6
「それと、これも渡しておかねばなりませんね」
鈴音が透に小さくて細長い箱を渡してくる。中には何かが入っているようで、振るとカタカタと音が鳴った。
「これはコンタクトレンズです。これもまた魔女様が開発したもので、宝石人間が周りから注目を集めるのを防ぐのと、瞳を一般人と同じように見せる働きがあります。真霞さんも、同じようなものを持っているでしょう?」
ほら、あの眼鏡。とんとん、と自分の眼鏡を指さす鈴音の意図をくみ取って、透はああ!と声を上げた。
透のお父さんが作ってくれた眼鏡。壊れてもなお鞄に入れて、持ち歩いていたそれは、かけていると、透のことを守ってくれているような、安心感を与えてくれるような感覚をくれる。眼鏡には、宝石人間の特徴を隠す効果があったのだろう。だから眼鏡をかけている間は注目されることもなかったし、襲われることもなかったのだ。
おそらく、というか確実に、透の父は透が宝石人間であることを知っていた。だから本当に透のことを守ってくれる眼鏡を作ってくれていたし、透の髪の毛が結晶化して他の人に宝石人間であることがばれないようにするために、髪を切ってくれていたのだ。今までの疑問が全て解消される。
透は、無性に父に会いたくなった。
「宝石人間であると診断された皆さんには、カモフラージュ用のコンタクトが支給されるようになっているんです。とりあえず、二週間分渡しておきますね。これからはこっちを着けてください~。それと、しばらくの間、眼鏡をお借りしてもいいですか?こちらではこのような技術を見たことがなくって、少し調べさせて頂きたいのです」
少し、答えを躊躇う。透にとって大事な眼鏡なのだ。
「解体したり、壊したりといったことは致しません。ちょっと分析をかけて、どのような作りになっているのかを見させてほしいんです。すべてが終わりましたら、きちんと真霞さんにお返しします~」
解体したり、壊したりはしない。その言葉を聞いて、透は安心した。
「それなら、大丈夫です。後で渡しますね」
「ご協力、感謝します~」
「それにしても不思議ですね~、どうやってこの眼鏡を作ったのでしょうか?研究所でこの技術を扱えるのは魔女様だけですし、とても難しいはずなのですが」
にこにこと口元は笑みを浮かべながらも、その目の奥は笑っていない。感情が抜け落ちたような目が、透をじっと見つめている。まるで獲物を見るように、探りを入れられているように感じるその目線に居心地の悪さを感じて、透はそっと視線をずらした。
「……鈴音」
「……はぁい、魔女様」
鈴音はぱっと透から目を離し、真琴の横に並ぶ。先ほどのような目からは打って変わって、嬉しそうだ。輝夜はそんな2人をやれやれといった様子で横目に見て、透に話しかけた。
「あの2人は置いておいて。さて、真霞さん。今日はお疲れさまでした、この後はもう自宅に帰ってもらって構いません。準備ができたら、送っていくわ」
そう言いながら頭をなでてくれる輝夜がとても優しい目をしていて、先ほどの鈴音の目とは大違いで、透は安心した。でもやっぱりこの年で頭をなでられるのは恥ずかしくって、少し顔を赤らめながら、小さくありがとうございます、と返事をした。
「……真霞さん、突然で申し訳ないのだけれど、1つ提案があるの。聞いてくれる?」
「えっと、なんでしょう?」
輝夜が、にっこりと綺麗な笑みを浮かべる。その顔はなんだか楽しそうで、何かを企んでいるようだった。
「うちでアルバイトをする気はないかしら?」
「……はい?」
「うちで、Lustaで働かないかって、聞いているの。うちで働くことによって、働いている時間は悪い人たちから真霞さんを保護することができて、安全が保障されるし。それに、今のところよりも良いお給料になることを約束するわよ」
透は目を丸くした。前に訪れた、あのLustaでのアルバイト。店の中にいた従業員の見目麗しさを思い出し、いやいやいやと首を振る。
「あの中で、ですか!?無理です、私、あの中にいたら息ができなくなってしまいそう……!」
「大丈夫よ。真霞さん貴方、可愛いし。あの中にいても埋もれないくらいだわ。私が保証します」
輝夜にそう言われて、困惑する。可愛い制服を着て、煌びやかな世界の中で働くというのは、透にとってハードルが高すぎる。キラキラで自分が押しつぶされてしまいそうだ。何より、自分はそこまで可愛い方ではないという自覚がある。輝夜の言葉が透にはお世辞にしか聞こえないのだ。とにかく断ろうと透が口を開くよりも先に、輝夜が話し始めた。
「そうね……うちで働いてくれるとなると、まず時給は2500円より低くなることは無いわ。研修期間を終えたら時給アップ。福利厚生もしっかり提供するわ。学費の補助とかね。どうかしら?」
2500円より低くなることはまず無い。透はその言葉に、断ろうと思って開いた口を一旦閉じた。透は現在、学費や生活費諸々の為に複数のバイトを掛け持ちしているのだが、それでもかつかつの毎日だ。だが、時給が2500円なのに加えて、学費の補助ときた。今のバイトの給料と、輝夜が提示してくれた給料を頭の中で比べてみる。今のバイトをすべて辞めてLustaだけにしたって、十分やっていけるだけある。
正直、毎日バイト尽くしで夕貴が連れ出してくれないと息抜きをすることもなかったため、時間に余裕ができるという面でも、透にとってメリットしかない。そんなにおいしい話があっていいものかと思ったが、今ここで誘いに乗らないでどうする、と頭の隅っこからふつふつと囁くように考えが浮かんでくる。普段ならこのような誘いには絶対に乗らないが、相手は自分を保護してくれて、ここまで面倒を見てくれた命の恩人なのだ。
悩んだのも束の間、透は腹をくくって輝夜に向き直った。
「……決めました。私を、Lustaで働かせてください!」
「そうこなくっちゃ!じゃあ、決まりね」
これからよろしくね、と嬉しそうに笑う輝夜は、透の手をぎゅっと握った。
***
それからは色々と早かった。自宅に帰ることを許された透は、真琴と鈴音を送っていくついでに、と高級そうなぴかぴかの車に載せられ、家まで送られた。なぜ自分の家の場所を知っているのかは謎であったが、透はもう気にしないことにした。自分が眠っている間に身体検査などをされたとの事であったが、恐らく身辺調査の方もされていたのだろう。普通に生きていれば体験することの出来ないことが多すぎて、もう何が起こってもおかしくないや、という気持ちだった。まあ、疲れていたのである。
車の中で輝夜から言われたことといえば、今日は一旦家に帰すけど、保護の意味合いもある為、準備が出来次第暫くはあの部屋で暮らすこと。今のアルバイトを全て辞めること。直接透と関わることは無いが、暫く影から護衛をつけること。この3つであった。
正直最初の2つには少し戸惑ったが、あの夜のことを思い出し、あんなに怖い思いをしなくて済むなら、としぶしぶ了承した。一時的な処置であることに加え、今の透には実家に留まっている理由があまり無いからというのもあった。
自宅のアパートの階段を上る。錆びだらけの階段の、カツカツという音だけが辺りに響く。そのまま突き当りまで進めば、透の自宅である。いつものように鍵を開けて、中に入った。




