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魔術師の杖  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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114.伝説は加速する

 王城から届けられた王都新聞の記事に、わたしは師団長の椅子から転げ落ちそうになった。  


『新錬金術師団長、恐るべき恐怖政治!』


『愛娘の命ごいをする副団長に恭順を強要!』


 記事にはセンセーショナルな見だしが並ぶ。


「おかしい。わたしの『ひどいやつ伝説』が加速している気がするの!」


 わたし、なにもしていないのに!


 わたしがやったのって、メレッタに頼まれて八回連続で曲乗りをこなしたぐらいだ。わたしは怒って工房に行き、五年生たちと一緒にいたユーリに記事を見せた。


「ユーリ、おかしいよね!この記事、ひどくない?」


 王妃に似て優しげで繊細な顔だちの彼は、心配そうに眉を寄せて記事に目を通すと、ため息をついた。


「錬金術師団は怪しい集団だとよく誤解されて……ほんとにひどいです。こんな記事、明日には『宰相の恐るべき裏の顔』とかになりますよ。だからネリアは気にしないで」


「それはユーリ先輩が主犯……いえ、なんでもないです。メレッタにはこれでよかったんだろ」


 にこやかに言い切るユーリのうしろで、ニックがなにか言おうとしてメレッタを見てやめ、あきらめたように肩をすくめた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 本城の奥にある奥宮でも、ネリア・ネリスの話題になっていた。リメラ王妃が令嬢たちを集めたお茶会で、なごやかにあいさつする。


「みなさま、先日はわたくしのワガママでごめんなさいね?」


 令嬢たちは互いに顔を見合わせた。


「いいえ。わたくしどもこそネリス錬金術師団長と王妃様を、おふたりにしてよかったのか心配しておりましたの」


 リメラ王妃は困ったようにほほえんだ。お茶会を飛びだしたのは王妃のほうで、気が進まなそうなネリアを奥宮に誘ったのも彼女だ。


「本当にわたくしのワガママなのよ」


「王妃様はお優しいですもの。わかっております」


 ライザ嬢が扇を口元にあて、わけ知り顔にうなずく。


「お茶会の最中に押しかけるなんて、ウワサどおり非常識なかたですのね。魔術師団長をされているレオポルド様のところに、何度も怒鳴りこんだとか。それも窓から!」


 何度もではなく二回だけだし、怒鳴りこんだのはさらに少なく、たったの一回だけだ。けれど令嬢たちには『窓』という言葉のほうが衝撃だった。


「窓……ですって⁉」


「レオポルド様のお部屋は最上階ですわよ⁉」


 ライザ嬢は父のデゲリゴラル国防大臣から聞いた話を、得意げに披露した。


「魔術師団長が窓からの出入りを禁止したら、彼女は腹いせに魔法結界を腹いせにたたき壊したそうよ!」


 もしもネリアがここにいて「腹いせではなく、転移魔法を覚えたことがうれしくて……」と説明したとして、魔術学園の初年度で習う基礎魔法を、錬金術師団長が使えなかったなんて誰も信じない。


「なんですって!塔の防壁は魔術師団の技術の粋を集めたものなのに。そんな危険なかた……野放しにしてよろしいの?」


「お待ちになって!王妃様も陛下も苦渋のご決断なのですわ。研究棟にはわが国の第一王子が……なんておいたわしいっ!」


 ネリア・ネリスは竜王神事で王子に自分のうしろを歩かせた。人質同然だと思われている呪われし第一王子が、研究棟で羽を伸ばしてゴキゲンに過ごしている……などと誰も思わない。


 ライザ嬢は扇を開いて、話に聞きいる令嬢たちに教えた。


「ごぞんじ?先代のディアレス師団長から『師団長の座を引き継いだ』と言い張り、彼女は抵抗する師団員たちを火あぶりにしたそうよ」


「なんて恐ろしい!」


 火を放ったのはレオポルドで、しかもネリアは逃げ遅れたヌーメリアを助けるため、防御魔法を張って飛びこんだのだが……。


「ほかにも彼女に反対した錬金術師を、貧血を起こして倒れるまで働かせたり、錬金釜に丸ごと入れたりしたのですって!」


 貧血を起こしたのは、ヴェリガンが不摂生だったからで、『錬金釜に丸ごと入れる』は、体脂肪率の測定法を模索しているとき、彼女がうっかりつぶやいただけだ。実際にはやっていない。


