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魔術師の杖  作者: 粉雪
番外編 それぞれの後日談

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140/583

140.レナードの決意 前編

 職業体験を終えたレナードは、七番街にあるパロウ魔道具の工房で、二階の居住スペースにある自分の部屋でゴロゴロしていた。


 首席の座を争って互いに切磋琢磨していたアイリ・ヒルシュタッフの退学で、一気に気持ちの張りがなくなってしまい、レナードはなにもかもがどうでもよくなった。


(アイリがいつも努力していたのは俺のためじゃない。そのぐらい、わかっていたさ……)


 けれどレナードが首席をキープすれば、彼女も彼を意識する。勉強の話だって気軽に応じてくれた。


 話が弾んでも彼女の意識はすぐに、カディアンへと向かってしまうのだけれど。


(それでも……魔術師団に入団すれば、チャンスはあると思っていた)


 いっしょに魔術師を目指して……彼女にとって頼れる同僚になりたかった。


 夏休みに入るまえは魔術師団を希望していたのに、すべてが変わってしまった。


 興味本位で参加した錬金術師団では、予想以上に刺激的な大変ができたけれど、そのときに起こった宰相の更迭騒ぎとアイリの退学で、レナードは王城で働くのにも嫌気がさした。


(魔術師も錬金術師も、結局は王城で王族のために働く。そんなのやってられるか!)


 魔術学園を中退したアイリは、魔道具ギルドで見習い魔道具師の登録をしたらしい。


(だけど俺はパロウ魔道具なんか継ぎたくないし……)


 経営者の父親とは、しばらく口もきいていない。そんなわけで、シャングリラ魔術学園で五年生首席のレナードは、目標を見失ってしまっていた。


 父親とケンカして、うっかりグリドルの情報を漏らしたレナードに対し、父ドルスの動きは素早かった。


 グリドル製作に関係する工房に働きかけて、仕事を断らせたのだ。


 確かにパロウ魔道具も魔道具師だけでなく、多くの従業員を抱えている。その生活を守るためとはいえ、レナードは父のやりかたについていけない。


 しかも職業体験の前に、彼は守秘義務の項目を記した誓約書にサインもしている。それに違反したのは事実だけれど、それを利用した父のことは許せなかった。


 ネリアの機転がなければ、レナードも危うく退学になるところだった。


(いっそのこと、そのほうがよかったかもな……)


 すきっ腹に勝てず、レナードがようやく昼近くになってから、一階に降りていった。工房で働く魔道具師が、彼のところに走ってくる。


「レナード坊ちゃん!大変です!社長を止めてください!」


「坊ちゃんはやめろよ。オヤジがどうかしたのか?」


「錬金術師団がグリドルの宣伝をしているって聞いて、工房から飛びだして行ったんです!」


「なんだって⁉︎」


 ネリス師団長は六番街の海猫亭に鉄板焼きの屋台をだし、アイリがその手伝いをしているはずだ。それが父の耳に入ったのだろう。


 レナードは家を飛びだした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 海猫亭ではネリィとスターリャに加え、明るい栗茶のボブに花飾りのついたカチューシャをつけた、これまた元気なかわいい女の子が働いていた。


 瞳はアメジストのような紫で、にっこりと明るい笑顔を見せる。


「たこ焼きひとつと、お好み焼きふたつ、お待たせしましたー!」


「ありがとう!ねぇ、きみ昨日までいなかったよね?名前教えてよ」


「うちの娘になにか用ですかな?」


 地獄の底から響くようなドスの効いた声で、カーター副団長が男の背後から話しかける。


「ひいっ、失礼しましたーっ!」


 慌てて逃げだした男を見送り、メレッタはぷくっとほっぺたをふくらませた。


「もー!お父さん!お客さんには愛想よくしてよ!」


「ふん、会計は終わったのにいつまでも、居座ってしゃべろうとする客など営業妨害だ」


 毎晩アイリの楽しそうな話を聞くたび、気になっていたメレッタは、職業体験が終わって海猫亭の手伝いをしていた。


 おかげでネリアは商品説明に専念している。たまたま船工房の社長が船着き場にきていて、グリドルに興味を持ったのだ。


「温度管理ができるなら、火事が厳禁な船上でも使いやすい」


「グリドルは術式さえほどこせば、仕組み自体は単純です。生活用魔道具の専門メーカーでなくとも作れると思います」


「ふむ。船に取りつければ、ライバルに対して優位に立てる。それに景気に左右される船の受注と違って、設備投資もそれほどいらない。収益が見こめるなら願ったりだが、術式は買い上げではなく、利用料を取るのか?」


 経営者らしい鋭い質問に、ネリアはハキハキと答える。


「工房の規模によって生産できる数は変わります。小さなところでも参入しやすいよう、原価計算はシンプルにしています」


「完成した術式を利用できるのは助かるが、こっちが作れば作るほど、そちらに大金が転がりこむことになる」


「魔道具は術式の開発に労力と時間がかかります。使用料は今後の研究費になります。そのためのご協力もお願いしています。グリドルが売れれば新たな発明が生まれやすくなります」


「錬金術師団には国から予算がでているだろう。魔導列車のほかは目立った業績もなく、金食い虫だと言われているはずだが?」


 納得しない社長にネリアは首を横に振った。


「錬金術にはお金がかかります。それに錬金術師一人あたりで割ると予算は不足しています」


 そんなやり取りをしていると、身なりのいい紳士がカツカツと靴音をさせてやってくる。


「こんなところでなにをやっている!いますぐ製品テストをやめさせろ!いいかげんな術式を工房に売りつけるのはやめてもらおう!」


 ギラリと錬金術師団副団長、クオード・カーターの目が光った。


「商談の邪魔はやめてもらおうか!」


「調理用魔道具の製作など門外漢のど素人が手をだすな!グリドルを作ろうとする工房などない!」


「それはパロウ魔道具が手を回したからだろう!」


 パロウ魔道具の社長もたたき上げの身、王都三師団のエリートなどに負まいと、反発心が頭をもたげる。


 ドルスとレナードはなんだかんだで、似たもの親子だった。彼は副団長をせせら笑う。


「ふん、証拠はあるのか?」


「なんだと!」


 そのとき社長のまえに、ふわふわした赤茶の髪をポニーテールに束ねた娘が、元気よく飛びだしてきた。


「きたわね、パロウ魔道具の社長さん。今この場でハッキリさせてもらいましょうか。グリドルのよさを理解できたから、邪魔するんでしょう?」


 どちらかというと華奢で小柄な娘は、黄緑の瞳から強い光を放ち、のっけからお好み焼きに使うヘラを、ずいと社長に突きつける。


「ほしいならパロウ魔道具にも、術式を売ってあげるわ。さぁ、どうするの?」

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