128.職業体験最終日(ユーリ視点)
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一方、『海猫亭』でのグリドルの宣伝をかねた製品テストより一日早く、職業体験のほうは最終日をむかえていた。朝、研究棟にやってくるなり、レナード・パロウがカディアンにつめよった。
「おいっ、アイリが退学するというのはほんとうかっ!?」
「アイリが……退学……?」
カディアンがぼうぜんと立ちあがると、レナードの拳がカディアンの顔面に炸裂し、竜騎士になるための訓練をうけているはずのカディアンが、受け身もとらずふっとばされた。
「レナード⁉」
「殿下っ!」
レナードは怒りに声をふるわせて、カディアンを見おろす。
「なにが婚約者候補だ!父親の件でさっさとアイリをきりすてやがって!」
「……」
レナードはカディアンだけでなく、ユーリもにらみつける。
「アイリを見捨てたおまえら王族どもと、職業体験なんてやってられるか!」
そういいすてて工房を飛びだそうとしたレナードを、メレッタが一喝した。
「いいかげんにして!」
「どけよメレッタ!君は腹がたたないのか⁉アイリは学園をおわれ、いまどこにいるかもわからないんだぞ!『エンツ』にも反応しないんだ!」
「おちついてよ、レナード……アイリなら私の家にいるわ。騒ぎになってからは、『エンツ』は全部はじいているの」
「メレッタの家に⁉」
「アイリはどうしてる⁉」
レナードだけでなくカディアンまでがつめよったので、メレッタはのけぞり顔をしかめた。
「元気よ……夜は私といっしょに寝てるし、朝ご飯もちゃんと食べてた。昼は昼でネリス師団長が、つきっきりで面倒をみているわ」
「ネリス師団長が……」
ネリアはアイリを預けるときに、カーター夫人に彼女をひとりにしないよう、頼んだ。
それだけでなく昼間は連れだし、グリドルの製品テストに同行させている。おそらくアイリをクタクタに疲れさせるのが目的だ。昨夜のアイリは、たのしそうに『海猫亭』の話ばかりしていた。
ベッドにはいってからはすこし泣いている気配はあったが、それも長いことではなく、すぐに眠りについたようだ。
(ここにいる男どもより、よっぽど頼りになるわ)
ネリス師団長は、なにが必要でなにをすべきかわかっている。いまのアイリに必要なのは『時間』、それと責任感も強く思いつめやすいアイリに『考えこませないこと』だ。
「いっとくけど、うちにきてもアイリには会わせないからね!」
メレッタでさえ、髪をバッサリ切りおとしたアイリの姿に、ショックを受けたのだ。レナードがみたら、大騒ぎするだろう。
「けどアイリが心配だ!それに退学だぞ⁉」
「レナード……あんたって、ほんとバカね!」
レナードがまだぐだぐだ言いつのるので、メレッタはあきれた声をだした。学年首席のレナードは、「バカ」なんて親にも言われたことがない。彼はめんくらった。
「バ、バカ……?」
「いい?アイリは自分で退学をきめたの!カディアンのことなんてきれいさっぱり忘れて、前に進んでいるのよ!あんたになにができるの?自分のせいでレナードが『職業体験』をほうりだしたと知ったら、アイリはがっかりするわ!」
「きれいさっぱり忘れて……」
カディアンは顔をはらしたまま呆然とつぶやいた。
レナードは拳をにぎりしめ、「アイリは……がっかりする……」と、かみしめるように繰り返した。
メレッタはふたりをにらみつけた。
「もう職業体験もおわるわ!時間がおしいの!さっさと作業にとりかかりましょう!」
(へぇ……思った以上に、リーダーらしくなったじゃないか)
静かにようすを見守っていたユーリは、メレッタに声をかける。
「メレッタ……職業体験はもう終わるけれど、きみはほんとうに魔術師になるつもり?錬金術師になってライガを完成させたくはないの?」
「それね、まよっているんです……私、ライガに未練たらたらなんですよぉ……でも父を味方にしたとしても、母の反対をどう説得したらいいか……」
「そうか……けれど、お母さんは職業体験のリーダーをやるのは賛成してくれたよね?あとで相談にのるから、いいアイディアがないかいっしょに考えてみよう」
ユーリはメレッタを安心させるように、にっこりと優しげな笑みを浮かべた。背が高くなったぶん、たのもしさも増したような気がする。
(ユーリ先輩……マジかっこいい!)
