払いをお願いします」
『即対応いたします!!』
返事が早い。
優秀。
その頃。
王都・エデン本部。
最上階。
「リィン……!!」
ハンスが机を叩き割っていた。
「私の最高傑作を……!!
ただのログデータに……!!」
顔が真っ赤である。
部下たちは震えていた。
「いいだろう……!」
ハンスが叫ぶ。
「ならば次は――決算だ!!」
「年末決算で!!
貴様のギルドを物理的に消し飛ばしてやる!!」
こうして。
戦いは次の段階へ進む。
侵略でも。
戦争でもない。
――決算期デスマーチ。
もっとも恐ろしい地獄が、幕を開けようとしていた。
◇◇◇
魔導ゲートを抜ける。
ノイズが消える。
次の瞬間、私たちは事務所へ戻っていた。
静かだった。
あれほど悲鳴を上げていたサーバー室も、
今は正常稼働している。
「……おかえりなさい」
ルルが深く息を吐いた。
「……通信ログ……正常化……完了。
……呪いの悲鳴……完全停止……」
「よかった」
「死ぬかと思ったぁぁ……」
カイトが床に転がる。
「データ化とか二度と嫌だ……」
「でも最後、よくやりましたね」
「いやマジで偶然だからね!?」
そこへ。
バタバタとシャロンが駆け込んできた。
「リィンちゃん!!
見てこれ!!」
魔導水晶板を突き出す。
表示されていたのは。
『振込元:魔王軍ホールディングス』
『摘要:コンサルティング料および緊急保守対応費』
「……入金確認」
私は頷く。
「早いですね」
「桁がおかしいんだけど!?」
「適正価格です」
「魔王軍ってこんなちゃんとしてるの!?」
「少なくとも、エデンよりは専門職への敬意があります」
私は席に座る。
そして。
新しい書類を一枚、机へ置いた。
ペンを取る。
カリ――。
静かな音。
宛先。
『エデン・グループ財務監査部』
件名。
『会計監査事前通知書』
私は、薄く笑った。
「……さて」
一拍。
「次は、帳簿を洗いましょうか」
今日と明日は1日2回更新します!
次回へ続きます。
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