139.職業体験打ち上げ
中庭の白いガーデンテーブルには、グリドルで焼いたお好み焼きと、海猫亭から差しいれでムンチョのから揚げがドカンと置いてある。
ホクホクの揚げトテポも作り、ヴェリガンが栽培した野菜スティックにディップを添えて、冷えたラムネとフルーツポンチも用意した。
ラムネは水にピュラルの搾り汁と砂糖とクエン酸を溶かし、重曹を加えて栓をした。
小学生のときにラムネってどうやって作るの?……と調べたのが役に立った。理科の吉田先生ありがとう!異世界で役に立ってます!
「おお~!なんかすげぇ!」
職業体験の片づけを終えた学園生たちが、打ち上げの準備を終えた中庭にゾロゾロとやってくる。
「みんな、おつかれさま!」
「アイリ!来てくれたのね!」
わたしと一緒に手を振る、ラベンダー色の髪をショートにした少女に、メレッタが駆け寄った。
「ええ!メレッタがライガで飛んだの、窓から見ていたわ!やったわね!レナード、最後まで参加できなくてごめんなさい」
「アイリ……会えてうれしいよ!」
「さぁ、ひとりずつ修了証を渡すわよ!」
職業体験に参加した学園生たちひとりずつに、わたしは『錬金術師団 職業体験修了証』と刻印されたプレートを渡していく。
アイリの名を呼ぶと、彼女はきょとんとして首をかしげた。かわいいなぁ、もう!
「あの、私もですか?」
「アイリはグリドルの宣伝を手伝ってくれたもの。ただの記念品だし、とくに役には立たないけど……」
「そんな……うれしいです!ありがとうございます!」
まずはみんなでラムネで乾杯だ!
「これ、不思議な飲み物だな!ノドの粘膜が刺激されてピリピリするのに、甘さもあって……クセになる!」
「あ……グラコス、そんなガブ飲みしていると……」
「ぐえっふ!」
「含まれている炭酸ガスが特大ゲップになるから気をつけてね」
「先に言えっ!」
ウブルグがバリバリと、ムンチョのから揚げをほおばりつつ催促する。
「ネリア……酒はないのか?」
「ウブルグってば……きょうの主役は学生たちだからね!アルコールはないよ!」
「ネリアはグリドルの製品テスト、うまく行ったの?」
オドゥに聞かれて、わたしは答えた。
「うーん、二十人ぐらいに案内は渡したし、あしたの販売は早めに終わらせて、魔道具ギルドで結果を照らし合わせてから、グリドルに興味のあるところと商談する予定」
「へぇ……それなら成功と言えるんじゃない?」
どうだろう。
「どんなところでも『いちど持ちかえって検討します』だし、案内を渡したところと、ひとつでも契約できれば成功かな」
「そんなもんでいいの?」
「作りたいところが作ればいいと思うし、過当競争になるのもね」
「ふうん」
オドゥとの会話を耳にした、レナードが話に加わる。
「グリドルの話ですか?」
「そう!工房の募集で魔道具ギルドを通して、術式を公開したし、レナードももう『グリドルの情報を漏らした』って気にしなくていいよ」
「えっ」
「パロウ魔道具が不当な利益でも得たなら問題だけど、それはないし……情報だってもう公にしちゃったからね!」
「ネリアの機転じゃのう。助かったな、坊主」
うつむいてウブルグの言葉を聞いたレナードは、顔を上げるとわたしに向き直った。
「ネリス師団長、俺……錬金術師になるのもいいかなって思ってた。けれどアイリのことで、俺は王家の彼女への仕打ちが納得できないし、許せない。王城で働くのは……俺にはムリだ」
「うん」
「でもネリス師団長には本当にお世話になりました。どうかアイリをよろしくお願いします。ありがとうございました」
「わかった……レナードも元気でね」
レナードはぺこりと頭を下げた。残念だけどしかたない。
「さあ、カーター副団長!タコ焼きの練習しようか!」
「なんで私が?」
「グリドルの第一号はプレゼントしたじゃん!練習して家で『たこパ』しないと!」
カーター副団長が、プレートに注いだ生地を慣れない手つきでひっくり返す。
「……うまく形になりませんな」
「だいじょうぶ!崩れたっておいしいから!食べ盛りの男子なら食べてくれるよ!ほらカディアン、これ食べて!」
うまく焼ければ『タコ焼き』になったはずのものを、カディアンに押しつけると文句を言ってきた。
「きっキサマ!恐れおおくも王子に向かって作りそこねた失敗作を食わせる気か⁉」
「これはこれで、おいしいんだってば!」
強引に押しつければ、カディアンはもぐもぐと食べて赤い瞳を輝かせる。
「……うまい」
「でしょー!みんなすぐ上手くなっちゃうから、形が崩れたのって貴重なんだよ!」
「そ、そうか」
それはアイリが海猫亭の女将さんに、一生懸命ダシの取りかたを習ったタコ焼きだからね。それは教えないけど感謝して食べるといいよ!
