133.収束
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全身を走った激痛は凄まじく、ユーリは正直「もうダメだ」と思った。
けれど錬金術師のローブを破り、心臓に手を伸ばしてきた呪いは、ハンカチに刺繍された糸が弾けた瞬間、くたりと力を失う。
「ユーリ!だいじょうぶ⁉」
ユーリが起き上がると、ネリアが結界を粉々にして跳んできた。魔術師団の塔でやらかした彼女の魔力は、ここでも威力が絶大だった。
けれどネリアはパチパチとまばたきをした。目の前に見知らぬ青年がいる。
「ええと……カディアンが『ユーリが呪われて死にそうだ』って連絡してきたんだけど……あなた、ユーリで合ってる?」
「……ええ」
ユーリは自分のがっしりした大きな手を見た。さっきまでつかんでいたルエンが小さく見える。ネリアにも確認されたことで、呪いが解けた実感がじわじわと湧いてくる。
部屋に散らばる赤い糸い目をやって、ネリアはいくつもの魔法陣を展開した。
「これが呪いの色ね!まず成分分析をして、鉱物由来かそれとも有機化合物かを……」
「話はあとです。今は時間が惜しい。すでに転移魔法陣は構築したので、呪術師を捕らえます!」
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書斎の床に座りこんだまま、アイリは襲ってくる呪に目をつぶった。けれど衝撃のかわりに、なにかが彼女に覆いかぶさった。
「ぐああああっ!」
アイリが恐る恐る目を開けると、なんと父が苦悶の表情を浮かべて倒れている。
「お父様⁉」
「許せ、アイリ。おまえまで失ったら、私は……」
呪にむしばまれた宰相は、ゴフッと口から黒い血を吐いた。
「おまえを病から救った呪術師が予言したのだ。『母を亡くすという不運に見舞われたお嬢様には、これから幸運が訪れます。美しく成長されたあかつきには王子の妃となり、輝かしい人生を送られるでしょう』……だから私は……私は……ゴホッ」
どんどん黒ずんでいく父の姿に、アイリは悲鳴をあげる。
「いやぁっ……お父様っ!」
「チッ、使えぬやつらめ!」
舌打ちをしたマグナスがふたたび攻撃しようとしたとき、部屋にまばゆく光る白い魔法陣が出現して勢いよく広がった。
その衝撃で吹っ飛ばされて彼が転がると、周囲に展開していた禍々しい赤い魔法陣は霧散する。
部屋の中央に立つのは、錬金術師団の白いローブを着たふたりの人物で、アイリは彼らを見て目をまたたいた。
「カディアン?」
「弟じゃなくてごめん」
赤い髪をした背の高い青年は困ったように、優しげな笑みを浮かべた。
(あぁ……彼だ……よかった……)
無事を確認したアイリは、ほっとしてその場で気を失った。床に転がされたマグナスは、うめきながら身を起こす。
「ううう……クソッ!なんだおまえたち……私の魔法陣をどうした⁉」
「ごあいさつですね。自分が呪った相手もわからないとは」
真っ赤な髪の青年は怒りをたたえた瞳で、マグナスをじろりと見下ろす。
「まさか!第一王子は呪いで少年の姿に変えられ、もっと小さいはず……」
「呪いじゃなくて契約だし、小さいも余計だ!まったく……」
ブツブツいいながらユーリは蜘蛛型のオートマタを、屋敷内にいたマグナスの部下たちに放った。
「えーい、くらえっ」
ネリアがとぼけたかけ声とともに、マグナスの周囲に白くまばゆい魔法陣を展開させ、彼の全身を包みこんだ。
「うわぁああああ!」
大量の魔素が彼の体に叩きこまれ、悲鳴をあげた呪術師はしばらくしてから、不思議そうに自分の体を見下ろす。
「?」
ユーリも首をかしげてネリアに聞いた。
「ネリア……彼になにをしたんです?」
「ちょっと免疫系の操作を……あっ、逃げた!」
我に返ったマグナスの逃げ足は速かった。彼は部下も見捨てて、転移して姿を消した。
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けれどシャングリラ上空にはすでに、ライアスを乗せたミストレイと、レオポルドを乗せたアガテリス……二体のドラゴンが待機していた。
ネリアとユーリを乗せたライガがそれに加わる。サルジアから送りこまれた工作部隊の掃討が、王都三師団により始まった。
「ライアス、追撃は?こちらは捕縛陣で残党を狩る」
レオポルドが杖をかまえて魔法陣を展開すれば、総勢三十名の魔術師たちがいっせいに転移していく。
遠征前のドラゴンたちも、興奮したおたけびをあげる。そこへライアスの檄が飛ぶ。
「東方向に二十……すでに戦闘に入り、撃破数十五。討ちもらすな!」
