炎上した勇者、3時間で英雄にされる
会場として指定されたのは、
わがギルド事務所前に急造された特設ステージだった。
王都中の新聞記者と魔導水晶板の配信者たちが、
エサを待つピラニアみたいな目で押し寄せている。
「おじさん勇者、引退か?」
「アルコール中毒の末路」
すでに“答えが決まった記事”の見出しを
握りしめているのが質悪い。
エデン寄りの記者たちだ。
空気が、もう殺意寄りだ。
問題はあいつらだ。
「……リィン、本当にこれでいけるのか?」
ゼクスが舞台袖でぼやく。
「この白スーツ、呼吸しづらいんだが。
あと顔、なんか病人みたいになってないか?」
「仕様です」
即答。
ルル特製の“薄幸メイク(魔力吸収型)”のせいで、
今のゼクスはどう見ても「余命わずかの英雄」だ。
「無駄口は不要です、ゼクスさん」
私は冷たく言う。
「あなたの仕事は“喋ること”ではありません。
“雰囲気で勝つこと”です」
「雰囲気ってなんだよそれ……」
「沈黙です」
一拍。
「シャロンさん」
「はーい!」
「マスコミへの“資料(毒入り)”は?」
「配り終わったわよ!『賢者像は構造的欠陥あり』って鑑定書!」
「それと?」
「エデンが管理放置してた疑惑の
“匂わせ文書”もセットで撒いたわ!」
優秀すぎる。
たまに怖い。
「完璧です。カイト君」
「はいっ!? 俺これ本当に出ていいやつ!?」
カイトは舞台袖でガチ震えしていた。
「俺の役、“勇者に救われた少年”って重くない!?
セリフも長いし!覚えられるかな」
「あなたの運なら噛みません」
「理屈が雑すぎる!!」
無視。
私は時計を見る。
「開始します」
カチ。
カチ。
カチ。
サーー。
カーテンが開く。
閃光。
パシャパシャ。
魔導カメラの連続フラッシュ。
一気に叫びが飛ぶ。
「ゼクスさん!像破壊は事実ですか!?」
「飲酒状態だったという証言がありますが!?」
「“おじさん”発言にキレたのは本当ですか!?」
怒号の嵐。
ゼクスは──
指示通り、
深く頭を下げたまま動かない。
きっちり十秒。
完全沈黙。
この“間”は私が設計した。
反省しているように
見える究極の黄金比だ。
「……皆様」
ゼクスが口を開く。
声は、魔導拡声器で“儚さ補正”がかかっている。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます」
シン。
空気が少し変わる。
「私は昨日、賢者アラバスタ像を破壊しました」
カメラのシャッター音が止まる。
「それは事実です」
一拍。
「ですが──守りたかったのは像ではありません」
「この街の、子供たちの未来です」
静寂。
ピタリと止まる記者たち。
来た。
第一段階。
私は合図する。
「老記者」投入。
中立派の老人が手を挙げる。
「ではゼクス殿。あなたは酒に酔っていたという話は?」
「……酔っていなければ、真実に耐えられなかった」
ゼクスが顔を上げる。
「ルル」
「はいっ!」
スクリーン起動。
巨大魔導モニターに映像。
“像内部スキャン(加工済み)”
赤く脈動する魔力回路。
ざわっ。
ざわっ。
ざわっ。
空気が揺れる。
「これは……!」
「魔導核が腐食している!?」
「エデンが管理委託先だぞ」
「エデン管理の問題だと!?」
記者がざわめく。
ゼクスが続ける。
「あと数時間で爆発していた可能性がある」
一拍。
「私はそれを止めたかった」
「勇者という」
「名声を捨ててでも」
静寂。
一気に空気が“英雄側”に傾く。
ここで第二段階。
「カイト君」
「は、はい!!」
カイトが飛び出す。
転ぶレベルの勢いで。
ドタドタッ。
「違うっ!!」
「ゼクスのおじさんは……助けてくれたんだ!!」
記者たちが一斉に見る。
「僕、あの像の下で銅貨探してて……」
(完璧だ)
内心で思う。
「そしたら“危ない!”って突き飛ばされて……!」
カイトの声が震える。
「直後に像が壊れたんだ!!」
一拍。
「おじさんは……笑ってた!」
「“格好いいだろ?”って……!」
静寂。
完全に止まる空気。
──入った。
私は小さく息を吐く。
勝ち筋が確定した音だ。
そして、カイトのダメ押しのセリフが始まる。
「……僕たちのために、一人で汚れ役を引き受けて……!」
カイトの声が震える。
会場の空気が、完全に“そっち側”に傾いた。
「カイト……」
ゼクスがゆっくりと膝をつく。
「いいんだ」
そっと手を伸ばす。
「君が無事なら」
頭を、優しく撫でる。
「俺は――“迷惑なおじさん”で構わない……」
静寂。
完璧な“間”。
その瞬間。
――スッ。
舞台裏。
ルルが指を動かす。
次の瞬間。
会場に、静かに流れ出す。
「感動的なBGM」
やりすぎない。
でも確実に涙腺を刺激する音。
計算通り。
記者たちの手が、一斉に動いた。
カリカリカリカリッ――!
紙を引き裂く勢い。
書く。
書く。
書く。
さっきまでの“処刑モード”は、もうない。
代わりにあるのは――
“美談を逃すな”という焦り。
「……すげぇ」
カイトが小さく呟く。
その横で。
見出しが、変わっていく。
『勇者のラリアットは、街を救う究極の慈愛だった!』
『“おじさん”は侮辱ではない。市民が贈る親愛の称号へ』
『エデンの管理不備、露呈。隠されていた爆発危機』
空気が、完全にひっくり返る。
さっきまでゼクスを叩く気満々だった記者。
エデン寄りの連中ですら――
口を開けない。
開けたら負ける。
その場の“空気”に飲まれている。
「……終わりだな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
違う。
終わりじゃない。
ここからが本番だ。
私は舞台袖で、静かにカバンを開いた。
中から、一冊。
古びた帳簿を取り出す。
領収書ファイル。
「……さて」
誰にも聞こえない声で、呟く。
「仕上げに入りますか」
次回へ続きます。
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