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魔術師の杖  作者: 粉雪
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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111/581

111.師団長会議を終えて

よろしくお願いします!

 レオポルドは難しい顔をしたまま、息を吐く。


「この魔法陣は通行すら許可制だ。許された者しか使えない。これを使ったのは、おまえとグレンだけか?」


「うん」


 あ、でも……オドゥ・イグネルも使った。


 デーダスの家に入りこんでいたオドゥを連れて、師団長室に急いで戻ろうとして、彼の名前も魔法陣に登録した。彼が魔法陣を作動させられるかまでは、確認していないけど……。


 あのとき彼はなんて言った?


『ネリアが転移陣を動かして迎えにきてくれるのを待ってた』


 わたしが彼を連れ帰るとしたら、かならず転移陣を利用する。彼の目的が魔法陣に自分を登録することだったとしたら……。


 ぐるぐると頭の中で考えていると、レオポルドの声がわたしを引き戻す。


「とりあえずこの術式は、転移魔法陣としては使うな。錬金術師団の業務用としては物騒な……まるで禍々しいものを封じているかのようだ」


「そうなんだ……どうりでやたらにセキュリティが厳しいと思った」


 がんばって必死に考えたのにな……。確かに起動するのも大変そうな魔法陣だし、彼の意見に従うべきだろう。


 レオポルドはふいに顔をあげ、わたしをまっすぐに見てきた。


「おまえは……」


「なぁに?」


「デーダス荒野でグレンと暮らしていたのだろう?つらくはなかったか?」


「つらい、とかはなかったかな。グレンとはよくケンカしたけど、教わった錬金術はおもしろかったもの。不自由さはあったけど、わりと楽しく暮らしていたよ?」


「そうか……ならいいのだが……」


 レオポルドはふたたび手元の紙に目を落とした。


「この魔法陣の元になったグレンの術式……実物を見たいのだが、かまわないか?」


「えっ?もちろんいいよ!というか、デーダスの家にだって来ていいんだよ?グレンの息子さんなんだし」


「あいつを父親だと思ったことはない!」


 声を荒げたレオポルドに、わたしはビクッと身をすくませた。やってしまった、彼にとってはデリケートな話題だとわかっていたのに。


「ごめんなさい……」


「おまえのせいじゃない」


 彼がいらだたしげに顔を背け、アーネスト陛下が両手を挙げて、わたしたちをとりなす。


「まぁまぁ、遠征前に設置できるよう、準備もあるだろうが……レオポルド、よろしく頼む。ではミスリル採掘のため、モリア山へ遠征する件についてだが、すでに各師団とも準備の最終段階に入っていることだろう」


「ポーションの作製と納品は済ませました。魔道具の補充も終わっています」


「クオード・カーターとオドゥ・イグネルからも、整備済みの装備が竜騎士団に戻されてきた。竜騎士たちがすでに点検を終え、ドラゴンたちの体調も問題ない」


「魔術師団も遠征の準備は滞りなく。ただ魔法結界の構築に人手を取られ、王城の守りについては最終点検がまだ終わっていません」


 ひぇえええ……塔で働く魔術師のみなさま……まことにもうしわけございません。


「出発日までに終わりそうか?」


「それは問題ありません」


 わたしはアーネスト陛下にたずねる。


「ミスリルが採れるモリア山って、どんなところですか?」


「険しい山だ……途中で魔獣もでるしな。興味があるのか?」


「それはもちろん。鉱物とかも大好物です!ケイ酸塩の鉱物だけじゃなく、きっと固有のものがあるんだろうなぁ。結晶の原子配列がどうなってるか見たいですね!」


「なんか知らんが、『見たい』というのはわかった」


 子どものころに鍾乳洞に家族とでかけ、お土産物屋さんで買った鉱物標本を、わたしは持っていた。


 仕切りのついた紙箱に、親指大の小さな鉱物が並んでいた。さまざまな色と形をした石を、眺めるだけでもときめいたのだ。


「モリア山かぁ……ちょっと気になるなぁ。錬金術師団はいかないんですよね?」


 壁にかけられた地図を見ていると、ライアスが困ったような顔をした。


「ネリア、連れていきたいのは山々だが……きみの防御魔法陣がしっかりしていても、きみは戦えないだろう?」


「そうですよね……足手まといですよね……」


 レオポルドが苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「それよりもお前がくると、何が起こるかわからん……」


