本丸は、まだ先にあります
「カイト君。死ぬかと思ったでしょうが、
おかげで良いデータが取れました」
「へっ……?」
カイトが間の抜けた声を漏らす。
私は眼鏡をクイと押し上げた。
「……あなたの『強運』は、ルルさんのような
『因果律を無視した天才』の側では、逆に『最悪の結果を
回避するための調整弁』として機能するようです」
一拍。
そして、結論を告げる。
「……おめでとう。君の新しい役職は
『人間冷却水・兼・幸運センサー』に決定しました」
「決定しちゃったよ! 全然嬉しくねええ!」
全力で拒否。
だが、却下。
「さて、ルルさん」
私は静まり返った円筒装置へ歩み寄る。
そして、
迷いなく――
特大の『没収』ステッカーを貼り付けた。
ぺたり。
「この装置は、本来の目的である『未来予知』ではなく、
『非常時における大規模電力供給源』として再定義します」
ルルの肩が、ぴくりと震える。
「さらに」
私は淡々と続ける。
「……明日までに、今回の暴走に関する『事故報告書』」
「および『エネルギー転用によるコスト削減計画』を
提出してください。……いいですね?」
「……うう……」
ルルが机に突っ伏す。
「……進捗が……管理されて……平和に……なったのに」
「……心は……爆発した時より……痛い……」
その声は弱々しい。
私は一度だけ、
その頭を撫でた。
事務的に。
しかし、
ほんの少しだけ労うように。
「……結果的に、エデンの偵察を完全に遮断できました。
これは大きな手柄ですよ、ルルさん」
一拍。
「……今日の夕飯は、あなたが好きな『魔力回復チョコ・パフェ』を
経費で落としてあげましょう」
ぴくり。
「……! ……リィンさん……大好き……」
回復、
早い。
「……明日も……爆発……させます……」
「させません」
即却下。
「……さあ、掃除を始めなさい。カイト君」
「あなたはバケツを持って、
その『歩き始めた産業廃棄物』を捕獲してきなさい」
「えっ」
カイトが振り向く。
床の隅。
紫色のドロドロが、
にょろりと動く。
「続けて」
私は追い打ちをかける。
「……逃げられると、明日の朝食がそれになりますよ」
「えっ!? 待って、こいつどこ行くんだ! 待てぇ!」
カイト、
全力ダッシュ。
ドタバタ。
騒音。
混沌。
――通常運転。
私は窓際に歩み寄る。
遠く、エデンのビル群。
見えない戦場。
ルルの爆発でさえ――
事務官の手にかかれば「戦略的資源」へと変わる。
エデンとの対決を前に。
わがギルドの防御は、
意図せぬ形で最大出力に到達した。
「……さて」
私は手帳を開く。
「この爆発で生じた天井修繕費、
エデンへの『業務妨害に対する反訴費用』に
紛れ込ませることにしましょうか」
口元に浮かぶ、
薄い笑み。
冷徹。
完璧。
計算済み。
◇◇◇
ラボの温度が平熱に戻る。
空中の火花も消えた。
私は懐中時計を確認する。
定時まで、あと一時間。
「……間に合いますね」
本日のイレギュラー処理、業務時間内で収束予定。
「……リィンさん……ジャミング……成功」
ルルが椅子に座り直す。
ぐったりしながらも、どこか満足げだ。
「……エデンの……探査魔導波……完全消滅」
「……しばらく……うちは……世界から……『存在しない場所』扱い……です」
「手柄は認めます」
私は即答する。
そして――
紙を突き出した。
「……ですが、備品破損リストです」
天井の穴。
焼けた魔導回路。
そしてポーション一箱。
「ひえええ!? 俺の不注意も入ってるんですか!?」
カイトが悲鳴を上げる。
「俺、死ぬ気でバケツ持って走ったのに!」
「当たり前です」
「評価は努力ではなく結果です」
一刀両断。
「あなたがバケツを振り回した結果、
三次被害が発生しました。よって――」
一拍。
「本日残業。清掃および事故報告書の清書を命じます」
「残業確定かよぉ……」
カイト、崩れ落ちる。
だが彼はまだ知らない。
ここはブラックではない。
残業代は一分単位で支払われる。
むしろ優良だ。
「そして、ルルさん」
「……はい……覚悟……できてます」
「……おやつ三ヶ月分……没収……ですか?」
「いいえ」
即否定。
「それでは脳の糖分が不足し、次の事故を招きます。
……あなたへのお仕置きは、これです」
私は鞄から取り出す。
分厚い一冊。
ドン。
「……なに……これ……」
ルルが固まる。
「……呪文? ……禁書?」
「『ラスト・リゾート』専用・ラボ管理システムです」
私は静かに告げる。
「今朝の『未来領収書予測機』のパーツを再利用し、
ラボ内の魔力濃度と備品在庫を監視しなさい」
さらに続ける。
「一週間以内に『爆発の予兆』を自動で監視する
システムを構築。最優先タスクです」
ルルがページをめくる。
びっしりと詰め込まれたロジック。
逃げ場はない。
「……自由がない……」
ぽつり。
「……でも……効率的……」
顔を上げる。
「……この『爆発防止アラート』の音……」
「パフェの注文チャイムにしていいなら……やる……」
「許可します」
即決。
「ただし音量は百二十デシベル以上。一階まで届くように」
ルル、こくりと頷く。
即作業開始。
天才は動き出せば速い。
私は踵を返す。
一階へ。
事務デスクへ帰還。
窓の外では、エデンの偵察飛竜が混乱して旋回している。
見えていない。
ここは「空き地」だから。
「リィンちゃーん! 戻ったわよ!」
シャロンが元気よく戻ってくる。
「エデンの広報がパニックだって! ざまぁないわね!」
