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宝石は却下。たった一枚の領収書でギルドを救った話

【領収書:対魔王用・特殊結界維持費 金貨五百枚 六月十五日付】


「……これ……本物……?」


カイトの声が震える。


「ええ。本物です」


私は淡々と答えた。


「……カイト君。私の力は、

あなたのような“幸運”ではありません」


一拍。


「ただの“積み重ね”です」


「積み重ね……?」


ぽかんとするカイト。


私は続ける。


「過去の社長の行動パターン。

書類の配置傾向。空気の乾燥度による紙の劣化速度」


指で領収書を軽く叩く。


「それらを全部、逆算して位置を特定した」


一拍。


「……これは“運”ではなく、“計算ロジック”です」


私は乱れた髪を整え、カイトを見下ろす。


「あなたが今日見つけた宝石は、すべて没収します」


「……はい」


「雑収入として処理します」


「は、はい……」


しょんぼりするカイト。


「ですが」


私は視線を細める。


「この領収書を見つけられなかった

あなたの評価は、現時点で“マイナス”です」


「……え……」


「……計算、だけで……こんなの……」


呆然と呟くカイト。


私は一歩近づいた。


「カイト君」


「あなたが次にやるべきことは、

“運に頼ること”ではありません」


一拍。


「自分の運を“制御すること”です」


沈黙。


地下室の空気が、わずかに張り詰める。


「……領収書一枚に、宝石よりも価値を

感じられるようになるまで」


私は言い切る。


「あなたの試用期間は終わりません」


私は領収書を丁寧にファイルへ収めた。


くるりと踵を返す。


「さあ。地上に戻りますよ」


歩きながら、振り返らずに言う。


「監査官が来る前に、“紛失理由報告書”を作成しなさい」


「え?」


「あなたの不手際も含めて、千文字」


「せ、千……?」


「一文字でも誤字があれば、やり直しです」


「……はい!」


その返事は、今日一番しっかりしていた。


――“事務員”の声だった。


幸運の勇者が、初めて知る。


理不尽なまでに厳密な世界。


――“事務”という現実を。


◇◇◇


地下保管庫。


埃と沈黙の中で。


カイトは、一枚の紙を見つめていた。


「……これ一枚で、ギルドが救われるのかよ……」


ぽつり。


「信じらんねえ……」


私は隣で答える。


「物質的な価値は、ほぼゼロです」


「だよな……ただの紙だもんな……」


「ですが」


私は静かに続けた。


「これが“公式な記録”として台帳に刻まれた瞬間」


一拍。


「それは“金貨五百枚”として世界を動かします」


「世界を……動かす……?」


カイトの目が揺れる。


私はわずかに微笑んだ。


「……これが“事務”という魔法です」


パチン。


指を鳴らす。


埃がふっと舞い、空気が入れ替わる。


◇◇◇


数日後。


王宮監査官、来訪。


事務所の空気は、張り詰めていた。


「……ほう」


低い声。


「三年前の“対魔王用・特殊結界維持費”……」


眼鏡の奥で光が揺れる。


「使途不明金だったはずですが……まさか現存しているとは」


監査官が領収書を手に取る。


魔導拡大鏡が淡く光る。


じっくりと。


執拗に。


確認。


確認。


確認。


横で――


「……っ」


カイトがガタガタ震えていた。


もし偽造と判断されれば。


ここで終わる。


全部。


ギルドも。


未来も。


「……問題ありません」


一人の監査官が告げる。


「出納印、魔法波長ともに一致」


一拍。


「正規書類です」


沈黙。


そして。


「……よろしい」


上司が頷く。


「『ラスト・リゾート』の

過去三期分の申告漏れ疑義については――」


一拍。


「不問とする」


空気が、緩んだ。


「ありがとうございます」


私は完璧な笑顔で一礼する。


「ご足労、感謝いたします」


監査官たちは去っていった。


――バタン。


扉が閉まる。


その瞬間。


「はぁぁぁぁぁ……!!」


カイトがその場に崩れ落ちた。


「し、死ぬかと思った……!」


「目が怖すぎるだろあの人……魔王軍の暗殺者より怖えよ……」


「お疲れ様でした、カイト君」


私は静かに言う。


「これで“試用期間・第一段階”は合格です」


「えっ……でも俺……何も……」


「いいえ」


即答。


「“ゴミ拾い”ではなく」


一拍。


「“書類の価値”を理解した」


「それが合格理由です」


カイトが、ぽかんとする。


そして。


「……リィンさん」


少し照れた顔で言った。


「さっきさ……監査官がOK出した時……」


「ちょっとだけ、“やった!”って思ったんだ」


「宝箱開けた時より……ドキドキした」


その顔は。


もう“チート頼りの勇者”じゃなかった。


一つの仕事をやり切った、新人の顔だった。


「良い傾向です」


私は頷く。


「その感覚を忘れないうちに、次の業務に入ります」


振り向く。


「シャロンさん。準備は?」


奥の扉が開く。


派手なスーツ姿のシャロンが出てきた。


「ちょっとリィンちゃん……」


顔が引きつっている。


「これ本気? 私、営業担当なんだけど……」


「ええ。本気です」


即答。


「ゼクスさんの不祥事が、広場で拡散しています」


一拍。


「……対応が必要です」


カイトが嫌な予感の顔をする。


私は告げた。


「カイト君」


「次の任務です」


一拍。


「“謝罪会見”の演出助手を担当してください」


「は?」


「……は?」


完全停止。


「え、ちょっと待って」


「勇者が謝罪会見って何!?」


「やるんです」


即答。


「運では誤魔化せないものがあります」


一拍。


「“世論”です」


「それを制御するのが、事務官の仕事です」


私は一枚の報告書を突きつけた。


【深夜・公共物(銅像)損壊】


「ゼクスさんの案件です」


カイトの顔が青くなる。


「……終わってる……」


「ええ。終わってます」


「なので立て直します」


淡々と。


「事務で」


一拍。


「……さあ」


私は微笑んだ。


「定時まであと三時間です」


「会見用原稿、二千文字で下書きしなさい」


「え」


「言い訳は禁止です」


「え」


「一文字でも含まれていたら差し戻しです」


「え」


「スタート」


「うわあああああああああ!!」


絶叫。


カイトが机に突っ伏す。


「なんでだよぉぉぉ!!」


「俺、勇者だぞぉぉぉ!!」


「戦わせろよぉぉぉ!!」


私は無視してデスクに戻る。


ペンを走らせる。


運は再現できない。


だが、不祥事は一度で全てを壊す。


だからこそ。


管理する。


記録する。


制御する。


――それが、事務。


「……さて」


小さく呟く。


「本当の研修は、ここからですね」


少年の悲鳴が、


今日も王都に響き渡った。


さぁ、


次は勇者のスキャンダル問題だ。

次回へ続きます。

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