94.名乗りをあげた男
物語の進行がゆっくりで、季節がまだ夏のままです。
師団長室に移動して、中庭がよく見えるテーブルに座れば、ソラがアイスティーのポットと一緒に、よく冷えたピュラルのジュレをを運んできた。
「むほーっ、これは鮮やかな色だのぅ」
きれいなオレンジ色をしたピュラルのジュレを、ウブルグはうれしそうにスプーンですくう。
まだお茶の時間には少し早くて、師団長室にはわたしと彼のふたりだけだ。
「そういや、ユーリ坊はすっかり雰囲気が変わったのぅ。以前はお行儀よくしとったが、今ではわしの研究室の隣で、ドッスンバッタン……なにやら騒がしいぞぃ」
「ほんと?ライガの研究かなぁ……騒がしくてごめんね」
「駆けだしの錬金術師なぞそんなもんじゃ。いい傾向じゃよ」
ジュレのグラスを日に透かしながら、ウブルグは目を細めた。
「ヴェリガンもヌーメリアも新しい研究に取り組んでおるし、わしも自分の研究が自由にできる。ネリアがきてから、研究棟に新しい風が吹いた」
「そうかな、だといいけど」
グレンが用意した快適で居心地がいい環境を守りたいけれど、わたしがちゃんと師団長をやれている自信はない。
「この師団長室もガラリと雰囲気が変わった。子どもの声が聞こえる中庭など、昔を思いだすようじゃ。むほ、のどごしがさわやかで、ピュラルの酸味がまた清涼感のある味わいじゃ。むほぅ……」
ウブルグは何かを思いだすように庭を眺め、満足そうにジュレを味わっている。
「そうさなぁ、わしはここを離れるし、おまえさんに気にかけてもらいたいことが、ひとつあっての」
「なあに?」
「オドゥ・イグネルのことじゃ」
ウブルグはそう言って、手に持ったスプーンを揺らした。
「オドゥはグレンに影響されて、錬金術師を目指したんでしょ?」
わたしは彼がちょっと苦手だ。
「グレンに影響された者は多いからの。だがきっかけはどうであれ、いずれは自分がやりたい研究を始めるものじゃ。だがオドゥにはそれがない」
「そういわれてみれば……」
「錬金術師としての腕前は一流だろう。努力しておったからな。だがあやつが錬金術で何がしたいのか、ネリアはわかるか?」
「わからない」
錬金術はなんでもそつなくこなすし、仕事のできる彼が戻ってきて、わたしはかなり楽になった。
彼はグレンのことを調べているらしく、資料庫に遺された文献を読んでいることもある。
でも、そういえば彼の研究って?彼自身は何を作りたいんだろう。
「職人気質のクオードに師事したおかげで、錬金術の技術はたいしたもんじゃが、あやつの錬金には〝心〟がない。渇望、欲望、願望……突き動かされるような何かがのぅ」
「それだったら、カーター副団長は?」
「クオードはなんであれ、自分の仕事が認められればそれでよい。そこが職人気質というわけじゃが……オドゥはそれともちがう」
「なんだかわかるような気がする。オドゥのこと、気にかけてみるね」
ウブルグは口ひげをなでてうなずき、わたしにずいっと空になった器を差しだした。
「頼むぞ、師団長。〝心〟とは……何かを創りあげようという強い意志じゃ。それがない錬金は何も生みだせん。ところで、このジュレとやらのおかわりはあるかのぅ?」
彼のつぶらな瞳はキラキラと輝いていて、わたしはソラを呼んで、おかわりを持ってきてもらった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ひと息ついたら、また練習を再開する。
あとからお茶にやってきたオドゥとヌーメリアに頼み、まだ転移魔法が使えないアレクも一緒に練習を始めた。
「とりあえず師団長室→中庭とか、見える範囲でやってみようと思うの」
転移陣を描こうとして何回も失敗していると、オドゥが眼鏡のブリッジを指で押さえ、困ったように眉を下げた。
「うーん、できるヤツができない人間に教えるって難しいなぁ。しかもネリアって魔力が伸びはじめたばっかの、子どもでもないしねぇ」
ここの人たちは子どものころから転移に慣れている。息をするのと同じくらいの感覚でやってしまうため、「どうやるの?」と聞かれても逆に困るんだって。
しかも魔力が少ない子どものほうが、転移魔法陣は成功しやすいらしい。習うのは魔術学園の初年度でも、その前にできてしまう子も多いのだとか。
そして練習を重ねるうちに、なんと先にアレクが転移に成功してしまった!
「僕……できた⁉︎」
移動先の中庭でびっくりしていたアレクはすごくかわいい!ほほえましくて、それはうれしい!
だけど……。
えっ、わたしはどうなるの⁉︎
するといつのまにかやってきて、部屋の隅でじぃーっと静かにわたしたちを観察していた男が、渋い声で重々しく宣言する。
「私が教えよう」
それは研究棟きっての実務派、クオード・カーター副団長だった。
「副団長が教えてくれるの⁉︎」
「娘に教えたこともありますぞ。私のほうが適任でしょう。オドゥはさっさと仕事に戻れ」
「はぁい、じゃあネリア、がんばってねぇ」
「えっ!オドゥ、いっちゃうの⁉︎」
はぁ……しかたないか。あきらめてわたしはカーター副団長に質問する。
「カーター副団長の娘さんっていくつぐらい?」
「娘のメレッタは魔術学園の五年生です。魔術師が第一志望ですが、職業体験には参加するとか……」
「それじゃパパは、イイとこ見せないとね!」
「ぱ、パパ⁉︎」
目を白黒させている副団長の娘さんってどんな子だろう。あとで名簿をチェックしようっと。
すると彼がまた声をかけてきた。
「ところで、師団長は〝魔力適性検査〟を受けたことはありますかな?」
「魔力適性検査?」
わたしが首をかしげると、ヌーメリアが教えてくれる。
「魔術学園の入学時に受ける検査のことです」
「知らないということは、受けておられないようですな。ダルビス学園長とは懇意にしております。師団長が受けられるように話をつけましょう」
……げ。
ダルビス学園長って職業体験説明会のときに、わたしを『エセ錬金術師』と呼んだ、あの嫌味たっぷりで偉そうなおじいちゃんだよね?
そんなの、全力でお断りしたい!
「いやそんな、わざわざいいかなぁ~なんて……」
わたしが断ろうとしかけると、副団長はヌーメリアに持ちかける。
「アレクも一緒に受けるといい。入学前にやっておくと、入学準備もしやすかろう」
「まぁ!本当ですか!」
ヌーメリアが瞳を輝かせると、彼はあらためてわたしに確認する。
「もちろん、師団長が受けるならですが、どうされますかな?」
アレクの入学準備がかかっているなら、行くしかないじゃん!
「う、受けます……」
「決まりですな。師団長が〝魔力適性検査〟を受けたら……私めが手取り足取り、転移魔法をお教えしましょう」
カーター副団長はニヤリと笑った。うわぁ。
これ、オーケーして本当によかったのかな……。
ナード・ダルビス学園長の名前が思い出せなくて、2章まで見返しに行きました。