「……報告は後で」
私は書類を差し出す。
「まずは、この天井修繕の稟議書」
さらに。
「今回消費した魔力は『エデンへの精神的苦痛に
対する賠償予備費』に計上します」
シャロンがニヤリと笑う。
「……相変わらず無茶苦茶ね。でも好きよ」
「……彼らが偵察しなければ、爆発は起きなかった」
静かに告げる。
「つまり責任は向こうです」
微笑。
「完璧ね! 全部請求しましょう!」
その時。
ドアが開く。
アルベルト社長がピートを抱えて入ってきた。
「いやぁ、今日は大変だったみたいだねぇ」
「いつものことですわ」
私は微笑む。
「社長はどちらに?」
「えっ、まあ……いろいろとね……ハハ」
曖昧。
怪しい。
だが放置。
私は公印を一度だけ磨いた。
天井の穴から、月明かりが差し込む。
明日には修復されるだろう。
すべて元通り。
勇者のリボ払い。
営業担当のバニースーツ。
天才の爆発。
どんな無能なトラブルも。
どんな破滅的な事故も。
私のデスクを通れば――
すべて「利益」に変わる。
「……さて」
私は席に座る。
指先で、書類の山を整える。
「カイト君」
一拍。
「日報を出してください」
「は、はい……」
震える手。
差し出される一枚。
私は目を通す。
――止まる。
「……」
静寂。
カイトの喉が鳴る。
「リィン、さん……?」
私は顔を上げた。
「……記載漏れが三件」
一拍。
「経費の根拠不明が二件」
さらに。
「そして」
紙を軽く叩く。
「――“例の件”、未報告ですね」
「……え?」
空気が、変わる。
私は引き出しを開けた。
中から一枚、取り出す。
『追加調査依頼:エデン関連(機密)』
カイトの目が、見開かれる。
「な、なんですか、それ……」
「あなたの担当です」
即答。
「え?」
「え、じゃありません」
淡々と。
「今回の案件、まだ終わっていません」
一拍。
「“本丸”が残っています」
「ほ、本丸……?」
私は小さく笑う。
「帳簿の奥に、もう一つ」
指で軽く示す。
「もっと大きい“穴”がある」
沈黙。
カイトの顔から血の気が引く。
「……リィンさん」
かすれた声。
「俺、帰れますか……?」
「無理です」
即答。
「定時退社は?」
「条件付きです」
一拍。
「この件、今日中に洗い出せたら」
「む、無理だろ!?」
私はペンを取る。
カリ、と音が鳴る。
「大丈夫です」
静かに。
「死にません」
「安心できねえよ!!」
崩れ落ちる。
私は視線を落とす。
書類の一番下。
見えない位置に隠れていた、もう一枚。
『緊急監査対象:エデン全体』
――やはり。
小さく息を吐く。
「……当たりですね」
顔を上げる。
「では」
一拍。
「残業開始です」
◇◇◇
その夜。
カイトの机の上から、
書類が消えることはなかった。
一枚。
また一枚。
めくるたびに、
増えていく。
「……おかしいだろ……これ……」
震える声。
帳簿。
契約書。
支払記録。
どれも――
「……繋がってる……?」
点と点が、
線になる。
そして。
線は――
“組織”になる。
カイトの手が止まった。
「……リィンさん」
振り向く。
だが。
リィンはすでに、
こちらを見ていた。
最初から。
「気づきましたか」
静かに。
逃げ場を塞ぐ声。
「それが、“本丸”です」
カイトの喉が鳴る。
「……これ、ギルド一つの話じゃ……」
言い切れない。
言いたくない。
だが。
「ええ」
リィンは肯定する。
あっさりと。
「エデン単体ではありません」
一拍。
そして。
「王都の流通、神殿、葬儀ギルド――」
指で、机を叩く。
コツン。
「すべて、同じ帳簿で繋がっています」
静寂。
カイトの顔から、
血の気が引く。
「……は?」
理解が、
拒絶する。
「つまり……これ……」
言葉にならない。
リィンが代わりに言う。
「ええ」
冷静に。
無慈悲に。
「“王都そのもの”の不正です」
――終わった。
カイトは思った。
自分の人生が。
ではない。
“平穏”が。
完全に。
その時。
カリ、と。
ペンの音。
リィンはすでに、
次の書類にサインしていた。
「……リィンさん」
かすれた声。
「これ、どうするんですか……」
間。
ほんの一瞬。
そして。
彼女は、微笑む。
「簡単です」
あまりにも軽く。
「全部、回収します」
「無理だろ!?」
即ツッコミ。
だが。
却下。
「無理ではありません」
一拍。
「“利益”になりますから」
その言葉に。
カイトは理解した。
――逃げられない。
もう。
完全に。
巻き込まれている。
リィンが、最後の一枚を取り上げる。
『最終監査対象:王都中枢』
彼女はそれに、
ためらいなく。
公印を押した。
カチリ。
音が響く。
それはまるで――
“開戦の合図”だった。
◇◇◇
その夜。
王都のどこかで。
一人の男が、
報告書を閉じる。
「……ラスト・リゾート」
低く呟く。
机の上には、
同じ印のついた書類。
――監査対象。
男は静かに笑った。
「面白い」
そして。
鐘が鳴る。
深夜の。
始まりを告げる鐘。
「ならばこちらも――」
ページが、めくられる。
そこに書かれていたのは。
『排除対象:リィン』
◇◇◇
カイトはまだ知らない。
自分が今、
足を踏み入れた場所が。
ただの“ブラック案件”ではないことを。
それは――
王都の根幹を揺るがす、
全面戦争の入り口だった。
次回へ続きます。
面白かったら、ぜひブクマ・感想をお願いします。
創作の燃料になります。




