125.メレッタとアイリ
ブクマ&評価、誤字報告もありがとうございます!
三番街にあるカーター副団長の家で、夕食を終えたメレッタは片づけを手伝っていた。今日は王都上空を飛ぶドラゴンたちが、いつにも増してギャアギャアとにぎやかだ。
「なんだか空が騒がしいわねぇ」
「ドラゴンだもの。いつものことじゃない?」
母のアナが食器を棚にしまっていたら、父のクオードが慌てたように台所におりてきた。
「師団長からのエンツで、アイリ・ヒルシュタッフをしばらくウチで、預かってほしいというのだが……」
「えっ、アイリを?」
「ヒルシュタッフ宰相のお嬢さん?急だわね」
そのまま何回か、父がエンツでやりとりをしたあと、ネリス師団長のライガは家の前庭に降りてきた。
やっぱりカッコいい……と思いながら、後部座席に座るアイリを見て、メレッタは目を丸くした。
アイリとはほんの何時間か前に、研究棟でいっしょにオヤツを食べ、彼女にハンカチをもらったばかりだ。
それなのに、ラベンダー色をしたきれいなロングヘアが、ばっさりとショートになっている。
「アイリ⁉その髪どうしたの⁉」
「自分で切ったの」
力なくほほえむアイリは、紅の大きな瞳が潤み目元も赤い。服もすり切れているし、重さを失った短い毛先があちこちに跳ねていた。
「まぁまぁ!早くお入りになって!ちょっとあなた!アイリさんの荷物を運んで!」
父のクオードがすっ飛んできて、アイリの鞄をメレッタの部屋へと運ぶ。
赤茶の髪をしたネリス師団長が、母のアナに事情をかんたんに説明する。
「ヒルシュタッフ宰相が更迭されたため、屋敷も押収されて捜索対象になります。アイリさんはいったん錬金術師団で引き受けたのですが、居住区よりも魔術学園の同級生のお宅のほうが、彼女も過ごしやすいかと思いまして」
ネリス師団長がアイリを保護したらしい。
「日中は私の仕事を手伝ってもらいますし、とにかくひとりにならないようにお願いします」
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
元宰相の一人娘に深々と頭を下げられ、カーター夫人はアワアワと両手をふった。
「だいじょうぶです。急で驚いただけで……こんなおしとやかなお嬢さんなら、メレッタにも見習ってほしいわ」
母親の言葉には心のなかで耳栓をして、メレッタはアイリに聞いた。
「食事は?」
「いらないわ。ありがとう」
「ちょっと待って。キッチンでミルクティーを淹れるわ。ビスケットも持っていきましょ」
ティーポットとビスケットの皿を持ち、アイリにドアを開けてもらって、メレッタは彼女を部屋に案内した。
ピンクの花模様の壁紙に白い家具が置かれ、窓にはレースのカーテンがかかっている。かわいらしさ満載の部屋に、アイリは瞳を輝かせて部屋を見回す。
「メレッタの部屋、かわいいのね。もっと本がいっぱいの部屋かと思っていたわ」
「私じゃなくて母の趣味!寮から休みで家に戻るたびに、部屋がかわいくなってるの。これ以上は、さすがにちょっとね」
ハート型のクッションをアイリに渡し、メレッタは本棚のある一角を指さす。
「そこが私のお気にいりの場所。なんとかここだけは守っているの」
そこに置かれた小机には、定規やルーペといった文房具のほか、いろいろな魔道具が積まれていて、確かにメレッタらしい雰囲気だ。
「こんな急に……ごめんね、メレッタ」
「うん、びっくりした。でも不謹慎だけど、ちょっと楽しいよ。こういうのパジャマパーティーみたいだもの!」
くったくなく笑うメレッタにつられて、アイリもようやく笑みをこぼす。
彼女はミルクティーが入ったカップを両手で抱える。
メレッタがビスケットをつまむ横で、アイリがカップに口をつければ、温かいお茶がじんわりとお腹のなかで広がり、彼女の緊張はほどけていった。
「私ね……魔術学園は辞めるつもり」
「えっ⁉卒業まであと半年なのよ?学費は払いこまれているわけだし、お父さんが大変なことになったって、アイリは辞めなくてもいいじゃない!」
