表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/32

事務官は“魂の値段”を許さない

「なっ……根拠だと?

神聖なる儀式に、世俗の計算を持ち出すのか!」


司祭が声を荒げる。


私は即答した。


「持ち出します。事務官ですから」


「何だと!?」


ざわり、と空気が揺れる。


私は台帳を一枚めくった。


「まず一点」


指で該当箇所を叩く。


「神殿が使用している『聖なる香木』」


一拍。


「隣国からの安価な輸入品ですね」


視線を上げる。


「卸値は、銀貨三枚」


「き、貴様……!」


司祭の顔が引きつる。


「続いて」


ページをめくる。


「『浄化の泉の聖水』」


「これは……三日前の雨水を、

見習い魔導師が濾過したものです」


静かに。


「違いますか?」


「デタラメを……!」


「ルルさん」


「……了解……です」


ルルが端末を操作する。


――パッ。


空中に、魔法スクリーンが展開される。


映し出されたのは――


神殿の裏庭。


濁った水。


粗末な濾過槽。


「……神殿裏……濾過設備……特定済み」


「……水質……不純物多め……です」


ざわ……ざわ……。


群衆がざわめき始める。


「な、何を……!」


「まだあります」


私は遮る。


「葬儀社『安眠亭』から神殿へ」


一拍。


「毎月、“祈祷奨励金”という名目で

キックバックが流れている」


「なっ……!」


「証拠は、こちら」


「カイト君」


「は、はい!」


カイトが慌てて前に出る。


手には一通の紙。


「こ、これ! ゴミ捨て場から拾った……

いや、風で飛んできたやつなんだけど!」


言い直す。


「『今月はBランクの死者が多かったので、

寄付金を三割増しにします』って……書いてある!」


ざわっ――!


