死者、差し押さえ
改革には反動がつきものだ。
だが――
ここまで露骨に。
「事務を舐めた」妨害を受けるとは、さすがに想定外だった。
……いや。
想定外というより、不快だ。
完全に。
新たに提携した、街の小さな葬儀屋。
『黄昏の灯火亭』。
そこで、亡くなった冒険者の告別式が、
静かに執り行われようとしていた。
豪華さはない。
だが――
故人が好きだった季節の花。
無理のない費用。
そして、遺族がちゃんと前を向ける設計。
「……正しい葬儀」だった。
そのはずだった。
「……リィンさん」
ルルの声。
「……外が……変……です。……墓地の……周囲に
……負の魔力……充満……中……」
次の瞬間。
――ズズン。
地面が、震えた。
供えられた花が、一斉に枯れる。
「きゃああああっ!」
遺族の悲鳴。
土が割れる。
そして――
這い出てきた。
腐敗した肉体。
崩れた顔。
濁った眼。
アンデッド。
しかも一体や二体じゃない。
群れだ。
「おい、冗談だろ!?」
ゼクスが剣を抜く。
「なんで街中の墓地にこんな数のゾンビが湧くんだよ!」
カイトは後ずさる。
腰が完全に引けている。
「ひっ……無理無理無理無理!!」
そして――
笑い声。
「あははははは!」
墓地の入口。
昨日の葬儀屋。
そして、その隣に立つ――
神殿の司祭。
手には、禍々しい魔導書。
「見るがいい!」
司祭が叫ぶ。
「これが“安らかな眠り”を拒んだ報いだ!」
一歩、前に出る。
「神殿の加護もなく!」
「寄付もせず!」
「安物の葬儀で済ませた結果がこれだ!」
さらに声を張り上げる。
「死者は穢れ、魔を呼ぶ!」
「嫌ならば――跪け!」
「今すぐ悔い改め、正しい供養を受けるのだ!」
……はい。
完全に。
マッチポンプ。
事務官的に言えば――
「自分でバグを仕込んで、保守費用を請求する」
最悪の業者。
「……なるほど」
小さく息を吐く。
「理解しました」
私は振り返る。
「カイト君」
「えっ、はい!」
「バケツを持ってきなさい」
「は?」
間の抜けた声。
「バケツ!?」
「いやいやいや! スライムじゃないんですよこれ!?」
「ゾンビですよ!?」
「物理で殴るやつですよね!?」
「いいえ」
即答。
「これは物理ではありません」
一歩、前へ。
「神殿による」
「不当な役務の強制提供」
「および業務妨害です」
カイト、固まる。
「……ルルさん」
「……はい」
「座標の特定は?」
「……完了……です」
ルルの目が光る。
「……司祭の魔導書……地脈リンク……確認」
「……この呪い……未認可の魔導ブロードキャスト……」
一拍。
「……事務的に……遮断可能です」
私はカバンを開いた。
取り出す。
――赤い封筒。
王宮財務局発行。
『強制監査執行令状』。
神殿だろうが。
例外はない。
「ゼクスさん」
「おう!」
「棺に触れさせないでください」
「結界の外で足止めを」
「任せろ!」
「カイト君」
「はいっ!」
「あなたは私の横で議事録を取ってください」
「えっ」
「一言も漏らさず」
「正確に」
一拍。
「一文字でも間違えたら、給与明細は白紙です」
「やります!!!!!」
即答。
私は前へ出る。
ゾンビの群れと。
司祭の間へ。
「無力な女が何をする!」
司祭が嘲笑う。
「行け、穢れた死者共よ!」
「紙切れなど噛み千切れ!」
ゾンビが突っ込んでくる。
腐臭。
距離、ゼロ。
――だが。
私は動かない。
「判定」
静かに。
「不当利得」
一拍。
「および公衆衛生法違反」
――ドン。
令状を、地面に叩きつける。
赤い魔力が奔流となって走る。
墓地全体を覆う。
ゾンビの動きが止まる。
その頭上に――
赤い「×」。
そして。
膨大な金額。
「な、何だ!?」
司祭が叫ぶ。
「私の死霊術が――!」
「司祭様」
私は淡々と告げる。
「この個体群」
「去年の流行病の死亡者ですね」
「埋葬許可証」
「未更新です」
「なぜそれを――!」
「死後手続き未完了の遺体使用は」
一拍。
「王都墓地管理条例第十二条」
「不法投棄物です」
沈黙。
