114.伝説は加速する
王城から届けられた王都新聞の記事に、わたしは師団長の椅子から転げ落ちそうになった。
『新錬金術師団長、恐るべき恐怖政治!』
『愛娘の命ごいをする副団長に恭順を強要!』
記事にはセンセーショナルな見だしが並ぶ。
「おかしい。わたしの『ひどいやつ伝説』が加速している気がするの!」
わたし、なにもしていないのに!
わたしがやったのって、メレッタに頼まれて八回連続で曲乗りをこなしたぐらいだ。わたしは怒って工房に行き、五年生たちと一緒にいたユーリに記事を見せた。
「ユーリ、おかしいよね!この記事、ひどくない?」
王妃に似て優しげで繊細な顔だちの彼は、心配そうに眉を寄せて記事に目を通すと、ため息をついた。
「錬金術師団は怪しい集団だとよく誤解されて……ほんとにひどいです。こんな記事、明日には『宰相の恐るべき裏の顔』とかになりますよ。だからネリアは気にしないで」
「それはユーリ先輩が主犯……いえ、なんでもないです。メレッタにはこれでよかったんだろ」
にこやかに言い切るユーリのうしろで、ニックがなにか言おうとしてメレッタを見てやめ、あきらめたように肩をすくめた。
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本城の奥にある奥宮でも、ネリア・ネリスの話題になっていた。リメラ王妃が令嬢たちを集めたお茶会で、なごやかにあいさつする。
「みなさま、先日はわたくしのワガママでごめんなさいね?」
令嬢たちは互いに顔を見合わせた。
「いいえ。わたくしどもこそネリス錬金術師団長と王妃様を、おふたりにしてよかったのか心配しておりましたの」
リメラ王妃は困ったようにほほえんだ。お茶会を飛びだしたのは王妃のほうで、気が進まなそうなネリアを奥宮に誘ったのも彼女だ。
「本当にわたくしのワガママなのよ」
「王妃様はお優しいですもの。わかっております」
ライザ嬢が扇を口元にあて、わけ知り顔にうなずく。
「お茶会の最中に押しかけるなんて、ウワサどおり非常識なかたですのね。魔術師団長をされているレオポルド様のところに、何度も怒鳴りこんだとか。それも窓から!」
何度もではなく二回だけだし、怒鳴りこんだのはさらに少なく、たったの一回だけだ。けれど令嬢たちには『窓』という言葉のほうが衝撃だった。
「窓……ですって⁉」
「レオポルド様のお部屋は最上階ですわよ⁉」
ライザ嬢は父のデゲリゴラル国防大臣から聞いた話を、得意げに披露した。
「魔術師団長が窓からの出入りを禁止したら、彼女は腹いせに魔法結界を腹いせにたたき壊したそうよ!」
もしもネリアがここにいて「腹いせではなく、転移魔法を覚えたことがうれしくて……」と説明したとして、魔術学園の初年度で習う基礎魔法を、錬金術師団長が使えなかったなんて誰も信じない。
「なんですって!塔の防壁は魔術師団の技術の粋を集めたものなのに。そんな危険なかた……野放しにしてよろしいの?」
「お待ちになって!王妃様も陛下も苦渋のご決断なのですわ。研究棟にはわが国の第一王子が……なんておいたわしいっ!」
ネリア・ネリスは竜王神事で王子に自分のうしろを歩かせた。人質同然だと思われている呪われし第一王子が、研究棟で羽を伸ばしてゴキゲンに過ごしている……などと誰も思わない。
ライザ嬢は扇を開いて、話に聞きいる令嬢たちに教えた。
「ごぞんじ?先代のディアレス師団長から『師団長の座を引き継いだ』と言い張り、彼女は抵抗する師団員たちを火あぶりにしたそうよ」
「なんて恐ろしい!」
火を放ったのはレオポルドで、しかもネリアは逃げ遅れたヌーメリアを助けるため、防御魔法を張って飛びこんだのだが……。
「ほかにも彼女に反対した錬金術師を、貧血を起こして倒れるまで働かせたり、錬金釜に丸ごと入れたりしたのですって!」
