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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』
第三章 ネリアと王都の錬金術師たち

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94.名乗りをあげた男

物語の進行がゆっくりで、季節がまだ夏のままです。

 師団長室に移動して、中庭がよく見えるテーブルに座れば、ソラがアイスティーのポットと一緒に、よく冷えたピュラルのジュレをを運んできた。


「むほーっ、これは鮮やかな色だのぅ」


 きれいなオレンジ色をしたピュラルのジュレを、ウブルグはうれしそうにスプーンですくう。


 まだお茶の時間には少し早くて、師団長室にはわたしと彼のふたりだけだ。


「そういや、ユーリ坊はすっかり雰囲気が変わったのぅ。以前はお行儀よくしとったが、今ではわしの研究室の隣で、ドッスンバッタン……なにやら騒がしいぞぃ」


「ほんと?ライガの研究かなぁ……騒がしくてごめんね」


「駆けだしの錬金術師なぞそんなもんじゃ。いい傾向じゃよ」


 ジュレのグラスを日に透かしながら、ウブルグは目を細めた。


「ヴェリガンもヌーメリアも新しい研究に取り組んでおるし、わしも自分の研究が自由にできる。ネリアがきてから、研究棟に新しい風が吹いた」


「そうかな、だといいけど」


 グレンが用意した快適で居心地がいい環境を守りたいけれど、わたしがちゃんと師団長をやれている自信はない。


「この師団長室もガラリと雰囲気が変わった。子どもの声が聞こえる中庭など、昔を思いだすようじゃ。むほ、のどごしがさわやかで、ピュラルの酸味がまた清涼感のある味わいじゃ。むほぅ……」


 ウブルグは何かを思いだすように庭を眺め、満足そうにジュレを味わっている。


「そうさなぁ、わしはここを離れるし、おまえさんに気にかけてもらいたいことが、ひとつあっての」


「なあに?」


「オドゥ・イグネルのことじゃ」


 ウブルグはそう言って、手に持ったスプーンを揺らした。


「オドゥはグレンに影響されて、錬金術師を目指したんでしょ?」


 わたしは彼がちょっと苦手だ。


「グレンに影響された者は多いからの。だがきっかけはどうであれ、いずれは自分がやりたい研究を始めるものじゃ。だがオドゥにはそれがない」


「そういわれてみれば……」


「錬金術師としての腕前は一流だろう。努力しておったからな。だがあやつが錬金術で何がしたいのか、ネリアはわかるか?」


「わからない」


 錬金術はなんでもそつなくこなすし、仕事のできる彼が戻ってきて、わたしはかなり楽になった。


 彼はグレンのことを調べているらしく、資料庫に遺された文献を読んでいることもある。


 でも、そういえば彼の研究って?彼自身は何を作りたいんだろう。


「職人気質のクオードに師事したおかげで、錬金術の技術はたいしたもんじゃが、あやつの錬金には〝心〟がない。渇望、欲望、願望……突き動かされるような何かがのぅ」


「それだったら、カーター副団長は?」


「クオードはなんであれ、自分の仕事が認められればそれでよい。そこが職人気質というわけじゃが……オドゥはそれともちがう」


「なんだかわかるような気がする。オドゥのこと、気にかけてみるね」


 ウブルグは口ひげをなでてうなずき、わたしにずいっと空になった器を差しだした。


「頼むぞ、師団長。〝心〟とは……何かを創りあげようという強い意志じゃ。それがない錬金は何も生みだせん。ところで、このジュレとやらのおかわりはあるかのぅ?」


 彼のつぶらな瞳はキラキラと輝いていて、わたしはソラを呼んで、おかわりを持ってきてもらった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ひと息ついたら、また練習を再開する。


 あとからお茶にやってきたオドゥとヌーメリアに頼み、まだ転移魔法が使えないアレクも一緒に練習を始めた。


「とりあえず師団長室→中庭とか、見える範囲でやってみようと思うの」


 転移陣を描こうとして何回も失敗していると、オドゥが眼鏡のブリッジを指で押さえ、困ったように眉を下げた。


「うーん、できるヤツができない人間に教えるって難しいなぁ。しかもネリアって魔力が伸びはじめたばっかの、子どもでもないしねぇ」


 ここの人たちは子どものころから転移に慣れている。息をするのと同じくらいの感覚でやってしまうため、「どうやるの?」と聞かれても逆に困るんだって。


 しかも魔力が少ない子どものほうが、転移魔法陣は成功しやすいらしい。習うのは魔術学園の初年度でも、その前にできてしまう子も多いのだとか。


 そして練習を重ねるうちに、なんと先にアレクが転移に成功してしまった!


「僕……できた⁉︎」


 移動先の中庭でびっくりしていたアレクはすごくかわいい!ほほえましくて、それはうれしい!


 だけど……。


 えっ、わたしはどうなるの⁉︎


 するといつのまにかやってきて、部屋の隅でじぃーっと静かにわたしたちを観察していた男が、渋い声で重々しく宣言する。


「私が教えよう」


 それは研究棟きっての実務派、クオード・カーター副団長だった。


「副団長が教えてくれるの⁉︎」


「娘に教えたこともありますぞ。私のほうが適任でしょう。オドゥはさっさと仕事に戻れ」


「はぁい、じゃあネリア、がんばってねぇ」


「えっ!オドゥ、いっちゃうの⁉︎」


 はぁ……しかたないか。あきらめてわたしはカーター副団長に質問する。


「カーター副団長の娘さんっていくつぐらい?」


「娘のメレッタは魔術学園の五年生です。魔術師が第一志望ですが、職業体験には参加するとか……」


「それじゃパパは、イイとこ見せないとね!」


「ぱ、パパ⁉︎」


 目を白黒させている副団長の娘さんってどんな子だろう。あとで名簿をチェックしようっと。


 すると彼がまた声をかけてきた。


「ところで、師団長は〝魔力適性検査〟を受けたことはありますかな?」


「魔力適性検査?」


 わたしが首をかしげると、ヌーメリアが教えてくれる。


「魔術学園の入学時に受ける検査のことです」


「知らないということは、受けておられないようですな。ダルビス学園長とは懇意にしております。師団長が受けられるように話をつけましょう」


 ……げ。


 ダルビス学園長って職業体験説明会のときに、わたしを『エセ錬金術師』と呼んだ、あの嫌味たっぷりで偉そうなおじいちゃんだよね?


 そんなの、全力でお断りしたい!


「いやそんな、わざわざいいかなぁ~なんて……」


 わたしが断ろうとしかけると、副団長はヌーメリアに持ちかける。


「アレクも一緒に受けるといい。入学前にやっておくと、入学準備もしやすかろう」


「まぁ!本当ですか!」


 ヌーメリアが瞳を輝かせると、彼はあらためてわたしに確認する。


「もちろん、師団長が受けるならですが、どうされますかな?」


 アレクの入学準備がかかっているなら、行くしかないじゃん!


「う、受けます……」


「決まりですな。師団長が〝魔力適性検査〟を受けたら……私めが手取り足取り、転移魔法をお教えしましょう」


 カーター副団長はニヤリと笑った。うわぁ。


 これ、オーケーして本当によかったのかな……。

ナード・ダルビス学園長の名前が思い出せなくて、2章まで見返しに行きました。

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