94.手合わせ
訓練場には防御壁が張りめぐらされており、こっちに飛んでくることはないけれど、さきほどの炎と同じように、冷気や風圧は感じられる。
「ねぇオドゥ、さっきレオポルドは火属性が得意って聞いたけど、見ていると氷のほうが多いよ?」
「得意ってのはね……レオポルドの場合、氷の攻撃はすべて剣を媒介にしているけど、火の魔法を使うときは詠唱も手の動きもなしで、魔法陣を出現させて打ちだしているだろ?」
「うん」
「つまりあの戦闘の最中にもかかわらず、あれだけの攻撃力がある魔法陣を、何もせず瞬時に描けるってこと。まるで呼吸するような自然さで、〝火〟を自在に使いこなしているのさ」
レオポルドは〝火〟を使いながら、氷の双剣をふるうたびに訓練場へ、氷礫、氷槍、氷柱などの氷をつぎつぎに出現させていく。
ライアスが剣で砕いても、地に落ちた先でまた氷柱が成長していく。しだいに訓練場が白く輝く氷で埋まり、まるで氷原みたいになってきた。
攻撃を防ぎながら、ライアスも風魔法で応戦しているようで、レオポルドの体にも細かな切り傷が増えていく。
剣が肉を切り裂き、互いの血飛沫が氷原を赤く染め、見ているわたしは青ざめた。
「これっ……本当にただの訓練?」
「まぁ、ふたりともマジな性格だから」
「だいぶ足場が悪くなったな……」
広いはずの訓練場が氷に埋めつくされたところで、ライアスが大きく剣を振って風を巻き起こす。
なぎ倒された氷柱にぶつかったレオポルドがバランスを崩し、地面に叩きつけられた。銀の髪がばっと広がる。
戦いの激しさとはべつに、何かの圧が急激に高まってきたのを感じて、わたしは背筋がぞわりとする。この場にいる魔力持ちはみな、それを感じただろう。
「なんなの?魔力が急に高まってきた。レオポルドも……それにライアスも!」
バチバチバチィッ!
レオポルドだけでなく、見ればライアスも金の髪が逆立ちバチバチと火花が散り、彼自身が雷をまとっているかのようだ。
彼の動きが一瞬止まり、地に伏したれレオポルドを射抜くように見つめる瞳の青さが、いつもより増したような気がした。
次の瞬間、耳をつんざくような轟音とともに、ライアスが起きあがろうとするレオポルドへと、巨大な雷撃を放った!
バチバチバチィッ!ドオオオオオンッ!
魔法陣を展開して、レオポルドは雷撃をかわすこともなく受けとめると、一気に魔法陣の属性を反転させ、自分もその中に突っこんでいく。
「っ!……属性反転!」
いままで火属性に振っていた魔力を反転させ、訓練場に極低温を作りだしたのだ。
気温が一気に下がり、訓練場に無数の細氷が出現した。
「ダイヤモンドダスト……」
氷点下マイナス十度以下で、空気中の水分が昇華してできる小さな細氷だ。
ありえない状況で出現したダイヤモンドダストに夏の日差しが反射し、まばゆいばかりのサンピラーが出現し、ライアスとレオポルドの姿を視界から消した。
奪われた視界だけでなく、吐く息が凍りつくこの状況では、どちらも呼吸すらできないのでは……そう思ったとき突風が吹き、渦を巻いてダイヤモンドダストが吹きとばされ、宙にかき消された。
「そこまで!」
ピピィーーーーッ!
