依頼ランクは「葬儀費用の削減」のためにある
「……却下です」
私は書類を机に置いた。
「この『死亡時特別清算書』」
一拍。
「項目が不透明すぎて、目を通す価値もありません」
月曜日の朝。
静かなはずの事務所に、冷えた声が響く。
目の前。
顔を真っ赤にしているのは――
王都最大手の葬儀ギルド、
『安らかな眠り(安眠亭)』の営業。
そして。
うちの提携先パーティのリーダー。
「リィンさん、あんた正気か!?」
机を叩く。
戦士の男。
「仲間が死んだんだぞ! ランクBのワイバーン討伐だ!
不運だったが……あいつは戦って死んだんだ!」
息が荒い。
「その葬儀代を“経費削減”だと!?
あんた、人の心がねえのか!」
横で。
葬儀屋がにやりと笑う。
「左様でございますよ、リィン様」
手をすり合わせる。
「英雄的な最期を遂げた冒険者には、
金貨五十枚の『天空葬コース』こそ相応しい」
一拍。
「これは業界の常識でございます」
私は眼鏡を押し上げた。
「……“業界の常識”」
小さく繰り返す。
「事務官にとって、最も疑わしい言葉の一つです」
視線を横へ。
「カイト君」
「は、はいっ!」
ビクッと跳ねる。
「資料」
「え、えーと……!」
分厚い台帳を開く。
手が震えている。
「過去一年間の王都における、冒険者の平均葬儀費用……」
ごくり。
「金貨二十枚です」
「続けて」
「は、はい!」
ページをめくる。
「この『安眠亭』の見積もり……」
読み上げる。
「祭壇の花、“魔力活性化バラ(時価)”」
「棺、“古代樹の霊木”」
「さらに……“魂の浄化税”として神殿への寄付金」
息を吸う。
「合計、金貨五十五枚です」
沈黙。
「……バカ高いな」
背後。
ゼクスが眉をひそめる。
コーヒー片手。
珍しくまとも。
「その通りです」
私は頷く。
「そしてこの費用の大半は」
一拍。
「故人が遺した“遺族年金”と“ギルド弔慰金”から支払われる」
営業がうなずく。
「それは、そうですが……」
私は遮る。
「つまり」
机を指で叩く。
「冒険者が命を懸けて稼いだ最後の金が」
一拍。
「実体のない“見栄”のために消える」
視線を上げる。
「葬儀社と神殿の懐に」
静かに。
「これが“英雄への敬意”ですか?」
「なっ……!」
葬儀屋が声を荒げる。
「神聖な儀式を侮辱する気か!」
「侮辱しているのは、どちらですか?」
即答。
「遺族の未来を食いつぶしているのは、あなた方でしょう」
私は視線をリーダーに向ける。
「……落ち着いて聞きなさい」
一拍。
「亡くなった彼」
「故郷に、年老いた母親と妹がいますね」
リーダーの肩が揺れる。
「この契約書にサインすれば」
指で金額を叩く。
「金貨五十枚」
一拍。
「彼女たちに届く遺産は、ほぼゼロです」
沈黙。
「それが」
ゆっくりと。
「戦友としての、あなたの望みですか?」
ペンが止まる。
震える手。
言葉が出ない。
――ここは冒険者ギルド。
死は、日常だ。
だからこそ。
その“死”に群がる商売が、
“伝統”の顔をして蔓延る。
「……リィン」
ゼクスが口を挟む。
「でもよ」
腕を組む。
「規定あるだろ」
一拍。
「ランクB以上で殉職した場合、
“相応の格式の葬儀”を行うこと」
「無視したら、
ギルドの評価落ちるんじゃねえか?」
正論。
そして――
罠。
「ええ」
私は頷く。
「そこです」
一拍。
「その“評価項目”こそが欠陥です」
静かに。
「エデンを筆頭とする大手が作った、古いルール」
私は視線を動かす。
「カイト君」
「は、はい!」
「ルルさん」
「……準備、完了……」
端末が光る。
モニターに数字。
冷たい。
無機質。
「王都全域の葬儀プラン」
ルルが淡々と読み上げる。
「原価計算……完了……」
一拍。
「平均利益率……八〇パーセント超……」
沈黙。
「ボッタクリ……です」
空気が凍る。
「な……!」
営業の顔が歪む。
私は続ける。
「カイト君」
「は、はい!」
「あなたの“幸運”で」
一拍。
「裏通りの零細葬儀屋を洗い出しましたね」
「え、あ、はい!」
「腕は確か。だが経営難」
「……はい」
「今日中に契約を取ってきなさい」
「え?」
「断られたら」
一拍。
「あなたの来月の給与から、“葬儀予備費”を天引きします」
「うわあああああ!?」
絶叫。
「また無茶振りですか!?」
一瞬。
でも。
歯を食いしばる。
「……でも」
拳を握る。
「遺族が泣くのは、俺も嫌だ」
振り向く。
「行ってきます!」
ダッ、と駆け出す。
扉が閉まる。
静寂。
私は一枚の紙を取り出した。
そして。
目の前に突きつける。
「『安眠亭』様」
一拍。
「本日付で」
「当ギルド『ラスト・リゾート』は」
ゆっくりと。
「貴社との提携を解消します」
「なっ……!?」
営業の顔が引きつる。
私は続ける。
「加えて」
もう一枚。
机に置く。
『監査予告通知』
「過去取引の精査を開始します」
一拍。
「不当請求」
「過大見積」
「寄付金の不透明運用」
視線を上げる。
「――すべて、洗います」
空気が変わる。
葬儀屋の笑顔が消えた。
完全に。
「……リィン様」
声が低くなる。
「それが、どういう意味か」
「分かっていますよ」
即答。
「業界を敵に回す」
一拍。
「結構です」
私は椅子に座る。
静かに。
「死人で儲ける仕組みがあるなら」
ペンを取る。
カリ、と音。
「全部、帳簿から消します」
◇◇◇
その日。
王都の裏通りで。
一つの小さな葬儀屋に、
一人の新人が飛び込んだ。
そして――
王都の“葬儀業界”そのものを揺るがす、
契約が動き出す。
【読者様へのお願い】
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
来週日曜日の更新をもって、当面の間、更新日を毎週土・日のみに変更させていただきます。
現在ストックが尽きており、作品の品質を維持するための判断となります。
より面白い作品をお届けできるよう努めてまいりますので、何卒ご理解いただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。(作者)




