95.訓練場のすみで
レオポルドの瞳はますます見開かれ、先に飲みほしたライアスまで絶句してる。
「それは……なんというか……」
うぅ……家一軒より高い装備を身につけてる人たちに言われたくないよぅ……。
よく効くポーションを作ってあきれられるって……どういうこと⁉
「グレンが貯めこんでいた素材を使っただけだから、お金はかかってないよ!今のところ……」
三人の視線を浴びたわたしは、なんとなく言いわけをしてしまう。最後のほうは声が小さくなった。
「そうか」
「うん……」
眉をあげたレオポルドに、とがめられそうな気がして、わたしは身を縮こませる。するとそんな気持ちには無頓着に、オドゥはさらに暴露した。
「ネリアってやること豪快だよね!デーダスでも〝ダテリスのおしべ〟を風魔法で乾燥させようとして、飛ばしちゃったんだって!一グゥで八万するやつをだよ!」
「えっ?あれそんな高いの⁉」
わたしが風に飛んだ素材の値段に驚くと、すかさずレオポルドが聞いてきた。
「何グゥ飛ばしたんだ?」
「……百グゥです……」
そう、デーダスの家で素材棚に置いてあった〝ダテリスのおしべ〟……庭で天日干しにしていたとき、私は習いたての風魔法を使ってみようとした。
ゴウッ!……と風が吹いたかと思うと、目の前にはもう何もなくて、家から飛びだしてきたグレンがぼうぜんとしていた。
うわぁ八百万かぁ……ほんとにごめん!
どうりでそのあと、グレンったらものすごく真剣に風魔法を教えてくれたんだ……。
「それは……あいつの顔が見ものだったろうな」
わたしが心のなかで師匠に謝れば、髪をかきあげたレオポルドがクックックと、おかしそうに笑いだした。
ふだんは血の通わない彫像みたいに無表情で、美しいだけの整った顔立ちも、こんなふうに屈託なく笑っているとふつうの青年に見える。
一瞬見とれてからふと気づけば、訓練場に残っていた人たちがみな驚いたように、わたしたちを見ている。
うひぃ……なんで?会話の内容までは聞こえてないよね?なんでみんな驚いているの?
「これは珍しいな!」
そこへアーネスト陛下がやってきて、レオポルドはいつもの不機嫌そうな無表情に、すんっと戻ってしまった。なんか残念。
「訓練とはいえ、ふたりともみごとだったぞ!秋の対抗戦も楽しみだな!」
「秋の対抗戦?」
「ネリス師団長は知らんか……建国の祖バルザムが竜王と契約する際、『三日三晩拳で語りあった』という故事にちなんでいる。いわば竜騎士団と魔術師団の総当たり戦だ」
「はい⁉」
ドラゴンと三日三晩拳で語りあった⁉……バカなの⁉
ポカーンとしたわたしに、オドゥが説明してくれる。
「収穫祭の時期に開催される、いわばドラゴンと人間のガチンコ勝負だよ。北の平原でドラゴンに乗った竜騎士と、魔術師たちが戦うのさ。まぁ、演習みたいなもんだよ」
「それ、さっきの手合わせどころじゃないんじゃ……」
「魔術師たちがどれだけ好戦的な人種かよくわかるよ~人間ってほんとコワイよね」
「……昨年は竜騎士団の勝利だったからな。今年は負けるわけにはいかん」
憮然とした表情になるレオポルドに、オドゥがのんびりと返す。
「レオポルドは負けず嫌いだからなぁ~」
いや、負けず嫌いとかそういう問題ではなく……。
「エクグラシアって軍事国家なの?竜騎士団も魔術師団もとても強いよね?」
「縄張り意識が強いドラゴンが、エクグラシアからでることはない。ゆえに他国を侵略することはないが、広い国土を維持するためには、機動性のある軍事力は必要だ」
アーネスト陛下がそういうと、ライアスもうなずいた。
「そうだな。エクグラシアの豊かさは他国にとって魅力がある。隙を見せるわけにはいかない」
うわぁ……生々しい話だ。
「それにドラゴンたちは、おとなしく人に飼われているわけではない。対抗戦で発散させてやれば、ヤツらにもいい息抜きにもなる」
「ときどきはドラゴンたちを、暴れさせてやる必要があるってことね。これ……たいへんな時間と手間がかかっているよね」
手に持っていたライアスの防具をもういちどよく見ると、古代文様や細かい術式がびっしりと刻まれている。
「いわばエクグラシアの五百年に及ぶ歴史の集大成だ。一年で採掘される鉱石から採れるミスリルは、ほんの握りこぶし程度しかない。それを加工して防具一式がそろうまでに何年もかかる」