視界が戻ってくると、ライアスの長剣を自分の防具に食いこませたまま、レオポルドがライアスの喉元に双剣を突きつけている。
「勝者レオポルド・アルバーン!両者、中央へ!」
訓練場全体がどよめきに揺れた。
ふたりは互いにすっと剣を引くと、何ごともなかったように中央へ移動し、向かいあって礼を済ませ、訓練場のすみへと連れ立って移動していった。
わたしは指が白くなるほど、自分の手を握りしめていたことにようやく気づく。
何度も手を開いたり閉じたりしてみても、指の感覚はなかなか戻ってこない。
「……すごかった」
「だよねぇ。さ、ちょっと降りて見にいこう」
オドゥはわたしをエスコートして。ひょいひょいと階段を降りると、訓練場のすみにいるふたりのところまで連れていく。
ちょうど止血と浄化の魔法をかけたふたりは、血まみれで戦った手合わせ直後とは思えないほどさっぱりしている。
「ふたりともお疲れ!ライアスは最後どうしたの?迷っちゃった?」
オドゥにたずねられたライアスは苦笑した。
「迷いなく打ちこんだつもりだったが、俺の雷撃からも火花が散ったうえ、空気全体が光るとはな。地面に叩きつけられてみせたのは、レオポルドの作戦か?」
「……そんなわけ、なかろう」
体力の消耗までは回復していないのか、肩で大きく息をするレオポルドに、オドゥが眉をあげた。
「レオポルドは勝ったけど、辛勝といったところかな?ズタボロだねぇ」
長い銀髪を束ねていた髪留めを外し、レオポルドは顔をしかめて髪をかきあげた。
「まぁな……ライアスがいつも使っている剣ならば、一撃で吹っ飛ばされて終わりだ」
「いつも使っている剣?」
オドゥが説明してくれる。
「団長の剣も同じミスリル製だけれど、代々の竜王たちの牙や爪、竜玉といった素材で強化されている。それを行うのが錬金術師なんだ。ふたりとも今使った剣と防具を、ネリアに見せてあげてよ」
なんとレオポルドの髪留めまでミスリル製で、彼が月光のように輝く防具を外すと、長髪がはらりと滝のように、広い背中に滑り落ちる。
ふたりから差しだされた剣と防具に、わたしはおそるおそる手をふれた。
ミスリルの輝きもさることながら、手渡された武器や防具のどこにも、刃こぼれや傷などのダメージがないことに驚く。
「ハデな戦闘でも防具がしっかりしてるから、ふたりとも意外とダメージを受けていないだろ。錬金術による精錬で物理だけでなく、魔法耐性も付加してあるからね」
「それも錬金術師の仕事なんだね」
装備についている効果を確かめながらつぶやくと、オドゥがうなずく。
「そう。竜王と契約してシャングリラを都と定めたバルザム・エクグラシアは、魔術師でもあり竜騎士でもあった。つまりエクグラシアという国ができたときには、すでに魔術師も竜騎士も存在していた」
「うん」
「けれど錬金術の歴史はわりと新しい。生活にゆとりができて、生きるために必要だった魔力を、それ以外にまわせるようになったからかな。魔道具作りが盛んになって、より高い効果のポーションを研究して、魔石や素材の研究も進んで錬金術師が誕生した」
「つまり錬金術を生業にする錬金術師があらわれたのは、魔術師や竜騎士にくらべたら、つい最近のことなんだね」
「そういうこと!武器や防具の製作や強化ができる錬金術師は、現代の竜騎士や魔術師には欠かせない存在だよ。強化した武器や防具が使えるライアスやレオポルドのほうが、建国の祖バルザムなんかより、ずっと強いと僕は思うね」
オドゥはポケットから二本の小瓶をとりだし、ひらひらと振った。
「いいもの持ってるんだ。うちの師団長特製のポーション!ふたりともどぉ?」
「ネリアが作ったのか!」
ライアスは笑顔で受けとり、ポーションをすぐに飲みほしたけれど、レオポルドは一瞬ためらってから、ようやく受けとった。よっぽど疲れているらしい。
「礼をいう……」
レオポルドは小瓶を日に透かすようにかざすと、眉間にシワをよせて、しばらく眺めていた。それからひと口含むと、そのまま考えこむように口の中で転がしている。なんだか利き酒されているみたい。
ようやく飲みくだしてから、レオポルドは黄昏色の瞳をおどろいたように見開いた。
「これは……ずいぶんと高性能だな。どれだけ素材をつぎこんだ?」
オドゥがおかしそうに言う。
「いや、それが……僕もユーリに聞いて笑っちゃったよ。ネコネリスの実にユーリカの花の蜜、エリクシャンテの卵と輝雪結晶の雫だってさ!ネリアって素材に関する金銭感覚が、まるでないんだよ!」
「は⁉」











