126.海猫亭ふたたび
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わたしはター麺の海鮮ダシがすばらしい、六番街の海猫亭に目をつけた。
そこの女将さんはライアスと一緒に来たわたしを覚えていて、彼女に試食してもらってから、店先を借りて鉄板焼きを提供する許可をもらう。
製品テストと宣伝も兼ねて、海猫亭の海鮮ダシをつかった鉄板焼きを、グリドルで焼くのは三日間だ。
試作時よりも術式には磨きをかけ、こびりつかない加工に保温、自動洗浄など便利機能を取りつけた。
ちゃんと長く使ってもらえる製品を目指したのだ。
もしも興味を持つお客さんがいたら、魔道具ギルドで術式を購入できることも説明する。工房の関係者がいるかもしれない。
鉄板焼きのメニューは、タコ焼きとお好み焼きの二種類と決める。焼きそばも思いついたけれど、エクグラシアでは麺から作らないといけない。
鉄板焼きを作りながら、商品説明をこなし、混雑する店先で商品とお金の受け渡しをする。
ひとりでは無理なので、いろんな人に手を借りることにして、まずは海猫亭を手伝う息子さんたちに試食してもらった。
「これうまいなぁ!腹もちもいい!ウチの定番メニューに加えてもいいかい?」
「もちろんです。レシピはどんどん広めちゃってください!そしたらわたしも食べにきます!」
「兄貴、このレシピとグリドル片手に独立しちゃうってのどうよ?」
「おおっ!それもアリだな!」
いいね!異世界に広めよう!海鮮ダシたっぷりのお好み焼きとタコ焼き!
ふたりには調理をお願いして、お好み焼きとタコ焼きのコツを伝授する。たいした技術じゃないけどね!
カーター副団長も職人魂に火がつくのか、海猫亭の兄弟と並んでキャベツもどきを刻む手に力が入る。指、ケガしないようにね!
調理はこの三人に任せ、売り子はわたしとアイリがやり、商品説明はわたしとカーター副団長が担当すれば、交代しながらなんとか回るはずだ。
わたしは状況に応じて、どのポジションにも入る。全力投球させてもらいますとも!
「師団長……じゃなくてネリィ、研究棟にいるより楽しそうですな」
カーター副団長がザッザッと刻んだ野菜をトレイに入れた。もともと魔道具師だったせいか、話しながらも手が動く。すごい!
「まあね。師団長はまだ二ヵ月だけど、バイトは二年ぐらいやったから……懐かしいって感じ」
「ほぅ」
ほぼ直線縫いだから、ニーナたちに頼んではっぴも作ってもらえた。副団長に着るのは拒否されたけれど問題ない。
実は今回の製品テスト、勝利を確信するだけの秘密兵器がある!
「あの……ネリス師団長……これで、おかしくないですか?」
紅の瞳は潤むように大きく、ラベンダー色のショートカットのうなじもまぶしい美少女が、恥ずかしそうに『グリドル』と染め抜いたはっぴを羽織ってあらわれた。でたよ、うちの秘密兵器!
そのとたん、海猫亭の店先をざわめきが駆け抜けた。
「天使だ……天使がいる……」
「いや、妖精だろう」
「ちょっと待て。俺、まぶしすぎて目が開けられないんだが」
まわりの荒くれ風あんちゃんたちが、興奮したようにささやいている。そうだろうとも!
学園ナンバーワン美少女がここに降臨!
これがホンモノの美少女というやつだよ!
