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魔術師の杖  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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112.師団長室でひと騒動

よろしくお願いします。

 師団長室へと戻ったわたしに、ウブルグが声をかけてきた。


「レオポルドはどうした?」


「中庭でコランテトラの木にふれて、すぐに帰っちゃった。ねぇ、もしかして彼はここで暮らしていたの?」


「暮らしておったよ。母親が亡くなるまで、グレンと奥の居住区で三人でのぅ。ほんの小さい時分で、本人も忘れとるようだったがの。よぅ笑う可愛いらしい子じゃった」


 わたしは前に聞いた話を必死で思いだす。


「ええと……グレンは結婚はしてなかったよね?」


「籍は入れとらん。レイメリアは押しかけ女房みたいなもんで、グレンもほだされたんじゃろう。レオポルドが生まれてしばらくは、三人でここで仲睦まじく暮らしておった」


 レオポルドがここで生まれ育ったなんて……びっくりだ。グレンは研究棟に居住区を与えられていたから、そう考えると不思議でもなんでもないのだけれど。


「それがなぜ、あんなに疎遠な感じに?」


「レイメリアは塔で働く魔術師で、遠征先の事故で亡くなっての。その死に憔悴したグレンは、しばらく仕事はおろか育児もままならんで……アルバーン公爵が幼いレオポルドを引き取って、北の公爵領に連れ帰ったんじゃ」


 ウブルグは眉を下げた。


「わしもレオポルドとはそれきりでな。つぎに見かけたときは、もう魔術師団に入団しておって……すでにあんな感じでのぅ」


 ああ……うん、ツンケンして不愛想なあれね。かわいげのカケラもないよね……。


 わたしは近くにいたソラにも聞いてみる。


「彼がここで暮らしていたこと、ソラも知ってたの?」


 こくりとうなずいたソラは、中庭でレオポルドが見上げていたコランテトラの木を指差した。


「グレン様にこの体を作っていただくまえ、私は中庭のコランテトラに宿る精霊でしたし、レオとはよく遊びました」


「コランテトラの……精霊⁉」


「はい。朝の水まきで自分に水をやるのは、おもしろいです」


 水まきがソラのツボだったなんて……はじめて知ったよ!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 塔に帰ったレオポルドも気になったけど、中庭でやったグリドルの製品テストも、結果をまとめないといけない。ただ肉を焼いて喜んでいたわけではない!


 もちろん焼いた肉は、みんなでおいしくいただいた。ぜひ、食材を変えてまたやりたい。


 試作品の熱伝導率や、食材の焦げつき具合を調べ、使い心地なども検討してから、最終的に魔道具ギルドでどこに任せるかを決める。


 わたしが師団長室で準備をしていたら、エンツを受け取ったマリス女史が、塔から〝古代文様集〟を届けにきてくれた。


「すぐ帰っちゃったけど、本を貸してくれる話はちゃんと覚えててくれたんだ。マリス女史、ありがとうございます。あの、彼はどうしてますか?」


「アルバーン師団長は頭痛がされるとかで、もうお帰りになりました」


「そうですか……ソラ、この本は居住区に持っていって」

 

