魔王軍テレワーク導入研修
事務所の会議室に、
特大の魔導スクリーンが設置された。
普段は書類とコーヒーしか置かれていない机の上に、
今日は異様な存在感を放つ黒い水晶装置が鎮座している。
淡く脈打つ魔力。
接続完了の合図。
そして――映像が立ち上がった。
画面に広がるのは、深淵の闇。
その奥に、禍々しい執務室。
壁一面に並ぶ呪具。
床には魔法陣。
中央には、重厚な黒い円卓。
そして。
そこに座するのは――
骸骨の魔術師。
鋼鉄の巨神。
妖艶なサキュバス。
獣人族の猛将。
かつて人類が恐れた、魔王軍四天王。
本来なら、目を合わせた瞬間に命の保証はない相手だ。
だが。
「……あー……その……聞こえてますか……?」
『……映像が止まっているぞ……誰だ回線を呪ったのは……』
『ちょっと待ちなさいよぉ、私の顔、これどこ向いてるの?』
『おい! 我の声が届いておらんではないか!』
……カオスだった。
「……マイクの……ボリューム……小さい……です」
ルルが淡々と調整する。
「骸骨の方、もう少し……呪詛(音声)を……張ってください」
『――聞こえるかぁ!』
骨の顎がガタガタ鳴る。
死霊侯爵ガスト。
『この死霊侯爵に対して
「ミュートになっています」とは無礼な!』
机を叩く。
『そもそもなぜ、我ら四天王が画面越しに
会議などせねばならんのだ!』
『侵略とは現場の血の匂いがあってこそだろう!』
「ごもっともです」
私は頷く。
一拍。
「ですが、非効率です」
『なに?』
「では、魔王軍テレワーク導入研修、第一回を開始します」
資料をめくる。
「まずは業務時間報告書――」
『待て!』
猛将が割り込む。
『報告書など書いている暇はない!』
『我らは今、エデンから送りつけられる呪いで手一杯なのだ!』
「把握しています」
一拍。
「すでに処理済みです」
空気が止まる。
「……ルルさん」
「……はい」
「リダイレクト・シーケンス」
「……開始……」
指がキーに触れる。
カチッ。
その瞬間。
画面の向こうが、赤く染まった。
魔王軍の執務室。
無数の通信水晶が一斉に発光。
『な、なんだこれは!?』
『「お前は無能だ」……!?』
『「降伏しろ」……!?』
『呪詛が……逆流してくるぞ!』
悲鳴。
混乱。
だが。
『……あら?』
サキュバスが首を傾げる。
『この呪い……悪くないわね』
一同、静止。
『エデンの陰湿な感情……』
『これ、魔力と相性がいいわ』
『むしろ……美味しい』
「……分析……完了……」
ルルが淡々と告げる。
「……嫉妬……執念……高純度エネルギー……」
結果。
エデンのスパム。
すべて魔王軍へ転送。
こちらの負荷――ゼロ。
向こう――爆速強化。
「通信環境、安定しましたね」
私は静かに言う。
「では、本題に戻ります」
「猛将様」
『……なんだ』
「テレワークでは部下を監視できない」
一拍。
「それは誤りです」
『……ほう?』
「正しくは」
「管理できていないだけです」
空気が凍る。
だが、止まらない。
「部下を物理的に見張らなければ動かせない」
「それは指示が曖昧だからです」
「ルルさん」
「……はい」
スクリーンが切り替わる。
黒と紫の禍々しいユーザーインターフェース。
ガントチャート。
進捗バー。
「タスク管理ツールです」
「侵略業務をすべて分解します」
指を走らせる。
「村の焼き討ち」
「勇者の足止め」
「毒の沼地維持」
「すべて数値化」
「進捗率で管理」
「証拠は必須」
「未提出は――サボり」
『ぐ……』
猛将が歯を食いしばる。
『侵略の誇りを……数字で測るだと……』
「誇りでは予算は下りません」
即答。
「効率だけが結果を出します」
さらに。
「ガスト様」
『な、なんだ!』
「背後の骨」
指差す。
山積みの骨。
「未整理です」
『なっ!?』
「五S違反(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」
「廃棄か資産登録を」
『これは先代魔王から賜った由緒ある――!』
「使用していないなら不良在庫です」
即断。
沈黙。
「カイト君」
「は、はい!」
「在庫管理規程、送付」
「うわ、はい!」
震える手。
送信。
直後。
画面の向こう。
通知、爆発。
『な、なんだこの量は!?』
『開いても開いても終わらんぞ!』
『我は戦士だぞ!?』
パニック。
混乱。
絶叫。
それでも。
私は淡々と告げる。
「エデンのスパムを燃料に」
「魔王軍の通信を強化し」
「同時に労働改革を実施する」
一拍。
「――これが今回のプロジェクトです」
誰も、否定できなかった。
これを実施できれば、
魔王軍はもっと効率的に侵略を行える。
だが、狙いはそこではない。
私は心の中で、冷徹な微笑を浮かべていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
『魔王軍をコンサルするのに笑った』
『侵略を効率的にって何だよ』
『続き気になる』
……と思っていただけたら、
ブクマ・評価・感想をもらえると嬉しいです。
作者のHPと残業代になります。
来週の土日更新予定です。
リィンの次の“監査対象”を、お楽しみに。