血気盛んなドラゴンたちは、遠征前に力がたまりまくっていた。ネリアはライガのハンドルを握って、後部座席のユーリをふりむく。
「魔術師たちからの座標を確認。転送魔法陣を展開。どこまで転送できるか試さないとね。ユーリ、爆撃具の用意は?」
するとユーリはたすき掛けにした黒い収納鞄から、爆撃具を取りだして、にっこりと笑う。
「早いとこ僕のライガを開発したいけど、両手が使えるのはいいですね」
ネリアはライアスやレオポルドからの情報を元に、敵座標に合わせた転送魔法陣をどんどん展開する。ユーリはそれに爆撃具をポイポイ放りこむ。
もう、転送魔法陣の乱発といってもいいけれど、自分を跳ばす転移魔法にくらべれば、座標の指定だけでいい転送なんてラクラクだ。
しかもユーリは投げこむときに、麻痺や眠りといった効果をつけている。まさにダメ押しの嫌がらせだ。
逃げるマグナス・ギブスは死ぬ思いをした。どこまで転移しても瞬時に座標が解析されて爆撃具が送りこまれる。
魔力回復のポーションをガブ飲みしながら、必死に転移して転移して、ボロボロになって命からがら国境にたどり着いた。当然、マグナスについてこられた部下は、一人もいなかった。
この晩、サルジアの対エクグラシア工作部隊は、彼ひとりを残して壊滅したのである。
中庭で眼鏡を外したオドゥが、ソラといっしょにお茶を飲みながら、ぶるりと身を震わせる。
「うわぁ……みなド派手だねぇ……怖ぇのなんのって。僕、相手に同情するよ」
深緑の目をしたカラスが、シャングリラ上空をぐるりと旋回していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
事態が収束し、師団長たちに囲まれたユーリは、まずネリアにデコピンされた。
「って!」
「もう二度と!ひとりで黙って危ないことしない!いい?」
「すみません。どうしてもあの呪術師を捕まえたくて、つい無茶を……」
六年前に起きたサルジア皇太子の暗殺に、あの呪術師は関わっている。
「呪術師は取り逃がしたが、エクグラシアに食いこんでいたサルジアの工作部隊は壊滅できた。だが事前に相談ぐらいあってもよかったと思うが……」
「ユーティリス、我々はおまえの駒じゃない。いつでも都合よく動かせると思うな」
ネリアに知らされて、竜騎士団と魔術師団は即座に対応したが、ふたりの師団長たちは顔をしかめた。
「宰相に情報が漏れるわけにはいかなくて……それに三師団のことは信頼していましたから」
「ふん」
レオポルドは鼻を鳴らしつつ、年相応の背格好になった第一王子に確認する。
「では……王太子の座にはおまえが就くのだな?」
「はい!」
ユーリが決意をこめて力強くうなずく、ネリアがなにげなく言った。
「あの呪術師は逃げちゃったけど、しばらくはおとなしくしてるでしょ」
「そういえばネリア……僕も知らない魔法陣を展開していましたけど、あの呪術師になにをしたんです?」
「ほう?」
ユーリが気になってたずねれば、レオポルドの瞳も興味深そうにきらりと光った。それにネリアはもじもじと答える。
「え?とっさだったから、たいしたものじゃないんだけど……いやがらせとしては結構エグいから、そのぅ……引かないでね。アレルギーにしたの」
「あれるりー?」
「それはなんだ?」
「呪術師は錬金釜で色を合成するって、ニーナたちに教えてもらったから。ユーリの部屋で成分分析してみたの。それで免疫系を操作して〝呪いの色〟に抗原抗体反応を誘発されるように……」
「はぁ……」
ユーリたちがぽかーんと聞いていると、ネリアはさらに一生懸命説明してくれる。
「えっと……免疫っていうのは誰もが持っている生体の防御機構なんだけど……つまりもう、〝呪いの色〟を作ることもさわることもできないの。それに、ふつうに暮らすぶんにはなんの問題もないわ」
あの呪術師はこれまでさんざん〝呪いの色〟にふれていたから、ほんのひと押しするだけでよかったと聞かされても、それだけではなにが起きたのかさっぱりわからない。レオポルドは眉をひそめた。
「呪いをかけるのとは違うのか?」
「呪いは解けば治るけど、アレルギーは発症したら戻らないの。治療法は減感作療法ぐらいかなぁ……あとは対症療法ぐらいしかないわね」
「げんかん?」
「たいしょ?」
呪文のような彼女の言葉に、みんなは首をひねった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女の攻撃の威力は、誰よりもマグナス・ギブス本人が、身をもって知った。
「じんましんがっ!体がかゆいっ!やめろっ!私にそれを近づけるなぁっ!」
命からがら帰国した彼は〝呪いの色〟だけでなく、その材料にすらさわれなくなっていた。