「な……馬鹿な……!」
「没収」
一拍。
「および――」
「強制償却」
公印を押す。
空中に。
バン。
次の瞬間。
無数の赤いテープ。
『SEIZED』
ゾンビを拘束。
断末魔すら許されず。
光へ。
粒子へ。
消滅。
「ば、馬鹿なああああ!!」
司祭が絶叫する。
「これは神殿の秘宝だぞ!」
「事務員ごときに――!」
「未申告資産ですね」
即答。
「……ハンス様経由の品でしょうが」
「帳簿管理が甘い」
司祭、絶句。
「ルルさん」
「……はい」
「アンチ・マジック・ジャミング」
「……展開」
カチ。
エンターキー。
次の瞬間。
魔導書が――
発火。
「ぎゃあああああ!!」
神殿ネットワーク。
供養システム。
すべて。
――ダウン。
「な……にを……した……」
司祭が崩れ落ちる。
私は一歩、近づいた。
眼鏡を押し上げる。
「違法配信の停止です」
静かに。
「それと」
一拍。
「業務妨害の現行犯」
「後日、正式に請求します」
完全に。
詰み。
泣き崩れる遺族。
守られた棺。
そして。
静寂。
私は振り返る。
「……式を再開してください」
誰も逆らわない。
当たり前だ。
ここはもう――
「事務処理済み」だから。
――だが。
終わりではない。
私は、ゆっくりと視線を落とす。
足元。
令状が突き刺さったままの地面。
まだ、熱を持っている。
「……ルルさん」
「……はい……」
「残滓のスキャンを」
一拍。
「“未処理”が残っていないか、確認してください」
「……了解……です」
ルルが端末に触れる。
淡い光が、地面をなぞる。
静寂。
数秒。
「……異常……なし……」
「……呪いの波長……完全停止……」
私は小さく頷く。
「結構です」
書類を整える。
淡々と。
何事もなかったかのように。
「……では、改めて」
遺族へ向き直る。
「本件の妨害行為は、すべて排除されました」
「追加費用は発生しません」
「契約通りの葬儀を、続行可能です」
一拍。
「ご安心ください」
遺族の女性が、震えながら頷く。
涙を拭う。
「……ありがとうございます……」
小さな声。
だが、確かに届いた。
私は、わずかに視線を逸らす。
「……礼は不要です」
淡々と。
「業務ですから」
背後。
ゼクスが剣を収める。
「……終わった、のか?」
「はい」
即答。
「本件はこれにてクローズです」
カイトがその場にへたり込む。
「はああああ……」
「マジで死ぬかと思った……」
「死んでいません」
一拍。
「したがって問題ありません」
「問題ありまくりだろ!?」
私は無視する。
「……カイト君」
「はい!?」
「議事録の提出を」
「え、もう!?」
「当然です」
一拍。
「リアルタイム記録は評価しますが、清書は別です」
「うわあああ……」
崩れ落ちる。
「……ルルさん」
「……はい……」
「今回の事案、分類は?」
ルルが少し考える。
「……外部からの……悪意ある干渉……」
「……および……未認可魔導通信の……違法運用……」
「正解です」
私は頷く。
「……後ほど、神殿側への正式な損害賠償請求書を作成します」
一拍。
「精神的被害、葬儀遅延、環境汚染」
指を折る。
「すべて計上対象です」
ゼクスが引く。
「……なあ、それ、いくらになるんだ?」
「現時点で試算中ですが」
一拍。
「少なくとも、司祭一人の人生では払い切れない額になりますね」
「こええよ……」
私は、眼鏡を押し上げる。
「……では」
一歩、下がる。
棺の前から。
「本来の業務に戻ります」
司祭は既に拘束されている。
ゾンビも消えた。
外乱要因、ゼロ。
完全に。
制御下。
「……式を、続けてください」
静かに。
告げる。
鐘の音が、再び鳴り始める。
今度は。
妨げられることなく。
――正常運転。
私は一歩、引いた位置に立つ。
記録。
確認。
例外処理、なし。
完璧。
そう。
これはただの――
「業務」だ。
次回へ続きます。
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創作の燃料になります。




