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勇者のチート、事務には通用しません

「……おかしいな。これじゃない、これでもない!」


ガサガサッ。


「なんでだよ……俺の『アルティメット・ラック』なら、

一発で当たり引けるはずだろ!?」


地下文書保管庫。


埃が舞う。カビ臭い。空気が重い。


そのど真ん中で、カイトは紙の山に突っ込んでいた。


バサッ。


ドサッ。


めくる。投げる。崩れる。


そして――


「……カイト君」


入口。


私は椅子に座ったまま、紅茶を置いた。


「さっきから一時間」


一拍。


「あなたの手元から出てくるのは――」


視線を落とす。


「“換金性の高いゴミ”ばかりですね」


「ぐっ……!」


カイトの周囲。


すでに山ができている。


・先代社長の愛人への手紙(未送信)


・魔王軍幹部の酔っ払い反省文『世界征服は勢いじゃダメでした』


・伝説の勇者が居酒屋で失くしたとされる――古龍の鱗(時価数千万)


「当たりじゃねえか!!」


カイトが叫ぶ。


「普通これ大当たりだろ!?

なんで全部ゴミ扱いなんだよ!!」


「……」


私はため息をついた。


「領収書は?」


ピタッ。


「……それは……」


「……私が探せと言ったものは?」


沈黙。


カイトは涙目で、手に持っていた魔宝石を放り投げた。


キンッ。床で軽く跳ねる。


「わかんねえよ!!」


「“大事なもの出てこい!”って念じてるのに、

なんでこういうのばっか引っかかるんだよ!!」


必死だった。


「普通なら喜ぶだろ!?

この宝石、金貨何枚分だと思ってんだよ!?」


「たった一枚の紙より、こっちの方が価値あるだろ!!」


「価値の定義が違います」


私は立ち上がった。


コツ、コツ、と埃の中を歩く。


カイトの前で止まる。


足元には――宝。宝。宝。


全部、ゴミだ。


「カイト君」


静かに言う。


「あなたはまだ“事務”を理解していない」


「は……?」


私はしゃがみ、紙を一枚拾う。


「この世には」


一拍。


「金貨一万枚の宝石よりも」


指で軽く叩く。


「“一銅貨”と書かれた本物の領収書の方が、重い瞬間があります」


「意味わかんねえよ!!」


即ツッコミ。


「宝石の方が価値あるに決まってんだろ!」


「いいですか」


私は眼鏡を押し上げる。


「監査官が見るのは、金庫の輝きではありません」


一歩。


「書類の“整合性”という名の美しさです」


「うっ……」


「宝石が一個増えても、誰も褒めません」


「ですが――」


一拍。


「領収書が一枚足りないだけで」


視線を合わせる。


「我々は“犯罪組織”になります」


沈黙。


「それが、社会です」


カイトの顔が歪む。


「ルール、ルールって……!」


拳を握る。


「俺はさぁ! もっとこう、ドカンと世界救うとかさぁ!」


「なんで勇者が! ゴミの中から三年前の紙探してんだよ!!」


ドンッ!!


八つ当たり気味に蹴る。


その瞬間。


――運が、歪んだ。


バサッ!!


書類が舞う。


ヒット。


天井の古い照明。


パチッ。


火花。


乾燥しきった紙。


一瞬。


ボッ。


「あ」


炎。


「やべ……っ!」


燃える。広がる。速い。


「……カイト君」


私の声は、低かった。


炎より、冷たい。


「ひっ……!」


カイト、硬直。


私は動かない。


逃げない。


ただ――手をかざす。


「――アーカイブ・プロテクション」


青白い膜。


空間ごと、止める。


時間。


事象。


燃焼。


すべて、停止。


――パキン。


炎が凍り、消えた。


静寂。


残るのは、焦げた匂い。


黒くなった紙。


戻らない。


「……す、すみません……」


カイトの声が震える。


「わざとじゃなくて……つい……」


「わざとかどうかは」


私は即答した。


「報告書の“主観”欄に記載してください」


「……はい」


沈黙。


私はゆっくり歩く。


灰の中から、一枚の紙を拾う。


ただの納品書。


「……カイト君」


静かに言う。


「今の蹴り」


「そして、今までの行動」


一拍。


「あなたは“楽をしよう”としていた」


「ち、違……!」


「違いません」


即切り。


「運に甘えた」


「探そうとしていない」


沈黙。


カイトの口が閉じる。


私は紙を掲げる。


「運とは、可能性の収束です」


一歩。


「あなたが心の底で」


言い切る。


「“領収書なんてどうでもいい。

早く終わらせて宝石を見つけたい”」


「そう思っている限り」


指で弾く。


「あなたの運は、宝石しか連れてこない」


静寂。


「……事務を、舐めないでください」


カイトが、何も言えなくなる。


私は眼鏡を外した。


懐から――取り出す。


一枚の印章。


黒。


重い。


「……それ……」


「真実の監査印です」


淡々と。


「王宮“魔導公文書館”のものです」


カイトが息を呑む。


「カイト君」


私は言った。


「手伝ってあげます」


一拍。


「ただし」


少しだけ、笑う。


「これからやるのは」


「あなたのチートより、よほど過酷ですよ」


指先を上げる。


書類の山へ。


「――全項目、同時照合」


瞬間。


世界が変わる。


流れ込む。


文字。文字。文字。


日付。


金額。


筆跡。


インク。


承認印。


数万。


全部。


同時に。


照合。


演算。


一致。


不一致。


誤差。


「――っ……!」


横でカイトが膝をついた。


圧。


情報の圧。


呼吸が乱れる。


「う……あ……ああ……!」


当然だ。


これは戦闘じゃない。


事務官の戦場。


無限に近い情報の海。


ミスは、許されない。


私は泳ぐ。


ただ正確に。


ただ冷静に。


――そして。


「……見つけました」


数分。


私は手を止める。


山の中ほど。


何の変哲もない封筒。


そこから――一枚。


煤けた紙をサッと引き抜いた。


「ビンゴです」


「えっ!マジで!!」


カイトの目が丸く大きく見開かれた。

次回へ続きます。

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