94.魔術学園、ふたたび
メレッタ登場。ついでにレナードも。
王都八番街にあるシャングリラ魔術学園の廊下を、学園長のナード・ダルビスは悠然とあるいていた。
さきほど錬金術師団のクオード・カーター副団長からとんできた『エンツ』は、とんでもない依頼だった。
「錬金術師団長ネリア・ネリスおよびアレク・リコリスの『魔力適性検査』をお願いしたい……ついでに転移魔法の指導ができる初等科の教員も手配していただきたい」
は?
こころよく了承したあと、ダルビスは昏い笑いが浮かぶのをとめられなかった。
「クックック……」
あのエセ錬金術師、馬脚をあらわしたな……『魔力適性検査』も受けておらず、転移魔法すら使えないだと?ライガなる魔道具で空を飛びまわってみせたが、あんなもの、なにかのイカサマに違いない。こんどこそ化けの皮をはいでやる!
ダルビスは尊敬され崇拝されることに慣れていた。魔術学園の卒業生は、すべて自分の弟子であり教え子だ。かれらは卒業後みなそれぞれに要職についており、おかげでダルビスはどこに行っても、『師』とよばれ丁重にあつかわれる。
ただし錬金術師団をのぞいて。
人嫌いのくせに、あの花のように可憐で美しいレイメリア・アルバーンを、かっさらっていったグレン・ディアレスに、ただでさえダルビスはよい感情をいだいていなかった。
いずれ王太子に嫁ぐのだろう……しょせんは手のとどかない高嶺の花だ、なにより自分は教師……そう思い見ているしかなかったレイメリアの相手がグレンと知ったとき、ダルビスは思ったのだ。
なぜ、自分じゃないのだ。
グレンでよかったのなら、彼女の相手は自分でもよかったではないか!
レイメリアの愛らしい笑顔を、教壇ごしにそっとみまもるだけの恋。だれよりも(ひそかに)気にかけ、(ひとりで)愛をはぐくんできた……。それをなぜ臨時講師でやってきて、ちょろっと講義しただけのグレン・ディアレスが持っていくのだ。
だれにもいえなかった遅い初恋の、にがい結末が脳裏によみがえる。
あの不愛想なムカつく男、グレン・ディアレスの名を思いだすだけでも腹だたしいのに、やつが弟子と認めたネリア・ネリスとかいう女も、小生意気だった。
師匠が師匠なら弟子も弟子だ!
あんな得体のしれない女は、さっさと弱みをにぎって排斥してやる。
内心では師団長になりたくてたまらないクオード・カーターも協力するだろう……むしろ、私に感謝するかもしれない。
そのあとはクオード・カーターが師団長になるもよし、自分を敬愛するユーリ・ドラビスがなるもよし……ユーリはあの女に心酔しているようだが、いずれ目もさめるだろう。
そうすれば卒業生を幾人か送りこんで、自分の名声をたかめるのに一役かってもらおう。そうなれば竜騎士も魔術師も錬金術師も、やがてすべてがナード・ダルビスを師としてうやまうのだ。
各界に影響力をもてば、とうぜん生徒たちの進路にも影響する。そうしたら自分の学園における支配力は、さらに増すことになる。
ナード・ダルビスの機嫌はよくなった。
それから数日後、シャングリラ魔術学園で五年生のメレッタ・カーターは、廊下のむこうでダルビス学園長と、おなじ学年の優等生レナード・パロウが口論しているところにでくわした。
「図書室でロビンス先生に聞いたんです!錬金術師団長が学園をおとずれるって!先日のライガの術式で質問したいことがあって……僕にも時間をとってもらえないでしょうか」
「だまれレナード・パロウ!いいか、ライガが空をあんなスピードで飛ぶわけがない!どんなイカサマをもちいたのかしらんが……」
「あれがイカサマだというのですか⁉学園長や、先生がた……全員のまえで飛んでみせたではありませんか!ロビンス先生だって、ライガに乗せてもらった!」
「いいかげんにしろ!目をさまさんか!あんな女にかかわったら、首席卒業すらあやうくなるぞ!」
いい捨てて去っていく学園長のうしろ姿にむかい、レナードは「クソッ、石頭め!」と毒づく。それをメレッタが目を丸くしてながめていると、レナードのほうもメレッタに気がついた。
「メレッタ!」
「はい⁉」
すごい勢いで、レナードがメレッタにつめよる。
「メレッタ、きみに頼みがある!きみのお父さん、たしか錬金術師団の副団長だよね?」
「え?え?えぇ?」
わたしはクオード・カーター副団長につれられ、ヌーメリアやアレクも一緒に、シャングリラ魔術学園にふたたびやってきた。正直不安しかない。
でかける前に『魔力適性検査』がどんなものか、ほかの錬金術師たちにも聞いてみたけれど……。
「あ~あれね~パパッと終わっちゃうよぉ」
「ただの検査ですし、そんな難しいものでもなかったですけど……?」
あっさりおわるらしいけれど、オドゥとユーリの返事だけではよくわからない。
「おぼえて……ない」
ヴェリガンはもう二十年以上前だもんね……。ウブルグにいたっては「ほむぅ……?そんなものあったか?」と逆に聞かれた。
気が重い。
『魔力適性検査』……いやだなぁ。
いやいやいや。
『研究棟』にひきこもりぎみなのを反省したばかりだもの。外にでて、もっと人とふれあわなければ!