あとでぜひ、大人版ユーリの『フォト』も撮らせてもらおう!メレッタはそう思った。
職業体験でおこなう最後になる、ライガの飛行は、メレッタの発案で『ふわりと飛ぶ』ということにこだわった。
「曲乗りは大好きよ!……だけどなんども飛んでいるうちに感じたの」
メレッタは身ぶり手ぶりもまじえ、説明する。
「飛びあがって空中にいるその時間のなかに、浮力も重力も感じない……『無』になる瞬間があるの!そのときが……なんていうんだろう、すべてから解放されて空のなかに自分が溶けていく……とっても自由になるその瞬間がたまらないの!」
メレッタは最後におおきく腕をひらいて、まるでその瞬間を思いだすかのように目をとじた。グラコスが反芻する。
「『浮力』も『重力』も感じない……空のなかに自分が溶けていく……自由になるその瞬間……」
ニックが風の術式をいじりながら、計算式を書きはじめる。
「『揚力』をうまく制御するんだ……やってみよう……俺たちの『ライガ』をとばすんだ。レナードもカディアンもいいな?」
それからみんなで作業を開始した。
(アイリが……がっかりする……)
一人足りない……その思いをふりきるように、レナードも作業に手をつけた。
「駆動系のうごきを、滑らかに丁寧にやろう……そのときの風に抵抗するのではなく、うまく乗れるように」
学園の定期テストでも見せたことがないぐらいの、真剣な表情でレナードが勢いよく計算式を書きはじめた。その集中力のたかさは折り紙つきだ。
「ライガに羽はないが、風の術式で仮想の羽をつくりだしたらどうだ?……それに飛行の補助をさせる」
グラコスのアイディアもくわえ、検討を重ね……どうやら形になってくると、こんどはカディアンがねばった。
「まだだ、きちんと安全性を確認させてくれ……飛行前の点検はいくらしてもしすぎることはない」
カディアンが真剣な表情で、『ライガ』の上にかがみこみ、結合部の術式をチェックしはじめた。レナードがうなずく。
「もちろんだ、カディアン……きみが納得するまでやってくれ」
術式を組みなおし再度調整した『ライガ』を、全員で研究棟のまえの広場に運びだす。途中から研究棟にもどってきたネリアも加わり、ユーリといっしょにそれを見守った。
「メレッタ、魔力をそそいでくれ……『遊び』があるから、思いっきりこめても、こないだのように壁につっこむような急加速をすることはない」
「わかったわ!」
メレッタはいつも通りライガにまたがったが、すぐには飛びたたず大きく深呼吸した。これが職業体験でおこなう、最後の飛行なのだ。しっかりとそのすべてを味わいたい。
ネリアのライガを見たとき、一生分の夢をつぎこんでもいい、そうおもった。
あんなふうに飛べたら!
メレッタは自分のなかに流れる魔素の動きに集中する。
みんなで作った『ライガ』……どうか、私の翼になって……!
空へ……!
メレッタの『ライガ』はふわりと飛んだ。距離にしてほんの十ムゥぐらい。高さにしても人の目の高さていど。
空を駆けあがることも、縦横無尽に宙返りすることも、ドラゴンを超える速さで風を切ることもなく。
そして、ふわりと静かに着地した。メレッタの明るい栗茶の髪がふわっとそよぐていどの静かさだ。
学園生たちが職業体験でつくりあげたライガは、たいして飛ばなかった。
だが、この静かできれいな着地は、どう考えても世界でまだだれもやったことがない、最先端の技術だと誇っていい。
そう、メレッタを安全に飛ばせたのだ。
息をつめて見守っていたみんなから、歓声とおたけびがあがる。
学園生たちが互いの肩や腕をたたきあうなか、メレッタが満面の笑みでライガを飛びおりると、そのまま飛びつくように一人一人をハグしてまわった。
「ほんとうに楽しかったわ!ありがとう、レナード!ありがとう、カディアン!ありがとう、ニック!ありがとう、グラコス!」
さすがにユーリに飛びつくのは気恥ずかしく、両手でその手をにぎりしめた。
「ありがとうございます、ユーリ先輩!本当に、本当に最高の職業体験でした!」
「僕のほうこそ……きみたちと過ごした十日間で、僕も学ばせてもらった……こうやってみんなでつくりあげる体験ができたことは、僕にとっても宝になった」
それからメレッタは、一人離れて研究棟の前にたつネリアに、ペコリとお辞儀をした。ユーリもふりむけば、ネリアがにっこりと笑って手をふっている。
(ネリア……きみは、わかっていたのか?……どこまで……)
ユーリ自身は、一人で作業することに慣れていた。そのほうが集中できるし、効率もいい。考えのちがう者どうしを組み合わせて、いっしょに作業させても、うまくいくはずがないと思っていた。十日間の職業体験で、たいしたことはできないだろうと思っていたのだ。けれど、彼らはやってのけた!
なにかを成し遂げるなら、一人よりも大勢で取りくんだほうが、喜びが大きい。ユーリは初めてそれを知った。
『ユーリの情熱が続くかぎり、やってみたらいいよ』
自分の中にこれほどの情熱が埋まっているとは、思ってもみなかった。それをひきだしたのは、ネリアであり、いまここにいる学園生たち全員だ。ユーリは、予想以上に自分が感激していることにおどろいた。油断するとなにかがこみ上げてくる。
「みんながたずさわった研究は、これからも続きいつか完成する。きみたちがそれぞれの道を歩む際、この経験が糧となることを期待し……これで錬金術師団の職業体験は終了とする!」
研究棟のまえの広場に、ひときわおおきな歓声が上がった。