その無双、手続き不備につき差し止めます
その少年は――誰が見ても「主人公」だった。
名はカイト。
どこにでもいる、普通の高校生。
東京で、友達と笑って、授業をサボって、恋バナして。
そんな、何の変哲もない日常を生きていた少年。
……だったはずなのに。
人生の転機ってやつは、だいたい雑だ。
「え、うそだろ――」
曲がり角。
ブレーキ音。
トラック。
――終了。
教科書どおりの、不運な最期。
……の、はずだった。
だが。
そこからが、こいつの「本番」だ。
◇◇◇
「うーん……可哀想だね、君」
目を開けたら、そこは死後の世界。
目の前には、やたら軽いノリの神様。
「じゃあ、お詫びにこれあげる」
軽い。
とにかく軽い。
「――『超絶・至高の幸運』」
その一言で、世界のルールが壊れた。
◇◇◇
転生。
異世界。
チート。
――完成。
「え? 修行?」
いらない。
山を歩く。
ズボッ。
「……あれ? 剣生えてる」
伝説の聖剣、発見。
「戦術?」
不要。
適当にブンブン振る。
ズバン。
敵、即死。
「金?」
問題なし。
石を蹴る。
キンッ。
純金。
日常。
全部、偶然。
全部、必然。
すべてが、彼に都合よく回る。
――それが、カイト。
◇◇◇
当然のように、彼は「勇者」になった。
スカウトの嵐。
どのギルドも欲しがる。
そして彼が選んだのは――
最大手。
『エデン』。
シグルドたちが金で引き抜いた、
「歩く不条理」。
最終兵器。
◇◇◇
そして今。
その不条理が、目の前にいる。
王都の広場。
交渉――という名の、小競り合いの最中。
「……ゼクスさん、下がってください」
私は一歩前に出る。
「あれは筋肉で解決するタイプではありません」
「お、おう……なんか分かる……」
ゼクスが珍しく素直に引いた。
目の前では。
金色の剣を、片手でぶん回している少年。
「えへへ! ごめんねお姉さん!」
軽い。
とにかく軽い。
「俺、加減とか苦手なんだよね!」
ぶん。
斬撃が飛ぶ。
軌道は――デタラメ。
だが。
カンッ!
跳ねる。
ズガァン!!
噴水の像に直撃。
砕けた破片が、
――ピンポイントで私の足元に飛んでくる。
さらに。
バサバサッ!
上空の飛竜が驚く。
ポロッ。
卵、落下。
軌道――完璧。
一直線。
わが社の看板へ。
「……はいはい」
私は溜息をついた。
「これですよ」
ペンを走らせる。
手元の台帳。
『不条理事象・記録台帳』
カリカリカリ。
「だから転生者は管理しにくいんです」
◇◇◇
こいつの強さは、剣でも魔法でもない。
――確率。
それが歪む。
動けば事故が起きる。
動けば奇跡が起きる。
秩序が、壊れる。
事務官の視点で言えば。
「致命的なバグ」
その一言に尽きる。
◇◇◇
「リィン!やべぇ!」
ゼクスが叫ぶ。
「また温泉湧いたぞ!」
見ると。
カイトの足元。
ボコォ!!
地面から温泉。
ズルッ!
騎士が滑る。
ブンッ!
槍が飛ぶ。
一直線。
こっちへ。
「……本当に面倒ですね」
私は軽く体をずらす。
槍、ギリギリで回避。
その間にも。
カイトは、ニコニコ笑いながら歩いてくる。
後ろにはエデンの騎士たち。
「ねえねえ!」
無邪気。
完全に無邪気。
「シグルドさんに言われたんだ!」
嫌な予感しかしない。
「『あの事務員の女を黙らせろ』って!」
はい、来た。
「俺、難しいこと分かんないけどさ!」
分かる気ないだろ。
「でも運いいから何とかなると思うんだよね!」
……でしょうね。
「ね、お姉さん!」
距離、あと数メートル。
「今降参しなよ!」
にこっ。
「そしたら運、分けてあげる!」
◇◇◇
「……お裾分け、ですか」
私は眼鏡を押し上げた。
取り出す。
――公印。
カチリ。
こいつの「運」は確かに強い。
だが。
この世界には、それより強いものがある。
逃げられないもの。
抗えないもの。
――制度。
「カイト様」
一歩、前へ。
「あなたの無双」
淡々と。
「現在の王国労働基準法」
さらに。
「および『異常事態管理条例』に基づき」
一拍。
「――差し止めます」
「え?」
ポカン。
「あはは! なにそれ!」
笑う。
当然だ。
「法律で運が止まるわけないじゃん!」
「止めるのではありません」
私は静かに言った。
「――禁止するんです」
◇◇◇
「ルルさん」
「……了解……です」
事務所から持ち出した装置。
起動。
ブゥゥゥン……
空気が変わる。
「周辺エリアを」
私は宣言する。
「『確率完全固定空間(確定申告フィールド)』に指定」
「ダイスの目は……すべて……一……」
ルルの声。
「……固定……です……」
◇◇◇
変化は、すぐに現れた。
キラキラしていた空気。
それが。
――沈む。
重く。
黒く。
「え……?」
カイトの顔が曇る。
「なにこれ……?」
体が鈍る。
動きが止まる。
「なんか……重い……」
当然だ。
「それと」
私は追い打ちをかける。
「頭の中に何か見えていませんか?」
「え?」
カイトが目を見開く。
「うわっ……なにこれ……」
困惑。
「知らない書類が……いっぱい……」
「それは」
私は即答する。
「『因果関係の証明義務』です」
◇◇◇
「カイト様」
一歩、近づく。
「あなたの幸運で発生した全事象」
淡々と。
「その発生理由」
「責任の所在」
「影響範囲」
「損益計算」
一気に畳みかける。
「すべて、報告してください」
「……え?」
「一分一秒の誤差なく」
「え、ちょ……待って……」
混乱。
当然。
こいつは今まで、
一度も「理由」を考えたことがない。
「できない場合」
私は言い切る。
「あなたの幸運は」
一拍。
「――不当利得として凍結します」
◇◇◇
沈黙。
カイトの顔から、
完全に笑みが消えた。
初めてだろう。
「どうすればいいか分からない」状況。
それは。
剣より重く。
魔法より痛い。
――未知の暴力。
◇◇◇
「さあ」
私は公印を構える。
一歩。
また一歩。
「勇者カイト」
目の前まで来た。
「神様との契約書」
にっこり。
「見せていただけますか?」
カイト、硬直。
逃げ場なし。
「――無断転生」
「――チートギフト持ち込み」
「――制度未登録」
指折り数える。
「すべて」
トン、と公印を掲げる。
「我が国の『移民管理法』に抵触しています」
◇◇◇
カイトの「運命」は、
今まで真っ白だった。
何も書かれていない、
都合のいい台帳。
だが。
「では」
私は静かに振りかぶる。
「最初の処理を行います」
公印が落ちる。
――バンッ!!
「判定:受理」
その瞬間。
少年の「幸運」は、
初めて。
世界のルールに、
組み込まれた。
※次回へ続きます。
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