そうよ、学園長とだってにこやかにお話ししてみせる!
「お待ちしておりました……ふん、エセのくせに……師団長ぶりが板につきましたなぁ……ユーリを骨ぬきにするような色気があるともおもえんが……」
でた!ダルビス学園長……やっぱふれあいたくないっ‼︎
ユーリを骨ぬきって……むしろ彼はバリバリに骨がありそうだけどなぁ。まぁ頭のかたいおじいちゃんに、なにいってもしょうがないか。
「ダルビス学園長、今回は無理をいってすまないな」
「なにをいう、クオード……上がこれでは苦労も多いだろう。正直、錬金術師団の将来を危惧しておる……いつでも相談にのるぞ」
おちつこう。そう、わたしは錬金術師団長……どんなに嫌味な学園長とだって、にこやかにお話ししてみせる!
「クオードに聞いたが、パパロッチェンを一気飲みしてけろっとしておったそうですな……悪食というか、野育ちはさすがに違いますな……私もパパロッチェンを用意しておくべきでしたか?ふははは」
「いえ、それにはおよびませんわ……学園長のお手をわずらわせるなんて……ほほほほ」
どうよ!学園長とだってにこやかにお話しできるわ!
ふはは。ほほほ。ふはは。ほほほ。ふはは。ほほほ……。
しばらく嫌味の応酬に夢中になっていたら、アレクが心配そうにわたしの手をひいた。
「ネリア……?いつもとちがってなんか……変だよ?」
ハッ!
いやあああ!
わたしったら!
なんてみにくい大人のやりとりを、こどもに見せていたの⁉
反省しよう、海よりも深く!
志をもとう、空よりも高く!
そうよ!学園長なんて中ボスにもなんないわ!ザコよザコ!
気をとりなおしたところで前をみると、階段の上に明るい栗色の髪と紫の瞳をもった女の子が、魔術学園生らしい紺のローブを着て立っている。栗色の髪はボブに切りそろえて、花の飾りがひとつついたカチューシャをしている。女の子はこちらを見ると、目をまるくした。
「お父さん⁉」
「メレッタ⁉」
わたしの横にいた、カーター副団長がそれに返事をして……えっ!メレッタ……って、もしかして副団長の娘さん⁉
「やっぱり……学園にきてたのね!こんにちは、メレッタ・カーターです。いつも父がお世話になってます」
メレッタは栗色の髪をなびかせて階段をタタタッと降りてくると、わたしにむかってぺこりと頭をさげた。
「こちらこそ!ネリア・ネリスです。お父さんにはいつもお世話になってます」
かわいい!明るい栗色の髪に紫の瞳……副団長の娘さんってのがまず信じられないぐらいかわいい!
「あの、ネリス師団長に紹介したい人がいて……」
メレッタが、ちら、とうしろをみると、背の高い眼鏡をかけた男子生徒が姿をあらわした。わたしの横にいるカーター副団長が気色ばんだ。
「紹介したい男だと⁉」
「ちょっ、お父さん、へんなかんちがいしないで!レナードはライガのことでネリス師団長に質問があるんだって」
「レナード・パロウ!またお前か!」
学園長が男子生徒をにらみつけたが、彼はかまわずこちらに真剣な目をむけていた。
「レナード・パロウといいます!ライガに使われている術式のことでネリス師団長に質問があります。あとでお時間をいただけないでしょうか?」
「うん、いいよ!でもさきに用事をすませてからでいいかな?」
「はい、もちろんです。ありがとうございます!」
レナードの顔の表情がぱっと明るくなった。おお!有望そうな生徒だ!これは期待できるかも!
ありがとうございました。