「わたくし新聞で読みました!ずっとグレン老につき従ってきた副団長の、愛娘を人質にとって恭順を迫り、今までやっていた仕事を取りあげたとか!」


 それはネリアが今朝、椅子からころげ落ちそうになった原因の記事だ。確かに副団長は防虫剤作りをしなくなったが、それはネリアに押しつけただけだ。


「わたくし、恐ろしい話を聞きましたの!」


(まだあるのかしら……)


 盛り上がる令嬢たちを観察しながら、リメラ王妃はまばたきをした。


(真実とはだいぶ違うけれど、だいたいは合っているのよね……)


「彼女は魔術学園の卒業生ではないの。エセ錬金術師だと指摘したダルビス学園長を、ヴェルヤンシャ山の木に吊るしたそうよ!」


「あんな高い山に⁉」


「神聖なる学府への冒涜ですわ!」


 だがそれもネリアは、魔力適正検査をしただけで、ダルビス学園長を木に吊るしたのは、どこからともなく吹いた風だ。


 カーター副団長もいっしょに吊るされたことは、まだ知られていないようだ。


 こうして『ネリア・ネリスひどいやつ伝説』は加速していく。


「レオポルド様がお忙しくなられて、サリナ様もお寂しいでしょう?」


 ライザに話を振られたサリナは、おっとりとほほえみ小首をかしげた。それだけで金色の豊かな髪がドレスを滑り、彼女が目を伏せると、緑の瞳はエメラルドのような深みを増す。


「ネリス師団長のお話を、レオポルド兄様から聞いたことはございませんが、お顔を見られないのは寂しく思いますわ」


「ご婚約の発表は今年の冬ですの?」


 サリナは愛らしいしぐさで、困ったように小さくため息をこぼす。

 

「レオポルド兄様はお忙しくて、お相手を探す時間なんてありませんわ。わたくしは淑女としての勉強が足りなくて……兄様にはいつも『おてんば』と言われますの」


「サリナ様ったら……わかっております。仲がよろしくて、うらやましいですわ」


 ライザ嬢が扇を口元にあて、わけ知り顔にうなずく。アルバーン公爵がサリナに持ちこまれる縁談を、片っぱしから断っていたからだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 令嬢たちを集めたお茶会が終わり、執務室に戻ったリメラ王妃は、ゆったりとソファーに身を沈めると、補佐官のジゼル・ホープに話しかけた。


「ユーティリスに合いそうな子は見つからなかったわね。お相手探しって難しいわ……」


 王子の首にはまっていたチョーカーが外れたことは、まだ公にされておらず、王妃もヘタに口を挟めなかった。茶会が情報戦の会場になることはよくあるけれど、ライザ嬢は真っ先に候補から外れた。

 

 令嬢たちが語るネリア・ネリスの人物像は、実際の本人とはかけ離れている。彼女がいつもつけているグレンの仮面も、ウワサを助長しているのだろう。


 だが、彼女の素顔を見たリメラ王妃は、とまどってもいた。


 赤茶色のふわふわとしたくせっ毛が、顔のまわりをふちどる小柄な娘。きれいというよりもかわいらしい顔立ちで、化粧などしていなさそうな自然な素肌は、健康的でほほもふっくらしている。


 紅を差していないのに、赤い唇はふるりと柔らかそうで、濃い黄緑の瞳は大きく煌めく。


 骨格は細くて年齢よりもあどけなく、妖精のような雰囲気もあり、それでいて横顔ははかなげで知性も感じさせた。


 まったくもって『錬金術師団長』のイメージからは、ほど遠いうえにあの容姿……。


「彼女の『真実』はいったいどこにあるのかしら……。魔道具ギルド長アイシャ・リベロを呼んでちょうだい」


 リメラ王妃は補佐官のジゼルに命じた。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
真実は藪の中…、いや、弾丸渦巻く暴風雨の中…。 台風の目の穏やかさを知る者は数少なく…。 中に入れるのも、冷徹シルバー、平凡ゴールド、詐欺師ブラック、王子レッド…、くらいなものか。これまた平穏とは程…
ネリアの言葉、マジで核心を突いてるなぁ...「誰かのために」じゃなく「自分がやりたいから」の方が、そりゃ原動力として強いわw
[良い点] 「無駄な仕事」を抱えておける社会は強い
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