「ネリィでいいよ。アイリよく似合ってる!すっごくかわいい!」
「は、はい。ではネリィ、私のことも『スターリャ』でお願いします。髪の色に似た薄紫の花なんです」
「スターリャ、これから三日間よろしくね!」
わたしは、彼女にあまり考えこむ時間を与えないように、忙しくさせることにした。
声をだすってだいじだ。
お嬢様のアイリは売り子なんてしたことないけれど、飲食業では声をだしてお客さんとやり取りすることで元気がもらえる。
まだ開店前だというのに、まじめなアイリは代金やお釣りの計算を習うと、真剣に硬貨を見つめる。
「その……恥ずかしながら私、お金というものをちゃんと見たことがなくて……」
とまどいながら恥じらう美少女に、まわりのあんちゃんたちのキュンキュンボルテージが勝手に上がり、その熱気がすごい!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして錬金術師団の鉄板焼き屋台が開店した。
「いらっしゃいませ!お好み焼きおふたつですね?ありがとうございます」
「ううう、ありがとうございます」
なぜか、お礼をいいながら買っていくあんちゃんたち。それどころか、差しいれをくれる人までいる。
「あの、スターリャちゃん!これ、空き時間に飲んで!がんばってね!」
「まぁ!ありがとうございます!」
「いや、もぅその笑顔だけで……ごちそうさまですっ!」
今の人、拝んでいったよ……。
店の混雑に、あんちゃんたちの気が立っても、誰かが一喝して鎮めてくれる。
「おい!スターリャちゃんがこんなにがんばってるんだ!おめぇらが行儀よくしねぇでどうする!」
「あの、お待たせしてごめんなさい。もうすぐ焼き上がりますから……」
美少女が瞳を潤ませて悲しそうにするものだから、先頭のあんちゃんは、へにゃへにゃになった。
「あああ、ごめんなぁスターリャちゃん。びっくりさせちまって……俺ら、ちゃんと待ってるから!」
「はい!みなさんに食べてもらえてうれしいです!待っててくださいね!」
にこ。もうそれだけであんちゃんたちの心は、澄みきった清流に浸したように洗われた。アイリの笑顔は四万十川に違いない。
海猫亭の前にできた列はどんどん伸びていく。
「手間がかかるタコ焼きはパスしよう。研究棟でもソラに焼いてもらって、保温してすぐ出せるぶんも確保するね」
初日は、とりあえずお好み焼きだけを提供して注文をさばき、グリドルの説明をしているうちに……一日が終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユーリはよく眠れなかった。
「背はねぇ、よく寝たほうが伸びるんだよ!」
別れ際にネリアが言ったので、ユーリもララロア医師の診察を受けたあとは、昨夜はしっかり寝ようと思った。
けれど枕元に駆けつけたリメラ王妃が泣きだしたのだ。彼の頭をなで、ほほにふれてホロホロと涙をこぼす。
「あの……母上?きょうはもう休むので、話はあすにでも……」
ビシビシビシッ!ザラザラザラ……。
母に出ていってもらおうとした瞬間、部屋にあったカップだけでなく、花瓶その他もろもろの陶器が粉々に砕け散った。後半は破片が床にくずれおちる音だ。
「ユーティリスっ!……この母がっ!どれだけ心配したと……」
ほぼ修復専門となった母専属の魔術師が、死んだような目で修復の魔法陣をかけているのを見ながら、ユーリは母の説教をえんえんと聞かされた。
フラフラしたまま研究棟に顔をだせば、学園生たちがとまどったように彼を見つめる。
アイリ・ヒルシュタッフがいないし、それと『カディアンの小さいお兄ちゃん』だったユーリ・ドラビスが……デカいし声も低い。
ネリアがヴェリガンと開発したサプリメントのおかげか、ユーリは弟より背が高くなっていた。けれどまだ十六歳の弟は成長期……まだ油断できないため、彼はあの変なサプリを摂り続けている。
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帰宅したメレッタはソファーで燃え尽きている父と、思ったより元気のいいアイリに迎えられた。父はブツブツつぶやいて白目をむいていた。
「世の中にあんなすごい職人がいたとは……包丁を動かすスピードが……」
「おかえりなさいメレッタ!研究棟はどうだった?」
「ライガは三回墜落したけど順調!アイリは?」
「すごく楽しかった!最初はね、とまどうことばかりだったの。でもみなさん、とっても親切で優しくて。私の短い髪もほめてくださって……」
うれしそうに話すアイリに、メレッタは「きょうのカディアンはグダグダだった」と教えるのはやめておいた。
女の子はたっぷり泣いたら、前を向いて生きていく。










