139.装備をみせてもらいました
三人をまえになんとなく言いわけをしてしまう。最後のほうは声がちいさくなった。
「……グレンがためこんでた素材を使っただけだから、お金はかかってないよ!……いまのところ」
「あいつがためこんでいた素材を使ったのか?」
「うん……」
レオポルドが眉をあげると、なんだかとがめられているような気がしてしまう。身を縮こませたわたしの気持ちには無頓着に、オドゥはさらに暴露した。
「ネリアってやること豪快だよね!こないだ聞いたらデーダスで『ダテリスのおしべ』を、風魔法で乾燥させようとしてすべて飛ばしちゃったんだって!一グゥで八万するやつをだよ!」
「えっ?あれそんな高いの⁉」
わたしが『ダテリスのおしべ』の値段にぎょっとしていると、すかさずレオポルドが聞いてきた。
「……何グゥ飛ばしたんだ?」
「……百グゥです……」
そう、デーダスの家で素材棚においてあった『ダテリスのおしべ』……ちょっとしけってるかな?なんて思った私は習いたての風魔法をつかってみようとした。
ゴウッ!……と風が吹いたかと思うと目の前にはもう何もなくて、家から飛びだしてきたグレンが呆然としていた。
うわぁ八百万かぁ……グレン、ほんとにごめん!
どうりでそのあと、グレンったらものすごく真剣に風魔法を教えてくれたんだ……。
「それは……あいつの顔が見ものだったろうな……」
わたしが心のなかでグレンにわびていると、髪をかきあげたレオポルドがクックックとおかしそうに笑いだした。
ふだんは血のかよわない彫像のように無表情で美しいだけの面差しも、こんなふうに屈託なく笑っていると普通の青年にみえる。
一瞬みとれてふと気づくと、訓練場に残っていた人たちがみな驚愕の表情でこちらを見ている。うひぃ……なんで?会話の内容までは聞こえてないよね?なんでみんな驚いているの?
「これは……!めずらしいな!」
そこへアーネスト陛下がやってきて、レオポルドはいつもの不機嫌そうな無表情に戻ってしまった。なんか残念。
「訓練とはいえライアスもレオポルドも見事だったぞ!秋の対抗戦も楽しみだな!」
「秋の対抗戦?」
「ネリス師団長はしらんか……バルザム・エクグラシアが竜王と契約する際に『三日三晩拳で語りあった』という故事にちなんでいてな……いわば竜騎士団と魔術師団の総当たり戦だ」
「はい⁉」
ドラゴンと三日三晩拳で語りあった⁉……バカなの⁉
ポカーンとしたわたしに、オドゥが説明してくれる。
「秋にある収穫祭の時期におこなわれる、いわばドラゴンと人間のガチンコ勝負だよ。ドラゴンに乗った竜騎士と魔術師たちが戦うのさ。場所は訓練場じゃなくて北の平原。まぁ、演習みたいなもんだよ」
「それ……」
さっきの手合わせどころじゃない騒ぎなんじゃ……。
「魔術師たちがどれだけ好戦的な人種かよくわかるよ~人間ってほんとコワイよね」
「……昨年は竜騎士団の勝利だったからな……今年は負けるわけにはいかん」
憮然とした表情になるレオポルドに、オドゥがのんびりと返す。
「レオポルドは負けず嫌いだからなぁ~」
いや、負けず嫌いとかそういう問題ではなく……。
「エクグラシアって軍事国家なの?竜騎士団も魔術師団もとても強いよね?」
「ドラゴンは縄張り意識が強いから、エクグラシアからでることはない……ゆえに侵略的な行為を周辺におよぼすことはないが……ひろい国土を維持するためには、機動性のある軍事力は必要だぞ」
アーネスト陛下がそういうと、ライアスもうなずいた。
「そうだな。エクグラシアの豊かさは他国にとっては魅力的だ……隙をみせるわけにはいかない」
うわぁ……なまなましい話だ。
「それにドラゴンたちは、おとなしく人に飼われているわけではないからな、対抗戦で発散させてやるのが、ヤツらにもいい息抜きにもなるのだ」
ドラゴンたちをときどきは、暴れさせてやる必要があるってことかしら……。手に持っていたライアスの防具をわたしがもういちど近くでみると、こまかい術式がびっしり刻まれている。それにいくつか古代文様もみてとれる。
「これ……たいへんな時間と手間がかかっているよね」
「いわばエクグラシアの五百年におよぶ歴史の集大成だな。一年で採掘される鉱石からとれるミスリルは、ほんの握りこぶし程度しかない……加工して防具一式ができるまでにも何年もかかる」
「材料がそろうのにも、何年もかかるってことね」
わたしがライアスの説明にため息をついていると、オドゥも一緒に眼鏡のブリッジに手をかけてのぞきこみながら、術式を指さして説明してくれる。
