115.王都の空をドラゴンと飛ぶ
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夕方になって仕事を終えたわたしは、居住区の中庭からライガを展開すると空に飛びだした。
目指すは王城の中央棟、天空舞台のあるいちばん高い建物の屋根の上だ。
尖塔の上でライガを腕輪に収納すると、足場に気をつけて屋根に腰をおろす。ここは王都でいちばん高い場所だから、シャングリラ中が一望できる。
昼と夜が交差する時間が過ぎて日が沈み、街に夜のとばりが降りるころ、王都全体から魔素が蛍のような目にみえる光の粒となって立ちのぼりはじめた。
「うわぁ……きれい!」
気候のいい日の日没後、数時間の間だけ見られる〝夜の精霊の祝福〟と呼ばれるこの現象を、わたしは見にきたのだ。
魔道ランプに照らされた街並みを、光の粒となった魔素が舞うさまはとても幻想的で、降り積もることのない雪が舞うようだ。
シャングリラは魔素が豊富な地脈の上に造られているそうで、ここでは魔道具も魔素切れを起こすことが、ほとんどないと言われている。
わたしは王都を吹く風に身を任せながら、屋根の上で魔素の流れを感じていた。
天から降り注ぐ月の魔力と引き合うように、大地の……星の魔力が騒めきだす。
地上から発生した魔素の光は、どこまでも空に向かって飛んでいこうとするかのように、ふわりふわりと頼りない動きで、空に向かって昇っていく。
ギュラアアアァ!
そのとき大きな鳴き声とともに、ライアスを乗せた蒼竜ミストレイが城へと飛んできた。ドラゴンの羽ばたきで強い風が吹きつける。
「わぷ。ライアス、見まわりお疲れさま!」
風に暴れる髪を押さえて叫べば、ライアスはミストレイにまたがったまま、さわやかな笑顔を見せる。
「あとできみのところに行くつもりだった。ミストレイが一直線に天空舞台へと飛んでいくから、すぐにわかったが……こんなところでひと休みするのは、きみぐらいだろうな」
「こないだも来てくれたんだよね。へへっ、隣くる?」
わたしの隣をぽんぽんっと手で叩けば、翼をバタバタさせるミストレイをぐっと引き止め、ライアスは天空舞台へと着地する。
「おまえは我慢しろ」
彼は竜王に声をかけて背から滑り降り、わたしが座る屋根へと身軽に上ってきた。
「なにを我慢させたの?」
「ミストレイも一緒に屋根の上に乗りたがったから、天空舞台で我慢させた」
「ミストレイじゃ、屋根壊しちゃうもんね」
天空舞台に降りたミストレイは、翼を休めると首だけ伸ばして鳴く。
グルルルゥ……。
本当に愛嬌があって、かわいい子だなぁ……竜王とはとても思えない。ライアスは腰を下ろすと、わたしをねぎらった。
「このあいだは疲れたろう。訓練場で傷ついた防御壁の修理をさせてしまって。風魔法は飛びだすこともあるし、とても助かった」
「あはは。術式あんなに書いたのひさしぶり……ライアスこそあんなに激しい戦いで疲れなかった?」
「俺はネリアのポーションで回復したし、だいじょうぶだ」
ライアスとこうして過ごすのはひさしぶりで、話しだせば話すことがたくさんあった。
収納鞄やグリドルを売りだす話、魔術学園に行ったときのことや、ライガの改良をユーリに任せたこと、ヌーメリアがアレクを連れて帰ってきたこと……。
いろいろなことがあったから、ライアスとふたりで王都見物をしたのが、ずいぶん昔みたいだ。
猫になった話はできなかった。レオポルドの膝で寝こけたなんて黒歴史でしかない。自分の記憶からも抹消したい。
「……それからね、デーダスの家に行ったら、オドゥが天井からぶら下がってたの。ぐるぐる巻きにされて!もぅびっくり!」
「オドゥが宙づりか……そいつは見たかったな!」
ライアスと話すだけで怖かったことや、あのとき感じた不気味さが薄れていく。
ひとしきりふたりで大笑いしたあと、ライアスは優しい眼差しをわたしに向けた。
「ようやくネリアも王都に慣れてきたようだな」
「そうだね、ライアスのおかげだよ。それにソラが研究棟にいるから、すごく快適!」
やれることがあって、ちゃんと衣食住が保証されている。こんなに幸せなことってない。けれど彼の青い瞳は心配そうに曇った。
「だが、ネリアは王城内ではいつも仮面をつけているだろう?素顔のきみは気さくで、かわいらしい女性だというのに。わざと人を遠ざけているようだ」
「それは……デーダス荒野からでてきたばかりで、あまり多くの人と触れあうのは苦手っていうか……」
遠ざけているわけではないけれど、この世界についてグレンから得た知識しかないわたしは、人と交わるとボロがでそうな気がする。
「街できみはのびのびと過ごしていたし、自然な笑顔も見せていた。きみの本当の姿を知る者が少ないのは、俺にとっては助かるが……」
