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魔術師の杖  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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113.きみのために朝食を

よろしくお願いします。

 リメラ王妃とお茶をしたのは二時間ほどで、わたしが研究棟に戻ってこられたのは、午後になってからだった。


「ただいま~」


 師団長室で書類整理をしていたヌーメリアが顔を上げる。


「遅かったですね。師団長会議は昼前に終わったんじゃ?さっきお昼にライアスがネリアに会いにきてましたよ」


「えっ!ほんと?なんの用事だったんだろ……」


「さあ……用件はいわずに帰られました。直接話したそうでしたよ」


「そっかぁ……でもきょうはもうでかけたくないな……」


 リメラ王妃はユーリの話だけでなく、わたしのこともあれこれ聞こうとしたので、お茶を飲み終えるころにはどっと疲れてしまった。


「ネリア、なんだか疲れてますね」


「うん……師団長会議の帰りに、王城の転移魔法陣を見ていたら、リメラ王妃につかまってお茶してた」


「リメラ王妃と⁉」


「母上と⁉」


 驚いたヌーメリアの声に、ちょうど工房から入ってきたユーリの声がかぶさった。


「そう、ユーリのお母さん。ソラ、わたしお茶はいいや。王妃様のところでたっぷり飲んだから。軽くつまめるものをお願い」


「かしこまりました」


 うなずいたソラが退出するのと入れ替わりに、ユーリが心配そうに聞いてきた。


「母上はなにか言ってましたか?」


「ん?とくに何も……『男の子は大きくなると話し相手にもならずつまらない』とぼやいていたぐらいかなぁ。ユーリ、最近は顔も見せてないんだって?毎日帰っているはずなのにどうして?」


 ユーリは困ったように眉を下げる。


「僕よりあっちが忙しいんです。生活時間が合わないと、とんと会いませんよ」


「そっかぁ……話の途中で何度も王妃様のカップが割れたから、こんど魔力制御の魔道具でも作ってあげたら?」


「王妃のカップが何度も……割れた?」


 ユーリがぎくりと顔をこわばらせた。


「うん。修復の魔法陣があるといっても、ああしょっちゅうじゃたいへんだよね」


「それは母の怒りが増したときに起こる現象ですね……わかりました。近いうちに顔をだします」


 ユーリは青ざめた顔で答えた。すると王妃の機嫌は最悪に違いない。彼の父を犠牲に差しだすだけでは済まないかもしれない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ひと休みしたらすぐにでも、新しい長距離移動魔法陣に取りかからなくてはならないのだけど。


 今日はもう疲れたし、居住区でゴロゴロして過ごそうと思っていたら、カーター副団長が師団長室に飛びこんできた。


「ネリス師団長は戻られたかぁっ!」


「ひゃうっ⁉な、なに⁉」


 カーター副団長はすっ飛んできて、わたしの前にひれ伏した。


「ネリス師団長に従います!なんでも言うことを聞きます!ですからっ!ですから娘だけはぁああ!」


「ど、どうしたの⁉カーター副団長⁉」


 工房に続くドアから、副団長の娘のメレッタ・カーターがヒョイと顔をだす。


「ふふん。もう遅いわよ、お父さん!アルチニさんがお母さんからバッチリ、了承のサインをもらったわ!あっ、ユーリ先輩、母が『なにこの美少年!リメラ王妃様そっくりの繊細で優しげなお顔立ち……尊い!尊いわっ!』ですって。あとで先輩だけの〝フォト〟、お願いしていいですか?」


「美《《少年》》……」


 ちょっと複雑そうな顔をしたユーリは、すぐに気持ちを切りかえたらしい。キラキラ王子様スマイルでにこやかに返事をする。


「もちろんだよ。なんなら〝フォト〟にサインしようか?」


「きゃー!いいんですか⁉じゃあ母の名前もいれてもらっても?母の名は『アナ』っていいます。よろしくお願いします!」


「メ、メレッタ……」


 会話に置いてけぼりになったカーター副団長が、力なくメレッタを呼ぶけれど、当人は聞いちゃいない。うん……会話について行けてないのは、わたしも同じだよ副団長!


