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魔術師の杖  作者: 粉雪
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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130.サルジアの赤い糸

 王都十番街の一角にあるヒルシュタッフ宰相の壮麗な屋敷に、アイリはひと足早く帰宅していた。父の真意を確かめたくて、彼女は急いで書斎に向かう。


 けれど書斎には先客がいた。主のような顔をして場を支配し、呪いの儀式を始めようとしていた。


「お父様⁉」


 書斎に入るなり、アイリは男たちに押さえつけられ、身動きがとれなくなる。魔法陣の中央にいた黒髪の男、マグナス・ギブスは優雅に一礼した。


「お嬢様のまっすぐで純粋な想いが、二人の王子にわが呪いを届けてくださった。ご協力に感謝いたしますよ」


「そんな……どうして……」


「アイリ!」


 父の宰相は震えながらも、彼女を助けようとはしない。彼がマグナスに協力しているのは明らかだった。


「騒がれると私の手元が狂って、呪いが弟のほうに行ってしまう。そこでおとなしく術の完成を見守るといい。サルジアの筆頭呪術師の〝呪い〟を見せてくれよう」


 そういうと黒髪の男は自分を中心に、赤くまがまがしい魔法陣を展開した。


「お父様っ、これはエクグラシアへの反逆行為です。今すぐやめさせて下さい!」


 アイリが必死に叫んでも、父親は弱々しく首を横に振るだけで、動こうとはしない。


「マグナス、頼む。娘には……」


「事が成就したら、お嬢様の記憶を抜きます。純粋なのはいいが、融通が効かないのも困りものだ」


 そう言いながら、マグナスは自分の懐から、鮮血で染め上げたような色の塊を取り出す。それが糸だとアイリが気づいたのは、貿易商を名乗る彼に渡されたものと同じ色だったからだ。


「その糸……まさか!」


『二人の王子にわが呪いを届けてくださった』


 男から受け取った糸を使い、王子たちの名を刺繍して届けたのはアイリだ。彼女は震える声で、父に問いかける。


「お父様は私の……私の想いさえ利用したのですか⁉」


「違う、アイリ。私はおまえのために……」


「なぜっ⁉ヒルシュタッフ家がサルジアとの貿易で、莫大な利益をあげているのは知っていました。だけどお父様は……エクグラシアの宰相ではありませんか!」


 父を問いつめるアイリを、マグナスはククク……と白い歯をむきだしにしてあざ笑う。


「ただの地方長官だったその男が、宰相にまでなったのもサルジアの後押しだったとしたら?それだけじゃない……最愛の妻を亡くし、たったひとり遺された愛娘まで病に倒れたとき、その男はサルジアの呪術師を頼ったのだとしたら?」


「なんですって……お父様は……サルジアの傀儡だったと?」


 宰相になった父が王都に構えた壮麗な屋敷で、高位貴族とも交流する華やかな暮らしは……家具も食器も、置かれた魔道具まですべて……なんのおかげで成り立っていたのかを、アイリはこのとき初めて知った。


 確かに彼女の母はサルジア貴族の血を引いていたけれど、父親がここまで取りこまれているとは思いもしなかったのだ。


(ここはエクグラシアなのに……)


「我々はあなたがたの望みに協力しているだけです。それに目的はサルジアとエクグラシアの友好だ。あなたはサルジアの血を引く、エクグラシアで初の王妃となる。実にすばらしい」


(ダメ……この男の言葉を聞いてはいけない!)


 アイリは赤い髪と瞳をした、少年のような姿の王子を思い浮かべる。勇気をだして話しかけたのに、彼の命が永遠に失われる瞬間に立ち会いたくはない。 


(なにか……私にできることはないの?今の私にできること……なんでもいい、なにか……!)


 耳慣れないサルジアの言葉で、マグナスが呪詛を紡ぎはじめる。男の手が握っていた赤い糸は生きもののようにうねり、魔法陣の上に落ちてとぐろを巻くと、踊るようにうごめきだす。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 自分の研究室にいたユーリが異変に気づいたのは、なにかの気配が机の上で動きだしたからだ。


「これは……」


 机に置かれていたのは、アイリに渡されたハンカチ入りの封筒で、そこから血のように赤いシミが漏れだしていた。


 邪悪すぎる気配にユーリが飛びのくと、赤いシミは一気に壁まで広がり糸のように絡みあって、外からの干渉を防ぐ結界を部屋の内部に作りあげた。


「弟を人質に取ったか……」


 逃げ場がないにもかかわらず、彼は結界をにらみつけて舌打ちをした。


 彼が呪詛返しをすると、アイリはもともとカディアンに対する気持ちが強いから、同じ糸で名を刺繍された弟へと、呪いはまっすぐに向かうだろう。


 そうさせないためには、この呪いをユーリがひとりで受けなければならない。彼は首にはまる鈍色のチョーカーにふれた。


「これが外れてさえいれば……しかたないな、ルエン!」


 ユーリは手持ちの魔道具で使えそうなものを取りだす。つかんだ棒から光が伸び、剣に似た武器になった。光の刃は魔法攻撃に対処するためのものだ。


 ユーリは自分に向かってくる赤い糸の塊を、ルエンで切り落としながら避ける。


「まっすぐに心臓を狙うなんて、悪趣味な呪いだな!」


 息の根を止めるからこその、呪いなのだろう……ぼんやりと考えながら、ユーリは魔法陣を展開した。


 魔法陣にふれた赤い糸は、紫の炎をあげて燃えあがる。けれど切っても燃やしても、封筒を真っ赤に染めた赤いシミは、どんどん広がり彼を追いつめていく。


「くそっ!」


 ハンカチの贈り主であるアイリは、自分の贈りものがこんなふうに使われるとは、きっと知らなかったのだろう。彼と話したあと、慌てて早退していった。


(彼女にも危険が迫っているかもしれない)


 呪いの仲立ちをしたのであれば、彼女の身も無事では済まない。口封じや身代わり、傀儡としての利用……これまでのような人生は送れないだろう。


 エクグラシアの王族を狙う呪いは、ユーリの心臓めがけてまっすぐに赤い糸を伸ばした。彼が跳ね返せば、行き場を失った呪術は弟へと向かう。 


 どちらが倒れようと、黒幕は気にしないだろう。ユーリは自分の親友だった、サルジア皇太子の顔を思いだした。


 魔術学園に入学した彼は、サルジア皇太子のリーエンと親しくなり、そして一緒に毒を受けた。〝毒の魔女〟ヌーメリアに助けられたが、生き残ったのは彼だけだった。


(リーエン……君のかたきを取りたかったのに)


 生きもののようにうねる邪悪な赤い糸に、ユーリの体は飲みこまれた。

挿絵(By みてみん)

錬金術師ユーリ・ドラビス(画:よろづ先生)

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