「助かるって?」
ライアスにとって何が助かるのか、よくわからないけれど、彼はわたしを心配してくれていたらしい。
「きみにとって師団長の仕事が難しいとは思わないが、慣れない王城だとやはり大変ではないか?」
「大変だけど……これ以上ないってぐらい、好きにやらせてもらってるもの」
少しずつだけど、人が苦手なヌーメリアやヴェリガンといっしょに、わたしもこの世界やそこで暮らすひとびとに触れている。
グレンと二人きりだったデーダス荒野での暮らしにくらべれば、世界は変化に満ちていて、見ることも覚えることもたくさんある。
もう少し人になじめて、ここでの暮らしにも慣れたら……そうしたらわたしは自分の将来のことも考えられるし、いつのまにかすんなりと、この世界に溶けこんでしまえそうな気がする。
わたしはライアスを見上げた。ドラゴンを駆っていなくても見とれるほど男前で、風に髪がなびくと顔立ちがあらわになり、しっかりした眉が整った目鼻立ちを引き立てている。
(かっこいいなぁ……)
「秋になれば王都では秋祭りがあり、屋台がでる。エクグラシア各地から運ばれてきた名物が楽しめるぞ。ネリア、きみに移りゆく季節を見せるのが楽しみだ。またいっしょに、いろいろなものを食べにいこう」
「うん、そうだね!」
彼とまたでかけるのだと思うと、なんだかくすぐったい。ひとつひとつ、この王都で楽しめることを見つけていこう。
「いまね、遠征に間に合うように収納ポケットを作っているの。ワッペンにして装備に後づけできるようにして……」
わたしは収納ポケットの話をする。ライアスとレオポルドとの手合わせを見学してから、わたしは真剣になって、術式の開発に取り組んでいる。
「それはいいな」
「それとね、転移魔法を覚えてから、跳べる先を増やそうと思って、ヌーメリアと王城をあちこち探索しているの。レオポルドともばったり会ってね……」
「あいつも不愛想だが信用できる男だ」
「うん、それはわかるよ。最初に会ったときより、印象はよくなったよ」
ライアスはおかしそうに、肩を震わせてクックックと笑う。
「最初のあれよりは、ひどくなりようがないだろう」
「だよねー!」
猫になったときはレオポルドに、言葉こそきつくても親切にしてもらった。わたしとしては忘れたいけど!
「いまさらだけどね、グレンが生きていたらなぁ……って思うの」
「グレン老が?」
「うん。いろいろと聞きたかったし、レオポルドとちゃんと話をしてもらいたかった。そして……無理かもしれないけれど、できたら和解をしてほしかった」
ライアスは遠くへ目をやった。
「そうだな……俺が竜騎士団長になったのは去年だから、あまりグレン老と接する機会はなかった。だから評判通りの気難しい人物という印象しかないのだが」
「うん」
それからライアスは真剣な目でこちらを見た。
「だけどレオポルドは違う。ネリアにはあたりがキツいようだが、ちゃんと人の話も聞くし面倒見だっていい」
「レオポルドが?」
わたしは話をなかなか聞いてもらえないんだけど……。ライアスは困ったような顔をした。
「そうだな。あいつは冷たく見えるだろうが、決してそんなことはない」
「うん……それはわかるよ。ただもう少しふつうに話せたらなって」
「きみの物怖じしない性格なら、だいじょうぶだろう。あいつもきっと……きみのことを気にかけている」
「そうかなぁ」
ライアスの言葉に、わたしは首をかしげた。けれど……もしもあの魔術師と話せるようになったら、これからのこともいろいろ相談したい。
「ありがとう、ライアスのおかげで勇気がでたよ。転移魔法陣を描き直したら、レオポルドが研究棟にきてくれるし、そのときにちゃんと話してみる」
「君をウレグに迎えに行くよう、俺に頼んできたのはレオポルドだ。それに俺の親切は……下心があるからいいんだ」
イタズラっぽく言うライアスに、わたしはつられて笑った。屋根の下の天空舞台では、ミストレイが不満そうにうなる。
グォォゥ……。
「あっ、ミストレイ……お腹すいたかな?」
「いや、ネリアにかまってもらいたくて、すねているんだ。ちょっとだけ、俺につき合ってくれないか?」
ライアスは言うなり、わたしを抱きかかえて軽々と跳んだ。
「うひゃあっ!」
「軽くひとっ飛びするだけだ。〝夜の精霊の祝福〟を特等席で見たいだろう?」
わたしをミストレイの背に乗せると、ライアスは大きく羽ばたくドラゴンを駆り、天空舞台から飛び立った。
宵闇の空を魔素の光が舞い飛んでいく。灯りがともりだしたシャングリラを見下ろすと、夜間飛行は言葉にならないほどの美しさだ。
「空の色が変わっていく……」
黄昏色の空はなぜか、あいつの瞳を思いださせた。











