141.レナードの決意 後編
海猫亭のまえでネリアは腕組みをして、レナードの父であるパロウ魔道具の社長と対決した。
「グリドルの術式だと?ふん、同じようなものはウチでも作れる!」
「へぇ?いままで作らなかったくせに、開発に何年かけるつもり?」
不敵に笑う女をにらみながら、ドルスは頭の中で忙しく計算する。魔道具ギルドより公示されたグリドルの仕様書は、工房のベテラン魔道具師といっしょに、術式を読み解いている最中だ。
(術式自体は、〝朝ごはん製造機〟よりも単純……何年もかかるものか!)
「一年……いや半年で十分だ!」
ネリアは悪役令嬢のように高笑いする。
「ほーほっほっほ!半年ですって⁉遅いわね!三ヵ月で開発しないと、『世界標準』の座はウチがいただくわ!」
「『世界標準』……だと⁉」
いきなり出てきた壮大な単語にドルスは目をむく。ネリアはさっきまで話していた船工房の社長を振りむいた。
「こちらは輸送船も造っておられるの!パロウ魔道具が二番煎じを作るあいだに、グリドルは世界の海を走るのよ!」
錬金術師団が売るのは術式、誰でも使用料さえ払えば、グリドルを作ることができる。
それなりの技術がないと製作は難しいが、逆にいえばどんな離れた場所にある工房でも、魔道具師の腕さえあればグリドルの製作販売ができる。
パロウ魔道具の社長と言い争うことさえ、グリドルにとってはいい宣伝になる。ネリアは声を張りあげた。
「三日間、ここで屋台を運営したんだもの。この製品の性能については海猫亭の兄弟とお客様が保証してれる!みなさーん、鉄板焼きはどうでしたかー?」
「「「うまかったぞー!」」」
ネリアは重ねて問いながら、拳を空へと突きあげた。
「グリドルでまた鉄板焼きを食べたいかー?」
「「「おー!」」」
周囲からの叫びに笑顔で応え、ネリアはドルスにグイッとヘラを突きつける。
「もちろん『グリドルの販売には関わらない。ウチは降りる!』ってことならそれでいいわ。さあ、どうするの?」
華奢で小柄な女の子が、偉そうなオッサンに威勢よく食ってかかるなんて、そうあるものではない。海猫亭にいたあんちゃんたちは、にわかにネリィ応援団となった。
「ネリィちゃん、がんばれー!」
「オッサンも鉄板焼き食ってから言えやー!」
「ぐ……」
社長は不利な立場に追いこまれた。パロウ魔道具が降りたと知れば、かならず手を挙げる工房には心当たりがある。
今から開発する費用などを考えれば、術式を買うほうがいいと社長の勘が訴える。だがそれは、自分で負けを認めるようなものだ。
「『不可能』を『可能』にする錬金術師団にとっては、これで終わりじゃない。グリドルの販売で得た利益は、また新たな発明を生むわ」
娘はそこでカーター副団長を前に押しだした。
「……⁉」
いきなりのことで副団長は焦ったものの、嫌味たっぷりな表情は彼の得意技だ!
娘のメレッタが見守るまえで、彼は仁王立ちのまま無言でパロウ社長とにらみ合うも、内心ではギリギリしていた。
(師団長め……はったりをかましおって……)
今のところ、ネリアが師団長になってから錬金術師団で黒字をだしているのは、防虫剤と収納鞄ぐらいだ。
ヌーメリアとヴェリガンの新たな研究は、まだ収益を上げていない。
素材の購入費や研究棟の維持費にも、それなりに費用がかかるため、チマチマ稼いではどんどん使っている。
が、さすがにパロウ社長には、そんなことを知られるわけにはいかない。副団長は吠えた。
「あの天才と呼ばれた錬金術師グレン・ディアレス!その功績以上のものを我らは成し遂げてみせるわ!ふはははは!」
(たぶん、師団長なら何かするだろう)
そんなふうに考えて副団長も強気にでたが、ネリアもたいして考えていなかった。
(まぁ、きっと……そのうち、ユーリがなんとかするよね!)
「そうね。ほーほっほっほ!」
師団長も副団長も何も考えず、めちゃめちゃ強気にそろって高笑いした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ようやく駆けつけたレナードが、人ごみのなかにアイリの姿を探せば、彼女は真っ青になって大きな紅の瞳を潤ませ、おびえたように固まっている。
(彼女を泣かせるもんか。なんとかしてオヤジを止めないと!)
レナードは必死に人垣をかきわけて前にでた。
「オヤジ!」
「レナード?」
父のまえに飛びだしたレナードは、バッと両膝と両手を地面につくき、頭をこすりつけるようにして訴えた。
「オヤジ!術式を購入してくれ!俺、魔道具師になってグリドルを作る!彼女を応援したいんだ!頼む!」
このとき彼は大きな紅の瞳に涙をためている、アイリ・ヒルシュタッフ……ことスターリャのことしか考えなかった。
レナードにとって、彼女以外の女は目に入らない。数にも入っていない。
「彼女を応援したい……だと⁉」
だが息子の頼みに父親がバッと振り向いたのは、赤茶の髪をポニーテールにし、『グリドル』と染め抜かれた奇妙な布切れを羽織り、さっきまで口論していた気の強そうな娘だった。
(まさか……奥手だとばかり思っていた息子に春が⁉錬金術師団でそのような出会いがあったとは!)
社長が思い返すこと二十年……彼が見習い魔道具師のときも、今の妻を射止めるために必死だった。
職業体験に文句を言った父に、レナードがやたらに反発したのは……。
(会いたい女性がいたためか!なんと喜ばしい!これでパロウ魔道具は安泰じゃないか!)
社長である自分に臆することもなく意見を述べる元気のよさ。息子よりは少し年上のようだが、しっかりしていて今後のパロウ魔道具を盛り立ててくれそうだ!
「でかしたぞ、レナード!」
「へ?」
父が満面の笑みを浮かべたため、レナードはとまどった。
「娘さん、失礼をおわびしよう。いや、私も年を取って頑固になっていたようだ。きみたちの将来を心から祝福しよう。グリドルの販売には参加させてもらう。魔道具師になる息子を見守ってくれ」
「もちろん、できるだけフォローします。けれど希望する工房には同じ使用料で販売します。グリドルをヒットさせられるかは各工房の腕次第ですよ」
「だそうだぞ、レナード!早く一人前の魔道具師にならないとな!」
「あ、ああ……もちろん?」
(どうしたんだ、オヤジ……さっきまで師団長とにらみ合っていたくせに、気持ち悪いレベルで浮かれてないか?)
違和感はあったものの、アイリに話しかけられたレナードは、すべて忘れてしまった。
「レナード、魔道具師になるのね。お互いがんばりましょうね!」
「あぁ、ふたりで魔道具師を目指そう!王城のヤツらを見返してやろう!」
「あなたなら立派な魔道具師になれるわ!楽しみね!」
アイリがにっこりとして、レナードは幸せな気分になった。そこへ工房の魔道具師たちも加わり、にぎやかに盛りあがる。
「坊ちゃん!パロウ魔道具を継ぐ気になったんですな!」
「わしらが責任を持って坊ちゃんを鍛えますぞ!」
「坊ちゃんはやめろよ!」
パロウ魔道具の方針転換に、いくつもの工房が慌てて手を挙げ、グリドル製作に参加することになった。
ちなみに社長が自分の勘違いに気づくのは、これよりもずーっと先のことである。











