114.霊廟にて
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夕方、学生たちが帰ったあとの研究棟は、いつもの静けさを取り戻した。
工房をでて二階の研究室に戻ろうとしていたユーリは、背の高い美丈夫がやってきたところにでくわした。
「ライアス」
黄金の髪は太陽の光みたいで、青い瞳は晴れた夏の空のような竜騎士団長の名をユーリは呼ぶ。ライアスはさわやかな笑顔で、彼に話しかけてきた。
「ユーティリス、ネリアはいるか?」
「ネリアなら師団長室に……あれ?いませんね……」
師団長室の扉を開けてもネリアはいない。ふたりはソラにも確かめたが、彼女は居住区にもいなかった。
「転移か?ユーティリス、王城の魔法防壁はどうなっている?」
「とっくに対応ずみです。魔術師団の二の舞はごめんですからね。ネリアに用ですか?」
困ったように眉を下げたライアスに、ユーリが首をかしげて問いかける。
ネリアに防壁を壊されるぐらいなら、最初から彼女が自由に通れるようにしたほうがいい。けれど王都にでかけたとなると、彼女を見つけるのは難しそうだ。
「それじゃ、どこにでかけたかもわからないな。彼女を食事に誘おうかと思ったんだが。いや、またでなおそう」
「食事に?」
竜騎士団長ライアス・ホールディホーンから食事に誘われて、喜ばない女性なんていないだろう。
軽く手をあげて帰っていくライアスのうしろ姿を、ユーリはその赤い瞳でじっと見つめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わたしは確か……さっきまで、師団長でぼんやりと考えごとをしていたはずだった。
グリドルの製品テストの結果や、すぐに帰ってしまったレオポルドのこととか、職業体験にやってきた学園生たちのこととか……。
一日のあいだにいろいろなことが起きて、こんなときグレンならどうするかなぁ……と、思いだしていた。
(グレンに会って話がしたいな……)
そう思ったのがいけなかったらしい。転移魔法陣がいきなり発動し、次の瞬間には見覚えがない、窓もなくて薄暗い、ひんやりとした部屋にいた。
突然の転移にぎょっとしたわたしは、部屋にいた人物を見つけて、安心して肩の力を抜いた。
「レオポルド……」
彼は黄昏時の空みたいな薄紫の瞳を、驚きに見開いている。いつも無表情だから珍しい。
黒い魔術師団のローブは脱ぎ、彼は私服のシンプルな青いシャツに黒いズボン姿だった。
「おまえ……まさか、また私に会いにきたのか?」
「そうじゃないけど……頭痛がして帰ったんじゃなかったの?」
「頭痛はもうよくなった。なぜここに……いや、おまえのような世の理を超えてくるヤツに聞いてもムダか」
「……『非常識な』を、柔らかい言いかたに変えてくれてありがとう」
顔をしかめてゆるく首を振る、彼の頭痛が再燃しないこよう祈りながら、わたしは部屋を見回した。
「ええと……ここはどこ?」
「ここはアルバーン家の霊廟だ」
薄暗い部屋の壁には魔導ランプが灯り、奥には小さな扉がたくさんついた黒いタンスが置いてあり、その上に翼を広げた竜王の像が載せられている。
「霊廟って、お墓みたいなもの?」
「塚のことか?死ぬと魔石しか残らない我々に、そんなものはない。各家にある魔石の保管場所のようなものだ」
レオポルドが指し示す黒いタンスは、どうやら魔石を保管ためのものらしい。
「レオポルドはお参り中だったってこと?」
「ひとりで考えたいことがあっただけだ。何かしていたわけではない」
「こんなところで?」
魔石は骨ではないけれど、亡くなった人の一部なわけで……いくら静かだといっても、こんなところで考えごとなんてするだろうか。
そう思っていたら、彼は手にしていた紫の布包みに視線を落とす。
「ハッキリ思いだそうとすると、かえって輪郭がおぼろげになってな……」
「もしかして、研究棟で暮らしていたときのこと?」
「…………」
