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「傷の治りも順調ですし、あとは抜糸するだけですね。それが終わったらもうお外に出ることができますからね~」
「本当ですか!」
鈴音の言葉を聞いて、透の目が輝いた。
ようやく外に出られるようになる。夕貴はどうしているのかな、心配させちゃっているかな。でも家に帰れるし、連絡できるようにもなるし、ようやく日常が戻ってきてくれるのでは__
あれ、まてよ。
透は、今の今まで、自分が忘れていたある事に気が付いた。背中をつー、と冷や汗が流れ落ちていくのが分かる。
透が忘れていた事、それは大学のことである。現在大学2年生、後期は始まったばかり。自分は襲われて。怪我をして、体調を崩して、ここで2週間ほど過ごした。この家からは一歩も出ていない。
……単位、相当まずいのでは?
急に黙り込んで、青い顔をした透に気づいたるなが、きょとんと不思議そうに声をかける。
「どうしたの?」
「あっ、あの、私、今大学生で、単位とか、大丈夫かなって……」
先ほどとは打って変わって、焦った様子で口を開く。そんな透のことを見て、るなはあぁ!と何かを思い出したように手をたたいた。
「そのことなのだけれどね、透は今、怪我とそれに伴う発熱という診断で、入院していることになっているの。ちゃんと診断書もあるから、それを使って大学側に申請して、公欠にしてもらいなさい。貴方の大学なら、公欠の制度があるはずよ。授業についていけるかどうかはもう……真霞さんに頑張ってもらうしかないのだけれど」
「人間の理では通用せずとも、原石の君であれば無問題。この契約書は全てを凌駕するのよ」
「あ、真霞さんのケースは通常の人とは違って、特例なので診断書が下りるようになっていますよ~とのことです」
安心して!と言わんばかりのるなの言葉にほっと胸をなでおろす。でもなぜ、この人は透の通っている大学の制度を知っているのだろうか。本当に、謎の多い人である。
「さて、あとは抜糸するだけなのだけれど、その前に。真霞さんのこれからについて、少し真面目なお話をさせて頂くわね。よく聞いていて頂戴。あぁ、もちろん分からないことがあったらすぐに聞いてくれて構わないわ。というか、ちゃんと理解してもらわないと困るようなお話を、今からしますからね」
るなが、居住まいを正して透のことを見る。さっきまでの穏やかな雰囲気から、一気に粛然とした雰囲気に変わるのが分かる。
「改めて、自己紹介させていただきます。私の名前は鳳輝夜。Lustaの経営者です。あそこでは"るな"という名前で働いているわ。後は……真霞さん、鳳グループってご存知かしら?」
「えっと、ジュエリーの……?」
「そうよ、私は鳳家の一人娘で、次期代表でもあるの。本来はそっちの仕事がメインで、カフェ経営は私の趣味ね」
透は、あんぐりと口を開けたまま固まった。鳳グループとは、古くから続く有名なジュエリーブランドを営む宝飾企業で、この国で知らない人はいないと言っても過言では無いくらいの大企業だ。
ここのジュエリーブランドは富裕層向けのものとティーン向けのものの2ブランドに別れて展開しており、後者は大学でも身につけている人を多く見かける。夕貴があの日身に着けていたピアスも、そうだったはずだ。
そんな大企業の娘さんが、自分の目の前にいる。そして、襲われて傷を負った自分を保護し、治療を受けさせてくれて、看病までしてくれただなんて。驚きで固まっている透に追い打ちをかけるように、輝夜が何かを差し出してきた。
「これ、私の名刺ね。これで信じてくれるかしら?」
しっかりと『鳳輝夜』と記された、上質そうな紙。どうやら、信じるしかなさそうだ。透は大きく首を縦に動かした。
「なら良かったわ。私の自己紹介はこのくらいにして、そろそろ本題に入るわね」
輝夜の大きな瞳が、透のことを射抜く。
「真琴さん、鈴音さん。お願いしていたもの、あるかしら?」
「は~い、こちらになります」
鈴音が、ベッドの傍に置きっぱなしにしていた鞄から、ガサゴソと何かを取り出す。そして、それを透に手渡した。表紙には、『宝石と共に生きるための手引き』と書いてある。
それをまじまじと見ていると、輝夜がページを開くよう促した。開いたページの上に輝夜が手を置き、指を滑らせる。その爪は優しい桃色で、桜貝のようである。
「宝石にはエネルギーが内包されており、人類は宝石のエネルギーと技術を組み合わせ、人類の生活を発展させてきた。ここまでは、知っているわよね」
輝夜はとんとん、と1行目にある文章を指さして、透に聞いた。もちろん、知っている。小学校でも習う範囲だ。透はまた、首を縦に振った。続いて、その下の文章を指さす。そこには、見出しに『宝石人間とは』と記されている。
「この世には稀に、全身が鉱物でできている生き物が生まれることがあります。それらは鉱物生物と呼ばれ、生物の種族に関係なく生まれます。それらは国で厳重な保護を受けることが法律で定められています。また、鉱物生物の持つ特有の輝きから、貴石や半貴石に関係なく、宝石生物、宝石人間と呼ばれることがあります。……ここまで理解できたかしら?と言っても、急にこんな説明されても分からないわよね。いいわ、今はそのままで」
鉱物でできている生き物。国の保護。全く知らなかった言葉や情報の波に襲われて、透は目を白黒させた。スケールが大きいということは理解できる。そんな透の様子を伺いながらも、輝夜は平然と説明を続ける。このまま全てを話し切ってしまった方がいいと考えたらしい。
「そして、何故国の保護を受けなければならないのか、なのだけれど。鉱物生物はね、普通に過ごしているだけなら、他の普通の生物となんら変わらない、むしろ見分けがつかないくらいの見た目をしているのだけれど、普通の生物とは違って、死ぬと完全に結晶化してしまうという特徴があるの。あとはそうね、髪の毛とか、爪とか、切ることで人の体から完全には切り離されると、その切り離された部分が結晶化する、とかね。……そんなに都合よく宝石を作り出してくれる生き物があちらこちらに存在するって知られると、どうなると思う?」
「……悪い人に、狙われるとか?」
透の答えを受けて、輝夜は深く頷く。
「正解よ。鉱物生物は、悪質な商人にとって格好の獲物なの。それに、鉱物生物から採取される鉱物は、とても質が良いと言われていて、裏社会や普段の生活からは想像もつかないような所では、とても高値で取引がなされているの。それが本当に悪質で……鉱物生物を狙った人攫いや人身売買が後を経たないから、国で保護する必要があるのよ」
「悪質な商人は、鉱物生物を仕入れる為の手段を選ばない。時には、無防備な宝石人間を襲ってそのまま商品にしてしまおうという残忍な手段に出る商人もいるわ。私達の仕事は、そういった悪の手から鉱物生物を守ることなの」
あの、暗い夜道での出来事を思い出す。自分が襲われた理由に、今ここにいる理由。ということは、もしかして、自分は。
「さて、そろそろ勘づいているとは思うけど、真霞透さん」
輝夜の丸くて強い輝きを放つ瞳が、透のことを射抜く。全てを見抜いているような、何も隠せないような強い輝き。目を背けてしまいたくなるが、それが許されるような空気ではない。透は、小さく返事をした。今から言われることは、きっと透にとって聞きたくないようなことだ。輝夜が口を開く。
「貴方は、宝石人間だったのよ。しかも、ダイヤモンドの」