貧血を起こしたのは、ヴェリガンが不摂生だったからで、『錬金釜に丸ごと入れる』は、体脂肪率の測定法を模索しているとき、彼女がうっかりつぶやいただけだ。実際にはやっていない。
「わたくし新聞で読みました!ずっとグレン老につき従ってきた副団長の、愛娘を人質にとって恭順を迫り、今までやっていた仕事を取りあげたとか!」
それはネリアが今朝、椅子からころげ落ちそうになった原因の記事だ。確かに副団長は防虫剤作りをしなくなったが、それはネリアに押しつけただけだ。
「わたくし、恐ろしい話を聞きましたの!」
(まだあるのかしら……)
盛り上がる令嬢たちを観察しながら、リメラ王妃はまばたきをした。
(真実とはだいぶ違うけれど、だいたいは合っているのよね……)
「彼女は魔術学園の卒業生ではないの。エセ錬金術師だと指摘したダルビス学園長を、ヴェルヤンシャ山の木に吊るしたそうよ!」
「あんな高い山に⁉」
「神聖なる学府への冒涜ですわ!」
だがそれもネリアは、魔力適正検査をしただけで、ダルビス学園長を木に吊るしたのは、どこからともなく吹いた風だ。
カーター副団長もいっしょに吊るされたことは、まだ知られていないようだ。
こうして『ネリア・ネリスひどいやつ伝説』は加速していく。
「レオポルド様がお忙しくなられて、サリナ様もお寂しいでしょう?」
ライザに話を振られたサリナは、おっとりとほほえみ小首をかしげた。それだけで金色の豊かな髪がドレスを滑り、彼女が目を伏せると、緑の瞳はエメラルドのような深みを増す。
「ネリス師団長のお話を、レオポルド兄様から聞いたことはございませんが、お顔を見られないのは寂しく思いますわ」
「ご婚約の発表は今年の冬ですの?」
サリナは愛らしいしぐさで、困ったように小さくため息をこぼす。
「レオポルド兄様はお忙しくて、お相手を探す時間なんてありませんわ。わたくしは淑女としての勉強が足りなくて……兄様にはいつも『おてんば』と言われますの」
「サリナ様ったら……わかっております。仲がよろしくて、うらやましいですわ」
ライザ嬢が扇を口元にあて、わけ知り顔にうなずく。アルバーン公爵がサリナに持ちこまれる縁談を、片っぱしから断っていたからだ。
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令嬢たちを集めたお茶会が終わり、執務室に戻ったリメラ王妃は、ゆったりとソファーに身を沈めると、補佐官のジゼル・ホープに話しかけた。
「ユーティリスに合いそうな子は見つからなかったわね。お相手探しって難しいわ……」
王子の首にはまっていたチョーカーが外れたことは、まだ公にされておらず、王妃もヘタに口を挟めなかった。茶会が情報戦の会場になることはよくあるけれど、ライザ嬢は真っ先に候補から外れた。
令嬢たちが語るネリア・ネリスの人物像は、実際の本人とはかけ離れている。彼女がいつもつけているグレンの仮面も、ウワサを助長しているのだろう。
だが、彼女の素顔を見たリメラ王妃は、とまどってもいた。
赤茶色のふわふわとしたくせっ毛が、顔のまわりをふちどる小柄な娘。きれいというよりもかわいらしい顔立ちで、化粧などしていなさそうな自然な素肌は、健康的でほほもふっくらしている。
紅を差していないのに、赤い唇はふるりと柔らかそうで、濃い黄緑の瞳は大きく煌めく。
骨格は細くて年齢よりもあどけなく、妖精のような雰囲気もあり、それでいて横顔ははかなげで知性も感じさせた。
まったくもって『錬金術師団長』のイメージからは、ほど遠いうえにあの容姿……。
「彼女の『真実』はいったいどこにあるのかしら……。魔道具ギルド長アイシャ・リベロを呼んでちょうだい」
リメラ王妃は補佐官のジゼルに命じた。