返ってきたのは、深いため息だけだった。彼は眉をひそめて逆に聞いてくる。
「おまえはここにくるのは初めてだろう。よっぽど私に会いたかったのか?本のことで何か質問でも?」
「それがわたしにも全然わからなくて……本のお礼も言いたかったし、マリス女史から頭痛と聞いて、心配はしていたけど」
なぜ彼のところに転移したんだろう。
「あのね、レオポルドのことを考えていたんじゃなくて。その……『グレンに会いたいな』って思ってたの」
「もしかして、おまえが引き寄せられたのは……これか?」
レオポルドは驚いて、手に持っていた紫の包みを解く。光沢のある柔らかい布をめくると、青味がかった鈍い銀色の光を放つ、グレンの魔石があらわれた。
「グレンの魔石……レオポルドが持っていたの?まさかそれで⁉︎」
「魔石に引き寄せられるとは……おまえはよほどグレンとつながりがあるようだな」
「ふだんはここにしまわれているの?」
そうたずねると、彼は首を横に振った。
「アルバーン家の人間ではないから、この魔石は霊廟に納めることを許されていない。そんなことをしたら、魔石になった先代のアルバーン公が激怒するだろう」
レオポルドは、手にした青灰色の魔石をじっと見下ろす。
「夫婦であれば、魔石は添わせるように保管する。私の記憶が幻でなければ……ふたりの魔石を添わせてやってもいいかと思い、持ち帰ったのだが……」
彼は竜王の像に守られた、黒い保管庫に目を向けた。
「だが、母の……レイメリアの魔石はここになかった。叔父のアルバーン公にたずねたら、母の魔石はグレンが持っていると。おまえはヤツから何か聞いていないか?」
わたしの心臓がドクンと跳ねた。かろうじて冷静さを保って彼に聞き返す。
「レオポルドのお母さんの……レイメリアの魔石?」
「そうだ。私の母、レイメリア・アルバーンの遺した魔石を、グレンはどうしても祖父に渡さなかった。怒った公爵は私をアルバーン領に連れ帰った。私は魔石のかわりだったというわけだ」
レオポルドは皮肉げに唇をゆがませた。こんなにきれいな顔をゆがませるなんて……レオポルドのおじいさんは、どんな人だったんだろう。
それにしても、いつも淡々として無口な彼が、ふだんよりもよくしゃべる。よほどショックだったんだろうか。
「それらしいものを見かけた覚えはないか?あいつのことだから何かに使ってしまったかもしれないが」
黄昏色の瞳に真剣な光をたたえる彼に、わたしは嘘をついた。
「覚えはないけれど……こんどデーダスの家を探してみるよ」
「頼む」
心臓にチクリと、トゲを刺したような痛みがしたとき、霊廟の外に複数の人の気配がした。
「サリナ様、レオポルド様は誰も近寄るなと……」
「だいじょうぶよ。わたくしのお願いなら聞いてくださるわ!レオ兄様、いらっしゃるでしょう?」
(サリナ……サリナ・アルバーン⁉︎)
コンコンと軽く扉を叩く音がして、わたしはぎくりと身を強ばらせる。レオポルドはそれを横目でちらりと見てから、扉の向こうに返事をする。
「サリナか……どうした?」
「せっかく早くに帰宅されたのですもの、夕食をご一緒したくて。わたくし、レオ兄様とお話ししたいわ」
「わかった。今いく」
扉越しにサリナの明るく弾んだ声がする。
「うれしい!じゃあ待っていますわね!おまえたち……お兄様のぶんの準備もお願いね!」
人の気配が遠ざかると、レオポルドはわたしを振り向いた。
「おまえは帰れ。それと……むやみに転移をするな。塔の魔法結界も越えられるぐらいだ。行けない場所などないだろうが……アルバーン家の者に見つかれば問題になるぞ」
「うん……気をつける」
こくりとうなずいたわたしを見て、レオポルドがふっとかすかに笑った。
「本当に風のようなヤツだな。自由自在に気ままに……どこにでも行ける」
師団長室に戻ったわたしに、ソラがライアスの来訪を教えてくれる。けれどなぜか、エンツで彼に連絡する気にはなれなかった。
ネリアはレイバートの店の事はすっかり忘れています。










