128.兄王子とアイリ
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ネリアがでかけたあと、研究棟ではユーリが指揮をとり、学園生たちがライガ製作をしていた。
研究棟前の広場に持ちだしたライガに、乗りこんだメレッタは紫の瞳を興奮気味に輝かせた。
「いっくわよぉ!」
ドッゴォオオオン!
浮いた……と思ったら、彼女のライガはすごい勢いで研究棟の壁に突っこみ、一階にあるヴェリガンの研究室に突っこむ。
部屋のなかで風通しのいいミルハとサンザサの木のあいだで、ハンモックを吊るして寝ていたヴェリガンは、ライガが壁を壊した衝撃で、ハンモックに寝そべったまま一回転し、キャンディのようにくるんと包まれた。
「ふ……ふがっ⁉」
試運転が失敗に終わり、メレッタはガレキの中からひょっこりと顔をだす。
「もうっ!スピードはでるのに、浮かないわねぇ」
温室の壁はえらいことになっているが、ネリアがかけた防御魔法のおかげで、メレッタにはかすり傷ひとつなく、ライガも壊れていない。
学園生たちがハンモックから、もがくヴェリガンを救いだし、ガレキを片づけてライガをみんなで工房に運ぶ。ユーリがメレッタに声をかけた。
「メレッタ、きみの魔力で無理にライガを浮かそうとしなくていい。まだ重力魔法の術式は改良の余地がある。今はライガの運転とスピードや機体のバランスに慣れてくれ」
「はいっ、ユーリ先輩!」
またすぐ、ライガに乗りたそうなメレッタを、ユーリは優しく止めた。
「いったん、ここで休憩にしよう。ソラにお茶を準備させるよ」
そのままユーリは二階に戻り、みんなはガヤガヤと師団長室に移動しながら、ニックがあきれてメレッタに文句を言う。
「メレッタ、無茶苦茶だぜ」
「なによ、ニック。慣れてないんだからしょうがないでしょ。でもライガがふわっと浮いた瞬間、すっごく気持ちよかった!」
「壁に突っこんどいてよく言うよ。こっちはヒヤヒヤしたんだからな」
ガヤガヤとにぎやかな学園生たちのなかで、レナードひとりだけ顔色が悪い。
ウブルグもオヤツ目当てに師団長室にきていて、学園生たちも大きな丸テーブルを囲んで座る。
水色の髪と瞳をした師団長室の守護精霊が、王城の調理場から取り寄せた、焼き立てのクッキーに魔導ポットを運んできた。
「おいレナード、いつまでも落ちこんでいると、こっちも士気が下がる。いいかげん、元気だせよ」
食欲がないのか、クッキーにも手を伸ばさないレナードに、カディアンが活を入れた。
「俺はオヤジに、錬金術師団で開発中だった魔道具の情報を漏らした。もう卒業すら難しい……」
落ちこむレナードの肩をぽんぽんとたたいて、ウブルグがなぐさめた。
「そう悲観するな。ネリアがグリドルの開発を始めたのは、みなでワイワイと楽しむためだと聞いとる。悪いようにはせんよ」
ようやくレナードがクッキーを一枚手に取れば、ウブルグは二枚三枚と口に運んで、モゴモゴと忙しくアゴを動かした。
「うむ。焼き立てのクッキーは、バターの香りが食欲をそそるのう。じゃが口の中の水分が取られる。ソラ、お茶のおかわりをくれんか」
「かしこまりました」
ウブルグのカップにお茶を注いでも、調理場から転送された熱々のお茶が補充され、ポットはカラになることがない。
ネリアがいないときは、ソラもちゃっかり手抜きをしていた。
もそもそとクッキーをかじりつつも、温かいお茶を飲んだレナートの顔色もよくなる。
(みんなにハンカチを渡す、いいタイミングだわ)
アイリは自分の鞄を開けて、きれいな封筒をいくつか取りだした。
封筒の表には錬金術師や学園生たちの名が書かれていて、中にはアイリがそれぞれの名前を刺繍したハンカチが入っている。
彼女は立ち上がって、みんなの席を回った。
「私ね、今回の職業体験……思いがけずいろいろな体験ができて楽しかったの。それで記念にこれを……」
皮肉屋のニックが目を丸くした。
「えっ!マジ⁉アイリが刺繍したハンカチ?」
「わぁ、ありがとう!」
「うわ!全員分刺繍したのかよ!すげぇな、おい!」
メレッタとグラコスが封を開けハンカチを広げて騒ぎ、レナードはもごもごと礼を言いながら、受け取った封筒を握りしめる。
最後にアイリから封筒を渡されたカディアンは、うれしそうに顔をくしゃっとさせて笑った。
「俺……アイリがいつも楽しそうに刺繍しているとこ、横で見ているのが好きだった。ありがとう、アイリ」
その話に、アイリのほうが面食らう。学園に入学してからは、彼のまえで刺繡をしたことがない。いったい何年前の話なのか……。
「え……でもカディアンはすぐ飽きて、どこかに遊びに行っちゃってたわよ?」
「そりゃ、じっとしてるのは苦手だけど。アイリが刺繍をしているとこ、見るのは楽しかった。昔はよく、作ったやつを俺にくれたのに、最近は勉強ばかりで刺繍なんかしないから、もうやめてしまったのかと……」
