140.レナードの決意 前編
職業体験を終えたレナードは、七番街にあるパロウ魔道具の工房で、二階の居住スペースにある自分の部屋でゴロゴロしていた。
首席の座を争って互いに切磋琢磨していたアイリ・ヒルシュタッフの退学で、一気に気持ちの張りがなくなってしまい、レナードはなにもかもがどうでもよくなった。
(アイリがいつも努力していたのは俺のためじゃない。そのぐらい、わかっていたさ……)
けれどレナードが首席をキープすれば、彼女も彼を意識する。勉強の話だって気軽に応じてくれた。
話が弾んでも彼女の意識はすぐに、カディアンへと向かってしまうのだけれど。
(それでも……魔術師団に入団すれば、チャンスはあると思っていた)
いっしょに魔術師を目指して……彼女にとって頼れる同僚になりたかった。
夏休みに入るまえは魔術師団を希望していたのに、すべてが変わってしまった。
興味本位で参加した錬金術師団では、予想以上に刺激的な大変ができたけれど、そのときに起こった宰相の更迭騒ぎとアイリの退学で、レナードは王城で働くのにも嫌気がさした。
(魔術師も錬金術師も、結局は王城で王族のために働く。そんなのやってられるか!)
魔術学園を中退したアイリは、魔道具ギルドで見習い魔道具師の登録をしたらしい。
(だけど俺はパロウ魔道具なんか継ぎたくないし……)
経営者の父親とは、しばらく口もきいていない。そんなわけで、シャングリラ魔術学園で五年生首席のレナードは、目標を見失ってしまっていた。
父親とケンカして、うっかりグリドルの情報を漏らしたレナードに対し、父ドルスの動きは素早かった。
グリドル製作に関係する工房に働きかけて、仕事を断らせたのだ。
確かにパロウ魔道具も魔道具師だけでなく、多くの従業員を抱えている。その生活を守るためとはいえ、レナードは父のやりかたについていけない。
しかも職業体験の前に、彼は守秘義務の項目を記した誓約書にサインもしている。それに違反したのは事実だけれど、それを利用した父のことは許せなかった。
ネリアの機転がなければ、レナードも危うく退学になるところだった。
(いっそのこと、そのほうがよかったかもな……)
すきっ腹に勝てず、レナードがようやく昼近くになってから、一階に降りていった。工房で働く魔道具師が、彼のところに走ってくる。
「レナード坊ちゃん!大変です!社長を止めてください!」
「坊ちゃんはやめろよ。オヤジがどうかしたのか?」
「錬金術師団がグリドルの宣伝をしているって聞いて、工房から飛びだして行ったんです!」
「なんだって⁉︎」
ネリス師団長は六番街の海猫亭に鉄板焼きの屋台をだし、アイリがその手伝いをしているはずだ。それが父の耳に入ったのだろう。
レナードは家を飛びだした。
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海猫亭ではネリィとスターリャに加え、明るい栗茶のボブに花飾りのついたカチューシャをつけた、これまた元気なかわいい女の子が働いていた。
瞳はアメジストのような紫で、にっこりと明るい笑顔を見せる。
「たこ焼きひとつと、お好み焼きふたつ、お待たせしましたー!」
「ありがとう!ねぇ、きみ昨日までいなかったよね?名前教えてよ」
「うちの娘になにか用ですかな?」
地獄の底から響くようなドスの効いた声で、カーター副団長が男の背後から話しかける。
「ひいっ、失礼しましたーっ!」
慌てて逃げだした男を見送り、メレッタはぷくっとほっぺたをふくらませた。
「もー!お父さん!お客さんには愛想よくしてよ!」
「ふん、会計は終わったのにいつまでも、居座ってしゃべろうとする客など営業妨害だ」
毎晩アイリの楽しそうな話を聞くたび、気になっていたメレッタは、職業体験が終わって海猫亭の手伝いをしていた。
おかげでネリアは商品説明に専念している。たまたま船工房の社長が船着き場にきていて、グリドルに興味を持ったのだ。
「温度管理ができるなら、火事が厳禁な船上でも使いやすい」
「グリドルは術式さえほどこせば、仕組み自体は単純です。生活用魔道具の専門メーカーでなくとも作れると思います」
「ふむ。船に取りつければ、ライバルに対して優位に立てる。それに景気に左右される船の受注と違って、設備投資もそれほどいらない。収益が見こめるなら願ったりだが、術式は買い上げではなく、利用料を取るのか?」
経営者らしい鋭い質問に、ネリアはハキハキと答える。
「工房の規模によって生産できる数は変わります。小さなところでも参入しやすいよう、原価計算はシンプルにしています」
「完成した術式を利用できるのは助かるが、こっちが作れば作るほど、そちらに大金が転がりこむことになる」
「魔道具は術式の開発に労力と時間がかかります。使用料は今後の研究費になります。そのためのご協力もお願いしています。グリドルが売れれば新たな発明が生まれやすくなります」
「錬金術師団には国から予算がでているだろう。魔導列車のほかは目立った業績もなく、金食い虫だと言われているはずだが?」
納得しない社長にネリアは首を横に振った。
「錬金術にはお金がかかります。それに錬金術師一人あたりで割ると予算は不足しています」
そんなやり取りをしていると、身なりのいい紳士がカツカツと靴音をさせてやってくる。
「こんなところでなにをやっている!いますぐ製品テストをやめさせろ!いいかげんな術式を工房に売りつけるのはやめてもらおう!」
ギラリと錬金術師団副団長、クオード・カーターの目が光った。
「商談の邪魔はやめてもらおうか!」
「調理用魔道具の製作など門外漢のど素人が手をだすな!グリドルを作ろうとする工房などない!」
「それはパロウ魔道具が手を回したからだろう!」
パロウ魔道具の社長もたたき上げの身、王都三師団のエリートなどに負まいと、反発心が頭をもたげる。
ドルスとレナードはなんだかんだで、似たもの親子だった。彼は副団長をせせら笑う。
「ふん、証拠はあるのか?」
「なんだと!」
そのとき社長のまえに、ふわふわした赤茶の髪をポニーテールに束ねた娘が、元気よく飛びだしてきた。
「きたわね、パロウ魔道具の社長さん。今この場でハッキリさせてもらいましょうか。グリドルのよさを理解できたから、邪魔するんでしょう?」
どちらかというと華奢で小柄な娘は、黄緑の瞳から強い光を放ち、のっけからお好み焼きに使うヘラを、ずいと社長に突きつける。
「ほしいならパロウ魔道具にも、術式を売ってあげるわ。さぁ、どうするの?」