 ウブルグと話すまでは、彼も平気そうだったのに。けれど気楽にエンツを送れるような関係でもないから、わたしはあきらめて本をソラに預けた。


 そこへ中庭での昼食の後片づけを終えたアイリが、師団長室に入ってきた。


「失礼します」


 わたしを見て一瞬身を強ばらせた彼女は、目を合わさないようにして横をすり抜け、足早に工房へ入っていく。


「わたし、アイリに嫌われるようなことしたかなぁ……」


「ん?なんじゃ、師団長?」


「いま通った女の子なんだけどね、ちょっと気になって」


 様子を見にいったほうがいいかもと考えていると、アイリに続いて学園生たちがドヤドヤと戻ってきた。


「今のはカディアンが悪いわ!ちゃんと後でアイリに謝りなさいよ!」


「俺は何もしていない」


 文句を言うメレッタに、カディアンはむすっとふくれて言い返している。


「どうかしたの?」


「聞いてください、ネリス師団長!カディアンたら最低!ほんっとに無神経!」


 わたしへ訴えようとするメレッタを、カディアンが顔を真っ赤にして止めた。


「や、やめろっ!その女に言うなっ!」


「カディアンてば、アイリに『ネリス師団長がかわいい』っていったんです!」


 わたし⁉


「ひどいですよね!女の子はねぇ、男の人がよそ見をするだけでも傷つくもんなの!」


「はぁ……」


 カディアンて十六歳だし、男子高校生に『かわいい』と言われても。そりゃ、わたしだと大人の色香には、ほど遠いかもしれないけれど……。


 顔がみるみる赤くなった弟くんは、わたしを見てしどろもどろになる。


「ち、ちがっ!そんな意味じゃなくてっ……俺はっ!」


「なーにが違うのよ!カディアンのすけべ!」


「ちがうっ!俺は師団長が好きとかじゃなくてっ!小さくてかわいい生きものが好きでっ!師団長とか兄上とか、見ているだけでも癒されるっていうか……ホント、そんな感じで」


 はい?


 ……小さくてかわいい生きもの。


 ……師団長とか……兄上とか?


 ……えっと……それは……。


 わたしがどうツッコむか悩むまえに、メレッタがでっかい声で叫んだ。


「兄上って……ユーリ先輩もなのぉ⁉カディアン、それヤバくない⁉」


「だって兄上が笑うと母上にそっくりだし、見下ろすとつむじが見えて……だからかわいいなって……」


 顔を赤くしてモジモジと言うカディアンに、さすがのユーリも笑顔を引きつらせた。


「僕が小さくてかわいい?カディアン……いっぺん泣かされたいのかな?」


「うわぁっ、ごめんなさい、兄上。みなは大きくならない兄上が心配だって言うけど、俺はこのままでもカッコいいし、かわいいまんまでもいいのになーなんて思ってた。ひぃっ、ごめんなさいっ!」


 うわぁ……。ニックやグラコスが思いっきり引いている。わたしもちょっと引いた。最後に入ってきたオドゥが、眼鏡のブリッジに手をかけて、人のよさそうな笑みを浮かべる。


「でも弟くんの気持ちもわかるな。ユーリって、ちっさくてかわいいよねぇ……」


「オドゥ先輩もそう思いますか。そうですよね、ちっさくて……」


「ちっさいちっさいいうなっ!」


 オドゥに味方されて、カディアンは元気になったけれど、ユーリは不満そうに唇をとがらせる。


「オドゥまで、ひどいですよ。弟に『かわいい』なんて言われても、ちっともうれしくないです」


「なら僕ならいいのかな?」


 ユーリはほっぺたを、ますますふくらせた。そのしぐさ、確かにかわいいかも……。


「そういうことじゃありません!悪いけれどメレッタ、アイリのフォローを頼む。カディアンに話がある。ネリアもいいですか?」


 わたし⁉うわぁ、巻きこまれたくないけれど、いちおう責任者だもんね。メレッタが元気に返事をする。


「かしこまりました!ユーリ先輩、カディアンにガツン!といっちゃってください」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 師団長室にはわたしたち三人だけになる。椅子に座ってしばらく無言で弟をにらみつけていたユーリは、顔をしかめて自分の赤い髪をかき乱すと、すばやく遮音障壁を展開した。


「カディアン、ここでハッキリさせておきたい。アイリ・ヒルシュタッフをどう思っている?」


「どう……って?」


 ドギマギと目をそらすカディアンを、ユーリは言葉を変えて問いつめる。


「好きなのか?嫌いなのか?」


 容赦ない兄の追及に弟はグッとつまり、目を泳がせながら小さな声で答えた。


「嫌いじゃない……」


 はぁ⁉今ここにパイがあったら、わたし絶対カディアンの顔面めがけて投げつけてるよ!


 ハッキリしろ、弟!

ユーリのつむじって……カディアンから見ると可愛いのか。

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