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魔王軍のストライキ

「……リィンちゃん、それって魔王軍を強くしてない……?」


シャロンが、カップを持つ手を止めて小声で言う。

不安が、声ににじんでいた。


「いいえ」


私は即答する。


一拍。


「むしろ逆です」


視線はスクリーンへ。


「組織がホワイト化し、管理が徹底されるほど――」


言葉を区切る。


「彼らは“申請の通っていない侵略”ができなくなります」


「え……?」


「すべての侵略は、

事前申請・予算承認・進捗管理が必須になります」


「つまり?」


「ゲリラ行為は壊滅」


淡々と。


「被害は激減」


さらに。


「結果として、防衛予算は大幅に削減されます」


シャロンが目を瞬く。


「……それって」


「はい」


私は小さく頷く。


「事務で世界を平和にする、ということです」


その瞬間。


――バチッ。


スクリーンが歪む。


ノイズ。


魔力の乱流。


そして。


エデンの紋章が、画面を割って侵入してきた。


『――ふざけるな、リィン!』


怒号。


ハンスの顔が、乱れた映像の中に浮かぶ。


『私の呪いを魔王軍の餌にするとは……!』


『どこまで姑息な真似をする!』


「ハンス様」


私はため息を一つ。


「通信の割り込みはマナー違反です」


一拍。


「ルルさん」


「……はい」


「接続元、特定済みですね」


「……完了……」


「では」


私は微笑む。


「“適切な窓口”へご案内してください」


「……了解……」


ルルの指が動く。


「……魔王軍……お客様苦情受付……直通……転送……」


『えっ? ちょ、待て――』


画面が切り替わる。


ハンスの顔。


その周囲に――四天王。


無言。


圧。


『……ほう』


ガストが、ゆっくりと口を開く。


『お前が……我らの通信を潤している……燃料の供給元か』


サキュバスが、くすりと笑う。


『いい燃料ねぇ……』


『もっと送りなさい?』


『でないと――』


顔が近づく。


『魂、差し押さえちゃうわよ?』


『ひっ……!』


ハンスの顔が蒼白になる。


『あ、あわわわ……!』


――ブツン。


通信断。


静寂。


そして。


ルルがぽつり。


「……スパム……停止……確認……」


「物理的恐怖による自発停止、です」


私はメモを取る。


「……有効ですね」


カイトが呆然と呟く。


「怖すぎるだろ……」


「では」


私は黒板に向き直る。


チョークを走らせる。


大きく。


「コンプライアンス」


「……次はここです」


四天王が固まる。


逃げ場はない。


「ハラスメントのない魔王城」


「労働時間の適正管理」


「有給取得の推進」


「違反時の罰則規定」


淡々と。


だが確実に。


魔王軍は書き換えられていく。


理詰めで。


逃げ場なく。


「……これが」


私は言う。


「真の組織改革です」


◇◇◇


「……緊急事態です」


ルルの声。


珍しく、わずかに早い。


「……魔王軍……ストライキ……発生……」


「……は?」


スクリーンが切り替わる。


そこに映ったのは――


地獄だった。


黒煙。


混乱。


そして。


スケルトン兵たちの行進。


「残業代を払え!」


「有給休暇(永眠)を認めろ!」


プラカード。


シュールすぎる光景。


「いやいやいや!」


カイトが叫ぶ。


「なんでこうなるの!?」


『リィン殿ぉぉぉ!』


画面にガストが飛び込む。


ボロボロ。


ローブは裂け、杖は折れ。


完全敗北の姿。


『貴殿のせいだ!』


『コンプライアンスを教えたせいで!』


『部下が侵略を拒否し始めた!』


『“労働基準法違反の可能性がある”と言って帰宅したのだぞ!』


「……正常です」


私は即答。


『どこがだ!?』


さらにガストが叫ぶ。


『それだけではない!』


『エデンのスパムが――』


『我がサーバー内で“意思”を持ち始めた!』


『デジタル・デーモンとして実体化し、暴れているのだ!』


空気が凍る。


ルルが淡々と。


「……原因……特定……」


「……スパム過多……」


「……高濃度魔力環境……」


「……結果……悪魔化……」


「……つまり……食べ過ぎです……」


「食べ過ぎってレベルじゃないだろ!」


カイトが叫ぶ。


「これ放置したらヤバいって!」


「ネットワーク逆流したら終わりだよ!」


「王都の銀行も通信も全部止まる!」


正しい。


完全に正しい。


私は頷く。


「……ハンス様」


小さく呟く。


「詰めが甘いですね」


そして。


顔を上げる。


「カイト君」


「はい!」


「ルルさん」


「……はい」


「準備」


一拍。


「いいですね?」


空気が変わる。


「これより」


私は宣言する。


「魔王軍への緊急出張を行います」


「出張!?」


カイトが絶叫する。


「魔王城だよ!? 無理だよ!」


「何ヶ月かかると思ってんの!?」


「いいえ」


私は首を振る。


「時代はテレワークです」


一拍。


「物理移動は不要」


「ルルさん」


「……了解……」


「……次元間リモートアクセス……起動……」


レバーが引かれる。


――ゴォン。


空間が歪む。


青白い光。


幾何学模様。


ゲート出現。


「ゼクスさん」


「おう」


「外部防御を」


「任せろ」


「カイト君」


「やだよ!?」


「来なさい」


「なんで!?」


「バックアップです」


「あなたの運は有用です」


「そんな理由!?」


襟首を掴む。


「待って待って!」


「俺データになるの!?」


「死なない!?」


「ログアウトできる!?」


「安心しなさい」


私は静かに言う。


「未処理のバグは残しません」


そして。


一歩。


踏み込む。


青白い光の中へ。


「うわあああああ!!」


カイトの絶叫。


世界が反転する。


そして――


事務は、戦場へ移行する。

次回へ続きます。

面白かったら、ぜひブクマ・感想をお願いします。

創作の燃料になります。

リアクションだけでも、嬉しいです。

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