「えっ」
驚いたアイリに照れくさくなったのか、カディアンは耳を赤くしてぷいと顔をそむけた。
彼は刺繍をもらうのを楽しみにしていたなんて、彼女はちっとも知らなかった。
もらっても「ああ」とか「うん」としか言わない彼に、自分の趣味を押しつけただけのような気がして、贈るのをやめてしまった。
メレッタがカディアンに向かって唇をとがらせる。
「もー!カディアンてば、素直に『うれしい』って言えばいいのに!」
「メレッタ、うるさいなっ!」
「ふふーん、私だってハンカチもらったもん。アイリ、ありがとう。一生の宝物にするわ!」
ハンカチを握りしめて、アイリに抱きつくメレッタに、カディアンは思わず拳を握りしめて吠える。
「おまっ、アイリに抱きつくなっ!」
「そーいうときは『俺のアイリに抱きつくな』でしょ。しーらない!今はまだアイリは誰のものでもないもんねー!」
言い返すメレッタに抱きつかれたまま、アイリは慌ててカディアンに説明した。
「あのっ、みんなのぶん刺繍したから、凝ったものじゃないけど。カディアンとユー……リ先輩のは、おそろいの赤い刺繍糸を使ったの」
「兄上とおそろい……」
「お父様のお仕事関係のかたから、サルジアの刺繍糸をいただいたの。それがまるで〝王族の赤〟のように美しい赤なの」
「ほんとうだ……俺と兄上の色だ」
ジワジワとほほを赤らめるカディアンは、ものすごくうれしそうだ。封を開けて赤い糸で刺された自分の名前にふれる。
「うれしいよ、すごく。俺が兄上を好きだってこと、アイリがわかってくれて」
そんな彼を、はにかむように見つめるアイリに、メレッタは首をかしげた。
(『兄が好き』なんて言いきる男のどこがいいのかしら……)
「なんでそんなやつを……俺だってきみが……」
「私、ユーリ先輩にも渡してくるわね!」
もらった封筒をにぎりしめ、レナードがブツブツとつぶやきかけたけれど、われに返ったアイリは急に恥ずかしくなって、慌てて師団長室を飛びだしていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(やだ……みんなの前で、カディアンに渡さなければよかった)
今になって顔がほてる。窓ガラスに映る自分の姿が、アイリは気になった。乱れた髪を手で整えて、ひとつ深呼吸をする。
顔の赤さは急いで階段をあがったせい。そう自分に言い聞かせて、ユーリの部屋のドアをノックした。
「アイリ?」
カディアンより背が低いユーリとは、アイリが見下ろす形になる。きょとんとして首をかしげたものの、彼は部屋に彼女を招き入れた。
アイリに椅子を勧めて、部屋のすみにあるティーコーナーでお茶を淹れはじめたユーリに、彼女がドギマギして礼を言うと、優しげな微笑が返ってきた。
「テルジオにもほめられたから、味はだいじょうぶだと思うけど」
シンプルな白のティーセットをはさんで向かいあう。
「あの……これをお渡ししたくて。みんなのぶん、作りました」
アイリが差しだした封筒を、ユーリは少し驚いたようすで受け取った。封を開けて本名が刺繍されたハンカチを見て、彼はまばたきをした。
「僕に……?ありがとう。そういえばカディアンが、きみは刺繍が得意だと言っていた」
「カディアンはあなたにまで、そんな話を?」
ほほを染めるアイリに、ユーリは静かにいう。
「本当に弟を思ってくれているんだね。それは兄としてうれしいと同時に、きみにすまないとも思う。あいつはきみに、なにも言わないだろう?」
「それは……」
「どうやら、僕より先に相手を決めるわけにいかないと考えているみたいで。遠慮する必要はないのにね」
アイリは下を向いてギュッと唇をかむ。彼女のほうこそ、研究棟にいる第一王子のことをまったく考えておらず、カディアンの兄を想う気持ちさえ理解しようとしていなかった。
(しっかりしなさい、アイリ。彼と話をするためにここに来たのよ!)
意を決して顔を上げたアイリに、ユーリは静かに淡々と告げる。
「僕がグレンと契約したとき、きみや弟への影響までは考えず……結果的に、きみの気持ちを傷つけることになってしまった。ヒルシュタッフ宰相に、僕のことを聞かれたかい?」
「……はい」
それ以上、アイリは言葉を続けられなくなった。
一日の報告をするのは彼女にとって日課で、忙しい父が時間を割いてくれるのがうれしくて……聞かれるがままに毎日、父に彼の話をした。
(私、試されたんだわ……)
賢い少女だからこそ、彼の悲しそうな表情で、すべてを察した。今の彼女の立場はレナードと同じだった。
王族側に立てば、父の宰相であろうと話してはいけないことがある。そう、もしも彼女が王族側に立つならば……。
この瞬間、アイリは自分の前に座る錬金術師が、王族として明確に線引きをしたのを悟った。
「わかっている。それはきみの義務だ。でもすまない……僕はきみを泣かせることになる」











