132.『海猫亭』最終日(レナード視点)
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職業体験を終えたレナードは、七番街に建てられたパロウ魔道具の工房、その二階の居住スペースにある自分の部屋でゴロゴロしていた。
たがいに首席の座を争って切磋琢磨していたアイリ・ヒルシュタッフの退学。
それだけで一気に気持ちの張りがなくなってしまった。なにもかもがどうでもよくなった。
アイリが必死に努力しているのは、俺のためじゃない……そうわかっていても、自分が首席をとることで彼女に認めてもらいたかったし、意識してほしかった。
勉強の話を機にすこしでも仲良くなれたら……そう思ってアイリにもよく話しかけた。
夏休みに入るまえは魔術師団に入団を希望するつもりだったのに、ともに魔術師になれると思ったアイリはもういない。
興味本位でおこなった錬金術師団の職業体験は、予想以上に刺激的だったが、体験中に起こった宰相の更迭騒ぎで、王城で働くことそのものに嫌気がさした。
魔術師も錬金術師も、結局は王城で王族のために働く……そんなのやってられるか!
アイリは中退後、魔道具ギルドで『見習い魔道具師』の登録をして、就職するらしい。魔道具師……パロウ魔道具を継ぎたくない自分としては、それも選びたくない選択肢だ。
シャングリラ魔術学園の五年生、学年首席であり将来を嘱望されているレナード・パロウは、現在、自分の目標を見失ってしまっていた。
パロウ魔道具を経営する父親ドルスとは、しばらく口もきいていない。
職業体験にいくヒマがあるなら、家業を手伝えという父に反発し、レナードはうっかり錬金術師団で開発中の『グリドル』の情報をもらしてしまった。
父の動きは素早かった。『グリドル』製作をうけおうはずの工房に圧力をかけ、仕事を受けさせないようにしたのだ。
パロウ魔道具も魔道具師だけでなく経理や営業、素材の買いつけを行う人間など、多くの従業員を抱えているが……その生活を守るためとはいえ、そんな汚い真似をするとは。
しかも、レナードが職業体験の前にサインした誓約書の『守秘義務』の項目にも違反している。
違反したのはレナードだが、それを利用して彼を窮地に追いこんだのは父親だ。師団長のネリアの機転がなければ、下手すればレナードの卒業さえ危なくなるところだった。
親子の溝はますます深まった。
レナードが昼近くになってようやく一階に降りていくと、工房で働く魔道具師があわてたようにやってきた。
「レナード坊ちゃん!大変です!社長をとめてください!」
「坊ちゃんはやめろよ……オヤジがどうかしたのか?」
「それが、錬金術師団の『グリドル』の製品テストの会場に乗りこむって……いまさっきとびだして行ったんです!」
「なんだって……⁉︎」
たしかネリス師団長は鉄板焼きを売りつつ、『グリドル』の宣伝をすると……場所は六番街の『海猫亭』、そういっていたはずだ。そのてつだいをアイリもしているはずで……。
七番街にある工房から、六番街まではすぐそこだ。父の耳にはいってもおかしくはない。レナードは家をとびだした。
今日の『海猫亭』には、ネリィとスターリャだけでなく、明るい栗茶のボブの髪に、花飾りのついたカチューシャをつけ、瞳の色は紫という……これまた元気なかわいい女の子がいた。
「たこ焼きひとつと、お好み焼きふたつ、お待たせしましたー!」
「ありがとう!ねぇ、きみ昨日までいなかったよね?名前教えてよ」
「……うちの娘に、なにか用ですかな?」
「お父さん!」
いつの間にか背後に立ったクオード・カーターから、地獄の底から響くようなドスのきいた声を浴びせられ、男はちぢみあがった。
「ひっ!お、お父さん⁉︎しっ、失礼しましたー!」
脱兎のごとく逃げだした男をみおくって、メレッタはふくれっつらをする。
「もー!お父さん!お客さんには愛想よくしてよ!」
「ふん、会計は終わっとるし販売もきょうまでだ……いつまでも居座ってしゃべろうとする客など、営業妨害だ」
職業体験が終わり、メレッタはせっかくだからと『海猫亭』に手伝いにきていた。毎晩アイリの楽しそうな話を聞くたび、気になっていたのだ。
売り子が増えたため、ネリアは商品説明に専念している。
たまたま船着場にきていた造船会社の社長が、温度管理ができるなら、火事が厳禁な船上でも使いやすいと興味をしめしていた。『グリドル』のしくみ自体は単純だから、生活用魔道具の専門メーカーでなくとも参入しやすい。
船にとりつければ、ほかの造船所にたいして優位にたてるし、ふつうに販売したとしても、景気に左右される船の受注とちがい、おおがかりな設備投資をせずに収益がみこめる。多角経営の糸口になるのだ。
「術式の使用料は1台作るたびにいくらと継続的にとるのか?まとめて買いあげにしたほうが面倒がないが」
「工房の規模によって、生産台数はまちまちです。販売台数が見こめないところでも、原価計算がしやすく参入しやすいことを念頭にいれました」
「ふむ。魔道具は術式の開発がいちばん、労力と時間がかかるから、完成した術式を利用できるのはありがたいが、つくればつくるほど、そちらはなにもせず大金がころがりこむわけか」
「はい、術式の使用料は錬金術師団の今後の研究費として使われます……そのためのご協力もお願いしているのです。つまり『グリドル』が売れれば、錬金術師団から新たな発明が、生まれやすくなります」
「ほぉ……魔導列車のほかはめだった業績もなく、金喰い虫の一団だと思っていたが……こんどの師団長は、なかなかやり手のようだ。だがそんなことでもうけなくとも、国から十分予算がでているのではないのかね?」
「錬金術師一人あたりで割ると、十分とはいえません……錬金術にはお金がかかりますから。錬金術師団が金食い虫であることには変わりません」
そんなやり取りをしている最中に、身なりのいい紳士がどなりこんできた。
「こんなところでなにをやっている!いますぐ製品テストをやめさせろ!」
男のまえに、クオード・カーターが立ちはだかった。
「失礼、レナード・パロウ君のお父上、ドルス・パロウ氏とおみうけするが……私はクオード・カーター、錬金術師団副団長をしている。レナード君とは娘のメレッタが同級生でしてな」
「うっ……!」
いかにパロウ魔道具の社長といえど、相手が同じ学園に通う同級生の父とあっては、いささか分が悪い。
だがこちらも叩きあげの身、王都三師団のエリートなどに負けるものか!……とむくむくと反発心が頭をもたげた。なんだかんだでドルスとレナードは、似たものどうしの親子なのだ。
「ふん!……調理用魔道具の製作など、門外漢のど素人が手をだすべきではない!その証拠に『グリドル』を作ろうとする工房はひとつもなかったはずだ!いいかげんな術式を売りつけるのはやめてもらおう!」
「なんだと!」
そのとき、パロウ魔道具の社長の前に、元気のいい娘が飛びだした。
ふわふわした赤茶の髪をポニーテールに束ね、華奢で小柄な娘は、その黄緑色の瞳から強い光をはなっていた。
「きたわね!パロウ魔道具の社長さん……いまこの場でハッキリさせてもらいましょうか!」
娘はおもいっきり喧嘩腰で、お好み焼きに使うヘラを、社長につきつけた。
「あなたは『グリドル』の素晴らしさを理解できたから、試作品づくりを邪魔したんでしょう?さぁ!欲しいなら『グリドル』の術式をパロウ魔道具にも売ってあげるわ!どうするの⁉︎」
ありがとうございました!