天災系インターンの日常
わがギルド『ラスト・リゾート』の朝は、
爽やかな小鳥のさえずり――では始まらない。
二階のラボから聞こえてくる、
不穏な音。
「シュルシュル……」
まるで導火線が燃えているような、
嫌な予感しかしない音だ。
「……リィンさん、伏せて」
「三、二、一」
一階の事務デスク。
私はカイトに「領収書の糊付け」を指導していた。
だが、ルルの淡々としたカウントダウンを聞き終える前に――
来た。
――ドォォォォォォォン!!
天井が揺れる。
いや、揺れるどころじゃない。
空間ごと持ち上がった。
爆風。
煤けた木屑。
そして
――得体の知れない紫色の液体が、
天井の隙間から降り注ぐ。
ぽた。
ぽた。
私は動じない。
左手の「本日のToDoリスト」を守ることを最優先に。
右手のコーヒーカップをミリ単位でスライド。
落下物、
完全回避。
一方。
「ひえええええ!?」
「 敵襲!? 魔王軍!? 空爆!?」
カイトは盛大に椅子から転げ落ちた。
糊まみれの領収書をぶちまけながら。
「ああああ! さっき貼ったやつ全部台無しだ!」
「落ち着きなさい、カイト君」
私は一言で制圧する。
「ただの『進捗報告』です」
「これが進捗報告!? 」
「建物が今、半分浮いたよ!?」
無視。
私は天井の穴を見上げる。
「ルルさん。今の爆発、
昨日の『自動・公印押印機』の小型化実験の失敗ですね?」
返事。
代わりに、黒い影がふわりと降りてきた。
煤で顔を真っ黒にした少女。
天才魔導技師、
ルル。
彼女は我がギルドの技術開発を
一手に担うインターン。
ただし、
その実態は――ほぼ災害。
「……おはよう……ございます、
リィンさん……」
声はいつも通り、
淡々。
「……小型化は……成功……しました……」
一拍。
「……ただ……出力調整の……」
「『承認フロー』が……バグって……」
さらに一拍。
「……物理的な強制終了……選択しました……」
「爆発ですね」
「……はい……爆発……です……」
「承認フローがバグると爆発する機械を、
事務用品として納品しないでください」
私は淡々と指摘する。
「……ルルさん。これで今月、天井補修三回目です」
ぴくり。
「ドワーフ工務店への修繕依頼費、
あなたの今月の『おやつ代』から相殺します」
「……う……」
致命打。
「……それは……死活問題……です……」
ルルの眉が、
わずかに下がる。
これが最大級の動揺だ。
彼女の作る魔導デバイスは高性能だ。
シャロンのバニースーツのように、
戦局を覆すことすらある。
だが。
製造過程が、完全にブラックボックス。
そして爆発前提。
「いいですか、ルルさん」
私は眼鏡を押し上げる。
「わがギルドはホワイト企業を目指しています」
「……ホワイト……?」
「『徹夜して爆発させればいい』という職人気質は、
現代のコンプライアンス違反です」
さらに。
「特に労働安全衛生規則に抵触します」
「……規則……」
「きらい……」
「好き嫌いの問題ではありません」
私は手を差し出す。
「開発工程表。ガントチャート。提出してください」
沈黙。
「……チャート……?」
首を傾げる。
嫌な予感。
「……そんな……呪文みたいなもの」
「……書いてません……」
確信。
「……頭の中の……カオスを……」
「そのまま……形にしてるだけ……」
「それが一番の問題です」
即断。
私はカイトを指差す。
「カイト君。領収書、全部拾って」
「え、でもこれ――」
「運では集まりません。手で集めてください」
「ぐっ……!」
しゃがむ。
拾う。
現実。
私はルルへ向き直る。
「現在、わが社はエデンとの
『コンプライアンス対決』を控えています」
「……はい……」
「そんな状況で、自社が無許可爆発を
起こしていたらどうなるか」
「……監査で…」
「…死ぬ……?」
「正解です」
一拍。
「物理的にも」
ルル、
しゅん。
「よって」
私は宣言する。
「本日、現場の安全点検を実施します」
「……はい……」
「加えて」
一拍。
「進捗管理(お仕置き)も行います」
「……鬼……」
「事務官です」
訂正。
私は続ける。
「次の試作機が完成するまで、
ラボへのポーション持ち込み禁止」
「……えっ……」
「そして、すべての実験に
私の押印による事前承認を義務化」
「……魔導の自由が……」
「……殺される……」
「殺されません」
キッパリ。
「管理されます」
強調。
私は踵を返す。
「……さあ、二階へ上がりますよ」
「え、今から!?」
カイトが顔を上げる。
私は頷く。
「……あ、カイト君。
バケツを持ってきてください」
「バケツ?」
ぽた。
紫の液体が落ちる。
……じわりと動いた。
「それ、放置すると『意志を持って歩き出す』
タイプの産業廃棄物です」
「えええええ!?」
「急いで」
「事務員ってスライム掃除もやるの!?」
「やります」
即答。
私は公印をペンケースに収める。
天才の暴走を止める。
爆発を予算内に収める。
リスクを処理する。
それが仕事だ。
足元では、ピートが紙切れで遊んでいる。
「ニャーン(新入り、ちゃんとやれ)」
「猫に圧かけられてる!?」
◇◇◇
階段を上る。
一段ごとに、匂いが濃くなる。
オゾン。
焦げたマナ。
そして危険の香り。
「ひいいっ!」
バケツの中。
紫のドロドロが跳ねる。
「これ噛もうとしてくるんだけど!」
「騒がない」
「無理です!」
私は扉の前に立つ。
重厚な防音扉。
――少し歪んでいる。
「……ルルさん、開けますよ」
「……はい……」
ギィ、と扉を押し開ける。
その先に広がっていたのは――
もはやラボではない。
一つの、小宇宙だった。
「なんだ、この部屋は?」
カイトが驚きの声を上げる。
無理もない。そこはオフィスなどではない。
マッドサイエンティストの部屋だった。
次回へ続きます。
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