記者たちが一斉に書き始める。


「司祭様」


私は一歩踏み出す。


「あなたの言う“尊厳”とは」


一拍。


「死者のためではなく」


さらに一歩。


「神殿の修繕費と」


視線を刺す。


「あなたの夕食のためでは?」


「何を言うか!!」


怒号。


だが、もう止まらない。


「私は」


静かに言う。


「仲間の死を、金だとは思っていません」


一拍。


「ただ」


「最も悲しい瞬間を」


「特定の組織が癒着で食い物にしている現状を」


「事務的に是正したいだけです」


「黙れ!!」


司祭が叫ぶ。


「貧相な葬儀で送られた遺族が、どれほど惨めか――」


「――惨めなのは」


私は遮った。


一瞬で。


「葬儀の後に」


声を強める。


「生活が破綻することです!」


静寂。


完全に。


音が消える。


私は振り返る。


「……こちらへ」


背後の女性を前に出す。


震えている。


Bランク冒険者の妹。


「彼女の兄が遺した金額は」


「金貨六十枚」


一拍。


「通常の葬儀を行えば」


「残りは、五枚」


「……っ!」


誰かが息を呑む。


「ですが」


私は続ける。


「私の提案した葬儀なら」


「費用は、十枚」


一拍。


「残り、五十枚」


「学業」


「生活」


「母親の介護」


「すべて、守れる」


司祭が言葉を失う。


「……司祭様」


静かに問う。


「どちらが、故人の願いに近いですか?」


沈黙。


その中で――


「……兄は」


震える声。


妹が口を開く。


「言ってました」


涙。


「……俺に何かあっても」


「お前たちが困らないようにするって」


嗚咽。


「豪華な葬式なんて……望んでません……!」


声が崩れる。


「……私たちが生きることが」


「兄の誇りなんです……!」


――ぐすっ。


群衆の中から、涙の音。


一人。


また一人。


空気が、変わる。


怒りの矛先が。


ゆっくりと。


司祭へと移っていく。


私は台帳を閉じた。


バサリ。


「……事務官として、宣言します」


一拍。


「ギルド『ラスト・リゾート』は」


「王都全ギルド向け」


「『公正葬儀プラットフォーム』を立ち上げます」


ざわっ。


「中間マージンは排除」


「浮いた資金は全額」


「遺児教育基金へ」


さらに。


「拒否する葬儀社・神殿は」


「監査対象として」


「王宮財務局へ通報します」


――ドン。


真っ赤な台帳を閉じる。


音が響く。


まるで。


判決。


「ハンス様の“倫理攻勢”」


小さく笑う。


「面白い試みでしたが」


視線を上げる。


「……事務官の正論は」


「神の言葉より、現実を動かします」


沈黙。


完全な。


やがて――


群衆が、割れる。


司祭は立ち尽くす。


顔を真っ赤にして。


震えている。


だが。


もう。


味方はいない。


◇◇◇


その様子を。


遠くから見ている影があった。


エデンの紋章。


男は手帳に何かを書き込み。


静かに。


闇へ消える。


◇◇◇


「……リィン」


ゼクスが近づく。


小声で。


「これで……終わりか?」


私は首を振る。


「いいえ」


一拍。


「終わりではありません」


視線を外へ。


「利権を奪われた側が次にやることは一つ」


「……物理的な嫌がらせです」


「だろうな……」


ゼクスがため息をつく。


私は振り返る。


「カイト君」


「ルルさん」


二人を見る。


「明日の業務は」


一拍。


「ギルド防衛の強化」


そして。


淡々と。


「残業代は、きちんと出します」


「そこは出るんだ……!」


カイトが呟く。


私は気にしない。


ただ。


静かに。


眼鏡を押し上げる。


リィンの瞳には。


感動も。


達成感も。


ない。


あるのは――


次のトラブル。


そして。


それを処理するための。


「予算」だけだった。


一拍。


沈黙。


だが――


終わりではない。


私は、ゆっくりとデスクに視線を落とす。


そこに積まれた書類の山。


その一番上。


赤い付箋。


【優先:対外リスク】


私は、それを一枚だけ引き抜いた。


紙が擦れる音。


シャ、と小さく鳴る。


「……カイト君」


「はい?」


まだ疲れきった声。


「あなたの明日の業務」


一拍。


「防衛だけでは足りません」


「え?」


顔が固まる。


私は紙を掲げた。


「“想定被害一覧”です」


カイトの顔が引きつる。


「なにそれ怖い」


「読みます」


無慈悲に。


「誹謗中傷の拡散」


「営業妨害」


「契約先への圧力」


「設備破壊」


「人的被害」


一拍。


「最悪、放火」


「やめて! 一気に現実的にしないで!」


カイトが叫ぶ。


ゼクスが低く唸る。


「……まあ、来るだろうな」


私は頷く。


「ええ。来ます」


断言。


「そして」


一拍。


「必ず“同時に”来ます」


「最悪じゃん……」


カイトが崩れ落ちる。


私は気にしない。


「だからこそ」


静かに。


「事前に“処理”します」


「……処理?」


カイトが顔を上げる。


私は、わずかに口角を上げた。


「被害を受ける前に」


一拍。


「“被害が発生したことにする”のです」


「は?」


完全停止。


「……え?」


ゼクスも眉をひそめる。


私は続ける。


「報告書」


「証拠」


「対応履歴」


「すべて、先に整備しておく」


一拍。


「そうすれば」


視線を上げる。


「実際に何か起きた時」


「それは“初動対応済み案件”になります」


沈黙。


カイトがぽつりと呟く。


「……怖い」


「合理的です」


即答。


私は書類を机に戻した。


トン、と音が鳴る。


「明日から忙しくなりますよ」


一拍。


「本当の意味での」


「防衛業務が始まります」


カイトの喉が鳴る。


ごくり、と。


「……それ、いつ終わるの?」


私は、少しだけ考えて。


答えた。


「終わりません」


「え」


「トラブルは連鎖します」


一拍。


「今回の件は、その起点に過ぎません」


静かに。


告げる。


「ようこそ」


微笑む。


「“後処理のない世界”へ」


「そんな世界いやだ!!」


カイトの悲鳴が響く。


だが。


私はすでに、次の書類に手を伸ばしていた。


カチリ。


公印が鳴る。


その音が。


静かに。


次の“戦場”の開始を告げていた。

【読者様へのお願い】

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

本日の更新をもって、当面の間、更新日を毎週土・日のみに変更させていただきます。

現在ストックが尽きており、作品の品質を維持するための判断となります。

より面白い作品をお届けできるよう努めてまいりますので、何卒ご理解いただけますと幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。(作者)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