驚いたメレッタが、ビスケットを口から飛ばしそうに言うのを、アイリはうつむいたままで受けとめた。
「そうなんだけど、私のわがままなんだけど……カディアンのそばにいたくないの」
「カディアンの……」
「頭ではわかっているの。彼との縁はもう切れたって。でもこのまま学園にいたら、彼は卒業パーティーで誰かをエスコートするでしょ。そう考えたら、私には無理だって……」
アイリにかける言葉が見つからなくて、しばらく無言になったメレッタは、やがて腕を組むと怒ったように言った。
「けれどアイリがいなくなったら……あのボンクラ、どうしようもないわ。アイリあっての『殿下』だったのに!」
「うん。メレッタ……カディアンのことを、あなたに頼んでいいかしら?」
「えぇ?まぁしかたないわね。いちおう気にかけとくわ」
「ふふっ、メレッタはカディアンのこと、好きでもなんでもないのね」
なんて子どもじみた思いだったのかと、今なら思える。どんなに好きでも、相手を幸せにできるわけじゃない。好きをぶつけるしかできないなら、そんなの愛とは呼べない。
アイリはカディアンのことが好きでしかたなかったのに、メレッタのほうがよほど彼のことを、きちんと理解しているようだった。
「そうね。あんなヤツ竜騎士団に放りこんだら、将来は外国のお姫様に売り飛ばしちゃえばいいわ。アイリが見なくても済む、遠い異国にしてやるわ」
「メレッタなら……本当にやりそうっ!」
アイリは泣きながら、顔をクシャクシャにして笑った。
これまでじゃ泣くときですら、美しく見えて品位を損なわないようにと、気を使っていた。人前で泣くことなど、ほとんどなかったけれど。
アイリは初めて声をあげ、顔をグシャグシャにして泣いた。メレッタまでいっしょになって、抱き合ってわんわんと大泣きした。だってふたりはまだ子どもで、ほかになにもできなかったのだから。
未来が断たれた悔しさも、恋を失った悲しさも、ただ受けとめるしかできない。できるのは声をあげて泣くことだけだった。
だからアイリは力をふり絞って、声をあげて泣いた。
泣いて泣いて、涙がつきるまで泣いたら。
そうしたら、あとは笑って生きていこう。
だからもっと流せる涙をぜんぶ、今ここでだしてしまおう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〝メローネの秘法〟を使った翌朝、ねぼけまなこのメレッタとアイリが台所に下りていくと、父のクオードがグリドルで、フレンチトーストを加熱しながら、さらにベーコンも焼き、そのうえ手際よくサラダまで作っていた。
クオードはレベルアップした!
彼は『食生活のバランス』を獲得した!
これでスープも作れれば、夫人から〇がもらえる日も近い。がんばれ!
「まぁまぁ!メレッタが時間どおりに起きるなんて、アイリさんのおかげね!」
ウポポの散歩をしてきたアナがほがらかに笑い、アイリは家族にもいろいろな形があるのだと知った。
彼女が父に一日の報告をするときに、ほめてもらうために必死だった。メレッタ親子はろくに会話もしないが、仲が悪そうにも見えないし自然だ。
「どうしたの、アイリ?」
「すてきなご家族だと思って」
「そうお?ネリス師団長になる前のお父さんなんて、ひどかったわよ。存在感激薄で!」
「激薄……」
クオードがショックを受けているが、父の影は本当に薄く、母はイライラしていた。母娘ふたりだけの食卓は殺風景で、ご飯もあまりおいしくなかった。
父が朝食を作るようになっただけで、母にもゆとりが生まれたことにメレッタは驚いた。
(ネリス師団長って本当に不思議よね)
食後のお茶を飲みながら、そんなことを考えていると、ネリアがアイリを迎えにきた。手に持った謎の布きれをブンブン振って、彼女は元気よく叫ぶ。
「アイリ!海猫亭でグリドルの製品テストをするわよ!カーター副団長も!」
ネリアが手に持つ謎の布きれは、『はっぴ』というものらしい……。
メローネの秘法は、どんなに泣いても翌朝には目元スッキリの、学園生の女子に口伝で伝わる魔法です。ネリアにはヌーメリアが教えました。










