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魔術師の杖  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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125.メレッタとアイリ

ブクマ&評価、誤字報告もありがとうございます!

 三番街にあるカーター副団長の家で、夕食を終えたメレッタは片づけを手伝っていた。今日は王都上空を飛ぶドラゴンたちが、いつにも増してギャアギャアとにぎやかだ。


「なんだか空が騒がしいわねぇ」


「ドラゴンだもの。いつものことじゃない?」


 母のアナが食器を棚にしまっていたら、父のクオードが慌てたように台所におりてきた。


「師団長からのエンツで、アイリ・ヒルシュタッフをしばらくウチで、預かってほしいというのだが……」


「えっ、アイリを?」


「ヒルシュタッフ宰相のお嬢さん?急だわね」


 そのまま何回か、父がエンツでやりとりをしたあと、ネリス師団長のライガは家の前庭に降りてきた。


 やっぱりカッコいい……と思いながら、後部座席に座るアイリを見て、メレッタは目を丸くした。


 アイリとはほんの何時間か前に、研究棟でいっしょにオヤツを食べ、彼女にハンカチをもらったばかりだ。


 それなのに、ラベンダー色をしたきれいなロングヘアが、ばっさりとショートになっている。


「アイリ⁉その髪どうしたの⁉」


「自分で切ったの」


 力なくほほえむアイリは、紅の大きな瞳が潤み目元も赤い。服もすり切れているし、重さを失った短い毛先があちこちに跳ねていた。


「まぁまぁ!早くお入りになって!ちょっとあなた!アイリさんの荷物を運んで!」


 父のクオードがすっ飛んできて、アイリの鞄をメレッタの部屋へと運ぶ。


 赤茶の髪をしたネリス師団長が、母のアナに事情をかんたんに説明する。


「ヒルシュタッフ宰相が更迭されたため、屋敷も押収されて捜索対象になります。アイリさんはいったん錬金術師団で引き受けたのですが、居住区よりも魔術学園の同級生のお宅のほうが、彼女も過ごしやすいかと思いまして」


 ネリス師団長がアイリを保護したらしい。


「日中は私の仕事を手伝ってもらいますし、とにかくひとりにならないようにお願いします」


「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 元宰相の一人娘に深々と頭を下げられ、カーター夫人はアワアワと両手をふった。


