112.リメラ王妃とお茶しましょう
よろしくお願いします。
結局、アーネスト陛下には逃げられた。
わたしは転移陣の部屋から連れだされ、リメラ王妃と奥宮を歩いている。
ヌーメリアと王城の食堂や事務室、医務室、図書室なんかを歩き回り、そこでは王城のスタッフたちともすれ違った。
奥宮はそのどれとも違い、落ち着いた静かな場所で天井は高く、磨かれた床にはチリひとつ落ちていない。
太い柱からは、きらびやかさともまた違う荘厳さが感じられて、修学旅行で行ったお寺みたいな雰囲気もある。
(こういうところでユーリもカディアンも育ったのかぁ……王子様だからあたりまえだけど、すごいおぼっちゃまだ)
柱や床石のひとつひとつに歴史の重みを感じて、エクグラシアという国を作った人たちの、エネルギーと情熱に圧倒される。
(このシャングリラの王城は、その中心なんだ……)
そんなことを考えていたら、つきあたりの扉でリメラ王妃が立ちどまった。
「もうしわけないけれど、茶会の途中で中座してしまったの。参加者にあいさつだけさせてもらうわね」
リメラ王妃がわたしを振り向いて言えば、扉が静かに開く。そのむこうは甘い香りがする、まるで天国の花園みたいな華やかな光景が広がっていた。
あふれるように花が飾られた室内は、一瞬アトリウムかと思ったけれど、大きな窓がある広めの談話室のようだ。白いテーブルクロスがかけられたテーブルに、かわいらしいお菓子の盛られた皿がいくつも置かれている。
テーブルのまわりには美しく装った令嬢たちが何人も座り、色とりどりのデイドレスがさらに華を添えている。
アイリも美少女だけど、この場にいるどの令嬢もきれいだなぁ。みんなお姫様だよ、うん。
……あっ、ライザ・デゲリゴラル嬢までいる!
「みなさん、中座してごめんなさいね?わたくし、これからネリス錬金術師団長と話がありますの。会はこれでおひらきにいたしましょう」
要は、わたしがきたから帰れということだ。ひぃ……先約のあるお茶会を優先してくれていいのに!
令嬢のひとりがすっと優雅に立ち上がる。こぼれそうに大きな緑の瞳に、金の髪をゆるく巻いた彼女がわたしたちのほうへ歩きだすと、ほかの令嬢たちもそれにならう。
「では王妃様、退出のごあいさつだけお許しください」
うわ、天使!もしくは妖精!
令嬢はわたしたちにきれいな姿勢で礼をする。近くで見る緑の瞳は、神秘的にきらめいていて、唇はまるでバラの赤い花びらみたい。豊かにうねる金髪は艶があり、光をまとっているかのようだ。
「サリナ・アルバーンともうします。ネリス師団長、失礼いたします。王妃様、本日はお招きありがとうございました」
……サリナ……アルバーン……もしかして、レオポルドの親戚⁉
『アルバーン公は、自分の娘と婚姻を結ばせるつもりでしょう』
『いとこ同士で?』
わたしはユーリとの会話を思いだす。
顔を上げたサリナは目だけで軽くほほえみ、静かに退室していった。そのあとに続いて、ほかの令嬢たちもあいさつだけすると退室していく。
仮面のおかげで、わたしの表情が見えなくてホッとする。アルバーン……もしかして、もしかしたらだけど……彼女が?
「お待たせしたわね、いきましょうか」
見送ったリメラ王妃が、わたしに顔を向ける。わたしたちはさらに奥へ進むらしい。
「あの、お茶会の途中だったのでは?」
「だいじょうぶよ、あの子たちはいつも招いているから。女の子と話すのは楽しいわ。かわいいし、気持ちも晴れやかになるでしょう?」
「たしかに。あんなに華やかな子たちに囲まれるだけで、テンションが上がりそうです!」
「テンションが……上がる?」
リメラ王妃は意外そうにつぶいやいて振り返った。わたしはグッと両の拳を握ってハキハキと答える。
「ええ。『ザ・本物のお姫様』って感じです。あっ、王妃様もおきれいなうえに、まっすぐに伸びた正中線が美しくて、うしろ姿すらほれぼれします」
「……あなたはわたくしの正中線を見ていたの?」
「はい。ちょうど目のまえにありましたし」
「あなた……変わっていると言われない?」
ええ、まぁたまに。前は「変わっている」と言われても、「そう言われても……ふつうとはなに……?」と思っていたのだけれど、今のわたしには免罪符がある!
「錬金術師ですから」
「それもそうね……」
ほら、納得してくれた。ちなみにあなたの息子さんもですよ、奥さん!……というセリフは胸の内に留めておく。
だってわたし、大人だもの!思ったことをなんでもしゃべったりしないわ。
着いた部屋はさっきの談話室よりも狭く、落ちついた雰囲気で、プライベートスペースに近い場所のようだ。
どうやらわたしたちが令嬢たちと会っていたときに、手早くお茶を用意したらしい。人の気配なんてしなかったのに!
「お座りになって」
「ありがとうございます」
リメラ王妃の正面に座ったけど、何を話したらいいんだろう。研究棟にいるユーリの話からかな……などと考えていたら、リメラ王妃が口をひらいた。
「ここにはわたくしたちだけ。その仮面、おとりになったら?」
「仮面?」
あっ、仮面ね……グレンの仮面は見た目の異様さとは反対に視界も良好、呼吸もスムーズにできるから、つけていることを忘れるほどのつけ心地で、よく本当に忘れちゃうんだよね……。
でもお茶を飲むなら外さないと。王妃様は「わたくしたちだけ」と言うけれど、給仕やおつきの人が三人ぐらい控えていて、完全にふたりっきりでもない。
まぁ、公人なのでしかたないか。
わたしが仮面を外すと、リメラ王妃が目をみはった。まわりの人々も息を飲み、カディアンのときと似た反応をする。
こんな化粧っけのない女が、王妃様とお茶するなんて珍しいのかも。だって王族に会うなら、みんなきちんとしているよね。
「あなたはグレンの元にいたのだったわね?」
「はい、グレン・ディアレスの弟子となり、錬金術を学びました」
「それはどれぐらい?」
「三年でしょうか。でも実質学んだのは二年ほどですね」
「……それで錬金術師団長に?」
リメラ王妃が眉をひそめた。たった二年で⁉と思うところだよね……でも、わたしも同感。
「ホントですよね。わたしとしては、王都で魔道具師にでもなれればと思ってたんですけど。ドラゴンが迎えにきて、なぜか師団長になるハメに……」
グレンたらまったく困ったおじいちゃんだよ。人にいろいろと押しつけて逝っちゃうんだから……。
「そういえば、あなたとユーティリスが婚約するのではというウワサもあったのだけど……」
あったね……きっとアーネスト陛下の周辺が先走ったのだろう。ここは否定して安心させてあげよう。
「だいじょうぶです。それは断りましたから」
「……断った?」
「はい、アーネスト陛下から冗談めかして『息子の嫁にならんか?』と言われましたけど、『ちゃんと本人に決めさせてあげて』と断りました」
パリーン。王妃様の手にあったカップが粉々に砕けた。ふぇっ⁉
「あら、ごめんなさい。わたくし土の属性を持つものだから、驚くとときどき陶器のカップを壊してしまうの」
「そうですか、それはたいへんですね」
「修復の魔法陣をかけてあるから、大丈夫よ。そう……あの人ったら、わたくしの知らぬところでそんな勝手なことを……あとで問い質さなくてはね」
にっこりと優雅にほほえむ王妃様の手から、パラパラとティーカップのカケラがこぼれ落ちた。











