113.きみのために朝食を
よろしくお願いします。
リメラ王妃とお茶をしたのは二時間ほどで、わたしが研究棟に戻ってこられたのは、午後になってからだった。
「ただいま~」
師団長室で書類整理をしていたヌーメリアが顔を上げる。
「遅かったですね。師団長会議は昼前に終わったんじゃ?さっきお昼にライアスがネリアに会いにきてましたよ」
「えっ!ほんと?なんの用事だったんだろ……」
「さあ……用件はいわずに帰られました。直接話したそうでしたよ」
「そっかぁ……でもきょうはもうでかけたくないな……」
リメラ王妃はユーリの話だけでなく、わたしのこともあれこれ聞こうとしたので、お茶を飲み終えるころにはどっと疲れてしまった。
「ネリア、なんだか疲れてますね」
「うん……師団長会議の帰りに、王城の転移魔法陣を見ていたら、リメラ王妃につかまってお茶してた」
「リメラ王妃と⁉」
「母上と⁉」
驚いたヌーメリアの声に、ちょうど工房から入ってきたユーリの声がかぶさった。
「そう、ユーリのお母さん。ソラ、わたしお茶はいいや。王妃様のところでたっぷり飲んだから。軽くつまめるものをお願い」
「かしこまりました」
うなずいたソラが退出するのと入れ替わりに、ユーリが心配そうに聞いてきた。
「母上はなにか言ってましたか?」
「ん?とくに何も……『男の子は大きくなると話し相手にもならずつまらない』とぼやいていたぐらいかなぁ。ユーリ、最近は顔も見せてないんだって?毎日帰っているはずなのにどうして?」
ユーリは困ったように眉を下げる。
「僕よりあっちが忙しいんです。生活時間が合わないと、とんと会いませんよ」
「そっかぁ……話の途中で何度も王妃様のカップが割れたから、こんど魔力制御の魔道具でも作ってあげたら?」
「王妃のカップが何度も……割れた?」
ユーリがぎくりと顔をこわばらせた。
「うん。修復の魔法陣があるといっても、ああしょっちゅうじゃたいへんだよね」
「それは母の怒りが増したときに起こる現象ですね……わかりました。近いうちに顔をだします」
ユーリは青ざめた顔で答えた。すると王妃の機嫌は最悪に違いない。彼の父を犠牲に差しだすだけでは済まないかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ひと休みしたらすぐにでも、新しい長距離移動魔法陣に取りかからなくてはならないのだけど。
今日はもう疲れたし、居住区でゴロゴロして過ごそうと思っていたら、カーター副団長が師団長室に飛びこんできた。
「ネリス師団長は戻られたかぁっ!」
「ひゃうっ⁉な、なに⁉」
カーター副団長はすっ飛んできて、わたしの前にひれ伏した。
「ネリス師団長に従います!なんでも言うことを聞きます!ですからっ!ですから娘だけはぁああ!」
「ど、どうしたの⁉カーター副団長⁉」
工房に続くドアから、副団長の娘のメレッタ・カーターがヒョイと顔をだす。
「ふふん。もう遅いわよ、お父さん!アルチニさんがお母さんからバッチリ、了承のサインをもらったわ!あっ、ユーリ先輩、母が『なにこの美少年!リメラ王妃様そっくりの繊細で優しげなお顔立ち……尊い!尊いわっ!』ですって。あとで先輩だけの〝フォト〟、お願いしていいですか?」
「美《《少年》》……」
ちょっと複雑そうな顔をしたユーリは、すぐに気持ちを切りかえたらしい。キラキラ王子様スマイルでにこやかに返事をする。
「もちろんだよ。なんなら〝フォト〟にサインしようか?」
「きゃー!いいんですか⁉じゃあ母の名前もいれてもらっても?母の名は『アナ』っていいます。よろしくお願いします!」
「メ、メレッタ……」
会話に置いてけぼりになったカーター副団長が、力なくメレッタを呼ぶけれど、当人は聞いちゃいない。うん……会話について行けてないのは、わたしも同じだよ副団長!