レナードが帰って、カーター副団長とともにアイリとメレッタも帰り、残ったニックがカディアンに聞いた。
「なぁ、カディアン。おまえ……アイリと話をしなくてよかったのか?」
「元気そうな姿を見られただけで……それに、あいつ笑ってたし。俺は……卒業してその後もずっと、彼女と一緒だと思っていた。そう思いこんでた。もっと『かわいい』って言えばよかった」
ぽつりとつぶやくカディアンに、眼鏡の奥にある深緑の目を細めて、オドゥがふっと笑った。
「女を捨てるときはさ、完膚なきまでにこっぴどく振ってやったほうがいいんだよ」
「は?なんで!」
聞き返すニックに、ブリッジに指をかけたオドゥが平然といいはなつ。
「嫌われたくないとか恨まれたくないとか、そんなのは男のワガママだ。恨まれて憎まれて嫌われてやらなきゃ」
「泣かせてもいいっていうのか」
グラコスがわけがわからないといった顔をした。
「捨てるって決めた時点で、どちらにしろ泣かせるんだ。どうせなら思いっきり泣かせてやれってこと。女ってのは泣いてからが強い。男のことなんてきれいに忘れて、新しい幸せをつかみにいく」
「きれいなこといってますけど、オドゥが酷いヤツだってことは変わりませんよね」
「あはは、そうだねぇ」
ユーリがツッコむと、とくに特徴のない平凡な顔をした眼鏡の青年は、人のよさそうな笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの日、カディアンが師団長室の中庭で動けずにいたら、アイリを抱えたユーリとネリアが転移してきた。弟に向ける兄の目は厳しかった。
「カディアン、なぜ彼女を助けに行かなかった。なぜ彼女をひとりで戦わせた?」
アイリの髪はかまいたちで乱暴に切られ、体中に細かいキズがついていて。その変わりように、カディアンはショックをうけた。
「まだ学生のおまえに、できることなどないのはわかっている。だが、おまえはもう彼女にふれる資格はない。このさき一生、彼女を守りぬくと……おまえが誓えるなら話はべつだが」
カディアンは歯を食いしばって、意識を失ったアイリの血の気のない顔を見つめ……それからかぶりを振った。
「それは……いいえ、俺は誓えない。できません」
それを聞いたユーリがため息をつく。努力家である彼女の未来を奪ってしまった自覚はあった。
「僕も同罪だ。僕がさっさと立太子していれば、宰相も欲をかかずにすんだかもしれない」
重い空気を吹き飛ばすように、ネリアがソラを呼ぶ。
「ソラ、居住区でアイリの手当てをヌーメリアに頼んで。ユーリ、わたしたちはライアスたちと合流しよう!」
ユーリは腕に抱いたアイリを見下ろし、少しかがんでソラに預けた。カディアンは最後まで何もできずに、飛び立つライガを見送った。











