事務の勇者カイト、はじめての試練に挑む
「……カイト君。この一週間、あなたの業務態度は概ね良好です」
一拍。
「ですが――致命的な欠陥があります」
朝九時。
ギルド『ラスト・リゾート』の事務所に、私の声が静かに落ちた。
ビクッ。
デスクの向かい側。
書類の山と格闘していたカイトが、肩を跳ねさせる。
おそるおそる、顔を上げた。
「え、欠陥……?」
手は止まらない。
いや、止めたら崩れるから止められないのか。
「俺、ちゃんと八時半には来てるし、
床も掃除したし、ピートのご飯も高いやつ――」
「それは基礎体力です」
即切り。
「問題は、あなたが昨日提出した」
私は一枚、紙を持ち上げる。
「『経費精算用証憑』――つまり、領収書です」
バサッ。
デスクの上に、扇状に広げた。
数十枚。
カイトがドヤ顔で持ってきた、戦利品の山だ。
「見てください」
一枚、指で叩く。
「『ドラゴンの牙(一本:金貨百枚)』」
カイトが胸を張る。
「そう! それすごいだろ!?」
「広場の修繕中に『偶然拾った』やつですよね」
「そうそう! 鑑定士も本物って言ってた!」
ぐいっと前のめりになる。
「これ売ればさ、一気に借金返せるじゃん!」
「却下です」
ドン。
公印を叩きつける。
――否認。
「ええええっ!?」
椅子ごとひっくり返りかけるカイト。
「なんでだよ!? お宝だぞ!?」
「カイト君」
私は静かに言う。
「ビジネスにおいて、最も忌むべきものは何か分かりますか?」
「え……?」
「再現性のない利益です」
沈黙。
「……は?」
理解していない顔。
当然。
「あなたの“幸運”による臨時収入は」
一枚、紙をめくる。
「予算を狂わせます」
さらに一枚。
「税務申告で疑われます」
さらに。
「資金源の説明ができません」
「で、でも……」
「わが社が必要としているのは」
眼鏡をクイ。
「棚ぼたの金貨ではなく」
一拍。
「一銅貨の狂いもない帳簿です」
カイト、完全停止。
ぽかん。
◇◇◇
転生者カイト。
彼の持つスキルは――
『超絶・至高の幸運』
歩けばお宝。
引けば特賞。
確かに強い。
だが。
事務官である私から見れば――
それはただの
「制御不能なノイズ」だ。
運で黒字を出した組織は、運が切れた瞬間に死ぬ。
だから。
私は教えなければならない。
運がなくても生きるための“実務”を。
◇◇◇
「……じゃあさ」
カイトがぽつりと呟く。
「俺、何すればいいんだよ」
顔が少しだけ不安げになる。
「運使えないならさ、俺」
「掃除と猫の世話だけ?」
「いいえ」
即答。
「あなたの運には、一つだけ使い道があります」
カイトの目が上がる。
「……ほんと?」
一拍。
私は立ち上がった。
「ついてきなさい」
「今日は」
振り返る。
「わがギルド最大の“魔境”に挑んでもらいます」
◇◇◇
地下。
ギィィ……。
扉を開けた瞬間。
むわっ。
カビ臭い空気。
そして――
紙。
紙。
紙。
天井まで積み上がった、紙の壁。
「うわ……」
カイトが引く。
「ここ……なに……?」
「文書保管庫です」
一拍。
「別名」
「墓場」
「墓場!?」
「先代――アルベルト社長が現役時代から放置された」
私は淡々と言う。
「未整理・紛失扱いの領収書と請求書」
「数万枚です」
カイトの顔が死ぬ。
◇◇◇
「……カイト君」
私は静かに告げた。
「来週、監査が入ります」
「え」
「王宮直轄」
「え」
「過去三期分の税務調査です」
「え」
フリーズ。
「つまり」
私は紙の山を指差す。
「この中から」
一拍。
「三年前、六月十五日」
「『対魔王用・特殊結界維持費』の領収書」
「一枚」
「探しなさい」
「えええええええっ!?」
絶叫。
「無理だろこんなの!!」
「数万枚あるじゃん!?」
「スキルもないし!」
「鑑定もできないし!」
「スキルは不要です」
即答。
「あなたには“幸運”があります」
「……」
「神様からもらったその力」
一歩、近づく。
「ゴミ拾いに全振りしなさい」
「ひどくない!?」
「期限は」
時計を見る。
「本日、定時まで」
「無理ぃぃぃぃ!!」
「なお」
私は淡々と続ける。
「一枚でも間違えた場合」
「明日の賄いは」
一拍。
「ルルのラボ産」
「“意志を持つ廃棄物”です」
「やめてぇぇぇぇ!!!」
即土下座しかける勢い。
「やる! やります!!」
「運、絞り出します!!!」
◇◇◇
ドサァッ!!
カイト、ダイブ。
紙の海へ。
「うわああああああ!!」
バサバサバサバサ!!
地下に響く絶叫。
◇◇◇
私は入口に椅子を置いた。
座る。
紅茶を一口。
ふぅ。
「……再現性のない運は認めません」
静かに呟く。
「ですが」
紙の山を見る。
「過去の不祥事を解決するなら」
一拍。
「それは立派な業務改善です」
バサッ。
「うわあああああ!!どこだよぉぉぉ!!」
地下に響く悲鳴。
紅茶をもう一口。
私は、静かに笑った。
――教育係としての試用期間。
その“本編”が、今まさに始まった。
次回へ続きます。更新時間を12時30分に戻します。
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