幸運の勇者、事務員として雇います
読んでためになるファンタジー
「……なに、これ」
カイトが、震える手で紙をつまむ。
「わがギルド『ラスト・リゾート』の雇用契約書です」
私は即答する。
「勇者としてではなく――見習い事務員としての」
「……は?」
完全にフリーズした。
「時給は銅貨五枚からスタート。交通費は全額支給」
淡々と続ける。
「そして何より――」
眼鏡をクイと押し上げる。
「私が直々に、“運に頼らない生き方”を叩き込みます」
「事務員……?俺が……?」
「不服ですか?」
間髪入れずに切り返す。
「なら、エデンから押し付けられた損害賠償――金貨六百万枚」
ニコリ。
「自力でどうぞ」
「む、無理に決まってるだろ!?」
「でしょうね」
一切の同情なし。
「ですが、私の下で働けば――」
トン、と契約書を叩く。
「返済計画は“合法的に最適化”してあげます」
カイトの視線が揺れる。
私の顔。
契約書。
また私。
その目から、さっきまでの絶望が少しずつ剥がれていく。
代わりに浮かぶのは――戸惑い。
そして。
ほんの少しの、“現実”。
「……俺」
小さく呟く。
「できるかな……」
「はい?」
「運がなくても……生きていけるのかな」
その問いに、私は一瞬も迷わない。
「当然です」
きっぱり。
「運で手に入れたものは一瞬で消えます」
一歩、近づく。
「ですが、私に叩き込まれた事務処理能力は」
指で契約書をトンと叩く。
「神様に見捨てられても、あなたを裏切りません」
沈黙。
カイトの喉が、ゴクリと鳴る。
――決まった。
私はカイトの手首を掴む。
「え、ちょ――」
朱肉に押しつける。
そしてそのまま――
バンッ!!
契約書へ。
「――契約成立です」
逃がさない。
「おめでとうございます、カイト君」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!?」
遅い。
完全に遅い。
私は微笑む。
「明日から午前八時半、出勤です」
「早くない!?」
「まずは」
さらり。
「あなたが破壊した広場の修繕費、見積書作成から」
「いきなり地獄なんだけど!?」
その悲鳴を、私は優雅に受け流す。
その笑みは――
聖女より温かく。
魔王より逃げ場がない。
こうして。
“選ばれた主人公”は。
正式に――現実に採用された。
◇◇◇
夕暮れの王都。
騒乱が去った広場に、静けさが戻る。
そこにいるのは。
泥だらけの少年と。
無表情で瓦礫を数える事務官。
「カイト君」
私は手帳を見たまま言う。
「手が止まっていますよ」
「……はい……」
声が死んでいる。
「その石畳、サイズを測って規格ごとに分類」
淡々。
「目分量は禁止です」
「……勇者なのに……」
カイト、メジャーを握りしめる。
地面に這いつくばる。
「なんで俺、石の長さ測ってるんだ……」
「それが業務です」
即答。
その背後では――
ルルの『確率安定化装置』が静かに稼働中。
もう奇跡は起きない。
金も湧かない。
温泉も出ない。
あるのは――
純粋な労働疲労だけ。
「ニャーン」
ピート登場。
ドサッ。
せっかく積んだ石の上にダイブ。
「うわああああ!!」
崩壊。
「俺の三十分がぁぁぁ!!」
「ピートに懐かれるとは幸先がいいですね」
私は微笑む。
「よくないよ!!」
カイト、涙目。
私はしゃがみ込む。
崩れた石を一つ持ち上げる。
「……カイト君」
静かに言う。
「それが“現実”です」
一つ、積む。
「あなたの世界は」
もう一つ、積む。
「神様というスポンサーが用意した、ただの舞台装置」
トン、と最後に置く。
「今のあなたにあるのは」
指で石を叩く。
「この重みだけです」
カイトが黙る。
何も言えない。
私は日報にチェックを入れる。
――カイト。
金貨六百万の負債付き。
普通なら、絶対に拾わない人材。
でも。
(この魔力量……)
(運じゃなく、演算に使えば――)
内心で計算する。
(化ける)
彼は“勇者”じゃない。
最強の――
魔導演算サーバーだ。
「リィンちゃーん!」
シャロンが駆け込んでくる。
「見て見て!エデンが正式にやったわよ!」
広報紙を突き出す。
そこには――
『勇者カイト、不当幸運による詐欺的行為』
顔写真ドーン。
「……あはは」
カイト、乾いた笑い。
「俺、完全に悪者だな」
「気にする必要はありません」
私は即答。
「エデンは“最強の盾”を捨てた」
眼鏡を押し上げる。
「一方、我々は“運の管理技術”を得た」
ニコリ。
「勝敗は明白です」
カイトが、ぽかんと私を見る。
「リィンさん……」
「それより作業続行です」
現実に引き戻す。
「えぇ……」
そのとき。
「リィン」
ゼクスが低い声で言う。
「お前……まさか最初から」
視線が鋭い。
「カイトの暴走、データ取りのために
誘導したんじゃねえだろうな」
一瞬の間。
私は肩をすくめる。
「まさか」
さらり。
「落ちていたゴミを拾っただけです」
「……」
ゼクス、ドン引き。
「やっぱお前、魔王より怖え」
無視。
私はカイトの肩を軽く叩く。
「本日の業務、終了です」
「やっとか……」
「事務所に戻って」
一拍。
「エデンへの慰謝料請求書、作ります」
「は?」
「不当解雇案件ですから」
さらり。
「今度は“法的根拠”で毟り取ります」
「……え?」
カイトの目が、キラキラし始める。
「リィンさん……」
ガバッ。
立ち上がる。
「俺、一生ついていきます!!」
「軽いですね」
でも。
使える。
私は小さく頷く。
(戦力、確保)
エデンとの戦争。
その“決算”は、確実に近づいている。
「さあ、帰りますよ」
私はピートを抱き上げる。
「夕食は豪華に」
ニヤリ。
「エデンの不祥事をスパイスにしたパテです」
「ニャーン♪(それ、美味しそう)」
夕焼けの中。
私たちは歩き出す。
事務官リィンの戦いは――まだ終わらない。
いや。
ここからが本番だ。
(……有給は遠いですね)
空を見上げる。
ため息ひとつ。
そして。
「明日は朝からネガキャン資料作成です」
振り返る。
「遅刻、認めません」
「えええええええ!?」
悲鳴が、王都に響いた。
――なお。
残業代請求書は、まだ数千ページ分。
白紙のままだった。
※次回へ続きます。
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