 そんなイヤそうな顔しなくたっていいじゃん。いいよ、ちゃんと留守番してるよ……。


「きょうの会議はここまでだな」


 アーネスト陛下が会議の終了を宣言しようとしたため、わたしはあわてて声をあげた。


「あの、すみません!グレンの魔法陣が使えないことがわかったので、本物の長距離転移魔法陣を見たいです!」


 レオポルドが渋い顔で首を横に振る。


「魔術師団への立ち入りは遠慮してもらいたい。、ネリア・ネリスの名を聞いただけで、血圧が上昇するものが何人もいる」


「そんな……」


 レオポルドからあっさり断られ、困ってしまったわたしに、陛下が声をかけた。


「では王城の長距離転移魔法陣をみせるか。帰るついでだ、俺が案内しよう」


「ありがとうございます!ではレオポルド、魔法陣を描きなおしたら、また見てもらいますね。エンツでマリス女史に連絡します」


「ああ」


「あ……」


 ライアスは立ち上がったわたしに、何かを言いかけた。


「ネリス師団長、こっちだ」


「はい、今いきます!」


 アーネスト陛下に返事をしてから、もういちどライアスを見れば、彼は首を横に振る。


「何でもない。あとで研究棟に行く」


「うん、じゃああとで!」


 転移魔法を覚えてから、わたしは跳べる先を増やすため、ヌーメリアとウォーキングを兼ねて王城内をあちこち探索している。


 けれどアーネスト陛下について転移したのは、わたしも知らない場所だった。


 陛下の案内でいくつかの扉を抜け、まっすぐな廊下を進むと、ひっそりとした広間に案内される。


 どうやら転移専用に使われる部屋のようで、床には大きな魔法陣がいくつか刻まれている。


「これだ」


「ほんとだ!転移陣と同じ文様が刻んである!ちょっとメモさせてください!」


 陛下が指差した魔法陣の上にかがみ、しばらく夢中で観察していたわたしは、部屋に人が入ってきても、すぐに気づかなかった。


「リメラ……」


 アーネスト陛下が呼びかける声がして、コツコツとハイヒールの音が近づいてくる。


「ネリス錬金術師団長が来ているとか。そちらのかたかしら?」


 ようやく顔を上げたわたしの目に、きちんと結ったハシバミ色の髪に琥珀色の瞳を持つ、上品な女性が映った。


 着ているツーピースの胸元には、エクグラシアの国花スピネラの赤いブローチがあしらわれ、おつきの人を数人従えている。国王が咳ばらいをした。


「ネリス師団長、妻のリメラだ」


 妻……ってことは、王妃様ってことだよね。もしかして、ユーリとカディアンのお母さん?


「あっ、はい。よろしくお願いします。ネリア・ネリスと申します」


 リメラ王妃はじぃっとわたしを見つめて視線を外さない。


「そう、あなたが……ウワサだけはうかがっているのだけれど、こうしてお会いするのは初めてね?」


 ウワサ……どうせろくでもない予感。この国のファーストレディというべき貴婦人は、わたしに向かって優雅にほほえむ。あっ、笑うと……ユーリそっくり。


「せっかく奥宮までいらしたのですもの。ぜひわたくしに、おもてなしさせてくださいな。一緒にお茶はいかが?研究棟でのユーティリスの様子もうかがいたいし、今はカディアンまでお世話になっているのでしょう?」


 ふぇっ⁉


 王妃様とお茶……⁉


 それ、いきなりハードル高くない⁉


「じゃ、じゃあ……俺は仕事にもどるから」


「ちょっ、陛下!置いてかないでっ!」


 わたしはうっかり、アーネスト陛下の袖をつまんでしまった。そう、うっかりだ。


「あらまぁ……陛下とも親しげですのね。ふふ、よろしいこと。わたくしとも仲良くしていただけるかしら?」


 ふふ、と笑う王妃様の目が笑っていない!


 その瞬間、夏だというのに、まわりの気温が一気に氷点下まで下がったような気がした。ひいいぃ⁉

挿絵(By みてみん)

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