ユーリがにっこりと、わたしに報告する。
「ネリア、メレッタを学園生たちのリーダーに指名しました。試運転で事故が起きたときに備えて、保護者の了承ももらいました。あとで物理衝撃を軽減する防御魔法を、彼女にかけてもらえますか?」
「ほんとに?うん、もちろん!メレッタがんばってね!」
「はい!」
「メレッタ……やめろ、やめるんだ……」
蒼白になって訴える副団長とは反対に、メレッタは興奮気味にほほを紅潮させ、父の心配をウキウキとウィンクひとつで笑い飛ばした。
「もぉ、心配性だなぁお父さんたら!ネリス師団長に防御魔法かけてもらうし、だいじょうぶだってば!」
「うん。きちんと防御魔法かけるから、副団長もそんなに心配しないで……ね?」
もちろんメレッタに怪我なんか、ぜったいさせない。心配するカーター副団長のためにも、しっかりした防御魔法をかけてあげなければ。わたしは気を引き締めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ネリアは今ひとつわかってないが、ユーリはわかっている。もちろんカーター副団長にも。
(ネリアが防御魔法をかける……すなわち副団長の愛娘、メレッタの命は彼女が握っているということ。そう副団長はもう、手も足もだせない)
錬金術師団の副団長、研究棟きっての実務派クオード・カーターは、ここに陥落した。
「ネリス師団長のご命令なら何でもします!泊まりこみの錬金でも雑用でも何でも!だから娘の命だけは!」
「うーん。副団長にやってほしいのは、そういうことじゃないんだけどなぁ。じゃあねぇ……」
ひれ伏して這いつくばったまま、顔を上げようとしないカーター副団長に、ネリアはひとつの命令を下した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帰宅した娘のメレッタから、〝ユーティリス殿下直筆サインいりフォ〟をもらったアナは、それを枕元に置いて翌朝ゴキゲンで目覚めた。
台所に下りてきた彼女は、さらに驚くことになる。
結婚以来、ひたすら二十年近く仕事漬けで、キッチンなどに立ったこともない夫が、はじめて朝ごはんを作っていたのだ。
「どうしたの⁉いったい……」
「師団長の命令だ。ま、まだうまくないし……品数も少ないが……ど、努力するからっ!」
クオードが顔を真っ赤にして、スタンプカードにスタンプを添えて差しだした。アナがよく見ると、スタンプの意味はこうだ。
〇 満足
△ いまいち
× もっと頑張りましょう
どうやら夫は、「毎朝、朝食を作るように」という命令を受け、アナからカードにスタンプを押してもらったら、師団長に見せないといけないらしい。
「たのむっ!メレッタの命がかかっているんだ!」
「もう、お父さんったらおおげさ!」
アナにはなにがなんだか、よくわからない。
よくわからないが、アナは(こんどの師団長は面白いわねぇ)と思いながら、△のスタンプを押した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
工房にやってきた五年生たちは、昨日までとはうって変わって、真剣に議論している。
「だから、安全対策の術式は座席に体を固定するだけじゃダメだ!事故が起きたとき、機体と一緒に落ちないよう、切り離す術式も追加しよう」
「竜騎士たちがドラゴンから落下したときに発動する風の魔法陣……あれを応用できないかな?」
「いいね!竜騎士団での職業体験が役に立ったな。そうするとここは……」
「ちょっと見てくれる?これが素材の費用を合計した概算だけど、シャングリラの一般家庭における年収の三年分に相当するわ」
「それじゃ高すぎる。年収の三ヵ月~半年分に抑えられないか?」
「まだ試作機だから、そこまで切り詰める必要はない。素材の比較検討もしたいし、安全性を重視して製作に取りかかろう」
「重力魔法と風魔法のバランスはどうする?」
「『浮かぶ』を重視するなら重力、スピード重視なら風だろう。メレッタ、きみの意見は?」
「私?私は……」
わたしは目を丸くして、しばらくみんなの様子を眺めてからユーリにたずねた。
「すごい……みんながまとまってる。ユーリ、どうやったの?」
ユーリは涼しい顔で答える。
「僕は何も……メレッタをリーダーに指名しただけです。今年の職業体験に集まった学生たちは優秀ですよ。学年首席と次席に王族までいる。これで何もできないなんて言わせませんよ」
彼がにっこりすると、やっぱりお母さん似だと思った。