「だいじょうぶです。急で驚いただけで……こんなおしとやかなお嬢さんなら、メレッタにも見習ってほしいわ」


 母親の言葉には心のなかで耳栓をして、メレッタはアイリに聞いた。


「食事は?」


「いらないわ。ありがとう」


「ちょっと待って。キッチンでミルクティーを淹れるわ。ビスケットも持っていきましょ」


 ティーポットとビスケットの皿を持ち、アイリにドアを開けてもらって、メレッタは彼女を部屋に案内した。


 ピンクの花模様の壁紙に白い家具が置かれ、窓にはレースのカーテンがかかっている。かわいらしさ満載の部屋に、アイリは瞳を輝かせて部屋を見回す。


「メレッタの部屋、かわいいのね。もっと本がいっぱいの部屋かと思っていたわ」


「私じゃなくて母の趣味!寮から休みで家に戻るたびに、部屋がかわいくなってるの。これ以上は、さすがにちょっとね」


 ハート型のクッションをアイリに渡し、メレッタは本棚のある一角を指さす。


「そこが私のお気にいりの場所。なんとかここだけは守っているの」


 そこに置かれた小机には、定規やルーペといった文房具のほか、いろいろな魔道具が積まれていて、確かにメレッタらしい雰囲気だ。


「こんな急に……ごめんね、メレッタ」


「うん、びっくりした。でも不謹慎だけど、ちょっと楽しいよ。こういうのパジャマパーティーみたいだもの!」


 くったくなく笑うメレッタにつられて、アイリもようやく笑みをこぼす。


 彼女はミルクティーが入ったカップを両手で抱える。


 メレッタがビスケットをつまむ横で、アイリがカップに口をつければ、温かいお茶がじんわりとお腹のなかで広がり、彼女の緊張はほどけていった。


「私ね……魔術学園は辞めるつもり」


「えっ⁉卒業まであと半年なのよ?学費は払いこまれているわけだし、お父さんが大変なことになったって、アイリは辞めなくてもいいじゃない!」


 驚いたメレッタが、ビスケットを口から飛ばしそうに言うのを、アイリはうつむいたままで受けとめた。


「そうなんだけど、私のわがままなんだけど……カディアンのそばにいたくないの」


「カディアンの……」


「頭ではわかっているの。彼との縁はもう切れたって。でもこのまま学園にいたら、彼は卒業パーティーで誰かをエスコートするでしょ。そう考えたら、私には無理だって……」


 アイリにかける言葉が見つからなくて、しばらく無言になったメレッタは、やがて腕を組むと怒ったように言った。


「けれどアイリがいなくなったら……あのボンクラ、どうしようもないわ。アイリあっての『殿下』だったのに!」


「うん。メレッタ……カディアンのことを、あなたに頼んでいいかしら?」


「えぇ?まぁしかたないわね。いちおう気にかけとくわ」


「ふふっ、メレッタはカディアンのこと、好きでもなんでもないのね」


 なんて子どもじみた思いだったのかと、今なら思える。どんなに好きでも、相手を幸せにできるわけじゃない。好きをぶつけるしかできないなら、そんなの愛とは呼べない。


 アイリはカディアンのことが好きでしかたなかったのに、メレッタのほうがよほど彼のことを、きちんと理解しているようだった。


「そうね。あんなヤツ竜騎士団に放りこんだら、将来は外国のお姫様に売り飛ばしちゃえばいいわ。アイリが見なくても済む、遠い異国にしてやるわ」


「メレッタなら……本当にやりそうっ!」


 アイリは泣きながら、顔をクシャクシャにして笑った。


 これまでじゃ泣くときですら、美しく見えて品位を損なわないようにと、気を使っていた。人前で泣くことなど、ほとんどなかったけれど。


 アイリは初めて声をあげ、顔をグシャグシャにして泣いた。メレッタまでいっしょになって、抱き合ってわんわんと大泣きした。だってふたりはまだ子どもで、ほかになにもできなかったのだから。


 未来が断たれた悔しさも、恋を失った悲しさも、ただ受けとめるしかできない。できるのは声をあげて泣くことだけだった。


 だからアイリは力をふり絞って、声をあげて泣いた。


 泣いて泣いて、涙がつきるまで泣いたら。


 そうしたら、あとは笑って生きていこう。


 だからもっと流せる涙をぜんぶ、今ここでだしてしまおう。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 〝メローネの秘法〟を使った翌朝、ねぼけまなこのメレッタとアイリが台所に下りていくと、父のクオードがグリドルで、フレンチトーストを加熱しながら、さらにベーコンも焼き、そのうえ手際よくサラダまで作っていた。


 クオードはレベルアップした!


 彼は『食生活のバランス』を獲得した!


 これでスープも作れれば、夫人から〇がもらえる日も近い。がんばれ!


「まぁまぁ!メレッタが時間どおりに起きるなんて、アイリさんのおかげね!」


 ウポポの散歩をしてきたアナがほがらかに笑い、アイリは家族にもいろいろな形があるのだと知った。


 彼女が父に一日の報告をするときに、ほめてもらうために必死だった。メレッタ親子はろくに会話もしないが、仲が悪そうにも見えないし自然だ。


「どうしたの、アイリ?」


「すてきなご家族だと思って」


「そうお?ネリス師団長になる前のお父さんなんて、ひどかったわよ。存在感激薄で!」


「激薄……」


 クオードがショックを受けているが、父の影は本当に薄く、母はイライラしていた。母娘ふたりだけの食卓は殺風景で、ご飯もあまりおいしくなかった。


 父が朝食を作るようになっただけで、母にもゆとりが生まれたことにメレッタは驚いた。


(ネリス師団長って本当に不思議よね)


 食後のお茶を飲みながら、そんなことを考えていると、ネリアがアイリを迎えにきた。手に持った謎の布きれをブンブン振って、彼女は元気よく叫ぶ。


「アイリ!海猫亭でグリドルの製品テストをするわよ!カーター副団長も!」


 ネリアが手に持つ謎の布きれは、『はっぴ』というものらしい……。

メローネの秘法は、どんなに泣いても翌朝には目元スッキリの、学園生の女子に口伝で伝わる魔法です。ネリアにはヌーメリアが教えました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「…という訳で、落ち着くまでアイリをお願いします。昼間は私の仕事を手伝って貰うようにするし、とにかくひとりにならないように」 売国奴の娘に対する処置としては、甘甘ですね
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