相談と攻撃は、同時に始まる
司祭と葬儀屋の男は、
腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
私は、まだ煙を上げている
魔導書の残骸を見下ろす。
焦げた紙片。
歪んだ魔力。
完全に、沈黙。
ピンセットで摘まみ上げる。
そして――
カイトへ差し出した。
「証拠品第104号として封印」
「は、はいっ!」
カイトが背筋を伸ばし、両手で受け取る。
震えている。
だが、落とさない。
成長している。
ほんの少しだけ。
私はそのまま、司祭たちへ視線を移した。
「……司祭様、および葬儀屋の代表者」
一拍。
「あなた方には後ほど」
淡々と。
「『公務執行妨害』」
「『死体損壊未遂』」
「そして『広域テロ計画』の容疑で」
「神殿騎士団から、
素敵な招待状――召喚状が届きます」
完全に事務的に。
告げる。
「……あ、もちろん」
付け足す。
「今回の墓地修繕費と、
遺族への精神的慰謝料」
「全額、神殿の『特別背任』として
請求させていただきますので」
にこり。
逃げ場は、ない。
「……ひ、ひいいいっ!」
司祭が崩れる。
「助けてくれ! 悪かった!」
「全部ハンスに言われてやったんだ!」
見苦しい。
極めて。
私は一瞥する。
それだけで十分だった。
視線を切る。
価値がない。
私は参列者たちへ向き直った。
「……皆様」
静かに。
「お待たせしました」
一拍。
「『不適切な外乱』は、
すべて事務的に排除されました」
そして。
わずかに、声を落とす。
「……葬儀を、再開しましょう」
「故人が、最も納得のいく形で」
風が、止む。
墓地に静寂が戻る。
本来あるべき、空気。
ゼクスは剣を収めた。
カイトは震える手で議事録を書き終える。
ルルは――
「……ん」
パフェを食べている。
満足げに。
いつも通りだ。
だが。
私は思考を止めない。
今回の件。
明確だ。
エデン。
そして――ハンス。
「宗教権威」という、最も厄介なカード。
切ってきた。
ならば。
対処するだけ。
次の決算期までに。
王都のブラックボックス。
――宗教法人の非課税特権。
これに、メスを入れる。
完全に。
構造ごと。
「……リィン」
ゼクスが顔を引きつらせる。
「今度は、神殿そのものを差し押さえる気か?」
「いいえ」
即答。
「ただの、『適切な税務調査』です」
微笑む。
それは。
夕陽よりも深く。
逃げ場のない色をしていた。
◇◇◇
数日後。
王都。
街角。
小さな変化。
だが、確かな変化。
「リィンさん……これ……」
ルルがデスクに何かを置く。
「……『黄昏の灯火亭』の親方から……」
「……提携第一号の……完了報告書……と……お礼……です」
素朴な包み。
焼き菓子。
そして、一通の手紙。
私は封を切る。
静かに目を通す。
内容は明確だった。
透明な価格。
誠実な仕事。
そして――
温かい時間。
豪華な祭壇はない。
偽物の聖水もない。
だが。
確かに、そこにあった。
「送り出す」という行為。
私は小さく息を吐く。
「……ふぅ」
書類に視線を戻す。
「これで、ようやく」
一拍。
「『福利厚生規定・弔慰金編』の
改定が完了しました」
公印を捺す。
バインダーを閉じる。
完了。
カイトが声を上げる。
「リィンさん、本当にすごいよ!」
「今、他のギルドからも
問い合わせ殺到してるんだろ!?」
興奮気味。
続ける。
「みんな困ってたんだな……」
「仲間の死を食い物にされるのにさ」
私は頷く。
「困っている人がいる」
一拍。
「そこに歪んだ市場がある」
そして。
「ならば、事務官が介入するのは当然です」
当然の結論。
私はさらに続ける。
「……カイト君」
「あなたが拾ってきた証拠」
「王宮財務局で受理されました」
一拍。
「司祭は解任」
「神殿には追徴課税」
カイトが拳を握る。
「よっしゃ!」
「俺の強運、今回は正義に使えたな!」
私は即座に否定する。
「正義ではありません」
一拍。
「適正な納税です」
「そこ大事!?」
大事だ。
極めて。
その時。
扉が開く。
一人の少女。
喪服姿。
彼女だ。
ゆっくりと近づき。
深く。
深く、頭を下げた。
「リィン様……ありがとうございました」
震える声。
だが、強い。
「兄の残したお金……これだけ残りました」
顔を上げる。
まっすぐに。
「来月から、工学学校に通えます」
一拍。
「胸を張って、生きていけます」
差し出されたのは――
金貨ではない。
一枚の書類。
『遺産運用計画書』
私は受け取る。
目を通す。
そして。
「……いいですね」
わずかに頷く。
「この利率なら、老後も問題ありません」
少女の顔が明るくなる。
「はい!」
「教えてもらった“事務の心得”、忘れません!」
去っていく背中。
夕陽が差し込む。
静かな時間。
ゼクスがソファで伸びをする。
「……死んだ後の格式なんてどうでもいい、か」
ぽつり。
「俺も死んだら、リィンに任せるわ」
続けて。
「一番安いやつでいい」
「浮いた金で、
みんなに飯でも食わせてやってくれ」
「縁起でもないことを」
私は即答する。
「ゼクスさんには、
死ぬ暇もないほど労働予定があります」
「やめろ怖い!」
シャロンが笑いながら割り込む。
「その前に、あんた昨日なくした
ギルド旗の修繕費でしょ?」
「げっ……!」
いつもの空気。
戻ってきた。
だが。
私は視線を落とす。
机の上。
新しいファイル。
タイトル。
【エデンによる通信妨害/魔王軍テレワーク申請】
沈黙。
「……さて」
眼鏡を押し上げる。
「葬儀の次は」
一拍。
「“死んだはずのシステム”の蘇生ですか」
インク瓶を開ける。
新しい戦場。
デジタル。
呪いのメール。
サイバー攻撃。
そして――
なぜか届く。
魔王軍からの相談。
私は顔を上げる。
「シャロンさん、カイト君、ルルさん」
一拍。
「明日からは剣ではなく」
「キーボードを磨きなさい」
「……デバッグ(除霊)作業の開始です」
ペンを振り下ろす。
受付印。
重い音。
次の戦いが、始まる。
その様子を。
ピートが誇らしげに見上げていた。
――その時。
社内の魔導端末が、ぴこん、と軽い着信音を鳴らした。
誰も気に留めない。
ただの通知。
日常の延長。
――の、はずだった。
画面の隅。
ひっそりと並ぶ、新着メールが二件。
一つは。
《魔王軍ホールディングス》からの業務連絡。
そして、もう一つは――
送信元、不明。
件名、空白。
……しかし、そのアイコンだけが、
わずかに。
“歪んで”いた。
私はまだ、気付かない。
それが。
「相談」と「攻撃」が、同時に始まる合図だということに。
次回へ続きます。
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