「材料をそろえるだけで、たいへんなのね」
わたしがライアスの説明に感心していると、オドゥも横からのぞきこみ、術式の説明をしてくれる。
「精錬のときにミスリルは魔力は帯びるけれど、さらに術式を加えて、軽量化や速度と防御力上昇などの効果を付与するんだ。魔力持ちが装備すれば、効果が発動するようになっている」
わたしがふれている術式のひとつひとつを、装備する者の無事を願って刻んだ錬金術師がいる。
「錬金術師の歴史も、ここに刻まれているんだね」
「ミスリルの装備は永遠に完成しない。素材で強化して術式を追加して修正する。装備する人間に合わせた微調整もするしね」
「そうなんだ……」
そんな歴史を刻んだ装備は、家一軒の価値どころではないかもしれない。
「ミスリルで作られた装備が、竜騎士には与えられる。辞めるときにそれらは返却し、また新たな竜騎士に受け継がれる」
竜騎士団の人数が二十名ほどなのは、ドラゴンの数ではなく、そろえられる装備がそのぐらいしかないらしい。
ライアスが教えてくれたところによると、それも五百年かけて少しずつ増やした結果らしい。
「これが団長になったときに、俺が受け継いだ剣だ」
そういってライアスは竜騎士団長の剣を見せてくれた。刀身に竜が彫りこまれた剣は、さらに竜玉で強化されていて、竜の息吹ともいえる風の魔力をまとい、どんなものでも簡単に切断してしまいそうだ。
「これ、魔剣に近いんじゃ……」
わたしがそう指摘すると、ライアスは苦笑した。
「竜騎士はドラゴンを乗りこなし、どこまでも強くあらねばならない。それゆえの強化された装備なのだが……あまりにも剣の力が強く、最初は使いこなすのに苦労した」
やっぱりそうだよね。わたしは剣を返すとオドゥに質問した。
「ありがとう、ライアス。ねぇオドゥ、竜騎士の装備はわかったけれど、魔術師のローブには錬金術師は関わってないよね?」
「そうだねぇ……素材は提供できるけど、糸を紡いで布を織るのは錬金術師の仕事じゃないしね。魔術師相手だと魔力回復のポーションとか、魔道具作りといった後方支援が多いけど、〝魔術師の杖〟を作ることもあるよ」
「魔術師の杖⁉」
わたしはオドゥの言葉に反応した。錬金術師が作ることだってあるんだ!
『魔術師の杖を作ってもらえないだろうか』
だからグレンだって、デーダス荒野の家でわたしに頼んだのだろう。
「魔術師が使う〝杖〟って、いわば魔道具だからね。魔術師が自作することもあるし、かならずしも錬金術師が作るわけじゃないけど」
「どうやって作るの?」
それがどうしても聞きたくて食い下がるわたしに、オドゥは困ったように眉をさげた。
「ん~僕は作ったことないからなぁ。レオポルドに聞いたら?」
聞いても教えてくれなかったんですが!
「オドゥ……よけいなことを言うな。こいつが知る必要はない」
レオポルドはいつもどおりの態度で、オドゥもポリポリと頭をかく。
「まぁそうだよねぇ。ネリアが『魔術師の杖を作る!』って言いだしたら、僕も困っちゃうなぁ」
ええっ⁉なんで⁉
「それよりさぁ……ネリア、そろそろ仕事しよ?」
眼鏡のブリッジに手をかけてずれを直し、オドゥは人のよさそうな笑みを浮かべた。
「はいっ?」
「ミスリルの防具はじょうぶでも、訓練場はやわだからさぁ。今の戦闘で破損した術式を、ひとつひとつ繕っていくからね?」
なんですと⁉︎……もしかしてそのために、わたしを連れてきた?
まさか……カーター副団長が工房の後片づけを引き受けたのって……それ知ってたとか⁉
それからオドゥにやりかたを教えてもらい、わたしは訓練場の防御壁にできた傷を、コツコツと術式を紡ぎながら、ひとつひとつ直していった。
昔、魚を獲る網を修理する漁師さんたちを、テレビで見たことがあるけれどそんな感じ。無心になるというか、気が遠くなりそう……。
「ネリアって手先が器用だから、だいじょうぶそうって思ったんだ!うん、上手だよぉ!働き者の師団長で僕も助かっちゃうなぁ」
オドゥは眼鏡の奥にある深緑の瞳を細めて喜ぶ。
「オドゥと仲がよさそうだな……」
ライアスはなんだかショックを受けたようだけど、こっちは必死なんだからね!
ライアスもレオポルドも暴れすぎだよ……終わんない!
なんだかんだで三人組は仲がいいのです。