「精錬をすることである程度の魔力はおびるけれど、さらに術式をきざんで軽量化や速度上昇、防御力上昇などの効果を追加していくんだ。ほらこことか……だから魔力持ちが装備するだけで効果が発動するのさ」
わたしは術式にふれる……装備する者の無事をねがい、これらをひとつひとつ丹念にきざんだ錬金術師がいる。そこには錬金術師の歴史すら、刻まれているような気がした。
「ミスリルの装備は永遠に完成しない……素材で強化したり、術式を追加したり修正したり……装備する人間にあわせて微調整もするしね」
「そうなんだ……」
そんな歴史を刻んだ装備は、家一軒の価値どころではないのではないだろうか。
「竜騎士になれば、ミスリルでつくられた装備が騎士団から与えられる。騎士を辞めるときにそれらは返却し、また新たな竜騎士にうけつがれる」
ライアスが教えてくれたところによると、竜騎士団の人数が二十人程度なのは、ドラゴンの数ではなく、そろえられる装備がそのぐらいの人数分しかない……ということなのだそうだ。それすらも五百年かけてすこしずつ増やしていった結果らしい。
「それとはべつに俺には、団長になったときにうけついだ装備もある」
そういってライアスは『竜騎士団長の剣』を見せてくれた。刀身に竜が彫りこまれさらに竜玉で強化された剣は、竜の息吹ともいえる風の魔力をまとい、どんなものでも簡単に切断してしまいそうだ。
「これ、魔剣に近いんじゃ……」
わたしがそう指摘すると、ライアスは苦笑した。
「竜騎士はドラゴンを乗りこなし、どこまでも強くあらねばならない。それゆえの強化された装備なのだが……あまりにもドラゴンの力が強く、最初は使いこなすのに苦労した」
やっぱりそうだよね……。わたしは剣をかえすとオドゥに質問した。
「ありがとうライアス……。オドゥ、竜騎士の装備はわかったけれど魔術師のローブ、あれには錬金術師はかかわってないよね?」
「そうだねぇ……素材は提供できるけど、布を織ったり糸を紡いだりするのは錬金術師の仕事じゃないしね。魔術師にたいしては魔力回復のポーションとか、魔道具づくりといった後方支援が多いけど、『魔術師の杖』を作ることもあるよ」
「魔術師の杖⁉」
わたしはオドゥの言葉に反応した。そうだよ……錬金術師が『魔術師の杖』を作ることだってあるんだ!
『魔術師の杖を作ってもらえないだろうか』
だからきっとグレンだって、デーダス荒野の家でわたしにそう頼んだのだろう。
「魔術師の杖っていわば魔道具だからね。魔術師が自作することも多いし、かならずしも錬金術師が作るわけじゃないけど」
「どうやって作るの?」
それがどうしても聞きたくてわたしが食いさがると、オドゥは困ったように眉をさげた。
「ん~僕は作ったことないからなぁ……レオポルドに聞いたら?」
聞いても教えてくれなかったんですが!
「オドゥ……よけいなことをいうな。こいつが知る必要はない」
レオポルドはいつものようにとりつくしまもない態度で、オドゥもポリポリと頭をかく。
「まぁそうだよねぇ。ネリアが『魔術師の杖を作る!』っていいだしても……僕も困っちゃうかなぁ」
ええっ⁉なんで⁉
「それよりさぁ……ネリア、そろそろ仕事しよ?」
オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけてずれを直すと、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「ミスリルの防具はじょうぶでも訓練場はやわだからさぁ……いまの戦闘でほころびた術式、ひとつひとつ繕っていくからね?」
「はいっ?」
なんですと⁉︎……もしかしてそのために、わたしを連れてきた?
まさか……カーター副団長が工房のあとかたづけを引きうけたのって……それ知ってたとか⁉
それからオドゥにやりかたを教えてもらいながら、わたしは訓練場の防御壁にできた傷を……コツコツと術式をつむぎ、ひとつひとつ直していった。昔テレビで、魚をとる網を修理する漁師さんたちを見たことがあるけれどそんな感じ。無心になるというか、気が遠くなりそうな作業で……。
「ネリアって手先が器用だから、だいじょうぶそうって思ったんだ!うん、上手だよぉ!働きものの師団長で僕も助かっちゃうなぁ」
オドゥはニコニコと眼鏡の奥にある深緑の瞳を細めてよろこび、その様子を見ながらライアスは「オドゥと仲がよさそうだな……」となんだかショックをうけていたけれど、こっちは必死なんだからね!
ライアスもレオポルドも暴れすぎだよ……おわんない!













