111.師団長会議を終えて
よろしくお願いします!
レオポルドは難しい顔をしたまま、息を吐く。
「この魔法陣は通行すら許可制だ。許された者しか使えない。これを使ったのは、おまえとグレンだけか?」
「うん」
あ、でも……オドゥ・イグネルも使った。
デーダスの家に入りこんでいたオドゥを連れて、師団長室に急いで戻ろうとして、彼の名前も魔法陣に登録した。彼が魔法陣を作動させられるかまでは、確認していないけど……。
あのとき彼はなんて言った?
『ネリアが転移陣を動かして迎えにきてくれるのを待ってた』
わたしが彼を連れ帰るとしたら、かならず転移陣を利用する。彼の目的が魔法陣に自分を登録することだったとしたら……。
ぐるぐると頭の中で考えていると、レオポルドの声がわたしを引き戻す。
「とりあえずこの術式は、転移魔法陣としては使うな。錬金術師団の業務用としては物騒な……まるで禍々しいものを封じているかのようだ」
「そうなんだ……どうりでやたらにセキュリティが厳しいと思った」
がんばって必死に考えたのにな……。確かに起動するのも大変そうな魔法陣だし、彼の意見に従うべきだろう。
レオポルドはふいに顔をあげ、わたしをまっすぐに見てきた。
「おまえは……」
「なぁに?」
「デーダス荒野でグレンと暮らしていたのだろう?つらくはなかったか?」
「つらい、とかはなかったかな。グレンとはよくケンカしたけど、教わった錬金術はおもしろかったもの。不自由さはあったけど、わりと楽しく暮らしていたよ?」
「そうか……ならいいのだが……」
レオポルドはふたたび手元の紙に目を落とした。
「この魔法陣の元になったグレンの術式……実物を見たいのだが、かまわないか?」
「えっ?もちろんいいよ!というか、デーダスの家にだって来ていいんだよ?グレンの息子さんなんだし」
「あいつを父親だと思ったことはない!」
声を荒げたレオポルドに、わたしはビクッと身をすくませた。やってしまった、彼にとってはデリケートな話題だとわかっていたのに。
「ごめんなさい……」
「おまえのせいじゃない」
彼がいらだたしげに顔を背け、アーネスト陛下が両手を挙げて、わたしたちをとりなす。
「まぁまぁ、遠征前に設置できるよう、準備もあるだろうが……レオポルド、よろしく頼む。ではミスリル採掘のため、モリア山へ遠征する件についてだが、すでに各師団とも準備の最終段階に入っていることだろう」
「ポーションの作製と納品は済ませました。魔道具の補充も終わっています」
「クオード・カーターとオドゥ・イグネルからも、整備済みの装備が竜騎士団に戻されてきた。竜騎士たちがすでに点検を終え、ドラゴンたちの体調も問題ない」
「魔術師団も遠征の準備は滞りなく。ただ魔法結界の構築に人手を取られ、王城の守りについては最終点検がまだ終わっていません」
ひぇえええ……塔で働く魔術師のみなさま……まことにもうしわけございません。
「出発日までに終わりそうか?」
「それは問題ありません」
わたしはアーネスト陛下にたずねる。
「ミスリルが採れるモリア山って、どんなところですか?」
「険しい山だ……途中で魔獣もでるしな。興味があるのか?」
「それはもちろん。鉱物とかも大好物です!ケイ酸塩の鉱物だけじゃなく、きっと固有のものがあるんだろうなぁ。結晶の原子配列がどうなってるか見たいですね!」
「なんか知らんが、『見たい』というのはわかった」
子どものころに鍾乳洞に家族とでかけ、お土産物屋さんで買った鉱物標本を、わたしは持っていた。
仕切りのついた紙箱に、親指大の小さな鉱物が並んでいた。さまざまな色と形をした石を、眺めるだけでもときめいたのだ。
「モリア山かぁ……ちょっと気になるなぁ。錬金術師団はいかないんですよね?」
壁にかけられた地図を見ていると、ライアスが困ったような顔をした。
「ネリア、連れていきたいのは山々だが……きみの防御魔法陣がしっかりしていても、きみは戦えないだろう?」