 ユーリがにっこりと、わたしに報告する。


「ネリア、メレッタを学園生たちのリーダーに指名しました。試運転で事故が起きたときに備えて、保護者の了承ももらいました。あとで物理衝撃を軽減する防御魔法を、彼女にかけてもらえますか?」


「ほんとに?うん、もちろん!メレッタがんばってね!」


「はい!」


「メレッタ……やめろ、やめるんだ……」


 蒼白になって訴える副団長とは反対に、メレッタは興奮気味にほほを紅潮させ、父の心配をウキウキとウィンクひとつで笑い飛ばした。


「もぉ、心配性だなぁお父さんたら!ネリス師団長に防御魔法かけてもらうし、だいじょうぶだってば!」


「うん。きちんと防御魔法かけるから、副団長もそんなに心配しないで……ね?」


 もちろんメレッタに怪我なんか、ぜったいさせない。心配するカーター副団長のためにも、しっかりした防御魔法をかけてあげなければ。わたしは気を引き締めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ネリアは今ひとつわかってないが、ユーリはわかっている。もちろんカーター副団長にも。


(ネリアが防御魔法をかける……すなわち副団長の愛娘、メレッタの命は彼女が握っているということ。そう副団長はもう、手も足もだせない)


 錬金術師団の副団長、研究棟きっての実務派クオード・カーターは、ここに陥落した。


「ネリス師団長のご命令なら何でもします!泊まりこみの錬金でも雑用でも何でも!だから娘の命だけは!」


「うーん。副団長にやってほしいのは、そういうことじゃないんだけどなぁ。じゃあねぇ……」


 ひれ伏して這いつくばったまま、顔を上げようとしないカーター副団長に、ネリアはひとつの命令を下した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 帰宅した娘のメレッタから、〝ユーティリス殿下直筆サインいりフォ〟をもらったアナは、それを枕元に置いて翌朝ゴキゲンで目覚めた。


 台所に下りてきた彼女は、さらに驚くことになる。


 結婚以来、ひたすら二十年近く仕事漬けで、キッチンなどに立ったこともない夫が、はじめて朝ごはんを作っていたのだ。


「どうしたの⁉いったい……」


「師団長の命令だ。ま、まだうまくないし……品数も少ないが……ど、努力するからっ!」


 クオードが顔を真っ赤にして、スタンプカードにスタンプを添えて差しだした。アナがよく見ると、スタンプの意味はこうだ。


 〇 満足

 △ いまいち

 × もっと頑張りましょう


 どうやら夫は、「毎朝、朝食を作るように」という命令を受け、アナからカードにスタンプを押してもらったら、師団長に見せないといけないらしい。


「たのむっ!メレッタの命がかかっているんだ!」


「もう、お父さんったらおおげさ!」


 アナにはなにがなんだか、よくわからない。


 よくわからないが、アナは(こんどの師団長は面白いわねぇ)と思いながら、△のスタンプを押した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 工房にやってきた五年生たちは、昨日までとはうって変わって、真剣に議論している。


「だから、安全対策の術式は座席に体を固定するだけじゃダメだ!事故が起きたとき、機体と一緒に落ちないよう、切り離す術式も追加しよう」


「竜騎士たちがドラゴンから落下したときに発動する風の魔法陣……あれを応用できないかな?」


「いいね!竜騎士団での職業体験が役に立ったな。そうするとここは……」


「ちょっと見てくれる?これが素材の費用を合計した概算だけど、シャングリラの一般家庭における年収の三年分に相当するわ」


「それじゃ高すぎる。年収の三ヵ月~半年分に抑えられないか?」


「まだ試作機だから、そこまで切り詰める必要はない。素材の比較検討もしたいし、安全性を重視して製作に取りかかろう」


「重力魔法と風魔法のバランスはどうする?」


「『浮かぶ』を重視するなら重力、スピード重視なら風だろう。メレッタ、きみの意見は?」


「私?私は……」


 わたしは目を丸くして、しばらくみんなの様子を眺めてからユーリにたずねた。


「すごい……みんながまとまってる。ユーリ、どうやったの?」


 ユーリは涼しい顔で答える。


「僕は何も……メレッタをリーダーに指名しただけです。今年の職業体験に集まった学生たちは優秀ですよ。学年首席と次席に王族までいる。これで何もできないなんて言わせませんよ」


 彼がにっこりすると、やっぱりお母さん似だと思った。

挿絵(By みてみん)

コミックス1巻購入者特典のネリア。

4月発売で花見団子的な配色。

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