「そうですよね……足手まといですよね……」
レオポルドが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「それよりもお前がくると、何が起こるかわからん……」
そんなイヤそうな顔しなくたっていいじゃん。いいよ、ちゃんと留守番してるよ……。
「きょうの会議はここまでだな」
アーネスト陛下が会議の終了を宣言しようとしたため、わたしはあわてて声をあげた。
「あの、すみません!グレンの魔法陣が使えないことがわかったので、本物の長距離転移魔法陣を見たいです!」
レオポルドが渋い顔で首を横に振る。
「魔術師団への立ち入りは遠慮してもらいたい。、ネリア・ネリスの名を聞いただけで、血圧が上昇するものが何人もいる」
「そんな……」
レオポルドからあっさり断られ、困ってしまったわたしに、陛下が声をかけた。
「では王城の長距離転移魔法陣をみせるか。帰るついでだ、俺が案内しよう」
「ありがとうございます!ではレオポルド、魔法陣を描きなおしたら、また見てもらいますね。エンツでマリス女史に連絡します」
「ああ」
「あ……」
ライアスは立ち上がったわたしに、何かを言いかけた。
「ネリス師団長、こっちだ」
「はい、今いきます!」
アーネスト陛下に返事をしてから、もういちどライアスを見れば、彼は首を横に振る。
「何でもない。あとで研究棟に行く」
「うん、じゃああとで!」
転移魔法を覚えてから、わたしは跳べる先を増やすため、ヌーメリアとウォーキングを兼ねて王城内をあちこち探索している。
けれどアーネスト陛下について転移したのは、わたしも知らない場所だった。
陛下の案内でいくつかの扉を抜け、まっすぐな廊下を進むと、ひっそりとした広間に案内される。
どうやら転移専用に使われる部屋のようで、床には大きな魔法陣がいくつか刻まれている。
「これだ」
「ほんとだ!転移陣と同じ文様が刻んである!ちょっとメモさせてください!」
陛下が指差した魔法陣の上にかがみ、しばらく夢中で観察していたわたしは、部屋に人が入ってきても、すぐに気づかなかった。
「リメラ……」
アーネスト陛下が呼びかける声がして、コツコツとハイヒールの音が近づいてくる。
「ネリス錬金術師団長が来ているとか。そちらのかたかしら?」
ようやく顔を上げたわたしの目に、きちんと結ったハシバミ色の髪に琥珀色の瞳を持つ、上品な女性が映った。
着ているツーピースの胸元には、エクグラシアの国花スピネラの赤いブローチがあしらわれ、おつきの人を数人従えている。国王が咳ばらいをした。
「ネリス師団長、妻のリメラだ」
妻……ってことは、王妃様ってことだよね。もしかして、ユーリとカディアンのお母さん?
「あっ、はい。よろしくお願いします。ネリア・ネリスと申します」
リメラ王妃はじぃっとわたしを見つめて視線を外さない。
「そう、あなたが……ウワサだけはうかがっているのだけれど、こうしてお会いするのは初めてね?」
ウワサ……どうせろくでもない予感。この国のファーストレディというべき貴婦人は、わたしに向かって優雅にほほえむ。あっ、笑うと……ユーリそっくり。
「せっかく奥宮までいらしたのですもの。ぜひわたくしに、おもてなしさせてくださいな。一緒にお茶はいかが?研究棟でのユーティリスの様子もうかがいたいし、今はカディアンまでお世話になっているのでしょう?」
ふぇっ⁉
王妃様とお茶……⁉
それ、いきなりハードル高くない⁉
「じゃ、じゃあ……俺は仕事にもどるから」
「ちょっ、陛下!置いてかないでっ!」
わたしはうっかり、アーネスト陛下の袖をつまんでしまった。そう、うっかりだ。
「あらまぁ……陛下とも親しげですのね。ふふ、よろしいこと。わたくしとも仲良くしていただけるかしら?」
ふふ、と笑う王妃様の目が笑っていない!
その瞬間、夏だというのに、まわりの気温が一気に氷点下まで下がったような気がした。ひいいぃ⁉











